第1話① 異世界に転移して・勇者がやって来た
耳障りな電子音が部屋に響くのと同時に目が覚める。
反射的な素早い動作で音の発生源上部にある大きなボタンを叩きつけるように押すと、その耳障りな音はピタリと止んだ。
数秒の間を置いたのち、首だけを動かして私の手の下敷きとなっていた目覚まし時計を見ると、七時五〇分という時間を示していた。
(……起きないと、か)
掛布団を撥ね除ける様にしながら上半身を起こし、両腕を天井に掲げながら『ぐーっ』と伸びをする。
ぼやける視界のまま部屋を見渡すと、壁に掛けられているまだ数回しか袖を通していない中学指定の制服が視界に入る。
(そうだ、中学生になったんだ……)
『すーっ』と頭が覚醒していく感覚がして、快適で温かいベッドに別れを告げて立ち上がる。
乱れた掛布団を見苦しくない程度に整えてから、指定の制服であるセーラー服に着替える。
真新しい制服の着心地に違和感を覚えつつも、同じく学校指定の鞄を持ち、自室を出てリビングへと赴いた。
……
階段を降りてからそのままリビングを経由してキッチンへと向かう。冷蔵庫を開けると、昨日に作った夕食の残りがラップがかけられて入っていた。
ラップをそのままに電子レンジへと放り込み、適当にタイマーをセットする。同じく昨日炊飯器で炊いていたご飯の残りをお茶碗へとよそう。
箸や飲み水の準備をした後に、テレビの電源を入れて朝のニュース番組を眺める。
囃し立てるように数日前に発表されたらしい俳優とモデルの結婚に関する話題で盛り上がっていたが、別段興味を惹かれることもなかった。
(昨日使った分でひき肉はなくなったから今日買い物に行かないと。 野菜は……キャベツが残ってるか。 なんかほうれん草、食べたい)
そんなことを考えているうちに電子レンジがアラームを鳴らす。今日の朝食はこれだけでいいだろう。
「いただきまーす」
……
朝食を済ませた後は使っていた食器を水に漬けておき、その足で洗面所に向かう。
鏡に映った見慣れない制服を着た自分に違和感を覚えつつも、着崩れを整えて髪を梳かす。
その他の用事を済ませたら、リビングへと戻り食器やご飯釜を洗う。
(今日は駅前のスーパーがセールだから帰りに寄ろうかな……。 でも結構遠回りになっちゃうから、どうしよっかな……)
食器を洗い終えた後、昨夜にも何度か確認していた鞄の中身を再度確認する。
(ハンカチ、ティッシュ、財布、筆箱……もある。 体操服は……今日必要なかったはずだし……。 うん、おっけい)
時計を見ると八時三〇分を越えていた。学校まで二〇分はかかるので、そろそろ出なければ遅刻してしまうだろう。
テレビや照明をしっかり消して、鞄をもって玄関へと向かう。
「いってきまーす」
いつもと同じように挨拶をしてから家を出た。
==???=???????==
気が付くと私はベッドで寝かされていた。
「え?……」
一先ず起き上がって周囲を見渡すが、見覚えのある場所ではない。
白色で清潔感のある天井と壁。床は木製のフローリングで囲われた部屋にベッドが三つ、私が寝ていたものと空いているものが二つだけ置かれていた。
(病室? ここって病院なのかな……?)
自らに覆いかぶさっていた掛布団をポンポンと叩くが、『ごわごわ』っとした感覚が返ってくる。あまり質の良い物を使っていないらしい。
(何が起こったのか、覚えてないな……)
生憎自宅を出てからの記憶が途切れていた。事故に巻き込まれて怪我でもしたのか、唐突に発病でもしたのか……。
幸いなことに、自らの服装は家を出た時の制服のままだった。唯一靴は脱がされていたが、ベッドの傍に並べられていた。
鞄も枕元に置かれていて、中が荒らされている形跡はなかった。
(買ったばっかなのに破れたりしてなくてよかった。 って私は呑気な……)
意識を失うほどのなにかに遭遇しているかもしれないのに、妙に貧乏性な自分に自分で呆れる。
そんなことを考えていると、この部屋に繋がる唯一の扉が開く。そして、そこからは背の高い眼鏡をした男性が現れた。
まず目についたのは彼の髪である。長さは男性としては長く、背中で一本にまとめているらしい……のはどうでもよくて、髪色が黄緑と緑の中間のような色であった。
服装は膝まで伸びる白衣を羽織り、一目で分かる程の猫背という特徴であることから医者ではなく研究者というイメージが真っ先に浮かんだ。
そして大きなエコバッグのような物を持っている。その中に何か入っていそうな膨らみがあった。
そんな彼はまっすぐと私を見つめて口を開いた。
「■■■■■■■。■■■■■■■■■■?」
「……へ?」
日本語しか嗜んでいない私には到底理解不能な言語が飛び出してくる。思わず間抜けな返しをしてしまうのも無理からぬことだった。
「■■■■、■■■■■■■。■■■■■■■■」
私の間抜けな返答に一瞬目を丸くするも、にへら顔になりながら再度謎言語で話しながら、ポケットからワイヤレスイヤホンのような物を取り出した。
押し付けられるようにしてそれを受け取り、ジェスチャーで付けるように指示を受ける。
若干の不信感を感じつつもそれを右耳に取り付けると、耳の裏側に『ちくっ』と針か何かが刺さった。
「痛っつ……」
紙で指を切ったような半端な痛みに不快感を覚え、渡された器具を取り外そうとすると、それを静止される。
男子に悪戯された記憶が頭を過ぎり、呆れに近い感情で彼に向き直ると再度彼が口を開いた。
「これで、こっちの、言葉が、伝わる、かな?」
「え、嘘!?……え!?」
彼の言葉がわかるようになり、私の言葉も変換されていた。
知らない言語への唐突な順応という感覚の齟齬に頭を抱えていると、満足そうな顔で目の前の男性は話を続けた。
「キミがここの言葉を理解できたのはその翻訳機のおかげだね。 それじゃあ一つずつ説明をしていこうか」
彼が壁際にあった椅子をベッド近くに運び、腰掛けから話が始まった。
「まずは自己紹介でもしようか。 ボクの名前はマクリルロ・ベレサーキス。 そうだねぇ、ここの習わしに習ってマークとでも呼んでよ。 で、キミの名前は?」
「は、はい。 私は杏耶莉 春宮です」
正確には春宮 杏耶莉だ。だが、言語に関する知識だからだろうか、翻訳機に付随する知識に則って苗字と名前を入れ替えて発言した。
とはいえ違和感を感じる順番なので、以降は苗字名前の順で発言したとでも脳内変換しておこう。
「発音が独特だね。 ……名前は覚えたよ。 それで、ここで目覚めるまでのことについて、キミはどこまで記憶しているんだい?」
「それは……家を出たところまでは覚えていますが、それ以降は全く……」
「そっかぁ……」と呟いて数秒間考えるようにしたマークは話を続けた。
「落ち着いて聞いて欲しいんだけど、ここはノーヴスト大陸の北西にあるレスプディア王国。 その中央に位置する首都エルリーンという町なんだ。 聞き覚えがないだろうけど、キミにとってここは異世界ということになるね」
「いせかい、ですか」
「そう異世界だね。 数年前からこの町とその周辺では裂け目という異世界に繋がってしまう穴が開いてしまうという事件が発生していたんだ。 それ自体は収まってきてたんだけど、それに運悪く巻き込まれたんだろうね」
「……私って帰れるんでしょうか?」
そう自然と言葉が出ていた。好きか嫌いかと問われれば嫌いだと答えていたであろう元の世界から突然追い出されたら、今度は戻りたくなるとは……。自分でも身勝手な話だと思う。
「……無理ではないけど難しいかな。 同様の世界に繋がる裂け目は発生し易いけど、期待できる程じゃないね」
「そう……ですか」
気落ちした様子の私を見てマークは肩をすくめる。
「兎に角、お詫びじゃないけどキミの身の回りのことについてはボクが責任を持つから安心してほしい。 まずは服とかを揃えるのが先決だろうね」
「その服は着替えてもらわないとだね」と彼が持っていたバッグから無地のTシャツとサロペットが取り出された。
Tシャツはいいとして、サロペットは私のサイズには少し大きいように感じた。
「サイズが分からないから適当に選んだんだけど……」
微妙な顔をしていたからか、申し訳なさそうなマーク。
気絶していて私をベッドへと運び、この世界で目立つであろう制服しかない私の為に用意してくれた身分で、贅沢は言うまい。
「大丈夫、ありがとう」
それに服のチョイスは置いておいて、着れないというほどサイズ差はない。
「着替えたら買い物に出ようか」
そう言い残すと、紳士的なのか興味がないのか、「着替えるから」と声をかける間もなくマークは部屋から出て行った。
==?????=エルリーン列車駅・ホーム==
「ここがエルリーンか。 ようやくたどり着いた!」
人の流れに身を任せ、勢いよく列車から飛び出すと活気あふれる人混みが目に入る。紆余曲折を経て、ようやくエルリーンへとたどり着いた。
その目的は唯一つ、食文化がここ数年で異常なほどに発達しているという噂が発端だった。
噂を聞いてからは少しでも早くたどり着くようにと、大金を叩いて列車での大幅ショートカットを実行していた。
それ故に所持金は虫の息になってしまったのだが、実はそれを解消する術を既に知っている。
(国主催の闘技大会。 その賞金で旨いものを!!)
計画の一歩は大会へのエントリーからだ。早速開催される闘技場へと歩き出した。
……
「大会参加の受付は昨日を以って終了しています」
「なっ……。 大会は今日の午後行われるんでしょ!?」
「ああ、それは本戦の話ですね。 大々的に行われるのは本日ですが、その予選は昨日に行われておりましたので」
「そう……なんだ」
計画外の出来事だった。以前大会の話を聞いた際には本戦の話しかされなかったので、今日でも滑り込みで参加できるものだと勘違いしていた。
「まあでも、参加する方法がないわけではないです」
「本当!? どうすればいいの?」
受付の女性は口籠もるも、再度尋ねると諦めたように話を続けた。
「本戦出場者は出場の辞退や譲渡が可能なんです。 本戦出場者を見つけて交渉すれば可能かもしれませんが……。 ぼくみたいな子供に優勝は無理だと思いますよ」
子供を諭すような目でそう言われた。
「大丈夫! こう見えて俺強いからさ」
そう言い放つと俺の髪を見て再度諭すような目をされたが、諦めたように出場者の名簿を手渡された。
……
(おなか、空いたな……)
これで何度目になるだろうか。現在の所持金ではパン一切れも買えないので、食べ物が視界に入る度にそう考えていた。昨日の夜から何も食べていないので当然の話なのかもしれないが。
受付の女性から渡された名簿には名前こそ書かれているが、その人物がどこにいるかなんて書かれていない。国柄か余裕があるからか、聞き込みは想像以上にスムーズに進んだ。ドレンディアではこうはいかなかっただろう。
当然かもしれないが大衆の興味は強い出場者である。闘技大会の予選まで見に行くような人であれば猶更だ。だが俺が求めているのはどちらかといえば弱い出場者である。実力だけ見れば優勝候補だろうが誰だろうが勝てるだろう。
しかし喧嘩がしたいのではなくあくまで交渉。集めた情報から本戦に出場した中でも自信なさげだという男性に合いに向かっていた。
「ここがその酒場か」
大会を午後に控えていいご身分である。士気を上げるために酒類を摂取するというのは珍しくないが、空きっ腹の俺としては面白くない。酒場に入るなり店内を見渡して目的の人物を探す。
(……あれだな)
店の端っこでちびちびと酒をあおる細身の男性がいた。真っすぐにその男性へと近づき、話しかける。
「単刀直入に言う。 大会の出場権を譲ってくれないか?」
「あー? んだこのがきぃ……。 がきはうちかえって、みるくでものんでえー……」
完全に出来上がっていた。この状態で大会に参加するつもりなのだろうか。
というかこっちの質問の回答としてもおかしい。
「もう一度いうぞ。 大会の出場権を――」
「面白れぇ話してんじゃねえか!」
背後から別の男性に話しかけられる。後ろを振り返ると、いかにも筋肉自慢といった風貌の男だった。
「小僧が何考えてんのか知らねぇが、怪我したくねぇなら参加は諦めな」
「それはできないな」
そう答えると筋肉の男性は面倒くさそうに頭をガシガシと掻く。
「なら、おれが相手をしてやるよ。 おれに勝ったら俺の出場権を小僧にやる。 負けたら諦めろ」
(結局そうなるのか……)
これだから闘技大会に出るような力自慢は……と思ったが、細身の男性の方に視線を送るが、まともに話の通じなさそうな方よりも楽そうだと考えてしまった。
「……それで頼む」
「あぁ……。 親仁! 裏庭借りるぞ!」
店主が頷いたのを確認して筋肉の男性と裏庭へと向かった。
物書きをするのは初めてですので、誤字脱字や表現のわかりにくいところはご指摘ください。




