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Episode2 Amnesia


==???==マクリルロ宅・個室==


 意識だけがあるものの、動けるわけでもないので退屈に時間が経過していく。

 何時間か経った時点で再度この部屋にマークが訪れると、後回しにしていた事について教えられた。


「――これで、質問はもうないかな?」

「はい、ありがとうございます」


 彼の素性やその技術が進んだ世界の技術で作られた機器の説明を聞いた。

 また現状の私の状態についても詳しく教えられる。以前説明不足を指摘されたので、最初にすべて話しようにしたのだという。

 私が異世界に来てしまっている・……という話はいまいち信憑性を感じられないが、それは追々理解すれば良いという言葉で一旦信じることにした。


「キミも不便だろうし腕は完治しているから動かせるようにしておくよ。 それと、キミが持っていた鞄は渡しておくね。 中身は見ていないから安心してもらえるかな」

「はい……」


 正直自分の事がわからないので、この鞄が自分の持ち物であった保障もない。けれど、この世界に持ち込んでしまったのでどの道これだけが唯一の手がかりと言えるだろう。

 マークから受け取った鞄を開いて中身を見る。使用形跡が殆どない化粧ポーチや小銭入れ、絆創膏や手櫛にマスクと当たり障りのない品しか入っておらず、私の身分を特定できそうな物が何一つ入っていない。

 化粧ポーチ内の手鏡で自分の顔を見るが、それを見ても自分であると認識できない違和感を感じる。因みに自分の顔を贔屓目なしに客観視するのであれば、顔立ちはかなり整っていると言えるだろう。他人みたいなので嬉しさもないが。


「一応キミの着ていた服も調べるかい? 物色するのも悪いと思って調べていないんだ」

「……お願いします」


 それよりも私の服を彼が脱がしたのかが気になった。医者だと思っていたので仕方ないと考えていたのだが、彼曰く研究者らしいので今になって羞恥心が芽生える。だが、緊急時であったし直してくれた事実は変わらないのでその感情を表に出すことはないが。


「これだね。 ……女性の衣類をじろじろ眺める物でもないだろうし、一旦ボクは退室した方がいいかな?」

「……構いません」


 照れもなく肌着を摘まむ彼を見て、そういう人間なのだと認識することにした。一々気にしている私が馬鹿らしい。

 上着のポケットを調べると、菓子が入っていた。これを以前好んでいたのであれば食べてみれば記憶を呼び起こす切っ掛けになるかもしれない。それを近くの棚の上に置いて、まだ上着を調べる。


「……あ」


 擦れていて読みづらいのだが、(かえで)と読み取ることが出来た。


(かえで)? これが私の名前でしょうか……」

「……それがキミの名前かどうかはわからないね。 けれど、どの道名前がないと不便だろうし、判明するまではそれで名乗れば良いんじゃないかな?」

(かえで)……。 やはり思い出せませんね」


 その名前の響きを口にするが、何の感情も湧いてこない。だが、マークの言う通り名無しのままでは不便なのでそれを一応の名前とすることにした。

 結局、その後に私について知れそうなものは見つからなかった。


 ……


 マークが私の傷の状態を見ていると、部屋の外から『ドタドタ』という音で近づいてくるのが聞こえる。


「……やっぱり聞きつけたかな」

「何が――」


 私が質問をしようとする刹那、部屋の扉が大きく開かれて桜色の髪をした男性が現れた。

 背丈は高身長なマークより少し低い程度ではあるのだが、顔つきにまだ幼さを残しているので男性より少年と表現した方が正しいだろう。


「アヤリ!!!」

「え、何でしょう!?」


 この少年は眠っていたベッドへと駆け寄るものの、私の顔を見て明らかに落胆した表情をする。その後は私を指差しつつマークを睨んだ。


「誰これ!? アヤリは何処だ!」


 この少年はマークの胸倉を掴んで詰め寄る。しかし、至って冷静な様子でマークは答えた。


「キミがどんな情報を得たのかは知らないけど、見ての通り彼女は人違いだよ」

「……そう、か……。 すまん、邪魔したな」


 私が彼に何かをしたわけではないが、なんだか悪い気がして申し訳なくなる。そうしてとぼとぼと外に出て行った。


「悪いね。 彼はあの一件以来どうも不安定で」

「はぁ、そうですか……」


 いまいち状況は掴めないが、わざわざ追及すべき事柄でもなさそうなので口を噤む。


「……これでよし、と。 後一日もすれば歩き回れる程度には回復するだろう。 それまでは不便だろうけどこのまま我慢して貰えるかな?」

「承知しました」


 記憶障害に陥る程の怪我を僅かな日数で直せるという彼の言葉が本当であれば、凄まじい技術力である。


「それじゃあボクは行くよ。 これでも忙しいからね。 ……何か用があればそこの鐘を鳴らして呼んでくれればいいよ」

「はい、ありがとうございます」


 呼び出し方法はアナログであることに戸惑いを覚える。彼の話曰くこの医療器具の様な持ち込んだ技術を除いて文化レベルは決して高くない世界らしいので、それらの要因がこのちぐはぐさを生んでいるのだろう。


(自分の事もわかりませんし、この世界についてもわからない。 これからどうなるのでしょうか……)


 ふと目を向けると、先程棚の上に置いていた菓子が視界に入る。記憶を思い出す取っ掛かりになればと封を開けて口に運んだ。


(……別に大して美味しくないですね)


 私の知る限り、大手メーカーのレギュラー商品である。特別好んで携帯していた訳ではないのか、その味に特別な感情は湧かなかった。


(課題が多すぎますよね……。 憂鬱です……)


 口に入れていた菓子を飲み込んだところで、そういえばこの状態で排泄がどうすれば良いのかという疑問が浮かぶ。

 首から上と腕にしか感覚がないので、最悪垂れ流す恐れがあった。


(どうすれば……。 でも、それをマークさんに話すのも何だが……)


 そんな思考を何度か繰り返した後、最悪それの処理を頼むよりはマシだろうと、手元の鐘を鳴らした。


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