第2章 幻影艦隊 「見えないのは反則だよね~」 1
帝国軍の軍服に身を包んだ20代後半と思しきスタイルの良い女性が、鷹揚な態度で訳の分からない事を告げる。
「ようこそ、大シラン帝国軍へ。君達を歓迎しよう」
ゲーム大会の決勝戦に勝利したオレたち4人は、2名の正装した厳つい男たちにゲームセンターの外へと連行された。
ゲームセンター前には浮遊車”エアリル”が停車していた。
如何にも高級そうなエアリルの前に控えていた老紳士に、慇懃無礼に促され、半ば強制的に中へと押し込まれたのだった。
エアリルで30分ほど止まりもせず走って案内されたのが、頑丈そうだがデザイン性の欠片もない武骨な建物だった。エントランスから建物に入っても、どこにでもあるオフィスのようで、とてもゲーム大会のような華やかなイベントを主催するような特徴はなかった。
しかしソウヤたちが通された部屋は、建物とは雰囲気が全く異なっていた。高級そうな絨毯が敷き詰められ、調度品も丁寧に装飾を施された広い部屋である。
ようやく、ビンシー6のネットワークゲームを主催したイベント会社らしい雰囲気になってきた。まさか、コスプレの女性が迎えてくれるとは思わなかったが・・・。
部屋の奥にある執務机の傍に、肩まで伸ばした艶やかな黒髪を持つ軍服姿の女性がいた。だからソウヤは、そう考えたのだ。
だが、高級エアリルに迎え入れてくれた老紳士が、部屋を退出すると場の空気が一変した。
ソウヤたちは、部屋にいた2名の男に指示され、横一列に整列させられ、両端を固められる。彼らは、明らかに頭脳労働より肉体労働を専門にしている。
正装してゲームセンターに迎えに来た男達と比較すると、悪人度が5割増しだった。
そこで、彼女のさっきの台詞だ。
ソウヤはワザと生意気な口をきくことにする。
「賞金の贈呈と聞いて、ここまで着いて来たんだぜ」
大和流古式空手で礼儀を叩き込まれていて、場に応じて使い分けるぐらいはできる。だが、行き先も告げず人攫いのように連行し、椅子も勧めず立たされたままでいる。礼儀をはらう必要性を全く感じなかった。
それより生意気な口の利き方に対して、どのようなリアクションが返ってくるのか期待していた。
「無論支払おう。給与と一緒にな」
しかし、軍服女は大人の余裕で答えた。
「給与? それは、どういうことでしょうか?」
ジヨウは驚きつつも表情の変化を抑え、丁寧な口調で質問した。
「私の名前はバイ・リールラン。階級は大佐だ。特別な任務を帯びて、この場にいる。君たちは、今この時点から大シラン帝国軍の軍人として働いてもらう。これは軍事法83659に基づいた措置であり、3等級臣民に徴兵への拒否権はない」
リールランの重たい宣告を受けても、ソウヤたち4人の表情に変化はなかった。
「我はいつでも良いぞ」
「さあ、やろうぜ」
クローは準備が完了していると催促し、ソウヤはジヨウに決断を促した。
相手の1人は、やたらと鋭い眼つきの悪い顔で、いかにも怪しい素性と格闘技術を持っていそうだ。もう1人は横幅が半端なく、ウェンハイよりも厚い筋肉で覆われている。絶対に既製服は着られない体型である。一言でいうと巨漢ダルマだった。
2人に共通しているのは髪を短く刈っているのと、真っ当な素性を持っているとは見えないところだった。
「斬り拓け!!」
ジヨウの言葉が鼓膜を叩いた刹那。
ソウヤの流麗な右回し蹴りが、右隣の鋭く眼つきの悪い兵士の膝裏に炸裂する。ほぼ同時にクローの鋭い右前蹴りが左隣の巨漢ダルマの水月にめり込むんだ。
ジヨウとレイファは前方へ疾走し執務机を飛び越え、外部に連絡できないよう自称大佐を壁へと押しつける。
連携のとれた見事な不意打ちだった。
ソウヤたちは一列に並ばされるとき、左からクロー、ジヨウ、レイファ、ソウヤの順になるようにした。3人を制圧するため、4人は戦闘陣形をとっていたのだった。
3等級臣民の住んでいる街には警官が少ない。仕事を増やしたくない警察側としては、3等級臣民同士の多少の騒動は見て見ぬ振りをしているようだった。それこそ、死人がでなければ良いと考えている節がある。
だが、帝国の3等級臣民は、大ケガを絶対に避けなければならない。1ヶ月以上仕事をしないと、どの職場でも3等級臣民はクビになる。そして定職がなくなると、職業紹介という態で強制労働所送りにされるからだ。
ソウヤたち4人は意外にも優秀で、3等級臣民だけしかいない職場が多い中、2等級臣民もいる職場で働いている。ジヨウの職場に至っては1等級臣民が多数いるぐらいだ。
そう、つまりソウヤたちの優先事項は、ケガをせず無事に帰宅することだ。逆にいうと相手がどんなケガを負っても一向に構わない。
オレとしては、こんな誘拐まがいの行動をとる相手に手加減する必要を感じていない。返り討ちにし、2度と手を出ししてこないよう心と体に刻みこむ必要があると考えている。
ソウヤは眼つきの鋭い男の膝裏を蹴ったあと脚を折り畳み、右横蹴りへと移行し顔を狙う。だが、ソウヤが考えていた以上に男の耐久力が高く、膝を伸ばして攻撃態勢をとる。
逆に、それが相手にとって不幸となった。
ソウヤの横蹴りが相手の顎を掠め、その勢いのまま足刀が喉まで達したのだ。
人体の急所である喉への攻撃は効いたらしく、後ろへとよろける。
左脚を戻した勢いを利用して、ソウヤは右前蹴りを相手のボディーへと繰り出す。
だが、男は両腕で蹴りをガードし、踏み込む。眼光は未だ鋭く、手を突き出してきた。
オレの袖口を狙っている? おそらくヤツは、組技系の格闘術を使う。
組技を得意としている相手には、離れた位置から掴まらないように速い攻撃でダメージを蓄積させるのがセオリー。
ガードを固めて突っ込んできた場合は、速さより重さを重視した攻撃で突進を止めるか、捕まらないよう素早く相手の側面に回り込み速さ重視の打撃を加える。
だが、この眼つきの鋭い悪人顔のヤツは打たれ強い。
しかも、戦い慣れてる。セオリー通りだと捕まる。
そう、オレの直感が囁いている。
危険を冒してでも、敵の最重要戦力である指を使えなくし、闘争心を斬り落とす。
ソウヤは、集中力を最大限にまで高める。全身に神経が行き届き、感覚が鋭敏になっていく。
精確性とスピードを重視した多彩なパンチを男の指と、手の甲に無数にヒットさせる。パンチの種類はウェンハイ以上に多彩で、相手に対応させる隙を与えない。
男が手を引くと、ローキックの嵐で膝の周辺を責め立てる。
いつもなら、流れるように大技を次々と繰り出し、舞いのような動きで相手を追い詰める。そして虚実を織り交ぜるのだが、今はチクチクと相手に嫌がらせするような攻撃をしている。
眼つきの鋭い男の両手が腫れ上がり、とうとう膝が崩れ落ちた。
ソウヤは男の意識を刈り取るべく、顔面への攻撃に切り替える。
なぜか相手の顔がさっきより近くにある。
彼は兵士で、死の瞬間まで諦めない。そして鋭い眼つきの中の瞳は、死んでいなかった。
顔面への右正拳をなんとか途中で止め、ソウヤは左膝蹴りに変更する。
ソウヤの左膝が、カウンターで兵士のボディーへとメリ込む。そして横にステップし、崩れ落ちていく相手の顎に横から左正拳を叩き込んだ。
兵士の眼つきは悪く鋭いままだったが、瞳に光はなくなり、床へ崩れるように倒れた。
終わってみるとソウヤの完勝だった。だが、最後の最後まで気の抜けない戦いだった。
危なかった・・・。
顔面への右正拳を止め切れなかったら、兵士の額はオレの拳を受け止めていただろう。そして兵士は、そのまま頭突きで勝負を賭けてきたに違いない。
ソウヤは、しばらく倒した兵士の様子を覗いながら、息を整える。
眼つきの鋭い兵士の気絶を確信すると、ソウヤは手早くロープで縛り上げた。
ロープは、いつも持ち歩いている。
何故かといえば、こういう時の為である。専用の拘束具を持ち歩くと、警察官に問われた際に言い訳ができないが、ロープなら何とでも誤魔化せる。
縛り上げた兵士を壁際に転がすと、そこで集中力が途切れた。
落ち着くと、クローの気合いが耳に届いた。
「おりゃあぁあぁあぁあああ」
声の方向に視線を送る。巨漢ダルマとクローの戦況は、今のところ五分と五分。
巨漢ダルマは、オレたちの介入を警戒しつつ戦っていて、注意力を削がれている。そのため防御に重点をおいて、一発を狙っているようだった。
ソウヤは執務机を漁っているジヨウに声をかける。
「ジヨウ、交代するぜ」
「らしくないな?」
ジヨウが訝しげに顔をあげた。
「疲れた・・・強いぜ、アイツら」
「仕方ないな。任せろ!」
言葉とは裏腹に、嬉しそうなジヨウの声だった。
顔には出すまいとしているようだが、表情筋も微妙に動いている。
普段はリーダーとして仲裁したり、冷静に状況を見極め判断するなど自分を抑えているのだが、やはり大和流古式空手を修練する者としての血が騒ぐようだ。
「貴様ら、己のしたことの意味が理解できているのか?」
ジヨウが、いつも持っているロープで両手両足を縛られ、壁際に転がされている自称大佐が、ソウヤとレイファを睨みつける。
ただ睨まれたぐらいで、恐れ入るようなソウヤたちではない。
「オレたちは自分の身の安全を確保しただけだぜ。それによ、テメーが大佐だってぇーのが、どうにも信用できねー」
監視はレイファに任せ、ソウヤは部屋にトラップや隠し武器がないか調査を始める。
「ここが怪しそうだぜ」
壁に作り付けの、高級そうな木製クローゼットが眼につく。開けると、高級そうなスーツとドレスが入っていて、奥に引き出しがあった。
ソウヤは、一気に引き抜き床にばらまく。
ブラジャー、パンツなどの下着類が盛大に床へと広がった。
ソウヤは、執務室に下着があるとは考えてもいなかった。レイファも同様だっただろう。
このままにしてはおけないと、慌てて布を手にとる。端を掴んだため、重力に引かれ布が拡がる。それは、黒いレースをふんだんに使用した手触りの良いパンツだった。
抑揚がなく、レイファの甘くも冷たい声が後ろから聴こえる。
「なにしてるの~。ソウヤ~」
ホント、何をしようとしてたのか? レイファの感情の抜け落ちた声を聞いた瞬間、すっかり忘れてしまった。
誰か助けてくれる人はいないかと見回したが、男たちは戦っていて、バラまかれた下着の持ち主は、苦々しげな表情をしている。
どうやら、この件に関して味方はいないようだった。
執務机の前で、ジヨウとクローが巨漢ダルマな男と乱闘を繰り広げている。
ソウヤ、レイファ共にジヨウとクローが負けるとは、まったく考えていない。
大和流古式空手には2対1や2対2、3対1、3対2などの稽古がある。多数の方は連携して敵を倒すための戦い方を、少数の方は逃げる隙を作るための戦い方を稽古する。
そしてジヨウが加勢に入ってから、圧倒的有利に戦いを進めている。
ジヨウとクローのどちらかが、常に相手の死角に回り込み、しかも脚へと攻撃を加える。
2人のローキックが次々と巨漢ダルマの膝に炸裂している。その都度、彼は膝を床についたり、転がったりしていた。
遂に巨漢ダルマを部屋の隅へと追い詰める。
だが男は、邪悪な笑みを浮かべていた。
右手には、いつの間に引き抜いたのか、コンバットナイフがある。
コンバットナイフが巨漢ダルマに勝利を確信させたのか、邪悪な笑みが残忍で残酷な笑みへと変化していた。
大和流古式空手に、ナイフを奪う技はない。
だが、ナイフをもった相手と戦う術はある。
ジヨウは突進の勢いを殺さず、コンバットナイフを構えようとしている巨漢ダルマの二の腕を下から蹴り飛ばした。
ナイフを持つ手を蹴るのでは、少しの動作で躱される。最悪の場合は足を切られる。
しかし二の腕の場合、相手は体ごと避けるしかない。あとは踏み込み、蹴りきる度胸があるかどうかだけだ。
巨漢ダルマは体ごと避けようとしていたのだが、部屋の隅に逃れてきた彼には、動けるスペースが存在しなかった。
そして、大和流古式空手には2対1の稽古がある。ジヨウは後ろを視ずとも、クローが連携しているのを知っていた。
クローは隙を逃さず、巨漢ダルマの水月へ2度目の右前蹴りを叩き込んだ。
さしもの強靭な筋肉の鎧も、体勢を崩された上にクローの全体重を乗せ放たれた前蹴りには、為す術もなかったようで、ボディーで気絶させるという稀な結果となった。
ジヨウとクローの勝利が確定したのだった。
しかし、クローは呆然としている。
「何故なのだ?・・・」
ジヨウが鋭く問う。
「クロー、どうした?」
クローの視線の先には、ソウヤが探し物に集中している姿と、レイファがリールランを監視しているついでに、戦いの行く末を気にしている様子が映っていた。
「何故、我の会心の勝利を観戦していないのだ! 完璧な連携に、型通りの綺麗な技の数々を実戦で決まるところを貴様らは見逃したのだぞ!!」
「うるさいぜ、クロー。こっちは忙しんだよ」
「ウチは少し観てたよ~。あのね~、型通りだから、実戦で苦戦したんじゃないのかな~?」
「・・・だが、ソウヤの相手より強い巨漢ダルマに勝利したのだ」
「う~ん? たぶんね~・・・ソウヤの相手の方が、強いんじゃないかな~?」
「何を言うか! レイファには、ソウヤ向け色惚けフィルターが標準装備されているから、冷静な判断なんぞできんだろうが!!」
「そっ、そんにゃフィルター・・・存在しにゃいんらからね~」
レイファは頬を朱に染め、全員から視線を外した。
どうやら、そんにゃフィルターが存在しそうだった。
「そんなことはどうでもいいだろ。早く手伝うんだ、クロー。優先順位を間違えるな!」
ジヨウが厳しい口調でクローに命じた。それは、倒した相手が復活するより前に、縛り上げ自由を奪う必要からだが、不機嫌の成分も結構混じっていた。
不機嫌の主要成分の原因は、クローがレイファを責めているからだ。
いつも持っているロープをクローは取り出し、渋々と巨漢ダルマを縛る手伝いをした。
謀議や、互いのロープへの細工を防ぐため、3人を4メートルぐらいずつの間隔をあけて壁際に転がしていた。3人がロープを持っていたのは、まさにこういう時の為だ。
ジヨウは、執務机の上の端末で情報を引き出している。
「ウチたちのいる場所、どこだろうねぇ~。本当に、軍の施設だったりしてね~」
レイファは著しく緊張感に欠ける口調で、ソウヤとクローに話しかけた。
4人とも軍の施設の訳ないと頭から信じている。それも当然で、駐機場にも廊下にも、このフロアにも、衛兵はおろか警備システムすら存在していない。
「ドラマじゃないんだ。3等級臣民の前に、わざわざ大佐なんか出てこないぜ」
「我は、前に自称大佐となら会ったことがあるぞ」
「あー、そういえば・・・。そん時、自称将軍ってのもいたぜ」
「うむ。確か、壊滅させたら10人ぐらいのグループで、紅雀だったぞ」
「違う、紅雀蜂だぜ。・・・そんな人数で将軍かよってな」
レイファは怒った表情になり、澄んだ瞳でソウヤたちを睨みつけ、甘い声音で非難する。
「それは、いつの話かな~? 危ないことしないって約束したよね~」
ソウヤたち3人は、危ない真似はしないようにと、幾度も約束させられていた。
幾度も約束させられる羽目になるのは、幾度も約束を破るからなのだが・・・。
ソウヤの黒い瞳が泳ぎ、レイファから視線を外し、誤魔化すように言葉を濁す。
「だいぶ・・・む、昔・・・かな~」
「フッハッハハハハ・・・心配無用だ。我らに喧嘩を売った奴らがバカなのだぞ」
「む~~~」
頬を膨らましたレイファが、抗議を続ける。
「あのね~・・・仕返しされたら、どうするの~? 心配になるでしょ。あっ、もしかして・・・この人達が、その紅鈴虫のメンバーとか、仲間とか・・・、なのかな~?」
レイファは、本気で心配している。その気持ちが伝わってくる。
危険なことはしないように努めているが、危険が諸手をあげて集い、攻めてくるなら対処するしかない。他人に自分の尊厳、権利を譲る気もない。
つまり、今まで同様で改める気はないということだ。
なので、いつもの調子で軽口を叩く。
「蜂、紅雀蜂なっ。それじゃカワイ過ぎだぜ。まあー、そんなことないだろうけどよ。なあ、ジヨウ?」
同意を求めるため視線を送るが、ジヨウは執務机の端末の前で、苦悩の表情を浮かべている。
「ジヨウ?」
まさか・・・ホントに紅雀蜂のメンバーの報復か?
「ジヨウにぃ?」
心配そうに問いかけたレイファに、ジヨウは返事する。
「拙いかもな・・・」
ソウヤの問いかけは無視しても、妹の問いかけには応えるところが、ジヨウらしいといえばジヨウらしい。
そんなことを頭の片隅で考えつつ、ジヨウに訊く。
「なにがだよ?」
「本物・・・だな」
ジヨウの声は、苦悩と苦渋と苦悶に満ちていた。
「ホントに紅雀蜂かよ。まいったぜ」
「大丈夫だ、ソウヤよ。我ら3人で、再び潰せば良いだけのことだぞ」
「あのね~。もう紅ちゃんは、ほっとこうよ~」
ジヨウは物事を考えすぎて悲観に傾くことがある。この時もそうだろうと、ソウヤ、クロー、レイファの3人は、緊張感とは無縁の声を出していた。
だが、ジヨウの顔色は優れない。
「違う、そうじゃない。彼女は、本物の大シラン帝国軍の大佐だ」
ジヨウたち4人は、視線をリールランに移した。
彼女は4人に厳しい視線を向けたまま、徐に肯いた。クローゼットに入っていたタオルで猿ぐつわした姿では、威厳も品位も全く感じられないのだが・・・。
「ホントかよ?」
「嘘だな」
「ウソだよね~」
「本物であるという証拠しか出てこない」
ジヨウは3人のリーダーだが、扱いが少し軽い。だから驚くより猜疑の方が先に立ち、3人は再度疑いの台詞を吐いたのだが、ジヨウは自信満々に肯く。
「なら、部屋に入るところからやり直そうぜ」
とても建設的でないソウヤの提案を、思考の迷路に迷い込んだジヨウが本気にする。
「それも良いかもな。やり直してみるか?」
「そうだね~。それでも良いか訊いてみよ~。ねっ?」
一見建設的なレイファの意見だったが、ソウヤの提案自体が建設的でないので、およそ建設的な意見にはなりえない。
「うむ。我に任せるが良い! 見事、解決してみせようぞ」
突然クローが自信のありそうな声音で発言した。
ここまで悪化した状態を打開する秘策でもあるのか?
自分たちと比較して、組織力も社会的地位も、何もかも圧倒的に相手側が優位だ。現状、こちらが優位なのは、彼女ら3人の身柄を押さえていることだけだ。
そのような不利しかない状況で、クローに交渉役が務まるのか?
オレの予感は急速に不吉な方向へと傾いてきている。
クローを止めるため声を出そうとしたが、すでに彼はリールランの前で、わざわざ目線の位置をあわせるために跪いていた。
そして、不遜な態度で宣告する。
「貴様らには、やり直しを要求するぞ。さもなくば、無事に帰れると思うな。我らは自分の身の安全を図るべく、あらゆる措置を講じる。特に我クロース・ファイアットは、ファイアット家の誇りにかけて、如何なる手段を用いても必ず友を護る覚悟であるぞ」
予感通りクローは、この場面に対応する引き出しを持ってなかった。
レイファは表情の選択に困っている。
ジヨウは額に手をやって呻く。
「それ、最悪だろ」
散々脅しかけたとしても、身柄を解放した瞬間、要求した約束は反故にされるに違いない。
隠蔽工作をするにしても、何をどこまで隠蔽すれば軍の手が伸びてこないか分からない。そもそも隠蔽工作が可能なのか?
とりあえずクローを黙らせるため、横から思い切り蹴りを入れた。
クローは跪いているだけあって、よく転がっていく。
クローは、家の誇りにかけて護る対象とした友に、蹴り転がされて部屋の隅に追いやられたのだった。
「我らの相手は視えない軍隊だ。諸君らは、その軍隊と戦うために集められた精鋭であり、特殊訓練生である」
如何にも古強者といったワン少佐の台詞に、192名の訓練生がざわつき始める。
軍人とはいえ、入隊してから長い者で4週間。短い者では1週間である。彼ら大シラン帝国3等級臣民は、本人の意志とは関係なく軍人にされたのである。
「それは比喩でしょうか?」
一人が勢いよく挙手し、起立して質問しのだた。
如何にも優等生タイプの何でも出来そうな少年である。
「比喩ではない。諸君らには視えない軍隊・・・通称”幻影艦隊”と戦ってもらう。無論、戦闘に勝利するために訓練するのであって、勝利のための手段は用意してある。あとは諸君らの訓練が必要なだけだ」
ワン少佐の確信に満ちた台詞が、ブリーフィングルームに響いた。
ここは、シラン星系から1光年ほど離れた場所にある大シラン帝国軍の訓練基地である。
訓練基地の傍には、幾つもの小惑星が漂っている。
これらの小惑星は、訓練用にシラン星系から超時空境界突破航法で運ばれてきたものである。ここは艦隊演習や実弾演習、小惑星上の基地攻略演習など様々な軍事演習に活用されている。
そして、1週間前に入隊させられたソウヤたち4人も、このブリーフィングルームにいた。
入隊後はすぐに、この訓練基地に送られ手続きや身体検査をされ、軍人としての基礎を超短期講習で叩き込まれたのだった。




