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Episode7 Town Stroll


==カエデ==エルリーン・南中央道==


 私がマークの研究に付き合って数日が経過した。

 あの後色々試したのだが、私の適性は多種多様な属性のドロップを扱えるユニークドロップだったらしい。

 他の普及しているドロップではそれに対応した能力しか引き出せないものの、託宣のドロップをディートした際のみ属性の同時使用が可能とのことだった。

 万が一に備えて託宣のドロップこそ持ち歩く様にしているが、それは最終手段として据えて、普段はそれ以外の通常のドロップを持ち歩いて使うことになった。託宣のドロップの頻繁な使用は危険だからである。


(とはいえ、この治安の良い町で使う機会なんてないですよね……)


 私が歩く街並みを見ると、ランケットと思しき人が、老人の介抱をしている姿があった。

 私の知識基準で最高峰の日本と比べてしまうと、乱闘騒ぎが日常茶飯事なこの町は危なっかしい。それでも、道行く人の笑顔を頻繁見かける所は日本にはない美点であり、安全な町である事の現れなのだろう。


(ですが、私が望んだ結果とはいえ、騒動に関わる側のランケットへと関与することになってしまいましたし、少しでもこの町について知らねばなりません)


 どうやら、私の地頭は決して悪くはないらしく、ノートを参考にして識字学習をした所、既にほぼほぼ読めるようになっていた。

 稀に読めない単語に出くわすこともあるのだが、それは前後の文や装着中の翻訳機の補助能力によっておおよそ読める。この世界の言葉は会得したと見て問題ないだろう。


(となれば情報収集です。 知らないことは不安ですし、少しでも知識を得なければ……)


 こうして町の仕組みを理解利用としながら歩くと楽しいものである。


 先ず目につくのは露店販売をしている人達だろう。実はこうして店を開く場合には許可証が必要らしく、それを得ていない人ががたいの良い男性らにしょっ引かれて行くのを見かけている。その許可証の取得は犯罪歴でもなければ容易らしい……のだが、如何せん期限が短く、それでいて順番待ちが酷いらしい。この国の首都であり、発展している弊害とも言えよう。

 だが、それでも土地や建物を購入する貯えがない者が毎日の生活の為にこぞって参加している。その熱意は凄まじく、露店を開くことが許可された通りを通る際には喧騒に晒されることとなるのだが、そう悪い感じはしない。

 他人のお金を無駄遣いする訳にはいかず、殆どウィンドウショッピングになってしまうのだが、見て回るだけでもこの世界の文化に触れることができて私は楽しめた。


 それと一度早朝に出かけた事があるのだが、その際に嫌に臭いの強い人力車を見かけた。どうやらそれは汚物処理を生業とする方々だったらしく、人の寝静まった早い時間帯に活動しているのだそうだ。

 この町は上下水度が完備されていない。上水は貴族街では玄関先に水が引かれ、それ以外は近隣の井戸水を利用しているそうだ。だが、下水は存在しないので、人が出したものは当たり前だがどこかに流れる訳がない。その為、貴族街では建物外から回収できる構造になっており、それを担当する者が日々集めているらしく、それ以外の住民は指定の場所へと運んでいるとのことだ。

 私が見かけたのはこうして集められた物を町の外に運び出している様子だったそうだ。臭う訳である。因みにそれは肥料として扱われるらしい。私の物も含まれていると考えると複雑である。


 話は変わるが、何分私は料理ができない性能らしく、レシピこそ頭に浮かぶのだが、それを実行しようとするとまともに機能しなかった。その為、出来合い品を購入して持ち帰ってマークと食べたり、外で済ます事もあった。外食分の金額は手渡されているので、何度か食事処に厄介になっている。

 だが、残念ながら舌は正直だったので、毎度料理の駄目だしが脳内を駆け巡っていた。この食材が主張しすぎだの、この香料を使えばより美味しくなるだの、といった具合にである。当然それらの構想では予算など考慮しておらず、たらればの範疇を越えないのだから手に負えない。

 私の知らない私は相当のグルメであったのか、純粋に我儘だったのか……。私が私を嫌いになりそうなので、止めていただきたいものだ。


(知らない事に対して異様に怖がったり、知識だけは無駄に幅広く知っていたりと……。 典型的な頭でっかちの特徴ですよね)


 本来もっと内向的な性格で、外出が好きだったとは思えない。外を歩く度にどっと疲れるのはその証拠だろう。

 にもかかわらず、()()の私は無理を通して外に出ている。それは僅かにでも刺激を受けて記憶を思い出す取っ掛かりになればという一心だった。

 だが、その現状は振るわず、一向に何かを思い出すことはなかった。


(別の方法を考えねばなりませんね……)


 そもそも間違いなく来た事のない世界を見て回るが記憶回復に繋がる気がしない。だが、元の世界に当分戻れない以上、この世界で出来ることをするしかない。

 これでも思いつく限りの事はしていたりするのだ。私と共に持ち込まれた鞄内の物は、中身を一日に一度は必ず見つめる様にしていたりもする。


(……少し歩き疲れましたね。 一旦休みましょうか)


 賑やかで、笑顔の絶えない街並みではあるが、その中に身を置き続ける体力は存在しない。そんな軟な自らの体を恨めしく思いながら、路地裏へと入る。

 常に夕暮れ時の様な空模様でも、昼頃はそれなりに気温が上昇する。だからだろうか、日陰に入って、冷やされた空気に触れると、気持ちよさを感じた。


(これで埃っぽさがなければ尚良ですが、それは贅沢でしょう)


 勝手に建物の裏に入り込んで文句を言うのは筋違いも甚だしい。そんな人間がいるのであれば、小言の一つでも言い返してしまいそうだ。

 人の気配のしないその場で壁に寄り掛かり、朱色の空を仰いでいると、そう遠くない位置から『ガタッ』という音がした。

 油断して空を見上げていたのもあり、私は声もなく驚くが、その方角を見る。すると、小さな人影が見えた。


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