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銀河辺境オセロット王国  作者: 柏倉
突破脱出行
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第1章 ソウヤ、ジヨウ、クロー、レイファ 「主役はオレだぜ!」 2

 ウェンハイチームと邂逅の後、アロー先端の手近な開口部から、ソウヤたちはトリプルアローへと安全に侵入を果たした。

 中は真っ暗闇で、ビンシー6の頭部と腹部の指向性ライトで前方を照らす。そして足首付近から、足元全体を無指向性ライトで光を浴びせる。

 これらの灯りだけが視覚的な頼りだった。

 だがソウヤとジヨウには関係ない。彼らは索敵システムの各種センサー情報から、ほぼ精確に周囲の状況を把握できるからだ。そのため前衛をソウヤ、後衛をジヨウが受け持っている。

『はぁ~・・・大きいね~』

 周りを照らしながら感想をもらしたレイファに、ジヨウが説明を始める。

『設計図によると、ここは戦艦を電磁カタパルトで発進させる場所らしいな。このカタパルトは、大シラン帝国軍の全長1.2キロある大型戦艦”ベイジー級”ですらカタパルト発進可能とある。しかもだ。カタパルトは一つのアローに8つあって、3つのアロー全部使えば、30分で駐留している3個艦隊・・・つまり300隻が発艦を完了する。移動要塞が時空境界突破航法で移動すれば、艦隊も一緒に運べる。つまり遠征の進軍速度が数倍にもなるんだ』

 時空境界突破航法は、まず移動元と移動先の時空を繋いだ境界を顕現させる。その境界を突破し、移動先の時空で境界を脱出する。

 ただし、数十光年を一瞬にして越えられる時空境界突破航法にも欠点がある。それは境界顕現する際、移動先の正確な位置を指定できないことだった。移動先の顕現位置が500万キロメートルぐらいずれるのは良い方で、目標地点から1000万キロメートルずれることもある。

 ちなみに、太陽系の太陽の直径は約139万キロメートルぐらいある。

 数十光年の移動からすれば、1000万キロメートルのずれは微々たるものなのだが、艦隊運用では無視できない距離になる。時空境界突破航法で境界脱出したあと、1個艦隊の集結に数時間かかるのが普通である。艦隊数が増えれば、当然集結時間が増加することになる。

 トリプルアローによる移動は、時空境界突破航法における艦隊運用の弱点を克服できる。

『しかも、トリプルアローには時空境界突破航法用のシステムを3基も積んでいるんだ。帝国軍では、オセロット王国攻略の切り札と考えているらしいな』

 時空境界突破航法装置の連続運用は技術的に不可能である。そのため、大抵の宇宙船は距離を稼ぐためと、故障にも備える意図で2基の時空境界突破用システムを搭載している。

 しかし帝国軍の宇宙戦艦ですら、時空境界突破航法用をシステム3基積むことはない。巨大移動要塞が突破できるぐらいの時空境界を顕現させるには、時空境界突破航法装置も巨大になる。

 隣国にあるオセロット王国攻略にかける大シラン帝国軍の本気度が伝わってくる。

『ふむ、素晴らしい要塞だということは理解したぞ。それにしても詳しいな、ジヨウよ』

「ドキュメントに書いてあるみたいだぜ」

『なんだと! 我を騙していたというのか?』

『嘘は吐いてないだろ』

 無駄口を叩きながらも、4機は周囲の警戒を怠らず、ゆっくりとアローの内部を進んでいる。

『いいや、あたかも初めから持っていた知識であるかのように説明したジヨウに非があるぞ。我は、謝罪の気持ちを点心として所望する』

「なるほど・・・オレもクローの気持ちが良くわかる。クローを支持するぜ」

『ウチも支持するよ~』

『お前らは、クローじゃなく点心を支持してるんだろ』

『仕方ないよ、ジヨウにぃ~。多数決なんだから~』

 入り口から25キロ付近で、肩と腰にある前方向ジェット推進装置をコントロールして、宙にビンシー6を停止させた。

 そこはアローと本体との接続部近くで、巨大な耐圧耐衝撃ゲートが、頑なに行く手を阻んでいる。艦隊旗艦のベイジー級宇宙戦艦でも余裕をもって通れるようにと、ゲートの設計がなされているからである。

『ここは我に任せろ!』

 巨大ゲートを前に、興奮気味のクローが口を開いた。

 ソウヤは、小気味よく参加を表明する。

「オレもやるぜ!」

 レーザービームライフルをビンシー6の大腿部に近づけると、収納されていた可動式ホルスターが現れ、電磁ロックにより固定される。

 両腕の前腕部装甲からチェーンソーブレードが出現しチェーンが高速回転を始め、瞬時に刃が霞み一本の両刃剣となる。

 ビンシー6の背中のジェット推進が唸りをあげ、ソウヤ機とクロー機がゲートに取り付いた。

『やめろ。時間の無駄だ』

 やめろと言われても急には止まらない。そして徐々に、チェーンソーブレードの刃が巌のようなゲートに食い込んでいく。

「なんでだジヨウ? 刃は通用してるぜ」

 チェーンソーブレードは、耐圧耐衝撃ゲートとの熾烈な戦いに勝利しつつあるようにみえる。

 それでも、チェーンソーブレードには絶対に勝利できない理由があった。

 ジヨウが端的に答えを告げる。

『長さが足りない』

 ソウヤは間抜けな声をだし、クローは顔全体に疑問詞を浮かべる。

『2人とも間抜けな顔してる~』

 レイファもソウヤと同じように、サブディスプレイに全員の姿を表示しているのだろう。

『設計図によると、20メートルの耐圧耐熱耐衝撃ゲートになっている』

 ビンシー6に装備されているチェーンソーブレードは、長さが約6メートル。

 つまり、絶対にゲートを貫通できない。

『何故、早く知らせなかったのだ。貴様はソウヤの間抜け面を拝みたいがため、我まで巻き添えにしたというのか?』

『止めたのに、やめなかったんだろ』

 ジヨウは冷静に回答しつつ、マルチタスクで動いていた。

 巨大ゲートの右端の下部に移動し、ビンシー6の右人差し指を壁際の穴へと突き指す。指先から接続部が露出し、トリプルアローの外部接続回線に繋がった。

 これで要塞内部のネットワークと直結したことになり、多くの情報にアクセスできる。勿論ゲートを開くことも可能だ。

 しかし要塞操作の大部分は、司令室からの命令でないと操作できないようになっている。

 情報収集を開始したジヨウは、エキサイトし始めたソウヤたちの論争を聞き流し、操縦席で操作画面の表示をキーボードにしてタイピングする。

 このゲートから可能なトリプルアローの操作範囲を探っているのだ。

 それから暫くして、前触れもれなくアロー内の四隅のライトが点灯した。

「くっ・・・罠かよ。やられたぜ!」

 レイファ機は、壁際に詰めてカタパルト射出口に大型レーザービームライフルを向ける。

 ソウヤ機とクロー機は背中合わせになり警戒した。

 しかし索敵の要であるジヨウは、キーボードを操作していて警戒を怠っている。

『いや、罠じゃない。どうやら、俺たちより先にトリプルアローを占拠したチームがいるみたいだな』

 ジヨウがサブディスプレイから顔を上げずに、キーボードを操作しながら答えた。彼の額には、うっすらと汗が滲んでいる。

『我らは、ウェンハイチームにしてやられたということか・・・』

『う~ん~? ウェンハイたちの攻撃には、そういう意図はなかったと思うよ~』

「その意見には賛成だぜ。ウェンハイが、そこまで考えて動く訳ない。ヤツはバカだぜ」

 ソウヤの口調は辛辣だった。そしてクローは冷静にウェンハイ達を侮る。

『うむっ、確かに無理だろう。ウェンハイだけでなく、ズンサン、ゾンギー、エンラでも不可能に決まっているぞ。そう、つまりは偶然の産物・・・。さて、我らはどう動くべきか・・・』

「どうする、ジヨウ?」

『ちょっと待て、短距離高速通信をオープンするんだ』

 オープンすると、トリプルアローとビンシー6の戦闘が映し出された。メインディスプレイは8分割になり、様々な方向からの映像で、戦闘の様子が手にとるようにわかる。分割されたディスプレイの表示が切り替わるのは、ジヨウがウェンハイたちを追尾設定したからだろう。

『これは・・・どういうことなのだ?』

 驚愕の声をあげたのはクローだった。ソウヤ唸り、レイファは口に手を当てていた。そして、ジヨウだけが冷静だった。

 4人が目にしたのは、トリプルアローの圧倒的な対宙砲火だった。

 その対宙放火からウェンハイチームが逃げ惑っている。ソウヤたちとの遭遇戦で1機削っているが、もう1機足りない。

 敵機の情報表示用サブディスプレイをみると、エンラの上に二重赤線があり、下にコキンマルとあった。

『コキンマルチームとウェンハイたちが戦っている・・・。いや違うな・・・。コキンマルチームが一方的にウェンハイたちを的にしている、との表現が正確だな』

 トリプルアローの四方八方から、レーザービームが連射されている。要塞からのレーザービームは、スナイパー仕様大型レーザービームライフルの数倍の威力である。

 連射されているレーザービームを避けるだけでも困難であるのに、多弾頭誘爆ミサイルまでもが雨あられのように発射されている。多弾頭誘爆ミサイルは、設定した距離までに敵に当たらないと、10以上の爆弾に分裂する。そして敵機が指定距離まで近づくと爆発するという機雷型ミサイルだ。

 ウェンハイチームにとっての救いは、トリプルアローからの攻撃はあるが、宇宙戦艦やビンシーが発艦しないゲーム仕様になっていることだ。

 あと少しトリプルアローに取り付くのが遅ければ、自分たちが同じ目に遭っていた。それは背筋がゾッとする、楽しくない想像だ。

「ウェンハイたち、やられそうだぜ。どうするよ? ジヨウ」

『だが、助けてやっても、その後、俺たちも同じことするんだろ』

「オレたちがやる分には、逆に気分がイイんだぜ」

 口角をあげたソウヤの顔に、得意気な表情が浮かんでいた。

『ソウヤ~。悪い顔になってるよ~』

『うむっ、ソウヤは悪人だぞ。それで、ジヨウ。作戦はどうするのだ?』

「おいっ、オレは善人だぜ」

 ソウヤの全力のツッコミを置き去りにして、ジヨウが作戦を伝える。

『ウェンハイたちに気を取られている隙に、コキンマルチームを殲滅する。その後、占拠したトリプルアローの戦力で、ウェンハイたちとセイデーチームも殲滅するんだ』

『ジヨウにぃまで、悪い顔になってるよ~』

「ふんっ、まったく悪人の鏡だぜ、ジヨウは」

『何を言う、我はジヨウの知恵を尊敬するぞ。さすがだ』

 ジヨウの味方のような台詞を吐いたクローだったが、棒読みで感情が入っていなかった。

『ホントは~?』

 レイファが、疑い成分100パーセントの声音でクローに訊いた。

 それに対して、クローは平然と平板な口調で返答する。

『秘めた想いは、軽軽と他人に話すべきではないのだぞ』

『ふ~ん~』

「ほぉおー」

 レイファの甘い声と、ソウヤの耳に心地よい透明な声のハーモニーが、どうすれば悪意の塊のような音を奏でられるのか。相当不可思議な現象だが、実際にレイファとソウヤで実現している。

『クローの秘めた思いは後にしろ。俺にはその想いを受け止める勇気はない。今はコキンマルチームがウェンハイたちとの戦いに気を取られている。チャンスなんだ』

 鮮やかなキーボード操作で、ジヨウは短距離高速通信をクローズし、巨大ゲートをオープンした。

 画面表示切替えで操作ボタンを表示させるより、キーボードでコマンドを打ち込む方がジヨウにとっては早い。ここ数週間のゲーム参加で、ジヨウはコマンドを暗記していたのだった。

『行くぞ!』

 4機のビンシー6が巨大ゲートを抜けると、カタパルト発射口以上に広大な空間が姿を現した。

 声をあげて驚きを表すレイファにクロー、唖然とするジヨウとソウヤ。

 ソウヤは3人より早く驚愕から復帰し、ジヨウに提案する。

「あーっと・・・。ジヨウ、ゲートは閉めて行こうぜ」

 先にトリプルアローを占拠したコキンマルチームとソウヤたちが戦闘状態になった際、もしくは勝利した直後、トリプルアローの防御が手薄になる可能性がある。

 その隙に他の敵チームがアローに取りつき、ゲート内部に侵入されるかもしれない。

 そこまで考えての発言ではないのだろうが、ソウヤは直感でリスクを回避する。

『・・・そうだな』

 ジヨウは巨大ゲートの端にある外部接続回線装置へと、ビンシー6の指を挿入する。

『それでジヨウよ。殲滅作戦だが、どうするのだ? 交渉だったら我が受け持とうぞ』

 クローたちを表示させているサブディスプレイに顔を向けず、コマンド表示ディスプレイに視線を固定したまま、ジヨウはキーボードでコマンドを打ち込みながら答える。

『作戦は単純だ。ヤツらが占拠している中央コントロールルームを跡形もなく破壊する。中央コントロールルームが使用できなくなると自動的にサブコントロールルームへと制御が移管される。俺たちは、最初から最後まで徹頭徹尾”戦闘”するんだ。揺さぶりや交渉は必要ないし、その余地は与えない。簡単だろ』


 後方に流れていった多弾頭ミサイルがレーザービームで誘爆する。その衝撃で、激しくビンシー6の機体が揺さ振られる。

『撤退しよう、ウェンハイ。このままじゃジリ貧だ!』

「いいや、このまま突っ込んで、要塞に取りつくしかねー」

『このままじゃムリだって! どこに突っ込むんだよ?』

「くっそー!」

『一旦ひいて考えよう。このままじゃ、撃墜されるだけだ』

「・・・・・・わかった」

 確かに、頭に血がのぼっていて冷静さを欠いていたようだ。

 ジヨウチームとの遭遇戦でゾンギーが撃墜された。次にトリプルアローから突然で、まったくの予想外の攻撃に翻弄され、ただ逃げ回っているうちにエンラまで失ったからだ。

 ズンサンの提案にのって撤退しようとしたが、時は既に遅きに失した。

 トリプルアローから撤退する機動をとる前に、ズンサン機が消滅しからた。

 四方からのミサイルを迎撃しつつ回避運動しているところに主砲が直撃し、跡形もない。残されたウェンハイチームは、ウェンハイ1機となった。

 ウェンハイは、せめて一矢報いるべく、トリプルアローに特攻することを決意した。その刹那。

『よう、ウェンハイ。助けてやるぜ。トリプルアローの対宙砲火を止めてやる』

 ソウヤからのオープンチャンネルによる通信の直後、激しかった対宙砲火が止んだ。

 オープンチャネルは音声だけで映像がないが、ソウヤの声に間違いない。ウェンハイは、唖然とした表情を浮かべつつもオープンチャネルでソウヤに呼びかける。

「ソウヤ・・・か? どういうことだ・・・」

『助けてやったんだ。まずは礼を言うべきだぜ、ウェンハイ』

「オメーが止めたっていう証拠はねーな」

『おいおい、あのタイミングで疑うのかよ。オレたちがコキンマルチームを撃破したから、トリプルアローの攻撃は止まったんだぜ』

 サブディスプレイで確認すると、確かにコキンマルチームが全滅していた。

「それは証拠にならねぇーな」

『疑り深い男は嫌われるぜ。ほら、か・ん・しゃ・しろよ』

 悔しいが、ソウヤが・・・ジヨウチームが関与しているには違いない。そして救われたことを事実だ。仕方ない・・・。

「・・・よくやったじゃねーか。褒めてやる」

『それが礼かよ。まっ、いいけどさ・・・。じゃあ、死ねや!』

「はっ?!」

 ビンシー6の広域警戒防御システムの範囲外にある、トリプルアローの主砲4門から光の矢が放たれた。暗闇を切り裂いた光の矢が、ウェンハイ機を4方向から呑み込んだ。

「なんだ!!」

 ウェンハイには、事態が全く飲み込めていない。

『撃破したから、テメーの声は聞こえないけど。まあ、喚いてんだろうな。仕方ないから解説してやるぜ』

 ソウヤの悦に入った声が聞こえてくる。

『テメーたちとの戦闘の後、オレたちはアローから潜入したんだ。そこで、トリプルアローのネットワークにアクセスしたらよ。コキンマルチームが中央コントロールルームを制御下において、テメーらを攻撃してんじゃないか。それで・・・』

『ちょっと待て、ソウヤ。ネットワークにアクセスしたのは俺だろ』

『ジヨウ、今イイとこなんだから待てって・・・。格納庫から対戦艦攻撃用のミサイル4発を持ち出して、中央コントロールルームに叩き込・・・』

『発射設定して、叩き込んだのは我だぞ』

『うるさいぜ、クロー』

『ミサイル見つけたのは、ウチだよ~』

『叩き込もうって提案したのはオレだぜ!』

 ソウヤは強く言い放ってから、3人に喋る暇を与えないよう早口で捲し立てる

『とにかくだ。オレらは中央コントロールルームにミサイルをぶち込んで、コキンマルチームを潰した。次にオレらは、サブコントロールルームでトリプルアローを制御下においたんだよ。中央コントロールルームをブッ飛ばした時は、砲火が停止するかと思ってたんだけど・・・トリプルアローは、そんなチャチなシステムじゃなかったみたいで、オメーらへの攻撃は止まなかったんだ。そんで、しばらく見物してたけど、テメーが中々しぶてーから、ちょっと揺さぶったって訳さ。戦闘中だったてのに油断したなぁ、ウェンハイ』

『愚かだな、ウェンハイよ。ソウヤは悪巧みの天才だぞ。そのソウヤに気を許したのが、貴様の敗因だ。我なら、戦闘中に一瞬たりとも気を抜かぬぞ』

『そうだよね~。ホント、ソウヤは悪巧みが上手だよね~』

『それ、褒めてないぜ! 悪人かよ、オレはっ!』

「だましやがったな、クソヤロォオォォーーーーー」

 ウェンハイは、ソウヤたちに聞こえないとは分かっていたが、叫ばずにはいられなかった。

『最後に言っておく。騙されるバカなテメーが愚かなんだぜ、ウェンハイ」

 ソウヤの哄笑がウェンハイのゲーム機内に響く。その笑い声は、まさに悪人のものであった。

 拳を握りこみ、怒りに震えた筋肉ダルマは上を向いて、大声で決意を放った。

「明後日、道場でボコってやるかんな! 覚えてろよぉおぉぉーーー!」


 突然、クローたちのコクピットに聞いたことのない声が響いた。

『私はノイマンチームのリーダーのノリである。ジヨウチームに告ぐ。正々堂々と勝負せよ。このゲームは、ビンシー6同士の戦闘を醍醐味にしている。卑怯な戦法で、卑劣なる勝利を手にして嬉しいのか? 君たちはコキンマルチーム全員を騙し討ちで全滅さしめた。それは恥ずべきことである。その恥を雪ぐチャンスを君たち与えてやろう。トリプルアローから退去し、いざ、尋常に勝負せよ』

 クローは相手の性格を見定め、気持ちを押し量っていた。

 オープンチャネル通信は映像がないので、どこの誰かは判らなぬ。それでも、ソウヤたち以外はノイマンチームしか残っていないから、ノイマンチームの誰かであることは確実であるな。うむ、チームリーダーのノリであろうがなかろうが、そこはどうでも良いだろう。

『なに考えてるんだろうね~?』

 レイファは正面から批判をせず、甘い声音を奏でた。

 だが、ジヨウたちは違う。正面から批判する。

『負けそうだから心理戦できたんだろ。バカな奴だな』

『賞金かかってるからよ。ヤツらも必死なんだろうぜ』

 当然、オープンチャネルも開いたままだ。

『ジャンケンで負けると、3回勝負とか言い出す奴だな。10歳ぐらいまでは、学校で良く見かけたタイプだな』

 クローも思うところを口にする。無論、相手に聞かせる為の台詞だ。

「うむ。正々堂々とか言いつつ、後付けでルールを設定する輩か・・・。確かに良くいたぞ」

『それによ。恥を雪ぐチャンスとかって、ヤツらとコキンマルは全く関係ないぜ』

『そうだよね~』

 レイファが首を傾げながら同意した。しかも、相手に聞こえていると知った上で会話に加わっているので、ソウヤたちと同類である。

 同類なのに敵意を向けられないのは、“みんなの妹”といわれるレイファならではだ。

『それにしても、理論的でないバカを相手にするのは面倒だな。少なくともウチのバカは、2人とも理屈は理解できるからな。説得には時間がかかるが・・・』

 ジヨウは相手チームに聞かせるため、ワザと大きなため息を吐いた。

 ソウヤが嘲るような口調で、ジヨウに続く。

『ヤツらはホントにバカかよ? オレらがトリプルアローから出て、戦うと思ってんのか? こんなことしてる間に、トリプルアローの攻略作戦でも考えるべきだぜ。・・・それより、バカ2人とは誰のことだよ、ジヨウ』

「まあ、我に任せるがよい。奴らの狙いをハッキリさせ、バカは1人だと証明してやるぞ」

 クローが自信たっぷりに言い切った。交渉役を自認しているクローだが、彼の交渉術には、相手をバカにするという余計な成分が添加されていたりする・・・。

 ソウヤが食って掛かってきているが、それを無視して、クローはノイマンチームに語りかける。

「ノイマンチームよ。貴様らはビンシー6同士で対決がしたいのか? それならば、我らもトリプルアローから出撃して戦う事に依存はないぞ。ただし、現時点でゲームの勝敗は誰の目にも明らかである。そう、我らの勝利しかあり得ない状況なのだ。故に、貴様らノイマンチームが勝利しても、賞金は全額我らに渡すが良い」

 オープンチャンネルは開いているのだが、ノイマンチームからは沈黙しか返ってこない。

「どうしたのだ? 難しい話ではないぞ」

『恥ずかしくはないのか。正々堂々と勝負しろ』

「貴様は勘違いをしているぞ。この大会は、優勝したチームが賞金を得られるプロゲームズなのだ。いや・・・勘違いしている振りをしているだけか・・・。この愚か者よ」

 帝国ではプロのゲーマーが活躍する各種の大会が存在する。それらの中でもこの大会は、毎週開催されることといい、賞金額といい、破格の条件であった。

『御託はいい。いざ、尋常に勝負しろ』

「貴様は、勝負などどうでも良い、賞金が欲しいから、自分達の不利な立場を何とかしたい、と。我はそう理解したが、それで構わんのだな?」

『いいから、正々堂々と勝負しろ』

「ふむ、壊れたスピーカーでももう少しマシな音色を奏でるが・・・。まあ良いぞ。賞金は我らのもので良いからビンシー6の同士での勝負がしたいと。それで良いのだな?」

『何を言う。賞金は、ゲームに勝利したチームのものだ』

「貴様の理論はおかしいぞ。賞金が欲しいのか? それとも戦いたいのか? どっちなのだ? それとも頭がおかしいのか?」

『汚名を雪ぐ機会を逃すことになっても良いのか?』

「何故、ゲームのルールで許されている戦術を選択して汚名になるのか? 我には理解できんが・・・。それに、貴様らが何を喚こうが我には別に構わんぞ。我らは優勝して賞金を得るために大会に参加したのだ。故に、我らが苦労して得た有利な状況をわざわざ捨ててまで、貴様らとビンシー6で戦闘する理由が見当たらんぞ」

『いいか。そんな勝ち方では、今後世間に顔向け出来なくなる』

「出せるぞ。それよりも、どうするのだ? 我らを腕ずくでトリプルアローから追い出せるとでもいうのか? ステージの隅で右往左往している貴様に、そんな度胸があるのか? それこそ、正々堂々と、トリプルアローに攻撃を仕掛けてきたらどうなのだ? 相手をしてやろうぞ」

 クローが何度も交渉を打ち切ろうとするが、ノリは脅しすかして引き延ばしを図った。それはそうだろう。ジヨウチームを移動要塞”トリプルアロー”から出撃させないことには、ノイマンチームの勝利はあり得ない。

 実のない会話が10分以上続いたが、交渉は1ミリたりとも進んでいない。

 たまにレイファがトリプルアローの主砲を放って、ノイマンチームに勝負の催促をする。しかし、射程外にいるノイマンチーム4機は、微動だにせず留まっている。

 そして、エンディングは突然やってきた。

 いきなりノイマンチームの2機が、レーザービームに撃ち抜かれ爆発炎上したのだ。レーザービームの光の軌跡は、トリプルアローと全く別の方角からである。

 ソウヤとジヨウが大きく迂回して、戦場へと疾走していたのだった。

 それを気付かせないため、レイファはタイミングをみてトリプルアローの主砲を放ち、クローは粘り強く、相手の話を聞き流しながら、無意味な話を続けていたのだ。

 ノイマンチームは突然のことに全く反応できていない。さらに1機をソウヤ機がレーザービームライフルで撃ち抜く。残るは1機のみ。

『不意討ちとは卑怯だ!』

 どうやら交渉相手が最後の1機のようだ。なんともバカにし甲斐のあるシチュエーションか・・・。素晴らしく愉しいではないか。

「何を言っているのだ。貴様の要望通り、ソウヤとジヨウはトリプルアローの外にいるのだぞ」

 クローの声音は、皮肉な響きに満ちていた。

 敵機がジヨウ機とソウヤ機に追い回されている。

『ふざけんなぁあぁぁーーー』

 交渉相手のノリが喚くが、クローは冷静に言い返す。

「負け犬の遠吠えにしか聞こえんぞ」

『ウチも、結構我慢してたんだよね~』

 不快気な口調でも、レイファの声は甘く耳に響く。ただノリの難癖にはストレスを相当溜めていたらしい。

 その証拠に、トリプルアローの射程圏内へと追いやられた敵機を主砲1門で済むのに、5門も使用してレーザービームを放ち、焼き尽くしたのだ。

 チームの司令塔であるジヨウは、クローには交渉を長引かせるようにと指示していた。そしてレイファには、敵索敵システムへの欺瞞と、主砲を適度に発射して敵の注意を引くように言い含めてあったのだ。

「貴様の愚劣で愚鈍で愚考しか出てこない脳では理解できんだろうが、教えてやろうぞ。我らクローチームは、どんな戦いでも負けない。たとえ有利な戦場を放棄したとしてもだ」

 オープンチャンネルにクローの高笑いが響く。

 優勝したジヨウチームが完全に悪者としか見えない。

『クロー。オレらはジヨウチームだぜ』

 ソウヤがオープンチャネルで無粋な台詞を吐くが、それは無視する。

 充分にノイマンチームを嘲ってから、クローはオープンチャネルの通信を切った。

 全員がオープンチャネルを切り、チーム内通信になってから喜びをあらわにする。

『ソウヤ、クロー、レイファ。俺たちジヨウチームが優勝だ!』

『優勝だぜ!』

『やった~。鳳凰楼だね~』

「ふむ、それでは予約しなくてはならんな。我が連絡を受けもとうぞ」

 頭の中で鳳凰楼のメニューを思い浮かべながら、クローは連絡役を引き受けた。

『さあ、行こう』

 ジヨウの台詞を合図にゲーム機から出ると、周囲は人だかりになっていて大歓声が待ち受けていた。

 ただ、一部罵声もあった。

 罵声の主は、ウェンハイからだったが・・・。

 4人の人生が、大きく変わった瞬間だった。

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