Episode16 Combat
==カエデ==エルリーン・南商業街大通り==
「……あの……」
「黙ってろ、舌噛むぞ?」
「! むぐっ……」
私は大通りの中央を疾走していた。正確には私を担いだフードの護衛が、なのだが……。
それもロマンチックなお姫様抱っこなのでは断じてなく、小脇に抱えられて走っている。利き手を自由にしておかなければ戦う事すらままならないだろうと想像はできるので、不満を口にはしなかった。
「掛かれー!!」
「「「うおぉぉぉぉ!!!」」」
「くそっ! 罠だっ――ぐわっ!」
私を中心とした周囲で混乱と衝突が広がる。核弾頭か何かになった気分であるが、これらも本来の想定通りではあった。
既に大勢の賊をとらえる包囲網は完成しており、私に危害を加えようと不審な動きをした輩を、ランケットや騎士団で捕え回っている最中なのだろう。
「止まりなさいー!!!」
(あ、あの方……)
私の胸を凝視してきた女性騎士が手を翳すと、その先に居た賊の足元が突如氷塊に覆われて、その場に倒れる。そんな光景を尻目に会場へとぐんぐん近づく。
「せめてこいつだけでも!」
「危なっ!!!」
そんな乱戦でも無理に抜け出してきた賊の一人が、私に刃を向ける。
回避が難しいと判断したのか、護衛の方は私が怪我をしない程度に地面に投げると、手にしていた槍を構える。
「オレらを舐めんじゃねぇぞ!!!」
護衛の方は振るわれた短剣を槍で見事に受け流し、刃のない穂で顎を打ち上げる。
それと時を同じくして、護衛の方のフードが捲れ、その姿を現した。
桜のような髪色に青空の瞳。その姿は黄昏の空の下であろうとも存在感を放っていた。その相手に対して様々な面での出来事を知っており、私も一度だけであったことのある少年、名はカーティスであった。
「君、少ししゃがんでてもらえるか?」
「は、はい!」
私が屈むのと同時に、その頭上に彼は槍を振るった。
「ぐぉっ!!」「がっ……」
その刹那、私に背後から近付いて来ていた他の賊と思わしき方々が、地面を転げまわる。
(気づかなかった……)
目の前から分かり易く近づいてきた方に気を取られ、背中に意識を向けていなかった。それをこの護衛……カーティスは気づき、即座に対処していたのだ。
「少しは、戦えるか?」
「え……。 いえ――いや、はい。 少しでしたら……」
一度戦えないと断ろうとしたのだが、マークから強い適性があると聞かされていた私は、覚悟を持ってそう答えた。
「そうか……。 なら手伝ってもらうぞ」
「……はい!」
私は、懐に準備していたドロップを取り出して食べ……ディートする。使用したのは、託宣のドロップであった。
(どのような状況にも対応できる、これが最適解です!)
カーティスと背中合わせになり、迫り来る賊と対峙する。手を翳して最も効果の強そうな火を放とうと考えたのだが――その後の状態を想像してしまった。
焼け爛れた肌に、悲痛な叫びをしながら苦しむ表情。そして、人体の油が焼ける独特な臭い……。そんな不要な想像力が働いてしまい、胃から酸っぱいものが逆流しかける。
(……私には、無理です……)
だからと言って賊が止まる訳もなく、とっさに突風を発生させて、何とか退ける。
「うぅ……」
次々と現れる賊を一人、また一人と吹き飛ばすが、あくまで一時しのぎにしかならない。大した怪我のない賊が戦線復帰して再度私の前に立つ。
「――来ないでくださ、い……」
賊の足元を凍らせたりなど、多少の機転は利かせたのだが、凍傷で足首から先が切断される想像をしてしまい、いまいち全力も出せない。一度尖った岩石をぶつけたのだが、命中した腕から出血したのを見てそれ以降使いたくなくなる。
結局風で凌ぐしかなくなり、そうこうしている内にドロップの効力もなくなる。
「なっ……」
次のドロップを用意しようとして、焦って手元から落としてしまう。それを拾おうとして屈んだところで、迫る賊がどうしようもなくなった。
「……?」
「何やってんだ!」
それを背後で戦っていたカーティスに助けられる。そして顔を上げると、喉元を槍で刺し貫かれた賊があった。
「ひっ……」
カーティスの見事な槍さばきによって一撃で屠られたらしく、苦しむ様子もなく絶命していた。その賊をカーティスは槍ごと放り投げる。
それを目で追っていると、背後には無残な光景が広がっていた。カーティスと戦ったと思わしき賊の亡骸が其処彼処に広がり、血で地面を濡らしている。
「――」
目の前の賊対処に必死で、背後で何が行われていたか一切気づかなかった私は、その光景を見て、鉄の臭いを受けて、それだけの行為を平然とする目の前の少年へ恐怖して……気を失った。
……
「目を覚ましましたわ!」
「……わっ!」
気が付くと、私の眼前にチェルティーナが迫っていた。
「全く、心配しましたわ。 戦闘中に気を失ってしまったとお聞きした際は、もう駄目かと……」
「す、すみません……」
私が気を失ってからのことを彼女から聞いた。結論から言えば、全て終わっていたらしい。
私が休んでいたのは当初の目的地であるオークション会場。その地点には戦力を固めていたので、安全だからと置き去りにされたのだという。
私を運んだカーティスは、その後は賊殲滅に戻ったとの事だった。あの惨状を平然と作れる彼と今平気で向かい合える気がしないので、結果的にそれは有り難かった。
賊と思わしき輩はあらかた対処できたらしい。総数は百を超える大集団だったらしく、生け捕りにした者を尋問している最中との事らしい。
(尋問ではなく拷問では……?)
そう考えたが口には出さず、チェルティーナなりの気遣いとして受け取った。
そして、私は特別外傷はないのだが、念の為身体を彼女が確認し、安静に横にしていた側で待機していてくれたらしい。よく見れば服装も着替えさせられていた。
(高価な品と聞き及んでましたし、無事返却できて良かったです)
「――と言う訳ですわ。 私は他の応援に向かいますが、カエデ様はもう少しこの部屋で安静にしていてくださいませ」
「はい……」
彼女を視線で見送ってから、今回の出来事を振り返る。
(……私、駄目ですね)
一応の役目こそ果たせてはいるのだが、その実多分に迷惑をかけてしまった。
そして、私自身どんな才能があっても、荒事に向いていないと実感した。




