第2章 幻影艦隊 「見えないのは反則だよね~」 2
「コバヤシ技官」
ワン少佐が名前を呼び交代して出てきた技官は、黒髪に白髪交じりで視線の鋭い線の細い男だった。ワン少佐は人を品定めする眼つきだったが、彼は人に興味のない冷たい眼をしている。
「技官のコバヤシだ。貴様らの中にも、重力制御システムや時空境界突破航法に使用するミスリル合金を見たことがあるだろう。ミスリル合金はダークマター”ミスリル”と幾つかの通常物質とを化合して精製される。故に、我々の視覚で捉えることができる。しかし、ダークマター自体は、触れることはできても、見ることはできない。現在確認されているだけでもダークマターは20種類以上あるが、ある説によると通常物質以上の数の元素が存在するという。宇宙には原子等の通常の物質が4.9%、ダークマターが26.8%、ダークエナジーが68.3%の割合と推測されているからである。つまり、この世の中では目に見える物質の方が少ない。そして敵軍隊は、ダークマターで構成されている知的生命体と考えられる・・・・・」
コバヤシ技官による技術的な説明の開始から20分以上もの時間、途切れることなく続けられている。
しかも、理系の人間にありがちな話し方をする。
つまり、誤解のないよう微に入り細に亘る長い技術的な説明をし、技術用語の羅列が抑揚のない声で延々と続けられた。
睡魔に負けそうになると、ブリーフィングルームにいる教官から容赦なく平手が頬に飛んでくる。既に3分の1が平手の洗礼を受けていた。まだ拳でないことが唯一の救いだろう。
説明開始から30分ほどして、ようやくビンシー操縦士にとって有益な情報が語られた。
「・・・この見えない敵を捉える為の索敵システムを我々技術部門は開発に成功した。ただし0.688秒の時差が生じる。要するに、画面に表示される敵の姿は0.688秒前のものである。君たちは、この時差を克服して敵機を撃墜せねばならない。以上である」
交代してワン少佐が再度壇上にあがり、特殊訓練生の士気を向上させるべく演説する。
「諸君らはビンシーに搭乗して、暗黒軍隊を駆除する役割を負う。諸君らは徴兵として軍に参加するゆえ、本来の階級は2曹からである。しかしビンシーに搭乗する精鋭は、全員が少尉以上となる。そこで、諸君らには特例を適用する。ビンシーに搭乗するゆえ、諸君らの待遇は少尉相当とする。そして軍功を立てれば、正式に少尉となる。良いか、少尉になると帝国の2等級臣民権が与えられる。少佐になれば1等級臣民権だ。諸君らの多くは生まれた星域から離れたことがないだろうが、2等級臣民になれば帝国の、どの星系にでも行けるようになる。しかも、帝国本星への降下許可がおりる。そして1等級臣民にともなれば、本星に住むことすら可能になるのだ。全員、訓練に励むように。以上だ。解散!」
3等級臣民だけを集めて2等級臣民、1等級臣民への昇格を餌に訓練意欲を煽る。そうやって戦闘へと駆り立てる。それを2等級臣民出身のワン少佐がおこなっている。
皮肉な話だ。
しかし、彼ら特殊訓練生が生き残る為に必要な情報である。
それでいて最も重要な情報は、士気が下がるのを防ぐために与えなかった。
索敵システムを対幻影艦隊向けに改良し、3等級臣民をパイロットとして養成するプロジェクトの責任者はバイ・リールラン大佐である。
そして、ワン少佐をはじめとしたプロジェクトの幹部には、大シラン帝国軍の窮状が知らされていた。
ここ1ヶ月、トリプルアロー単独で大シラン帝国本星への航路を守っていた。
ソウヤたちがゲームの決勝ステージで攻略した帝国が誇る最大最強の移動要塞がである。
そしてゲームの設定どおり、トリプルアローには3個艦隊300隻が常駐している。艦載機以外に戦闘機と人型兵器を、合計10000機以上も搭載している。
トリプルアロー近隣の5星系から1個艦隊ずつ増援に向かっている。大シラン帝国辺境からも艦隊を編制し出撃準備をしている。
それでも幻影艦隊の猛攻には、耐えきれないと推測されているのだった。
ワン少佐が解散を命じたあと、特殊訓練生の間には希望に溢れた笑顔があった。そして期待に満ちた会話が聴こえてきた。
「バーカ。功績をあげれば1等級臣民にだってなれるってよ。惑星の大地に住めんだよ」
「2等級臣民だと他の星系へ旅に行けんのかー。楽しみだな」
「それより、今日のメシは何だべな? 毎日ホンマモンの肉が喰えるなんて、オラは一生ビンシーに乗るだよ」
「オレさ、軍に入って初めて本物の魚を食べたんだよなー」
「食いもんがいいらしくてよー。身長が伸びたんだ」
無邪気な会話だが、3等級臣民は軍人になるかしか成功する道はない、という事実を示している。そして彼らは、大シラン帝国の存亡を賭けた戦争の最前線に送られることを知らない。
ブリーフィングルームを後にしたソウヤたちは、ジヨウの部屋に集まった。
少尉待遇とは本当で、1人1部屋が割り当てられている。しかも部屋には、ソファーが4脚ある。ビンシーの小隊が4機からなるため、4脚なのだろう。そしてその小隊は、ゲームに参加したチーム単位となっていた。
軍事行動をとる際、誤解勘違いは軍全体の敗北に繋がることすらある。
軍隊式のコミュニケーションは、すぐさま身につけさせるとしても、小隊のチームワーク構築まで面倒を見る時間的余裕はないということだろう。ただでさえ、軍人ですらなかった3等級臣民を、短期間でビンシーの操縦士へと養成せねばならないのだ。
そういう判断なのだろうが、この編成はソウヤたちにとって非常に都合が良かった。
彼らの長年の目的は、4人揃って大シラン帝国を脱出することである。4人一緒の小隊で戦場に出るということは、バラバラのチームに比べて脱出のチャンスが増える。
ソウヤたちがジヨウの部屋に集まったのは、脱出の相談をするためだった。
4人はソファーに腰を降ろし、さっそく話を始める。
しかし、最初から脱線していた。
「見ろよ、片側透過型ドアだぜ」
「外から見られているみたいで、ウチは嫌だな~」
「レイファは気にしすぎなんだよ。外からは見えないぜ」
「そうだけど~」
ジヨウがソウヤとレイファの会話に口を挟む。
「それなら、レイファの部屋の透過は切っておけばいい」
「えっ、出来るの~?」
「ああ、ルーム端末から設定できる。オンラインマニュアルに記載してあった」
「あのマニュアル読んだのかよ?」
「当たり前だろ」
「何だと! 我も確認したが、そのような記述は見当たらなかったぞ」
「簡易マニュアルには載ってない。あれは司令部との通信とか、軍事的な項目しか載ってないからな。部屋の仕様を知りたければ、詳細マニュアルに目を通してみろ」
「ジヨウにぃ~、もしかして詳細マニュアル全部に目を通したの? 100ページぐらいあったよね~」
「そうでなければ、快適に部屋を使えないだろ」
当然とばかりのジヨウの台詞を、ソウヤは自分に都合良く解釈することにした。
「つまり、だ。なんか分かんないことがあれば、ジヨウに訊けばイイってことだぜ」
「うむ、我は理解したぞ」
「うん。ウチもわかった~」
「おまえらなぁ。俺を便利使いするな!」
「オレたちは頼りにしてるんだぜ。ジヨウ兄貴」
「ふむ、ジヨウ兄貴が便利なことは間違いないぞ」
「ジヨウお兄ちゃんがいてくれて良かった~」
「都合良いときだけ敬称をつけるな!」
調子よく眼を輝かせ、3人それぞれ、胡散臭い口調でジヨウを持ちあげる。
「じゃあ、ジヨウ。頼りにしてるぜ」
「我もだ、ジヨウ」
「ジヨウにぃ~、ウチもだよ~」
ソウヤたちが頼りにしているのはホントだ。
周囲や状況を把握する能力を持ち、冷静な分析力がある。リーダーとして、まとめ役として、この4人の中では最適な人物である。
ただ苦労をかけているのは理解していても、ソウヤとしては全く改める気はない。
ジヨウは諦観しているが、ここに集まっている本質を違えることはない。
「ああっ、いいけどなっ・・・本題に入ろう。大シラン帝国から脱出するために、俺たち4人が1チームとなったのは良かっ・・」
「えぇ~。脱出ってどういうことなの~?」
「うっ・・・えーっとな。色々と前提があって・・・。その、なんだ・・・」
ジヨウの眼が泳ぐ。
「レイファ。オレらの脱出計画は2年前からだぜ。それが今、動きだした。いや加速したんだ」
「どうせジヨウは、まだ我らの計画をレイファには話してなぞいないのだ」
眼を逸らしジヨウは小声で言い訳をする。
「・・・話し合う機会がなかったんだ」
「ウソだぜ」
「嘘だ」
「ウソだよね~」
3人とも疑惑の眼差しをジヨウに突き刺していた。
「レイファはまだしも、なぜお前らが断言する。俺は慎重に話す機会を・・・。いや、そんなことより、今は脱出計画をだな・・・。とにかく、話し合うことが重要なんだ!」
最後はキレ気味に言い切って、ジヨウは強引に話を進めようとした。
「イイぜ、ジヨウ。で、具体的にはなにを話し合うんだよ」
「どんな状況なら、脱出して大丈夫か? その状況では何が必要になるか? その必要なものを確保する方法は? 保管場所や保管方法は? 脱出準備、脱出時の役割分担は? とにかく話し合って、とことん考える必要があるんだ。これは命懸けで、やり直しがきかないからな」
「そんなこと話し合ってたんだね~」
レイファにとって衝撃的な事実と思われるのだが、大して驚いていないようだった。肝が据わっているというのか、ノンビリしているというのか。・・・実にレイファらしい。
「我らの以前の考えだと、4人一緒に脱出できる状況で、時空境界突破航法システム搭載の宇宙船を手に入れることが計画の第一歩だったぞ」
「そうだ。そして今俺たちがいるのは、時空境界突破航法システム搭載の宇宙船の中だ。絶対守護にいた頃より、チャンスが多いはず。いいか、計画を詳細にすべき時がようやく訪れた。今までの計画だと・・・」
だんだんとジヨウの口調に熱が帯び、検討してきた計画を詳細に亘って語り始める。
暫くして、ジヨウは3人が理解しているか確かめるために、一人一人に視線を向けた。
3人とも退屈だという表情を浮かべている。それでも、ジヨウは話を進める。
「・・・準備は少しずつでも始めるとして、ポイントはさっき説明した通り脱出のタイミングの判断だ。計画して脱出できるのが一番いいが、突発的にチャンスがやってくるかもしれないだろ・・・。その時、脱出の判断は、基本的に俺がする」
「いいぜ」
「異存ないぞ」
「いいよ~」
「あとな。ソウヤが脱出のチャンスと判断した場合でも、計画を実行する」
「いいぜ」
「異存しかないぞ」
「大丈夫なのかな~?」
クローとレイファの声には、懐疑的成分が100パーセントだった。
それでもレイファは笑顔で言ったのだが、クローなどは露骨に顔を顰め、今にもジヨウに詰め寄りそうだった。
「突発的な判断は、俺よりソウヤの方が優れている。これは事実だ。いくら普段の行動が信用できず、時々冗談で人生を過ごすつもりかと思う時もある・・・。ケンカっ早くて、いろんな意味で頭がキレてて、冷静に見せかけて何も考えていなかったり、面倒かける奴だなと思う時もある。しかし・・・」
ジヨウが次の台詞の言うのを真剣に待つ3人。
「・・・以上だ」
「終わりかよ」
ソウヤのツッコミに対して、苦々しい表情をみせてから、ジヨウは再度口を開いた。
「図にのせたくはないが・・・。ここ一番の時の・・・重要な決断をしなければならない時のソウヤは、信用できるだろ」
「任せてもらっていいぜ!」
「リーダーであるジヨウがそう判断したのなら仕方がない。まっっったく納得できない訳だが、我も従おうぞ」
「納得はできないのかよ!」
「認めてはやるのだから、有り難く思って良いのだぞ」
「ソウヤ、お願いがあるの。面白くなりそうとか、楽しくなりそうとかで決断しないでね~」
「レイファもかよ!」
「言い出しておいてなんだが、俺も心配になってきたな」
「おいおい、ちょっと待て。心配するな! オレに任せろ! 大丈夫だぜ、ぜっっったい!」
何の根拠もないソウヤの精神論に、白々しく乾いた空気が4人の間に流れる。
「ジヨウ、なんか言えよ」
ソウヤは、場の空気を変えるために、また責任を取らせるためにも、ジヨウに発言を求めたのだが、期待に背く弱々しい声が返ってくる。
「ああ・・・、頼むな・・・・・・」
「ジヨウ! オレたちは自分たちの運命を斬り拓いて進むんだ。気合い入れようぜ!」
「そうだな」
ジヨウは無理やりに、ソウヤの気合いに乗っかった。相当無理やりだったが・・・。
「いいか、クロー、レイファ、ソウヤ。俺たちは必ず帝国を脱出する。運命を、斬り拓け!」
3人の応答が重なる。
「「「承知」」」
最後は形になったが、先行きが思いやられる脱出計画の打ち合わせだった。
ソウヤたちが軍人になってから8週間。
訓練基地に来てからは7週間が経っていた。
いい加減、ビンシー6の乗り心地の悪さに慣れた頃だった。
『次、ジヨウ隊』
『ジヨウ隊、発艦する』
ジヨウ隊4機が宇宙空母から発艦すると同時に、一旦4方にばらける。発艦場所を狙う位置に敵機がいる想定だからだ。
敵機役は教官たちで、アタッカー仕様2機だ。
「今日こそ一発喰らわせるぜ」
『我らこそが、勝利に一番乗りだぞ』
今まで、どのチームも勝ってない。
それはそうだろう。7週間前まで素人だったのが、プロの軍人に勝てる訳ない。
だが、いつまでも負けっぱなしではいられない。今日こそは勝利するぜ。
『任せろ! すでに教官のクセは覚えた。ソウヤ、クロー包囲するんだからな。無闇に突っ込むなよ!』
「大丈夫だぜ! 考えながら突っ込む」
イイ笑顔で答えたソウヤに続き、クローが堂々と言い放つ。
『我はクロースだぞ。無闇になぞ行くわけがなかろう。ソウヤを囮にして突っ込むのだ』
『・・・やっぱりか』
ジヨウが諦め、レイファが納得する。
『そうだよね~』
『予定どおりにやる。レイファ、頼むな』
レイファのスナイパーとしての鷹の眼にかける。
「任せたぜ レイファ」
『委ねるぞ レイファ』
障害物のない宇宙空間を戦域として設定されている。それはスナイパーにとって不利である。スナイパーを活かすためには、ソウヤたち3機の動き次第だ。
『行け、ソウヤ。斬り拓け!!』
「承知!」
3機は複雑な機動で、3方向から敵機に迫る。数の利を活かして包囲する為だ。
しかし教官は、やはり教官である。
逆に1機対2機の状況を作り出す。教官たちは、動きの鈍い機体から瞬殺すべくレーザービームで攻撃を仕掛けたのだ。
『良し、クロー、レイファ。斬り拓け!』
『『承知!』』
狙われたのはソウヤだった。
4人の中で1番強い。そして操縦が巧い。特殊訓練生の中で最も教官に近い実力を持つといわれている。
拙い機動は偽装であった。
見事に囮役を務めあげ、一気に全力加速する。
たとえ同じ機体でも、動かし方次第で遅いようにも速いようにもみせられる。宇宙空間では地上と違い機体の速度を意識しづらい。基準となるべき物体がないからだ。
ソウヤは大和流古式空手で虚実を使い、相手を翻弄する。それはフェイントだけでなく、パンチやキックの速度を微妙に変化させ、相手を惑わせる。
そして、相対的な速度が全ての宇宙空間では、ソウヤの虚実が相手に一層際立って感じる。
ソウヤが本当の実力を発揮し、教官機1機を釣り出し抑え込む。
頼むぜジヨウ、クロー。
『ソウヤ、見事な腑抜けぶりだったぞ!』
「囮と言え!」
ジヨウとクローが、もう1機の教官機に襲いかかる。
不意を突き、多数をもって相対すれば、1対1での実力差など覆せる。
『集中しろ!』
『任せて~』
ジヨウとクローがレーザービームを放ち、教官機を追い立てた。命中コースを微妙に外して、教官機同士を離すようにする。連携を取らせないようにするためだ。
教官機の正確なレーザービームが、ジヨウ機の右脚とクロー機の左腕に命中し、ビンシー6のコンピューターによりその部分が全損判定となる。そしてジヨウ機の右太腿から脚が、クロー機の左肩から腕がパージされる。
バランスを欠いた状態で、クローとジヨウがレーザービームを連射し、背中に配備されている小型ミサイル10発全弾を放ち、教官機に突撃する。
しかし追い込んだ・・・スナイパーの狙撃ポイントへと。
教官機は、ジヨウ機とクロー機の対処で手一杯になっている。
レイファの狙いすました一撃が、教官機の胴体に命中する。威力の高いスナイパー用レーザービームライフルの直撃に、教官機のコンピューターが撃破判定をする。
『1機、げきつ~い』
教官機が残り1機となり、対してジヨウチームは小破2機に、無傷1機、ソウヤ機大破で戦うことになった。
ただ、ソウヤは撃墜されないものの両手両足を失い、機動力と攻撃力をほとんど奪われていた。武器は小型ミサイル4発のみ。
『ソウヤ~、頑張ってね~』
ソウヤはレイファの援護を受けながら最後の武器を使用しる。ここで教官機の攻撃範囲から逃れられなければ、ソウヤ機は撃墜間違いなしだろう。
「頑張れば、勝てるって訳じゃねーぜ」
教官機は同じくミサイルを発射し迎え撃ちつつ、レーザービームライフルをレイファ機に向けて連射する。スナイパー機の距離ではアタッカー機のレーザービームは射程外となる。威力不足を補うための連射だろうが、レイファ機を撃墜するのは難しい。
『良くやった。俺たちが勝つ!』
ソウヤはミサイル同士が交錯する刹那を捉えて、ミサイルを爆破させる。教官機のミサイルが誘爆する。
敵機を斃すためでなく、生き残るための攻撃だった。ミサイル爆発を煙幕替わりにし、ソウヤは全力で戦場から離脱する。
『美味しいシチュエーションだ。我は大好きだぞ。後は我に委ねよ。勝利を我の手でもぎ取るってみせようぞ』
クローは武装の全てをつぎ込んで教官機へと攻勢にでる。
「オレの活躍のお蔭だろう」
『止めは俺たちで刺す』
直線的な動きに対して、ジヨウは大きく弧を描きながら教官機を挟み撃ちにする。
教官としては、スナイパーを追い払わないと、安心してジヨウ機とクロー機を迎え撃てない。レイファ機をレーザービームで牽制しながら、教官機はクロー機に突っ込み格闘戦に持ち込もうとする。スナイパー対策だ。
教官機は狙い通り格闘戦しようとレーザービームライフルを可動式ホルスターに固定し、前腕部装甲からチェーンソーブレードを展開する。同じようにクローも右腕の前腕部装甲からチェーンソーブレードを展開するが、左腕のないクローは圧倒的に不利である。
まさにクロー機と教官機の格闘戦の直前に、ジヨウ機がレーザービームが放つ。
教官機のコンピューターが撃墜判定を下す。
出撃直後の言葉通りに、ソウヤとクローはやってのけたのだった。
ソウヤは、どうすれば巧く偽装できるか考えながら敵へと突っ込み。クローはソウヤを囮にして教官の1機に対して突っ込んだ。
今まで特殊訓練生の中で教官機を1機として撃ち落としたチームはなかった。ジヨウチームは初めて教官機を撃ち落とし、2機を屠り教官チームに勝利したのだった。
ソウヤたち4人は、ジヨウの部屋に集まった。
慣例となった脱出計画の打ち合わせのためだ。
「疲れたぜ・・・」
ソウヤはソファーに倒れこむように座った。クローは偉そうな態度を崩さないようにしているが、人の目がなければ横になっているだろう。
「我もだ・・・」
ビンシー搭乗訓練後の教官による強烈な指導が終了した後だった。
教官機に勝利してから1週間。
教官機が2機から3機になり、最終的には4機対4機になった。同数で、しかも本気になった教官相手には、まったく敵わなかった。
しかし、ジヨウ隊のチームワークと戦力バランスの良さにより、特殊訓練生の中では断トツの成績である。
4人が定位置のソファーに座ると、この日は珍しく最初から脱出関連の話で始まった。
大抵は、食事や訓練の話から始めるのだが、今日知った情報はそれだけ重要だった。
「オレたちの初陣の敵は、幻影艦隊じゃなくオセロット王国だってな。・・・運がイイぜ」
ソウヤの言葉に、全員から笑みが零れた。
初陣に得体のしれない幻影艦隊と戦うより、通常の敵であるオセロット王国の方が戦いやすく、生き残れる可能性も高いはずだ。しかも攻撃目標は軍事基地でない。
「軍事研究施設の占拠が目的らしいな。いいかソウヤ、焦るな! 判断は冷静にな」
「ふむ、全くだ。それにだ。認めはしたが、我は納得していないぞ」
心配性で計画的なクセに、どこか抜けている。そんなジヨウが念を押すのは、我慢できた。
だが、クローの憎まれ口を我慢する必要はない。ソウヤは反撃の口撃をすべく毒づく。
「心配すんなよ、クロー。オメーは置いていってやるぜ。大好きなリールラン大佐の元にな」
リールラン大佐とは最悪の出会いだった。
というよりソウヤたちの所業が悪かった所為なのだが、彼らはリールラン大佐に眼をつけられていた。4人の為だけに、特別訓練コースを実施されたことも、一度や二度ではなかった。
その度にクローが、貴様の振る舞いは封家の一員として恥ずかしいぞ、などと宣ったため、リールラン大佐の対応は、いっそう過剰で過激になっていった。
「ほぉー、偶然だ。我も貴様を置いていこうと考えていたぞ」
ソウヤとクローが睨みあう。2人の腰が、少しずつソファーから離れていく。
飛びかかろうとした瞬間、2人の後頭部に手刀がヒットする。
ソウヤにはジヨウが、クローにはレイファが手刀を落としたのだった。
「第1目標は生き残ることだ。俺達は、どのチームよりも訓練した。チームワークも最高だろ」
どのチームよりも訓練したのは事実だが、リールラン大佐とクローの所為で余分に訓練させられただけともいえる。しかし、ジヨウは握った拳に視線を集中しながら、尚も続ける。
「第2目標は脱出だ。だが戦闘中に、しかも初陣で脱出タイミングを見極めるのは難しいだろうな。亡命が遅すぎれば投降と見做され捕虜になる。逆に早く亡命したはいいが、オセロット王国が敗走して、俺たちが大シラン帝国軍に捕まるケースは最悪になる・・・。良くて軍法会議の上、懲罰。悪ければその場で射殺だ・・・。やはり慎重に慎重を重ね、熟慮に熟慮を重ねるべき・・・いや、考えすぎて判断が鈍るのも拙いだろうな・・・。ここは・・・」
そこでジヨウは気が付いた。
ソウヤたちが彼の話に集中していないことを・・・いや、聞いていないことを。
「あっ、気が付いたね~」
「ようやくかよ。もう残ってないぜ」
「これは我の分だ。渡さんぞ」
クローはテーブルの皿からオレンジ色の食べ物を、体全体でガードしながら掴む。
「何してるんだ?」
「ジヨウにぃ、非常食の試食だよ~。ほら、2週間たってから大丈夫かどうか食べてみよ~って・・・。今回は、フルーツ味にしてみたの~」
親指一本分ぐらいの大きさで焼しめた非常食が皿の上に残っていなかった。
6種類、計12本あったのにも関わらずに・・・。
「うまかったぜ」
「うむ、戦闘糧食など問題にならん。士官食堂の味に匹敵すると言って良いぐらいだぞ」
「俺の分は?」
尋ねるジヨウに対して、ソウヤは手に持っていた最後の一欠片を、クローは最後の一個を口に放り込んだ。
唖然とするジヨウをしり目に、2人は大急ぎで咀嚼を終え、返事する。
「今、喉をとおったぞ」
「もう腹の中だぜ」
「お前ら・・・」
「ソウヤの食べた方がミルクイチゴ味で、クローの方がチョコオレンジ味なの~」
食べ物の恨みは怖いというが、レイファが火に油を注ぐように非常食の解説を加えると、ジヨウの端整な容貌が険しくなる。
「ああ、そうか。説明されても、俺には分からないんだけどな」
「うん、それでね~。ジヨウにぃ、どっちの味を多く作ればいいのかな~?」
ジヨウが、レイファに対しては珍しく声を荒げる。
「は・な・し・を聞け、レイファ! 俺は食べてないんだからな!」
「うん、そうだね~」
レイファは、まったく堪えていなかった。
「ふむ、ジヨウよ。良いではないか。気にしない方がいいぞ。我は気にしていないぞ」
「そうだぜ、ジヨウ。今日の作戦会議で、食料の議題は優先度が低いはずだぜ」
もちろん、クローとソウヤも堪えていなかった。
会議の再開に15分以上の時間が必要だった。主にジヨウの機嫌直すために時間をとられたのだ。
帝国軍の拠点攻略部隊は、帝国の勢力範囲外“マーブル星系”の外縁へと進攻していた。
マーブル星系は惑星数が1、準惑星が6という小星系である。ゆえに惑星開発に不適格なため、帝国、オセロット王国双方にテラフォーミング計画はなく、行政的な価値は皆無とされている。
帝国本星からは遠く離れていて、その上オセロット王国を侵略する際の侵攻コースにもなり得ない。政治的、軍事的にも価値のない星系である。
しかし、つい最近オセロット王国の秘密軍事研究所の存在が明らかになった。帝国の諜報部隊と兵装開発部隊が、幻影艦隊の共同調査を実施していて、偶然にも発見したのだった。
何故こんなにも価値のない星系に研究所があるのか、と帝国軍内で疑問が噴出したが事実存在するものは存在する。
その後、慎重な調査を重ねた結果、幻影艦隊に対抗する兵器開発の為の研究所であると判明したのだった。
帝国軍上層部は、疑問への解答を脇に追いやり、急いでオセロット王国の拠点攻略作戦という建前で、研究開発成果と開発されたであろう兵器の強奪作戦が計画された。
その作戦計画に急遽参加したのが、バイ・リールラン大佐率いる特殊訓練第一期生である。
しかも、ガンフェン級宇宙空母”ウーゴン”という帝国軍が誇る最大級の宇宙空母を擁しての参加であり、マーブル星系軍事研究所攻略部隊は戦力の増強を・・・喜ばなかった。
オセロット王国の軍事研究所の守備戦力は、諜報部隊の偵察結果から、多く見積もって宇宙戦艦6隻と断定した。そこで参謀本部は、倍以上の戦力を揃えたのだった。勝利は決定している中、そこに新たに戦力が増えることは、戦功の獲得競争が激しくなることを意味する。
帝国軍内では軍閥が幅を利かせていて、少しでも自分の所属している軍閥に功績を与えられるよう腐心する。この計画も帝国軍内で調整を重ねた結果で決定したのである。それにも関わらず、バイ・リールラン大佐の部隊は無理やり合流した。これでは歓迎される訳はない。
攻略部隊の司令官サハシは、バイ・リールランを邪魔するという強い誘惑にかられたようだったが、リールラン大佐は封家序列第2位バイ家の令嬢である。そのバイ家の威光を恐れたのと、作戦参謀の意見具申で冷静になり、リールラン大佐の部隊を極めて公正に扱うことにした。
その結果が、宇宙空母ウーゴンを研究所のある準惑星の攻略担当にすることだった。
そもそも、ビンシーのような人型兵器は基地や要塞攻略を得意としている。小回りの利く機体を生かし基地にとりつき、内部から破壊したり占領したりするのだ。
公正な扱いだった。表面上は・・・。この役割は、初陣の部隊にとって荷が重すぎているが・・・。
宇宙空母ウーゴンのブリーフィングルームに特殊訓練生第1期生が集合していた。
ブリーフィングルームの壇上でリールラン大佐は、帝国軍内の政治的駆け引きには一切触れず、初陣には生還率が高い作戦に参加し、実戦経験を積んでもらうと告げた。敗戦続きで大シラン帝国存亡の危機という窮状にも一言も触れず、武勲をあげ生き残れば大シラン帝国での明るい未来が待っていると特殊訓練生を焚きつけた。
リールランが壇上から降りると、ブリーフィングルームの巨大ディスプレイに作戦が表示され、その横に立つ作戦参謀から作戦詳細が語られた。
艦隊の布陣と研究所との位置関係は、ディスプレイと特殊訓練生の間の上方に、ホログラムで映し出されている。
作戦参謀が時に熱く、時に淡々と作戦の成功パターンの数々を語ると、若い者の多い特殊訓練生の一同は、作戦の成功は既定であると楽観視した。特殊訓練生の一部を除いて明るい表情で未来へと思いを馳せていた。
作戦参謀の説明が終わり、リールランは再び壇上に上がり、特殊訓練生に希望を与え、士気を高める演説を始めた。
「・・・自らの手で、名誉と地位を手に入れよ。諸君らの奮闘を期待する」
最後にバイ・リールラン大佐が話を締めて、特殊訓練生第1期生の初実戦前のブリーフィングが終了したのだった。
ブリーフィング後、ソウヤたちは当然の如くジヨウの部屋に集まった。
もちろん脱出計画の作戦会議のためなのだが、初陣が迫っている今回ですら、まともな会議にならない。
「いよいよ初陣だぜ」
「ソウヤ、見極めは慎重にするのだ。我は、貴様の尻拭いをしたくないぞ」
「そういう場合、7:3でオレの方が迷惑してるんだぜ」
「貴様は、自分で自分の後始末をする意識がないのか?」
「なに言ってんだ。後始末はジヨウの役目だぜ」
ソウヤのシレッとした物言いに、クローが即座に納得する。
「なるほど!」
ジヨウが大声で突っ込む。
「納得するな、クロー! 何で俺が・・・」
「ジヨウにぃは、必ず助けてくれるよね~」
レイファが魅惑の笑顔と、甘い声音で言った。
「やりたくてやってるわけじゃない。どちらかというと、仕方なく・・・」
すぐさま反論のセリフを口にしたジヨウだったが、レイファ相手だと強く言えず、何故か言い訳しているようにしか聞こえない。
そのジヨウの言い訳っぽい台詞を最後まで言わせず、ソウヤが言い放つ。
「関わったらなら、最後まで責任を持つもんだぜ!」
「うむ、その通りだぞ、ジヨウ。我々は一心同体。そして貴様は、リーダーにして最終責任者だろう。しっかりするべきだぞ」
「なんで俺が責められるんだ? 非難されるべきはソウヤだろ」
「ちょっと待てよ。俺1人が悪者かよ?」
話が逸れかかっている。というより、逸れまくっているのをジヨウが強引に戻す。
「いいか、これは戦争なんだ。そして、命懸けなんだ。1対1の立ち合いだって想定通りに進まない。ましてや、帝国軍の戦力分析が正しいなんて言い切れない。負け戦になるかもしれないんだ。だけどな、俺たちの勝利は帝国軍が勝とうが負けようが、4人揃って生き残ることだ」
「でもね、ウチ思うんだ~。4人一緒なら、どんな状況になっても、生き残れるよ~」
レイファの穏やかな微笑みと、甘い響きの声で断言した。そのおかげで、一旦は引き締り緊張した空気が霧散し、ソウヤとジヨウ、クローの表情に良い意味での余裕が生まれたのだった。




