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銀河辺境オセロット王国  作者: 柏倉
突破脱出行
8/25

第4章 邂逅。そして脱出 「突然の出会い。これは永遠の友情になるわ」 1

 ソウヤたちは宇宙船全体が俯瞰できる位置に陣取り、静かな声で熱い議論を交わしていた。

「研究所にも宇宙船にも、そして宇宙にも人がいない場合は簡単なんだがな。時間をかけて宇宙船の操縦を出来るようになって、オセロット王国に旅立てばいい」

 この宇宙船には機能美と優雅さが同居している。ソウヤの中では一目見た瞬間、この宇宙船に乗ってオセロット王国へと脱出することが決まった。

「人が残ってたって関係ねーぜ! オレたちは、あの宇宙船に乗る」

「それには我も賛成だぞ。人がいるなら制圧すればよいのだ。いつものロープも持っているぞ」

 制圧して捕虜にするか、説得して協力者にするかだが・・・。

「相手が軍人だったり、大人数だったらどうするんだ? こっちが、逆に制圧される可能性だってあるだろ。それだと俺たちは、難民として受け入れてもらえず、捕虜扱いだろう。たとえオセロット王国に到着できたとしても、それは俺たちの望む未来ではない。だから・・・」

 宇宙船を観察しながらのソウヤたちの議論は、徐々に白熱してきた。それこそ、静かだった声が宇宙港ドッグに響くほどに・・・。

 ジヨウは宇宙船内を調査する前に、出来得る限り情報を集めたいと提案した。

 しかし情報を集めている隙に、宇宙船が飛び立ってしまっては元も子もない。

 10分ほど議論に議論を重ねたが、結論は出なかった。

「こんな離れた場所から眺めてても情報は掴めない。時間を浪費するだけだぜ」

 ソウヤは議論に厭き、焦燥感に駆られ、強引に決断する。

「いつもので行こうぜ・・・。対策前進! 即時行動! 随時対処! 宇宙船に乗り込むんだ。斬り拓け!」

「我に異存はないが、せめて臨機応変に対応すると言うべきだぞ、ソウヤ」

「ちょっ、ちょっと待て!」

 ジヨウが慌てて宥めようとするが、ソウヤは止まらない。

「待てるかよ。やるぜ!」

「ソウヤに脱出の判断権限与えたのは、ジヨウにぃだよね~」

 妹であるレイファに言われると、ジヨウの判断は甘くなる。だが決断はできたらしい。ジヨウは一つ息を吸い込み、号令をかける。

「作戦コード、脱出。斬り拓け!」

「「「承知!」」」

 対策前進、臨機応変という名の、行き当たりばったり宇宙船奪取計画が発動されたのだが、発動直後に行き詰まった。

 宇宙船の前で、一目で姉妹とわかる2人の美少女が待っていたからだ。

 恵梨佳と遥菜である。

 警戒心に満ち溢れていたソウヤたちだったが、進んで争い事を起こす気はなかった。それに、相手がわざわざ宇宙船に招き入れてくれたのだから・・・。

 案内された部屋は20メートル四方の豪奢な造りである。

 宇宙船にしては珍しく、壁や床、テーブル、ソファーなどに大量の木材を使用していた。それらは木造彫刻によって、丁寧な装飾が施されている。

 その部屋には、警戒心の欠片もないように見える琢磨が待っていた。そして、自己紹介と準惑星周辺の戦いの状況を説明されたのだった。

「それにしても、2人とも綺麗だし凛としてるぞ」

 クローは恵梨佳と遥菜を褒めたが、ソウヤは2人からの冷たい扱いに未だ苛立っている。

「あれは凛じゃなくツンなんだよ。それに冷酷非情に違いないぜ」

 敵兵士を前にして、民間人とは思えない琢磨の落ち着きを払った振舞いにソウヤは反発した。具体的には、琢磨からの情報を否定したのだ。

 すると、恵梨佳と遥菜に蔑みの眼で睨まれ、冷たい態度と刺々しい口調で軽く論破されたのだった。

「あのくらいなら、我には心地良いぐらいだぞ。我の下僕にしてやっても良いぐらいだ」

「少しは謙虚って言葉を覚えたらイイぜ」

 4人とも豪奢なソファーに身を委ねている。敵地で警戒心を解いているように見受けられる。客観的にみて、油断しているのはソウヤたちの方だろう。

「ソウヤ。貴様は言葉を知っているが、意味を知らないのだ」

「クローは、謙遜っての自体を知らないんだぜ」

「あのね~・・・」

「我はファイアット家を再興するのだ。そしたら貴様を召使いとして使ってやるぞ、ソウヤ」

「イイこと教えてやるよ。そういうのは、家の門に表札つければ済むんだぜ!」

「あのね、2人とも~・・・」

 ヒートアップしているソウヤとクローには、レイファの声が届かない。

「ほっとけ、レイファ」

「でも~・・・」

「アイツらに裏の裏を読むとかは無理だろ。やらせとけ」

 ジヨウは立ち上がり、ソウヤとクローに背を向け思考の海へと沈み始める。

「そうじゃなくて、ジヨウにぃ・・・」

「いま重要なのは、彼らが何者なのかだ。そもそもこんな辺鄙なところで、オセロット王国は何の研究をしていたんだ? それに彼らは信用できるのか?」

 途中からはレイファに向けてではなく、ジヨウは自分自身に向け、考えを纏めようとするかのように呟いていた。

「・・・ケンカしてるよぉ~」

 部屋に充分な広さがある所為か、ソウヤとクローの言い争いは、いつの間にか立合いにまで発展していた。

「もしかすると、親子というのも嘘かも知れない。男が研究者で、2人の娘は監視役という可能性があるかも? いや、3人はどことなく似ている・・・・。だが、髪と眼の色が全然違うし、3人とも雰囲気が違いすぎるな。いや待て、とりあえずそれはいい。俺たちの目的はオセロット王国に行くことだ。それには彼らの協力が必要なだけで、彼らの間の関係はどうでもいい。要は裏があろうがなかろうが、オセロット王国に共に行くという目的を共有できるかどうか・・・」

 大和流古式空手には室内にあるテーブルやソファーを利用した戦い方がある。

 最初ソウヤは、軽い気持ちだった。しかし、クローが段々と本気・・・というより、ノリノリになってきた。ソウヤも気が入りお互いにエスカレートしてきた。

 クローがテーブルを足の裏で押す。それなりに重量のあるテーブルが、床を滑るように勢いよくソウヤへと襲いかかる。

 テーブルを避けると、ソウヤは部屋の隅へと追い込まれた状況となっていた。

 やってくれるぜ。だがテーブルは、敵の動きを制限するには不向なんだ。それを教えてやるぜ、クロー。

 レイファがジヨウに2人の様子を伝えたが、ジヨウはジヨウで思索をふけって返事すらない。

 テーブルの上にソウヤは横に転がるようにして乗る。立ち上がる勢いを飛び蹴りに追加してクローへと叩き込む。

 クローはクロスアームブロックで防御したが、真後ろに吹き飛んだ。

「どうだ!」

 右手の拳でガッツポーズをつくり、言い放ったソウヤに、クローは平然と返答する。

「何がだ?」

 床に這いつくばった姿でなければ、説得力はあっただろうが・・・。

 ついにレイファの怒りが爆発する。

「もうぉ。みんな~・・・。は・な・し・を・きけ~!」

 みんなの妹と、誰からも好意的に呼ばれているレイファだが、もちろん怒ることもある。それでも、怒っている時でさえレイファの声は、甘く耳に心地よいから不思議だった。

 とりあえず3人は、大人しくソファーに座った。

「いま話し合わなきゃいけないのは、これからのことなの」

 ソウヤたちは3人とも「はっ?」と疑問系を口にした。レイファが戸惑いの声をあげる。

「なっ、なぁに~?・・・」

「レイファ。オレたちは、オセロット王国に行くんだぜ」

 ジヨウとクローは、ソウヤの迷いのない言葉に肯いた。

「この宇宙船に乗るの~?」

「当然乗るぜ!」

「でも・・・イヤそうにしていたし~」

「この危険宙域を脱出して、オセロット王国に行くために、協力はすべきだろ」

「ジヨウにぃ、疑ってたよね~? それにクローは、帝国で家を再興するんだよね~」

「ファイアット家は再興するが、別に帝国に拘ってなぞいない。我はオセロット王国でファイアット家を再興しても構わん。それに、オセロット王国への脱出が、我らの元々の計画だぞ」

「えぇ~、いつの間に3人で示し合せたの~?」

「レイファ、別に俺たちは示し合せてないな」

「ホントなの~?」

 間髪入れずジヨウ、ソウヤ、クローの3人が、それぞれの態度で肯定した。

 レイファが拗ねた表情をみせる。自分一人理解してなかったのが、残念だったようだ。

「まあ、どうするかだな・・・。どのみち、この船に乗ってオセロット王国を目指すという目的は一緒だ。俺たちの敵、幻影艦隊の情報も欲しい。彼らの提案を受け入れるべきだ」

 ジヨウの提案に3人は肯き、方針が決定した。


「ジヨウ君は、裏読みのポイントがちょっとズレてるようだね」

 裏読みするポイントは、何故自分たちが今も生きていられるのか? 自分たちが生かされている意味、そこから検討を重ねるべきだねと、琢磨は心の中で呟く。

「まあ、他の3人よりかはマシだけどね。恵梨佳と遥菜は、どう思うかな?」

 先に脱出するよう命じられていた恵梨佳と遥菜が、宇宙船アゲハのコンバットオペレーションルームにいる。

 オセロット王国の要人である恵梨佳と遥菜。その2人の安全確認をハン少将がしない訳がない。恵梨佳はハン少将に、琢磨の指示でアゲハの出港準備に取り掛かっていると報告したのだった。そう報告されては、ハン少将としては許可するしかない。

 この時、理事会の仕事を恵梨佳に任せきりにしていた弊害が出たのだ。

 普段から琢磨とハン少将が直接話すより、恵梨佳を介してのやり取りの方が圧倒的に多い。恵梨佳に、琢磨とハン少将との連携不足の虚を突かれたのだった。

 そして今、コンバットオペレーションルームの巨大メインディスプレイにソウヤたちが大写しになっていて、琢磨、恵梨佳、遥菜が彼らの論評をしている。

「私達はツンとなんてしていません!」

「あのソウヤって男の口と態度には、ペナルティーが必要よ。アタシ、ツンとしているなんて言われたことないわ」

「恵梨佳と遥菜も、さっきまで彼らのことを、品性と知性を何処かに落としてきたって言ってたよね」

「私は事実を述べたまでです。彼らの協力なんて、猫の手ほどにも役立ちそうにありません」

 2人とも感情的な見方をしているようだった。

 恵梨佳はもっともらしい事実に感情を隠しているが、遥菜は素直に心情を吐露している。

 やはり18歳と15歳の少女に、好悪の感情を排して判断するのは難しいようだった。

「オセロット王国に行くという目的は一致しているから、彼らと協力関係は築けるさ」

「それは、そうですけど・・・」

 琢磨は気分を変えるため、調理ロボットに新しいコーヒーを淹れるよう指示する。声を出さず、ロイヤルリングで指示したのだ。

 オセロット王国には、人型の人工知能を搭載したロボットは存在しない。それぞれの機能に特化させた形のロボットに、人工知能を搭載しているだけであった。

「もしかしたら、幻影艦隊と戦闘する可能性もあるかな。彼らはビンシーのパイロットだったんだから戦闘要員になれるさ。それに雷の改良型“黒雷”の開発を完成させなくてはね。僕には開発時間が必要なんだよね。そう、オセロット王国の、人類の勝利のために・・・」

「パパ・・・。人類の勝利とは言い過ぎだわ」

「この戦争の勝利ではないのですか? いくらお父様でも、大言壮語がすぎるようです」

 冗談に聞こえるように言ったが、琢磨は誇張を口にしたつもりはなかった。

「・・・そうかな? まあ、僕に時間が必要なのは本当だし、人手も欲しいからね。だから、仲良くみんなで宇宙旅行しようか」

「お父さまの決定ですから、これ以上の反対はしませんけど。弾避けにすらならないでしょうし、アゲハ内の空気を汚すだけの結果になりそうです」

「反対してるのかな?」

「恵梨ネーは反対していないわ。それにアタシも反対はしない。嫌なだけだわ。アゲハに乗船させるに相応しい品性があるとは思えないし・・・。アイツら、敵のスパイかもしれないわ」

「スパイだったら、スパイでも良いかな。アゲハの中でなら、彼らに勝機はないさ」

 声の大きさは変わっていないのだが、質が明らかに変わる。

「アゲハに乗船するということは・・・彼らの命は、僕と“中の人”に握られるということだからね」

 琢磨は酷薄な表情に、寒気を感じさせる口調で、静かに、そして冷徹に宣言したのだ。

 すぐに酷薄な表情を消し、穏やかで暖かい視線を娘達に向け、安心させる口調で伝える。

「・・・だから、恵梨佳と遥菜は安心していて良いのさ」

 恵梨佳と遥菜の安全を少しでも脅かすと見做したら、琢磨は平然とソウヤたちを切り捨てるだろう。


 琢磨達3人が、ソウヤたちのいる部屋へと入ってきた。その部屋は、アゲハを訪ねてくる人に対応する為の応接室であった。

 これで準惑星上の全人口7人が、宇宙船アゲハの一室へと集合したことになる。

 ソファーに座るなり、琢磨は口火を切った。

「さて、と・・・。これからは、よろしく頼んで良いかな。ジヨウ君、クロー君、ソウヤ君、レイファちゃん」

「オレたちは名乗ってないぜ」

「見てたからね」

 拍子抜けするくらい琢磨は、あっさりと白状した。

「監視してたのかよ」

「そうとも言うかな」

「お父さま!」

「ふむ、カメラなぞ見当たらないが?」

「恵梨佳。これから、お互い協力してオセロット王国に向かうんだ。信頼関係を築くには、騙したりする事は良くないからね」

 琢磨は白々しい表情を浮かべている。しかも翻訳機を通しての声も、実に白々しく聞こえる。

「ここの壁が、ディスプレイ兼カメラになってるのさ。オセロット王国では、良く使われてる技術なんだけどね」

 壁から10センチほど離れた空中に、クリアな平面映像が投影された。

それは、先程ジヨウたちが話し合っていた映像だった。

 少なくとも民生用の技術力は、大シラン帝国よりオセロット王国の方が格段に上のようだ。最新設備が配備される”絶対守護”内ですら、空中に平面映像をフルカラーでクリアに映し出す技術はない。

「壁が平面なら、壁をディスプレイとして直接表示させるから、もっと精細な映像になるんだけど。ここはパーティー控室だから、壁に飾りとかも必要なんだよね」

 ソウヤがジヨウたちの様子をチラリと見ると、驚きを素直に表情に出していた。

 今、話の主導権は向こう側にある。オセロット王国へと脱出することも、こちらの会話が聞かれていた所為もあり、既定路線として進められている。このままではマズイ。

ソウヤは主導権を取り戻すべく、不敵な表情で言い放つ。

「これからは必ず情報共有してもらおうか。それと話は、必ずジヨウのいる場で頼むぜ」

「ジヨウ君が、キミ達のリーダーだからかな?」

「そうだ。ジヨウは、オレたちが全幅の信頼をおいているリーダーだぜ!」

「嘘だろ」

「嘘だな」

「ウソだよね~」

 ソウヤの言葉に、即座にジヨウ、クロー、レイファが否定する。

 よくよく思い起こしてみれば、ジヨウをいつもリーダーに仕立て上げているが、かなりぞんざいに扱っているような気がする。改めるべきかとの思いが頭をよぎったが、絶対に無理なので、ソウヤはこれ以上考えないようにし、ジヨウたちに訊いてみる。

「どうしてだ? 意味わかんないぜ」

「面倒なことはジヨウに押し付ける気だぞ。だが、ソウヤに任せるより遥かにマシであるから構わぬ・・・。我も、情報共有にはジヨウを必ず加えることを要望するぞ」

 ソウヤは前半の台詞に納得がいっていないようで、クローに噛みつく。

「なに言ってる。オレはジヨウを兄貴と慕い信頼してるんだぜ」

「俺は、ソウヤに兄貴と呼ばれたことはないだろ。それに、まだ呼ばれたいとも思ってない」

「冷たいぜ、ジヨウ。レイファからも、なんか言ってくれよ」

 レイファの頬から耳の裏にかけてまでの肌が、真っ赤に染まっていた。

「あ、焦っちゃダメだと思うの、こういうのは・・・。そう、ゆっくりと進めていって、徐々に家族になればいいこと・・・だよね~?」

「はあ?」

 ソウヤには話の流れが掴めなくなり、戸惑ってしまい思考が止まった。そんな役に立たなくなった3人を他所に、交渉役を自任しているクローが話を纏めにかかる。

「ジヨウたち3人はほっといて構わぬ。良くあることだ。情報は、琢磨さんとジヨウに集めるべきだ。それに脱出方針や方法を纏め、すぐにでも出発せねばならぬと、我は提案するぞ」

「概ねその通りかな。ただオーナー権限で、出航は今から72時間後にするけどね。あーっと、これに関しては反論を許さないから。そうだね、理由は出航後に説明するとしようかな。今は時間がないんだよね。それじゃ僕は忙しいから、あとは恵梨佳達と話し合って、友好を温めておいてくれないかな」

 そう言い残し、パーティー控室から立ち去る琢磨を、ジヨウたち4人は唖然と見送ったのだった。恵梨佳と遥菜は、琢磨の態度が普通だとでもいうように、調理ロボットに全員分のお茶の配膳を指示し、運ばれてきた淹れたてのお茶を落ち着いて味わっていた。

 恵梨佳と遥菜の落ち着いた様子をみて、ソウヤは考えた。

 オセロット王国へ向かうという合意の確認だけで、琢磨との会談が終了してしまった。彼に対して反抗する隙がなかったというか、余地がなかったというか、こちらのペースにならないまま、話が進み、済ませてしまったのだ。

 オレたち帝国軍人をあっさりと宇宙船に引き入れた彼に安全意識はないのか、それとも油断させておいて、オレたちに後で危害を加えるつもりか?

 狙いはドコにあるか?・・・・・・・・・・・・・

 だが、ソウヤはすぐに気づいた。

 こういうことは、オレたちのリーダーであるジヨウに、たっぷりと考えさせるべきだ!

 オレの役目は気づきを与えることで、深く考察することじゃない。以前から自分で勝手に、そう決めていたのをソウヤは思い出した。


 宇宙船アゲハの停留しているドッグに、ソウヤの搭乗するビンシー6が顕れた。ソウヤ機はエメラルドグリーンを基調とした人型兵器”エイシ”に対峙する。

 先の戦闘で傷ついた装甲が、ビンシー6の武骨さを、より際立たせていた。

 それとは対照的に、傷一つないエイシの機体は眩いばかりに輝いている。この機体は遥菜専用機のため、彼女のイメージカラーのエメラルドグリーンで塗装されている。

 ちなみに、このエイシの機体名は”ハルナ”で登録されている。

 それと琢磨と恵里佳専用のエイシも存在する。機体は宇宙船”アゲハ”の第一格納庫に積み込まれていて”タクマ”は蒼銀色を、”エリカ”は薄桜色を基調としている。

 琢磨が応接室から退出した後、ソウヤたち6人は、緊迫感溢れる情報交換会を何とか無難に済ませた。

 オセロット王国の必須アイテムである”ルーラーリング”と”コネクト”を貸してもらうことになった。

 ルーラーリングの調整ルームに、琢磨を除く全員が入った。恵梨佳がソウヤたち4人に対して、順番に調整作業を実施した。

 そこで、ソウヤと遥菜がケンカをしたのだった。

「なあ、なんでブレスレットなんだよ。別にカードとかでもイイんじゃないか?」

 恵梨佳から受け取った左右一対の細い腕輪を嵌めてから、ソウヤは質問した。

「ルーラーリングには、オリハルコン合金を使用しています。充分な性能を発揮させるには直接肌に触れている必要があります。ブレスレットが嫌なら、アンクレットもありますよ」

「オリハルコンが使われてんのかよ・・・」

 ソウヤの発言を聞き咎めたジヨウが尋ねる。

「知ってるのか? ソウヤ」

「えーっと・・・あー・・・」

「知ったか振りをするとは恥ずかしいぞ、ソウヤ」

「その通りだ。素直に間違いを認めるのも度量のうちだろ、ソウヤ」

「ソウヤが知らなくても仕方ないと思うな~。だから大丈夫だよ、ソウヤ」

 クロー、ジヨウ、レイファの3人は、ソウヤが知らないことを前提で、配慮のない台詞を投げつけた。

「なんで、お前らはオレが知らない前提なんだよ。意味わかんないぜ」

「知っているのかしら?」

 恵梨佳の疑問に、ソウヤは言い難そうな表情を浮かべ、投げやりに答える。

「ぐっ・・・あぁ・・・家に伝わってる内容だよ。イイか、決してオレが信じてる訳じゃないんだぜ。そこを間違えるなよ。・・・精神感応兵器オリハルコン・・・人の精神に感応する性質とオリハルコン同士が反応する性質を利用して、電子機器のない時代に、通信手段や兵器の遠隔操作をしたんだってよ。そして、オリハルコンを身に着けると、眼には見えない魔を視ることができんだと・・・」

「魔を視るだと??」

「ソウヤ~??」

「ソウヤよ。我は・・・前から貴様は可哀想な男だったと思っていた。だが、とうとう頭の中身まで可哀想なことになってしまったのか・・・」

「やはり、そうなのですか・・・」

 ジヨウ、クロー、レイファは愉しそうに笑い、恵梨佳は納得の声をあげ、遥菜は失笑を洩らす。そしてソウヤからは、苦渋が滲んでいた。

「家に・・・そう伝わってんだ。・・・だから言いたくなかったんだよ」

「その昔には、魔がいたのだ。我は信じるぞ、ソウヤ」

 笑いながらクローがソウヤをフォロー・・・ではなく揶揄した。

「だから、オレが信じてる訳じゃない・・・。話すんじゃなかったぜ」

「大シラン帝国なんて時代遅れの技術しかないから、知らなくても仕方ないわ」

 大きくタメ息を吐き、バカにしたよう遥菜の口調に、ソウヤの反発心が一気に燃え上がる。

「なんだと。ざけんなよ」

「そうねぇ? まず、エルオーガ軍にレーザービームが有効だと思っているわけ?」

「はあ? 違うっていうのかよ? テメーらだって幻影艦隊にレーザービームで応戦してたぜ」

「オセロット王国軍のレーザービームは、大シラン帝国軍のとは、まったくの別物だわ」

 ここから延々とソウヤと遥菜のいがみ合いが続いた。

 クローとレイファは茶々を淹れ、恵梨佳に命令された調理ロボットは文字通りに茶を入れ、全員に配膳した。

 その間も、ジヨウは議論の終着点を模索し、2人に提案を出し続けていた。

 ジヨウの模索が盛大に失敗した結果、ソウヤ機とハルナ機で、武器の性能を実際に比較してみることになったのだ。

 比較武器は、何故かビンシーのチェーンソーブレードとオセロット王国軍の黒刀となった。そして本来は刃を合わせるだけで良いのだが、人型兵器同士で手合わせすることになったのだ。

 ソウヤと遥菜がヒートアップした所為で、誰も異論を挟めず、止められなかった。

 アゲハ以外の宇宙船が停留していないドッグは閑散とし、2機の人型兵器が存分に戦闘できるスペースがある。だからといって、ドッグに生身でいたら、巻き添えになる。

 ジヨウたちは、アゲハのコンバットオペレーションルームで立合いを見学することになった。

 ソウヤはビンシーの手甲から高らかなモーター音と共にチェーンソーブレードを準備する。左足を半歩前にだし、大和流古式空手の”護身突き”の構えをとる。左腕で相手の攻撃を受け流し右突きで相手の顎を割る型である。

 それに対してハルナ機は、後ろ腰に佩いてある鞘から黒刀を抜き放つと、自然体で立つ。

 ソウヤの視線が、黒刀に吸い寄せられる。

 黒刀の刃が、闇の底から溢れだすような妖気に放ち、空間を歪ませている。そうソウヤには感じられた。

 実際は、黒刀の斥力が空気の流れを乱し、ドッグ内の人工重力を歪ませている。そのため、刀身近くの光が様々な方向に屈折しているのだ。

「・・・構えろよ。あとで、構えてなかったから、なんて言い訳されたくないぜ」

『このままでいいわ。言い訳なんてしないし。どうせアナタには、傷なんてつけられないわ』

「舐めてんのかよ」

『別に。事実を述べただけだわ』

 オセロット王国製の人型兵器と、あの女の生意気な口を叩き潰してやるぜ。

 ソウヤは相手の出方を覗う方針を変更し、先手を取ることにした。

 ソウヤ機がハルナ機との間合いを詰め、腰を落とす。あと3歩の距離で、チェーンソーブレードがエイシに届く。逆を返せば、3歩で黒刀の刃に身を晒す間合いになる。

「ジヨウ。開始の合図を頼むぜ」

『了解した。合図は、はじめ、とする。3秒後に開始の合図する。2人とも、いいな』

「いいぜ」

『構わないわ』

 沈黙の3秒。コクピット内にジヨウの声が響く。

『はじめ!』

「せいっやぁーー」

 ソウヤは、背中の機動エンジンのアフタバーナーを全開にする。

 間合いを詰めると動作と同時に、ソウヤは機動エンジンの方向調整を終えていたのだった。

 腰を落とした姿勢のまま、左のチェーンソーブレードをジャブのように突き出す。

 狙いはハルナ機の右肩口。左のチェーンソーブレードを突き刺すと同時に左足で床を捉え、反動を利用して左半身を置き去りにする。次に右チェーンソーブレードで、ハルナ機の左肩口を斬り裂く。

 遥菜の乗る人型兵器”エイシ”は両腕を失い、そこで立合いは終了する予定だった。

 そう、ソウヤの中では・・・。

 ソウヤ機が左のチェーンソーブレードを突き出した刹那、ハルナ機は黒刀を斬りあげ一閃で、ビンシー6の左腕が肘付近から切断する。まるで紙片を斬るかの如く。

 ビンシー6の左足が床面に接した。体勢を崩しながらも右腕のチェーンソーブレードは、ハルナ機が立っていた場所へと突き出される。

 しかし、ハルナ機の姿は、そこになかった。

 ハルナ機は左脚を引き、ビンシー6の右のチェーンソーブレードを躱していた。人型兵器でないかのような滑らかな動きで黒刀を上段で切り返し、ソウヤ機の右腕を肘から斬り落とす。

 反応速度、機体性能、武器性能。いずれもハルナ機が上回った結果である。

 ハルナ機のエイシは、滑らかな動きで黒刀を後ろ腰の鞘に納めたのだった。


 遥菜はビンシー6のコクピットが開きソウヤの無事な姿を確認すると、アゲハの第一格納庫にハルナ機を戻した。所定位置に格納されたエイシから遥菜が降りると、早速検査装置が簡易診断を始めた。被害はないから、整備は不要となるだろう。

 遥菜は艦内とコクピットを結ぶデッキの途中で、ぼんやりと整備機械の作業を眺めていた。

「どうしたのかしら?」

「恵梨ネー・・・戦闘って難しんだね。すっごく疲れたわ」

「そうね・・・模擬戦でも良い経験になるのでしょう。だからお父さまは、止めなかったのだと思いますよ」

「パパ、知っているの?」

「アゲハからエイシが出撃して、お父さまが・・・いえ、中の人が気付かないとでも? 終わったらコンバットオペレーションルームに皆を集めるようにと、指示されています」

「着替えていきたいから、先にコンバットオペレーションルームで初めていて・・・アタシちょっと時間がかかるかもしれないから・・・。それと、ありがとね。恵梨ネー」

 遥菜は、声をかけに来てくれた恵梨佳に礼を言って、アゲハの自分の部屋に戻った。

 部屋に備え付けのシャワーを浴びて身体を温めたが、未だに震えが止まらない。

 ビンシー6がハルナ機との間合いを詰め、腰を落とした瞬間。ただただ、怖かった。

 ただの人型兵器のはずなのに、ビンシー6からもの凄い圧力を感じた。

 体に力が入るのを防ぐために、エイシの操縦席を座席型から屹立型へと変形させる。そして眼を瞑り、背筋を伸ばす。足の裏に重力を感じ、自分の体の内部に意識を集中する。

 そうすると、よりロイヤルリングを通して遥菜にエイシの情報がクリアに伝わるのだ。

 遥菜の両手両足のロイヤルリングは、高純度の精神感応合金オリハルコンを用いたコードでエイシと繋がっている。ディスプレイを眼で視る以上の情報が、エイシから彼女の脳に・・・精神に直接流れ込んでくる。遥菜は、エイシの隅々まで精神を行き渡らせた。

 これでエイシは、自分の手足のように動作する状態になった。万全の体勢で迎え撃てる。

 落ち着いてから、再度ビンシー6を観察する。

 立合い開始前のビンシー6の立ち姿から、遥菜はソウヤ機が踏み込んでくると推測した。ただ、それ以外の攻撃にも反応できるよう精神を集中する。ソウヤ機が、どんな攻撃を仕掛けてきても対処可能だと、自信がもてた。

 しかし、まさか機動エンジンだけで飛び込んでくるとは、全く予想だにしていなかった。完璧に不意を突かれたのだが、機体性能と武器性能の差で、辛くも勝利をもぎ取った。

 思い出すと体の芯から冷え、震えが止まらない。

 シャワーの温度を2度上げ、水量も増やす。

 身体が温まり、漸く精神の安定を取り戻しつつある。

 アタシは軍人ではない。

 大シラン帝国軍の正パイロットに操縦で敵う訳はない。それは最初から理解していた。

 しかし、考えていた以上に差があった。

 オセロット王国軍の主力人型兵器”キセンシ”で戦っていたら、機体の右腕を肩口から斬り落とされていたに違いない。

 パパを護れる。一人前に戦える。・・・いかに自分が思い上がっていたかを教えられた。

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