愛しの悪役令嬢様!
世界はいつだって残酷だ。
健気で可憐なヒロインが少しずつ味方を増やし、紆余曲折の末彼女だけのナイトとめでたく結ばれる。物語のハッピーエンド。
その際ヒロインの味方たちは、多少なりとも幸せの恩恵にあずかる。ハッピーエンドへ導くための手助けをしたのだから、ある意味当然のことなのかもしれない。
では逆に、それ以外の人間は、手助けしたことにはならないのだろうか?
ヒロインが経験した紆余曲折。そこに当てはまるのは、決して幸せになってはいけない、絶対悪の人間なんだろうか?
「なあなあ、キミ、前の学校でひっどいイジメしてたってホント?」
世界はいつだって残酷だ。
ハッピーエンドの先など、誰も興味がない。
「ええ、そうですけど、何か?」
あるのはせいぜい、幸せから溢れた"絶対悪"を懲らしめたいだけの、歪んだ正義感で。
生意気だと振り上がる手を、避けることもせず見つめる瞳は。全てを諦めたとでも言うように、何の色も宿していなかった。
愛しの悪役令嬢様!
何が起きたのか分からない。繋いだ手から、視線から、困惑の感情が読み取れる。
「お前、何で言い返さねーの?」
「……別に、本当のことですから」
シラけた。帰んぞ、お前ら。
彼女がビンタを受ける寸前、咄嗟に出た言葉。勿論取り巻きたちが納得するはずもなく、騒ぐ声が非常に煩わしくて。
彼女の手を掴み、そのまま走った。不意を突いた甲斐あって、上手いこと撒けたようだ。不甲斐ねー奴ら。心の中で笑い、そういえば良く付いて来られたなと気付く。
「ちょっと脱がせてもいいか?」
声もなく目を見開く彼女。
「あっ、いや、靴、靴だから!」
ローファーを脱がせる際、一瞬顔を顰めたのが分かる。案の定、踵に靴擦れが出来ていた。
「あーあ、血が出てる」
ポケットを漁り、奇跡的に見つかった絆創膏を貼りつける。
「お前、痛いのは嫌か?」
困惑しつつも、嫌に決まってるじゃないですかと律儀に答える。
「だったら、ほら。おいで?」
ほんの揶揄いのつもりだった。……みるみるうちに染まる、真っ赤な顔を見るまでは。
「バッ…………カじゃないですの?!」
可愛い。
呟きを聞き取った彼女はしばらくの間怒っていたが、やがて大人しくおぶさった。
かつて悪役令嬢と呼ばれた彼女が幸せを手にするのは、それほど遠い未来ではないかもしれない。