第23話⑤ さよならは言わずに
完結ではありません。まだ続きます。
明日も更新予定ですが、それとは別に今日中にキャラ・設定紹介をアップします。
==杏耶莉=エルリーン近辺の森の中==
マークから帰還日を告げられた翌々日、私はエルリーンの町近辺の森の中に居た。
町の近くなのでそれ程深い森でもないが、それでも町中で過ごしている身としては珍しい光景が広がっていた。
「ここに私が倒れてたんだね」
「そうだね。 騎士との連携が取れず、ボクが直接キミを連れ出したんだ。 森の外で待たせた御者の人に奇異な目で見られたよ」
定期的に人が出入りしているらしく、人の通れる道がしっかりと確保されている。とはいえ道幅は狭く、時折根っこが地面からせり出しているので馬車で通ることは難しいだろう。
「それは仕方ありませんわ。 マーク様は元来胡散臭い様子ですもの」
「それは俺も同意だな」
「酷いなキミ達は……」
この森には私とマーク。それに私の素性を知るカティ、チェルティーナとその従者フェン、サフスが来ていた。
その中でもサフスは既に疲労困憊の様子でぐったりしている。
因みにそれ以外に知り合った騎士団の団員や、ランケットの人達とは昨日の時点で挨拶回りの際に別れを告げている。
マークは少し開けた森の中の空間の前に立ち止まる。
「この場所だね。 余裕を持って到着したから、少し待ってもらわないとだよ」
私が通って来た裂け目の発生源の地点へと辿り着いた。
「……私は覚えてないけど、ここで始まったんだ」
「その通りだね。 そして今日、此処でキミの長い冒険は終わるという訳だね」
「アヤリ……」
「私はアヤリ様の事を信じておりますもの。 終わりではありませんわ!」
「……僕は楽しかったよ」
私が知り合った人達が思い思いに言葉を発する。
用意周到なフェンが敷き布を広げてチェルティーナを座らせる。
「文面に残せないので口頭になってしまいますが、ラング殿下。 そして又聞きになりますが、ディンデルギナ殿下からも言伝を伺っておりますわ」
「そうですか?」
「えぇ。 『君が元の世界に戻るのは残念だけど、どの場所でも頑張ってほしい』とはラング殿下から。 『其方には申し訳ないことをした。 だが、其方の頼みは聞き受けた』とのことでしたわ。 ……頼みとはなんですの?」
「それは……内緒です」
「まぁ! 私には教えていただけませんのね、悲しいですわ」
ちっとも悲しそうにない声色でそう話すチェルティーナを遮る様にマークも口を開く。
「ボクもキミ宛の手紙を受け取っているよ。 『この手紙の内容を聞いているという事は、ア後輩はわたしの想像通りの選択をしたのだろう。 後輩が居なくなるのは残念だが、君の選択を指示するよ。 お疲れ様だ』、とのことだね。 事前に届いていたから、前もって送っていたんだろうね」
「アドルノートさん……」
出会ったのは数度だったが、それでもしたり顔をした彼女の姿が目に浮かんだ。
そんな事を考えていると、傍にサフスが近寄っていた。
「……僕、アヤが居なくなるなんて考えてなかった。 だけど、アヤのおかげで楽しかった。 それと、ペンありがとう」
「どういたしまして」
サフスには私が持ち込んだ筆箱に入っていたシャープペンとボールペンをプレゼントした。当初興味を示していたことと、この世界では貴重な品だが帰った後なら幾らでも手に入る消耗品でしかない。
「……今の会話で思い出したけど、あれは本当にボクが持っていれば良いのかい?」
「うん、お願い」
「けれど、今後キミと同じ境遇の者が必ずしもキミと同じ世界から来ているとは……」
「わかってる。 けど、それでも私が考えた結果だから」
彼にはある物を託している。それが役立たないに越したことはないのだが、少しでも出来ることはやっておきたかったのだった。
この場に集まる人と一通り話をして、最後に話が出来ていないカティの方を見る。
「……」
彼は私は意図的に距離を取って私の方を見ているが、私が彼の方を向くと視線を逸らされてしまう。
私が近づくと、一瞬逃げようとしたのか寄り掛かっていた木から離れたが、その場からは動かなかった。
「カティくん」
「……何だよ」
「今までありがとう」
「……別に、俺は大したことはしてない」
「そんなことないって」
「……」
「カティくんには色々と助けられたよ?」
「……あぁ」
「私はこれからも頑張るよ。 だから、カティくんも頑張ってね」
「……頑張るって、何を?」
「私の場合は強くなるって決めたら、次会う時にはきっとカティくんに負けないぐらい強くなってるはずだよ」
「……」
「だから――」
「そうだな。 俺も負けないぐらい強くなるよ」
そう答えると、話は終わりだとばかりにそっぽを向いてしまった。
……
「そろそろだね。 帰還日に発生する裂け目は規模が小さいから巻き込まれる可能性は低いけど、でもこの位置から向こうへは近寄らない様に」
マークはその言葉と共に、足で地面に線を引く。
緊張からのんびり座っていられなくなったのか、チェルティーナが立ち上がり、全員で引かれた線から向こう側を見つめる。
「来た!」
マークその言葉と同時に空中の何もない空間にガラスが割れたような亀裂が広がる。その規模は決して大きくないが、その常識から外れた様相に驚く。
「さぁ、別れの時だね」
「うん。 今までありがとう」
そう言って、私一人だけで引かれた線を踏み越える。一歩、また一歩と近づく程に、緊張感が高まった。手を伸ばせば届く距離まで近づいた時点で、背後から数人の言葉で名前が呼ばれる。
その場で立ち止まり、私は振り返った。
「アヤリ様のお陰で楽しい日々を過ごせましたわ!」
「アヤリ様! お元気で!」
「……アヤ! じゃあね!」
「キミの無事を祈ってるよ」
そんな彼らの言葉に私は最後にお礼を言った。
「うん! みんな、ありがとう!!」
そして、もう一度裂け目の方を向いて手を伸ばしかけたその時、誰よりも大きな声量で呼ばれた。
「アヤリ!!!!!」
驚いて振り返るも、伸ばした手はそのまま伸び続けていた。
「俺は!!! アヤリの事が――」
その言葉を最後まで聞くことなく裂け目に触れると、私は引き込まれる様にして目の前が真っ暗になった。
――
「ん……」
気が付くと私は、硬くてごつごつした地面に横たわっていた。初めに視界に移った太陽の位置は高く、昼前だという事が読み取れる。
「――寒っ」
直前まで居たレスプディアの気候は暑かったのだが、それと比べると空気が冷え込んで乾燥していた。
私は起き上がって周囲を見渡すと、日本らしい家々が並ぶごく普通の住宅街に居たらしい。
(ここって……)
そしてそれが、見た事のある風景であることに気が付くと、私はある方向に向かって走り出した。
「はぁ……、はぁ……」
全速力で走るのですぐさま呼吸が乱れるが、そんな事はお構いなしに唯一点へと向かって走り続ける。
「はぁ……、はぁ……。 やっぱり……」
そうしてたどり着いた視線の先には、十年以上を過ごして来た自宅の姿がそこにあった。
手持ちの鞄から鍵を取り出して、玄関の扉を開ける。靴を脱ぎ捨てて明かりも付けずに自宅内のある場所へと向かった。
「ただいま!!! お父さん、お母さん、伊捺莉!!!」
帰って来た喜びを噛み締めながら、そう叫んだ。




