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第4話② 本好き少年と追われる少女


==杏耶莉(あやり)=ノービス教会エルリーン支部==


「――以上で講義を終了します」


 その言葉に合わせて生徒たちが立ち上がる。釣られて私も立ち上がる。


「「「「ノービスの加護があらんことを」」」」

「……ノービスの加護があらんことを」


 遅れながらも見様見真似で続けて言葉を復唱する。そのまま解散となるらしく、次々と生徒たちが出口へ流れていく。

 私も帰るべく荷物をまとめていると、尚も座ったまま本を読み続けている隣の男の子が気になり、思い切って話しかけてみることにした。


「君は帰らないの?」


 その質問に対して肯定も否定せず、ページを捲る音だけが返ってくる。

 私は無視されてしまったことで、思わず乾いた笑いが漏れる。

 そのまま背後に立ち尽くしていると、このタイミングで気が付いたのだろう。男の子は私のいる背後に向き直った。


「……僕に何か用?」

「え、えーっと……。 用って程じゃないけど、君は帰らないのかな? って……」

「……家にあまり居たくない」

「そっか……」


 それだけ答えると、再度本に視線を戻してしまう。これ以上邪魔をしても悪いので立ち去ろうとすると、今度は彼から話しかけられる。


「……お姉さん。 見ない顔だけど、講義は今日が初めて?」

「そうだけど?」


 数時間、離れていたとはいえ隣に座っていたのだが……。


「……」

「そういう君はよく来るの?」

「……講義がある日は来てる。 でも今日の議題を聞くのは四回目」


 定期的に同じ講義が行われるのだろう。そして、だからこそ彼は講義を聞かずに本を読んでいたらしい。


「興味ない議題でも来るのは、家に居ないためなの?」

「……そう」


 本のページがまた捲られる。彼はこのまま教会に居座り続けるつもりなのだろう。周囲の人達もそれを諫める様子はない。

 それならと、私はあるお願いを彼にしてみることにした。すらすらと本を読んでいる様子からも適任であると分かる。


「この後、時間があるなら文字を教えてもらえないかな? 私、この世界(ここ)に来たばかりで字が書けなくて」


 男の子は、改めて私の方に向き直る。


「…………いいよ」

「ありがとう、私は春宮(はるみや) 杏耶莉(あやり)。 よろしくね」

「……サフィッド・スリオン。 ……サフスでいいよ」


 椅子をサフスの近くへと運び、文字学習が始まった。


 ……


「……基本文字はこの三十二文字。 発音は組み合わせで少し変わるけど、基本的には今言ったので間違いないから」


 サフスは丁寧に一音ずつ発音し、文字を書いていった。几帳面な性格なのか、文字の気をつける部分や書き順に至るまで、懇切丁寧に教えてくれる。

 私がノートとシャーペンを持ちだすと、それにかなり驚いた様子だった。改めて彼の使用する筆記用具が、木でできた筒に細い鉛棒が詰められただけの簡素なものだったので、次回からはこの世界で改めて用意しようと思った。


「……アヤは別世界の人なんだ」

「そう、今はマークって人の世話になってるんだー」


 最初こそ余所余所しかったサフスだが、それなりに話題を振ってくるようになっていた。因みにアヤとは私のことである。気が付けばそのあだ名で呼ばれていた。


「……羨ましい」

「そうかな? 覚えなきゃいけないことも多いし、大変だよ?」

「……家族と離れられるのが」

「あ……」


 家に居たくないと発言していたことから、家族とうまくいっていないのだろう。私は寧ろ仲が良かったので一生会えなくなるとは考えておらず、それを思い出して気落ちする。

 暗い雰囲気になってしまったので、別の話題を振ることにした。


「そういえば、次の講義っていつなの?」

「……三日後、内容は勇者の史話。 教会の人に聞けばスケジュールは教えてくれるよ」


 そう言って手書きと思わしき、向こう二十日程度の予定表を見せてくれる。それを借りてメモを取る。

 気が付けば長い時間話をしていたらしく、お昼の鐘が鳴っていた。お腹もぺこぺこである。


「そろそろ解散しよっか」

「……うん。 僕は講義の日には来てるから」


 間接的に待っていると告げられて、答えるように頷いた。


 ……


 教会を出て南区画にある商業街を通る。足りなくなっていた食材を補充するために、露店が開かれている通りに入っていた。

 その通りの路地裏にたまたま視線を合わせると、武器を持った男性二人が一人の少女を囲んでいるのが目に映る。


(なにあれ?)


 何やら話をしているようだが、賑やかな掛け声に掻き消され、ここまで内容は聞こえてこない。

 囲まれた女の子は怯えた様子で、男性のうち長い武器を持った方は、かなり険しい表情をしている。


(……助けよう)


 そう決めるも、相手は二人で私は素人。正面から立ち向かうのは難しいので、近くの店に売られていた少量の胡椒を購入する。

 それを片手に路地裏に入る。背を向けている男性達に対し、こちらを向いている少女が私に気が付くも、人差し指で黙っているように指示する。

 気づかれそうなぎりぎりの距離に近づくと胡椒の封を開けて大声で叫んだ。


「伏せて!!」


 それと同時に胡椒を散布する。大声でこっちを向いた男性らは思い切り胡椒を吸い込んだらしく、くしゃみで動きが止まる。

 少女はその脇をすり抜けて私のもとへと転がり込む。私はその手を掴んで通りへと走り出した。


「っぐじゅん! って待つじゃんねー!!」


 短剣を持った男性が背後で叫ぶも、私達は足を止めることなく、人混みの中へと紛れて行った。


 ……


「はぁ……、はぁ……。 ここまでくれば大丈夫かな?」


 食べ物を扱っている通りから、衣類の店がある通りの路地裏まで走り続けていた。


「けほけほ……。 お姉ちゃん、ありがとう」


 少女は手を離して呼吸を整えると、お辞儀をする。よく見ると、少女はやせ細った手足をしていて、明らかに栄養不足であると見て取れた。


「なんで囲まれてたの?」

「…………それが分からなくて」


 怯えた様子で俯きながらそう答える。余程怖い思いをしたのだろう。


(マークは治安が良いって言ってたのに……)


 大っぴらに女の子を囲い、それを周囲の人は見て見ぬふりだったことを思い出した。


(とはいえ、ここまで逃げてきたけど、どうしようか……)


 そう考えていると、つけられていないはずなのに、想像以上に早く先程の男性二人が現れた。


「みつけたじゃん!」


(しまった!)


 立ち止まったのが袋小路だったことが仇となり、逃げ場のない状態になってしまう。


「オレ達はランケットだ、おとなしくその少女の身柄を渡して欲しいな」

「無用な争いは避けたいじゃんね」

「うぅ……」


(ランケット……?)


 聞いたことのない団体名だった。よくわからないがその名前を聞いて一歩後ろに下がる。よくわからないが、その様子を見て素直に身柄を渡すわけにはいかないと感じた。

 ポーチから剣のドロップを取り出して使用する。剣を生成すると、それを男性達の方へと構えた。


「ディーター? でも素人じゃんね」

「ラッヅ、誰であろうと油断はするな」


 ディーターとはドロップを使う人のことらしい。因みにドロップを使うことディートとも言う。

 私の剣を見て、短剣の男性もドロップをディートして、短剣二本を両手で持つ。その隣の男性も長い武器を私へと向けるように構えた。


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