5.預言
〈禁山〉──聖都から遠く離れた生存圏辺境、外界にほど近い高峰はそう呼ばれている。この地は古来より〈戦士団〉の本拠地であり、過酷な修業の場でもあった。その斧で割ったような峻厳な山肌、あるいはそこに埋まる要塞の修練場で、数多のハイランダーが日夜血と汗を流しているのだ。
「スレイ・ブライト、今日はお前の未来にとって重要な話がある」
その要塞の一角、長老格のものに与えられる個室で、円柱形のスツールにあぐらをかくマスター・ハイランダー──ブロン・ゼム・ウーシアが告げた。八十歳をとうに越えている彼だが、練磨された“生命”の神功、欠かさぬ鍛錬のために三十は若く見える。
「未来、ですか。これ以上修行が殺人的になると、ぼくは遠からず死ぬことになると思いますが……」
向かいのスツールに座るスレイが言った。かれはぼろぼろの道着姿で、その左頬では、入れたばかりの炎模様の刺青がずくりとうずいている。半年に及ぶ“修練生”としての暮らし──同期生の三分の二が脱落した基礎的な訓練と試験を経て、正式なハイランダーの“徒弟”として認められた証だった。
「安心せよ、大事な弟子を殺しはせぬ。これからも可愛がってやる」ウーシアがにやりと笑い、悪魔的な表情をつくった。「特に、お前には重要な役がある……。スレイ、これから話すことは、誰にも言ってはならぬぞ」
「誰にも?」
「そうだ」
「例えば……マスター・ガルシアにも?」
「そうだ。奴には特に言ってはならぬ」
こいつはえらいことだぞ──スレイは内心で震え上がり、思わずごくりと唾を飲んだ。マスター・ガルシアはかれの兄弟子にあたる、きわめて品行方正なハイランダーだ。彼いわく──“私はマスターを反面教師にしたんだ。あの人がもっと掟に忠実なら、今頃は〈戦士団〉そのものを指導していただろうに”──その彼に言うなということは、つまりまともなハイランダーにはお聞かせできない話ということだ。兄弟子たち相手に秘密を守り続ける自信がないスレイは思わず呻いた。
「いえ、あの、あんまりヤバイ話だと……」
「だが、お前は聞きたくなるだろう。さっきも言ったが、お前自身の未来の話──かつて私が塔で受けた、とある"預言"に関することだ」
“預言?”スレイは目を白黒させた。〈始祖〉たちの啓示を受ける預言者たち──〈預言者の塔〉に住まう彼らは奇跡の象徴であり、内輪もめの多い連合をつなぎとめるかすがいだ。方々を通じて〈始祖〉がもたらす先見──未来の情報は幾度となく人類を危地から救ってきた。
「かつてアザニヤ様よりさずかった預言により、私はお前の未来について、いくらかのことを知っている……。スレイ、お前はいずれ“偉大なこと”をなすのだ。それこそ、歴史に永遠に名が刻まれるようなことをな」
「ご冗談でしょう」あまりに荒唐無稽な話にスレイは混乱した。「ぼくが──その、偉大なことを? 兄をさしおいて?」
「そのとおり。私が塔で預言を受けたのは……もう六十年も前になるか。みな私が預言を受けたことなど忘れているし、預言をさずけてくださったアザニヤ様もとうの昔に亡くなられた。だが、預言自体はしかと記録に残っている」
「そ、その記録を見せていただくことは?」スレイは身を乗り出して聞いた。「マスター、ぼくが未来で何をなすのか教えてください!」
「今は教えぬ」
「なぜです、ここまで話しておいて──」
わめく弟子をウーシアは悠揚迫らぬ態度で制した。
「預言の内容は、お前が一人前のハイランダーとなったときに話そう。今重要なのは、スレイ・ブライトが未来で偉大なことをなすという一点だけだ」
「……? それはいったい?」
「私はお前の確固たる未来を知っている──逆に言えば、その時までは、なにがあっても死なないということだ。そう……どれほど厳しい修行を課してもな」
「おお……突然ですがマスター、ぼくの頭にも啓示が降りてきましたよ。この身にとてもひどいことが起こるようです」
「私がたっぷり下ごしらえをしてやろう」ウーシアが恐ろしい愉悦を顔に浮かべた。「“生命”の神功の真の力──ハイランダーの秘技を叩き込んでやる。実に光栄なことだ……この手で〈始祖〉に仕える英雄をつくれるのだからな」