Episode4 Vigilantism
==カエデ==エルリーン・南中央道==
怪我が完治した翌日、私はこの町の外へと初めて出た。一目で目についた町を歩く人々の髪色が無駄にカラフルであり、日中にも関わらず空の色が朱色なのには驚いた。
また、あのノートに記されていた『町の文化レベルは近代かも』と表現されているのは概ね正しいだろう。
建造物には木製なども要所で使われているが、その多くはコンクリートのらしき複合材料によって建造されている。当然窓には透明度こそ現代に劣るがガラスを多用されていた。
街道には利便性より見栄えを重視してかレンガを使っているのだが、その隙間の補強もしっかりとされているので踏み心地はそう悪くない。
少しでも町の中で土地を活用する為だろう。四、五階やそれを越える建物も珍しくない。……日本人の感覚では耐震強度が気にならなくはないが。
また、町からそれなりに離れた位置には工場もあるそうだ。……この町は王族の住む首都らしいので、公害の懸念から距離が離されているのだろう。
(……視線が気になりますね……、やはり先にアパレルに向かって正解でした)
現在私が着ている服は、杏耶莉というノートの方のものを借りている。日本に持ち帰る訳にもいかず、マークの家で寝かされていた品だった。
彼女はゆったりとした服を好んでいたらしいし、また背丈も問題ないのだが、ある一点が私を注目させるに至っている。
(スタイルが良すぎるのも問題ですね……)
自分事ではあるものの、いまいち実感がないので誇れないのだが、私は顔だけでなくスタイルもかなり良かった。具体的に言えば、直立すると爪先が見えない程度には胸が生えていたりする。
この服本来の持ち主は並程度だと予想されるので、それに合わせられた服を着ると前面が持ち上げられて腹部辺りに空間ができてしまうし、下部はさながらフィッシュテールの状態だ。
(……そこまで見たいのであれば、堂々と見れば良いのに、何故そう横目で見ようとするのでしょう)
すれ違う女性はまっすぐ見てくるのだが、男性の多くはこそこそと見る。時折気にせずガン見する方もいたりはするが、それはそれで好ましくもない。
そもそもインナーは替えが利かないからと、転移時に着用していた物をそのまま使ったのが不味かった。他の女性が使っているであろう物は日本製より強調されづらいものらしかったのも影響しているだろう。
(早く、ノートに記されていた店に向かいましょう……)
注目される不快感から少しでも逃れるべく、足早にアパレル店へと向かった。
……
悪目立ちしない服に着替えて、それとは別に着まわせる程度には服を購入した私は、続いてランケットの拠点である酒場へと向かっていた。
因みに、支払いに使用したお金はマークから渡されたものである。際限なくとはいかないのだが、彼は私の様な境遇の者を支援すべく現地で利益を得ているらしい。
異世界管理官は本来、その世界で価値のある宝石類などで換金するのが主な方法らしいのだが、彼が独自でやっている研究の副産物で事足りるので金銭的に不自由しておらず、同時に無頓着らしかった。一応使う目的を言えば問題なく支給すると伝えられている。
購入した残りの衣類を発送するように手続きも済ませて身軽な私は、少し大通りから逸れた位置に存在する酒場、ウィズターニルへと到着していた。
(ここですね……。 はぁ……緊張します)
いつまでも店先で立ち止まっていたら邪魔なので、意を決して店内へと入って行く。
私が店内に入ると、席で飲み食いしていた男性方から注目を集める。「マジかよ」とか「美人だ……」といったワードが耳に入るのだが、正しく自覚していない言葉は只々むず痒いだけである。
「すみません、ランケットで代表。 もしくは相応の地位に居る方と話をさせてください!」
そう大声で店内に響くように答えるが、席に着いた男性方は動揺が強いだけで動かない。そんな折、厨房からガタイの良い店主らしき男性が現れる。
のしのしと私へと近づくのだが、彼の歩き方から左足を庇う様子が見て取れた。
「嬢ちゃん。 申し訳ねぇが、裏で話を聞かせてくれ。 ランケットのリーダーは呼ぶ手筈をしておくからそれで頼む」
「承知しました」
その店主の方と共に、店の裏へと向かった。
……
「で、嬢ちゃんは何処のお忍びだ?」
「お忍び? 何の話でしょうか?」
ソファへと座って開口一番、店主の男性からそんな質問をされる。
「服自体は裕福な平民のを装って入るが、準備したばかりの新品の服。 それに、整えられてつやのある肌と綺麗すぎる顔立ち。 どこからどう見たって、箱入りお嬢様だろう?」
「違いますよ? 私は――」
異世界から来た。 そう答えようとして口を噤んだ。ノートやマークの言葉に、私の素性を明かすことは危険に繋がる可能性があるからと、公言しない様言われている。
「――それは、お答えできません」
「そうか。 なら、貴族としては扱えないが構わないか?」
「構いません」
そういった扱いがされたい訳でも、その必要がある訳でもないので問題はなかった。
「……で、何の用事なんだ。 平民の嬢ちゃん」
「それはですね、この国の情勢。 そして、可能な限り他国の情勢を教えていただきたいのです」
国を指定しないその回答に、店主は目を丸くさせる。客観的に見れば、私は国外か大陸外からの間者か何かに見えるに違いない。
「……ここは情報屋じゃねぇんだが?」
「存じております。 自警団ランケット、この町を守るために発足された非営利団体にして国から認められている武力集団ですね?」
「なら、帰んな。 そもそもそれをあんたに教える義理がねぇ」
店主は、手の甲を向けて追い払う様に『しっしっ』と振る。
「ですが、他に頼る方もおりません。 どうかお願いします」
「……無理だ。 情報の価値ってもんをあんたは知らなさすぎる。 親父さんにでもその辺の勉強をさせてもらうんだな」
「……」
取り付く島のないこの男性の答えに、半ばあきらめて帰ろうかと考えていると、背後から声が聞こえた。
「面白い話をしてるな~。 何故そんな事を知りたいのかはわからんが、困っている女性を見過ごすわけにはいかないだろ~」
「え……?」
振り返ると、開いているかわからない程に目の細い、栗色の髪をした男性が立っていた。
「お嬢様の悩みなら、ランケットが力になるぜ~」
嫌な笑みを浮かべたその男性に私は返す言葉が見つからなくて、即座に反応できなかった。




