Episode9 bless Girl
==カエデ==レストラン・グッグナギルス==
私はこの女の子を連れてある食事処へと入っていた。その後、食事を待っている間に考えを巡らせていた。
「言葉こそ通じませんが、此方の意思は伝わってるみたいですね。 大人しく座ってる様に伝えればそうしてくれていますし……」
「あうし?」
「……会話こそできないとしても、せめて名前がないとやりづらいですね」
「えうね?」
「何か、名前はあったりしませんか? ……名前が伝わりませんよね」
「んおえ」
私は自らを指差して、「カ・エ・デ」と教える。
「あえんぇ?」
「カ・エ・デです」
「かエえ」
「カ・エ・デ」
「カエデ」
「そう、カエデです」
「カエデえう」
続いて、私は女のことを指して、名前を聞く。
「貴方の名前は?」
「あえは?」
「名前です。 何かないですかね?」
「??? ……ぐみ」
「グミ?」
「ぐミ! グみ。 グミ!」
「……それが名前なのですか?」
「グミ!!!」
それを連呼する程に、先程与えた菓子が気に入っていたらしい。
「さ、流石にグミが名前というのは……」
「グミ!!!」
「……せめて、メグミとかにしませんか? メ・グ・ミです」
「めグミ???」
「はい、自然の恵みという意味でメグミです。 漢字にするなら、美という文字を合わせて恵美になるでしょうか……?」
「メグミ……。 メグミ! メグミ、メグミ!!!」
「気に入ったんですか? ならそれにしましょうか……。 私何やってるんでしょう……、はぁ……」
「メグミ! カエデ! メグミ! カエ――」
私と自分を交互に指しながら、料理が届けられるまでメグミはその単語を連呼し続けた。
……
「マークさん、戻りました」
「あしたー」
どうやらメグミに懐かれてしまったらしく、私が何か話すとそれを真似するようになってしまった。
研究室に入ると、難しい顔をしたマークが待っていた。
「戻って来たね。 回りくどくしても仕方ないから結論を話すと、その子供は異世界から来たみたいだ」
「メグミ!!!」
「……は?」
話を遮られたマークが不思議そうな表情をする。
「えぇと……名前がわからないので、メグミと呼ぶことになりました」
「そうかい。 それは好きにするといいよ」
「メグミ! カエデ! マーク!」
メグミは自分、私、マークの順に指さしながら名前を叫ぶ。マークの名前は教えていないはずなのに、それを理解してる様子から頭は良いのかもしれない。
「で、その子だけど……キミと同じく保護するしかないだろうね」
「そうですよね。 でも、メグミの様に異世界渡航監視装置から漏れた方がまだ居るかもしれませんよね」
「……そうだね。 前例が出て来てしまった以上、その可能性は考えるべきかもしれない。 けれど、現状は動きようがないから、一先ず置いておくしかないだろう? 幸いその子はキミが保護してくれたしね」
「……それは、無責任ではありませんか?」
「知らないよ。 元々ボクの仕事はこの装置での監視と、それへの対応だからね。 寧ろ、キミが余計な仕事を増やしたと考えることも出来るんだけど……」
「……」
「それに、仮に監視漏れが存在しても探しようがない。 ……その相手は言葉が話せないことから目立つだろうし、そういう者を見かけたら知らせるようには働きかけておくぐらいしかないだろう?」
「そう、ですね。 そうでもするしかないですよね……」
「それとその子供だけど、監視装置で捕らえられなかったから、帰還日も観測できない可能性が高い。 悪いけどこの世界で暮らす様にしてもらうしかないかな」
「……それはあまりにも――」
残酷だ。そう答えようとも考えたのだが、他人事ではなかった。私自身もこのまま記憶が戻らずに元の世界へと帰れても、その後どうすべきかわかっていない。
「……元の世界が、必ずしも良い世界であるとは限りませんしね」
「それは否定しないよ。 だけど、帰還は可能な限りすべきだね。 この場合は帰しようがないから致し方ないけど」
あのノートには帰りたくなくて、この世界に残る選択をした女性の話を見かけたのだ。それも一つの答えなのだと感じる。
それに、このメグミは年齢から言葉を話せない程過酷な状況に置かれたのか、それとも単に文明が発達していないのか……。どの道この世界の方が幸せに暮らせるのかもしれない。
「がうの!」
「……それに当たっては言葉を教えないとだね」
「翻訳機は使えないのですか?」
私は自分の耳に差し込まれている機器を指差す。
「無理だね。 それは母国語に対応する言語と接続する機能が基礎であると話しただろう? その基礎となる言語がなければ無意味だね」
「でぬ?」
「……みたいですね」
「金銭的な部分は任せてほしい。 それが本来ボクがすべき事だからね。 でも、連れてきたキミにも協力は頼んで構わないかい?」
「はい。 私に懐いてしまっているみたいですし、協力は惜しみません」
「ません!」
「……キミは自分の記憶も問題なのに、悪いね」
「いえ……。 にしても、マークさんは冷徹な方だと勘違いしていました」
「ました?」
「……別にそれ自体は否定しないよ。 あくまで異世界関係者だから援助する訳だしね」
こうしてマークと共に、メグミの育成計画を練ることになった。
「カエデ! グミ!」
「え?」
「グミ! グミ!」
「……あ、グミが欲しいのですか?」
「グミ!」
私が持ち込んだグミのケースは既に半分以上なくなってしまった。
「グミ!」
「……もうこれ以上は我慢してください」
「カエデ? グミ、グミ!」
これでも僅かな手がかりである菓子を、これ以上食べられるのは不味いので懐にしまったのだが、それを圧し掛かられながら奪われそうになる。
「……助けてください!」
「ボクはもう一度監視装置を見ておくよ。 もしかすると、ログに何かあるかもしれないしね」
「え――」
「グミ! カエデ、グミ! グミ!!!」
マークは逃げるように研究室へと戻って行き、私は何とか菓子を死守した。
「グミー!!!」
「勘弁してくださいー!」




