Episode13 Preparation Study
==カエデ==マクリルロ宅・玄関==
「サフスさん、いらっしゃい。 待っていました」
「……お邪魔します」
私は昨日ランケットであった出来事の内、メグミに関する相談をマークにしたのだが、「全面的に任せるよ。 金額も適性額なら構わない。 面倒は他人に任せるに限るからね」と言われてしまっていた。
「……マクリルロは?」
「研究室です。 私に全て押し付けているので、交渉事は請け負います……」
「……何節経っても相変わらずだ」
彼を連れてリビングに向かうと、電池が切れた玩具の様に横たわっていたメグミが起き上がって、私に駆け寄る。
「この子が話にあった異世界の女の子です」
「……見た目は普通だけど――」
メグミは私を指差して「カエデ!」と叫ぶ。その後、サフスを指差すのだが、そこで固まってしまった。
「名前がわからないのですか?」
言葉は通じていないのだが、ニュアンスは伝わったらしく、激しく頷く。
「この方はサフスさんです」
「こノたハサすさー!」
「あ、違います。 サフスさ……サフスです」
「サフスさ?」
「サ・フ・スです」
「サフス!」
誇らしげにサフスを指差しながら名を叫ぶメグミ。
「……カエファの話通り、言葉は理解できていないみたいだけど、利発そうな子だね」
「それは同意します。 なんとなく此方の意識を汲み取っているみたいに言動するんですよね」
「うよね」
「……実際に教え始めないとわからないけど、これならそう短い期間で覚えると思う」
それは私も感じていた。メグミは知りもしない会話の中から名前を抜き出して答えれる程度に聴解力に優れていた。
「であれば、お願いします。 どういったスケジュールにしましょうか」
「ようあ」
「……向こう十日程度都合の空く日を共有するよ。 その中からそっちの都合の合う日にしよう。 緊急時の連絡はグリ経由で届けてもらえれば大丈夫だから」
「承知しました。 ……何分此方に予定らしき予定はありませんので、暫くは高頻度で頼みたいですね」
「えすね?」
それなりに慣れた頃であれば期間を空ける事に問題はない。だが、最初期に期間を空けると効率に響きそうだと思ったのだ。
「……そうだよね。 今日から見て二日後と七日後は予定があるけど、それ以外なら予定なしだから……一先ずは残りの八日は教えに来るよ」
「本当ですか? 助かります」
「いあす!」
「……様子見次第だけど、最初の何日かはカエファにも付いてもらうのは構わない?」
「もちろんです。 押し付けて外出などしませんよ」
「えんよ」
こうして、サフスにメグミの語学学習を見てもらう事となった。
……
サフスも今日この後に予定こそないのだが、彼側の準備も必要との事だったので、解散と相成った。明日の昼過ぎから本格的にメグミの勉強が始まるのだった。
尚、報酬に関してだが、実際に教えてどれ程手間が掛かるのか。どれだけの回数で教えきれるのかが不明慮なので、その日毎に賃金を支払う形となった。価格は貴族付き教師から割り引いた金額を基本として設定している。サフスがそういった生業で本業の者でないから貰いすぎない程度に抑えた値だった。
「明日から勉強ですね」
「えうね?」
「……理解できているのでしょうか」
メグミと二人きりになった途端に不安になる。一応依頼した側なので、サフス相手に迷惑が掛からないか気が気じゃなくなっていた。
(私、母親じゃないんですが……。 いや、年齢からするとせめて姉でしょうか?)
そんな事をふと考える。もしかすると私にも兄弟が居て、そんな私が失踪したことで不安にさせたり、迷惑を掛けてしまっているのかもしれないと考える。
(そう、ですよね。 私が何も覚えていないというだけで、近しい方々から今の私が元の私を奪ってしまったと考えることも出来てしまいますし……)
自意識というのは曖昧なもので、少なくとも記憶を思い出すまで、私は今の私でしかない。だが、仮に記憶が戻った際に、今の私は何処へ向かうのか……。
(混ざり合って消えてしまうのか。 思い出しただけで今の私が残るのか……なんて、その時にならねばわかりませんよね)
それでも、元の私を知りたい。思い出したいという感情に変わりはない。嫌なことも苦しいこともあったかもしれないけど、それ以上に大切にしていた何かを忘れたままなんて、嫌だった。
「カエデ?」
「……ん、どうかしましたか?」
僅かに表に出てしまった不安がメグミにも伝わってしまったらしく、この子も不安げな表情になっていた。
「カエデ!」
「痛っ、なんですか……」
何故か私の太ももをバシバシと叩いて何かを示すメグミの意図が理解できない。
「カエデ!」
「何ですか……」
私が屈んで目線を近づけると、今度は二の腕を同じく叩かれる。
「カエデ!!!」
「え……、持ち上げろ。 と言っていますか?」
しきりに叩くメグミの行動を何とか読んで、そう答えると、メグミは大きく頷く。
「承知しました……」
どのような世界でどのような過ごし方をしていたのか、見た目以上に軽いメグミを持ち上げる。
すると、私より上の目線まで上がった所で、メグミは私の頭に手を置いて……撫でた。
「え?」
その手付きは力強くはないが、優しくもなく、整えていた髪がめちゃくちゃにされる。
「カエデ!!!」
「……ありがとうございます」
だが、それは嫌なものでもなかった。なんとなく空いていた心の隙間が埋められた気がした。
締めだと言わんばかりに、最後に私の頭をバシバシと叩かれるので、腕を伸ばしてメグミを離す。
「……明日からは頑張りましょうね」
「しうね!」
私はメグミを床にそっと降ろすと、お返しに頭を撫でた。




