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第4話① 教会の講義


==杏耶莉(あやり)=マクリルロ宅・リビング==


 チェルティーナと出会った翌日、私は朝食を作っていた。

 三日目ということもあり、手慣れた手つきでコンロにドロップを投入して火を灯す。


 まずは、火のついたコンロの上で切り分けた食パンの表面をローストする。それを皿に移すと、今度はフライパンにベーコンと卵を落として、焼き目が付く程度に炒める。卵の黄身が固まったのを確認したら、それをパンの上に乗せる。ベーコンエッグトーストの完成だ。


 料理は出来上がったのだが、家主であるマークがまだ起きてきていなかった。

 彼の寝室を覗いたが空室だったので、研究室だという部屋に居るのだろう。

 この部屋は危険物もあるので入らないで欲しいと言われていたので、仕方なしに入ることはせずに扉を叩く。


「マーク! 起きてるー?」


 『ダンダン』と叩く音で目覚めたのか、紙束が落下する音がして暫くしてから扉が開いた。


「おはよう」

「……もう朝か」


 緑色の前髪は重力を無視して跳ね上がり、気だるそうな顔の頬には赤色の痕が残っていた。


「朝食出来たんだけど……、先に顔を洗ってきたら?」

「……ん」


 返事なのかどうか判断に困る返答ののちに、蛇口のある庭へと歩いて行った。


 ……


 朝食を食べ終えたのち、改めて考えると今日までマークの研究を手伝えていないことを告げる。


「そういえば私ってマークの助手なのに何もしてないんだけど、することないの?」

「それなんだけど、今中心的に調べている部分はキミの協力が必要ないんだよね」


 「ドロップの対物反応」とか「保有エネルギーの貯蓄」など、矢継ぎ早に現在の研究題材についての説明されても私には理解できない。


「――つまり、私は要らないの?」


 要点を得ない説明を遮ってそう質問すると、マークは数秒考えてから答える。


「いや、キミにはドロップの適性の成長過程についての情報収集に協力してほしいんだよね」


(最初からそう言えばいいのに……)


 思わず心の中でツッコミを入れる。助手と言うからにはもっと傍で手伝いをするイメージだったのだが……。


「具体的にはどうすればいいの?」

「キミの髪を一本、根本から抜いたものを貰えるかい?」


 あまり気持ちの良い内容ではなかったが、ある意味研究らしい所望に素直に応じる。

 『プチッ』と髪を一本だけ引き抜いて、彼が用意したケースに入れた。


「他にすることはない? 例えば……、資料整理とか」

「……研究室に入られるのは困るし、そもそもキミ文字が読めないよね?」

「確かに」


 度忘れしていたが、その通りである。


「それに、そのことについてボクから提案があるんだけど。 学生として教会で勉強をしてみないかい?」


 ……


 この世界に私のイメージする学校というものは存在しない。その代わりに存在するのが、ノービス教の教会で日々開かれている講義だった。

 教師と学生の寄り合い所という側面が強く、講義内容は年齢で細かく設定されていないらしい。

 また、学生には誰でもなれるわけではないらしく、教師か有力者の推薦か必要であるとのことだった。


 かつて日本に存在した寺子屋のようなシステムなのだろうと納得し、町の東に存在する教会へと向かっていた。


(ここだよね?)


 図だけで判断できる地図を頼りに到着した場所には、白色に意味ありげなシンボルを掲げた縦長の建物があった。

 偏見かもしれないが、体育より数学が好きそうな人達がその建物に入って行く。そんな彼らの胸には、目につくように付けられた教会と同じ紋章のバッジがあった。

 そんな人たちに紛れるように建物へと入る。内装も想像通りの教会であった。

 マークからの説明に従って、金色でシンボルをあしらった帽子を被ったおじいさんの元へと真っ直ぐ向かう。途中で誰かとすれ違う度に胸元に視線が向けられ、訝しげな表情を向けられる。


(すっごい居辛い。 完全にアウェーだ……)


「どうしたかね?」

「これをお願いします」


 金色帽子のおじいさんにマークからの推薦状を手渡すと、丁寧に封を開けて、中の書状を読む。

 書状を読み終えたのだろう、それを丁寧に畳むと銅色でシンボルをあしらった帽子の男性に何かの指示を出す。


「少し待っていなさい」


 銅色帽子の男性が戻ると、その男性から他の人達と同じバッジを手渡される。


「ようこそ。 ノービス学校、エルリーン支部へ――」


 帽子の二人が同時に目を閉じて、右手の指先だけで左肩、右肩と続けてタッチする仕草をする。


「「貴方にノービスの加護があらんことを」」


(ガチの宗教だーー!!!!)


 心の中で興奮と畏怖の混じる感情のまま、そう叫んだ。


 ……


 先程下手に視線を集めたこともあって、最後部の席に座る。皆やる気があるのか、本を読んでいる年下らしき男の子一人を除いた全員が前の方の席を使用している。

 その男の子に軽く会釈をして席に座わり、しばらくしてから銀色帽子の男性が中央に立ち講義が始まった。

 因みに金銀銅の帽子だが、翻訳機さんの知識でノービス教の位を表していることは把握している。だが、講義中は聖職者ではなく教師として扱われるらしいので、順に教授、講師、講師とでも脳内変換しておこう。

 銀色帽子改め講師は、前置きとしてだが私の知らない世界の常識についての説明を始めるので、持ち込んだノートとシャーペンで日本語のメモを取る。


「まずはこの大陸における季節についてのおさらいをしておきます。 教会にて定められている季節では、ちょうど今は聖天の節の中ごろですね。 これは――」


 話が長いので要点をまとめると以下になった。

 この世界の暦はおよそ百二十日で一節、それを九つ合わせて一周期となるらしい。地球換算だと三倍長い計算となる。

 月や年に代わる単位が無いので一節を四ヵ月、一周期を三年に崩して覚えてしまおう。

 それと、季節についての特徴を箇条書きにしてみた。


 聖天、やや暖かい気候。

 快天、暖かい気候。

 灼天、やや暑い気候。

 風天、涼しい気候。

 炎天、日中は暑く、夜は涼しい気候。

 雨天、梅雨みたいに雨が降るやや暑い気候。

 紅天、涼しい気候。

 寒天、寒い気候。

 銀天、やや寒い気候。


 正直な話、季節だけで九つもあってすぐに覚えられないし、暖かくなったり涼しくなったりとわかりづらい。

 取り合えず今が聖天の節の中頃であることだけ把握しておけば大丈夫だろう。その時期になったら見直せば良いのだ。

 なお、季節の説明に合わせて神話の解説がされていたが、季節についてまとめるだけで精一杯だったので、ノートは取れなかった。


 前置きが終わり、改めて講義が始まる。今日の議題は詩にまつわる季語についてだった。別段興味の惹かれる内容ではない。

 この講義に参加している生徒達は識字能力があるらしく、当然のように黒板を使用しながら解説を進めていく。


(ちょっと、追いつかないんだけど……)


 講師は単語を発音し、それを黒板に記載する。発音された単語は翻訳機で分かるので黒板の文字を見様見真似で写し、その隣に日本語で訳を書く。

 それを何度か続けていると、簡単な翻訳辞典のような状態になっていた。


(……あれ、これなら覚えられるかも?)


 最初こそ拙い文字だったが、それ程複雑ではない音字で構成されているので、次第にこの世界の文字に慣れていく。

 翻訳機の影響もあってすんなり覚えられることに楽しさを見出していると、ふと隣の男の子が講義に目もくれずに本を読み続けていたことに気が付いた。


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