第7章 斬り拓け 「全員で運命を斬り拓く!」 2
徐々に、ソウヤ機の反応速度があがってきた。
ルーラーリングは、常人でも使用できるようオリハルコン合金以外にも電磁素子を併用し、信号補正して操作性をあげている。しかし電磁素子を通すと、反応速度遅延や情報量減少という影響がでる。
ロイヤルリングは電磁素子を使用せず、4種類のオリハルコン合金と2種類のミスリル合金で作成されている。
その上、各合金の使用量を微妙に調整して、ロイヤルリングは個人用に作成される。故に他人のロイヤルリングは取扱いが難しい。
十全に性能を発揮させるために個人用に作成するだけでなく、オリハルコン合金の精製精度の桁をあげる。だが、ただでさせ高価なオリハルコン合金の精製精度の桁をあげると、2次曲線を描くように金額の桁があがる。
それが、王族以外に使用する者がいない理由であり、ロイヤルリングと呼ばれている所以である。
ロイヤルリングは、ルーラーリングと桁違いの反応速度と情報量のため、使用者の脳、神経、精神に多大な負担を強いる。しかし使いこなせれば、様々な機器の操作が飛躍的に向上する。
「ぜぇあぁあぁー」
吼えるソウヤは轟くような気合の声とは反対に、流麗な動作と虚実で敵を翻弄し、次々と撃破していく。
クモはソウヤの駆るエイシに、追い縋ることさえできなくなっていた。
実戦の空気がソウヤを追い込み、本気を引き出したのだ。
ルーラーリングを使用していた時のクセで、ソウヤは知らず知らずの内に情報量を絞っていた。しかし今は、ソウヤの全力でもって情報を流し込んでいる。
だがソウヤの全力をもってしても、琢磨用に調整されているロイヤルリングは、通信できる情報量に、まだまだ余裕がある。
琢磨は45歳にして、未だに能力が向上している。
それ故、現在使用しているロイヤルリングは性能不足に陥っていた。邸宅に帰ったら、早乙女家の専用工房で、新しいロイヤルリングを作成する段取りになっている。
しかし、今のソウヤにとっては充分な性能を持っている。
「そっこだぁああああーー」
ソウヤ機がアゲハに近づこうとするクモの群れを、2挺の雷で確実に減らしていく。
『煩いぞ、ソウヤ。クモ如き静かに潰せんのか。我のようにな』
クローは確かに声を出していない。しかし戦い方は静かではなかった。ミサイルで敵を豪快に散らし、最大加速で移動しながら敵を雷で貫いてゆく。
『2人とも、アゲハ上部ハッチにクモが取り付いているわ。蹴散らすから、ついてきなさい』
遥菜が言い終わらぬ内、ソウヤ機は後部ハッチの上にいるクモの群れの中に降り立つ。
黒刀を横一文字に一閃し離脱。
時間差で、ハッチ上のクモが全機爆発する。
『ソウヤ、突出し過ぎだ。クロー、遥菜と陣形を揃えろ。3機の攻撃力を敵に集中するんだ』
『気をつけなさいよ。ハッチがダメになるわ』
ジヨウ、クローに遥菜が加わったテンポの良い会話。
戦場にいるにも関わらず、ちょど良い程度に肩の力が抜ける。
「おいっ。普通、褒め讃える場面だぜ」
アゲハ前方に展開している二重三重のクモ包囲網の一角を、ソウヤが切り崩しにいく。琢磨が操縦するエイシの機動性能に匹敵しうるスピードと切り返しの速さだった。
『待て、ソウヤ! 我の見せ場が・・・』
「オレが全部もらうぜっ!」
ソウヤ機が抉じ開けた穴を閉じるように、周囲のクモが群がる。
クロー機はソウヤ機との間のクモを黒刀で切り裂く。
それ以外のクモは雷で貫いていく。
『これが我の実力だ!』
『ソウヤ! あんまり先行すると迷子になるわ』
ハルナ機はアゲハの艦砲の死角を護衛する。
「なるかよ! ガキじゃ・・・」
レイファ機はアゲハに張り付き、”遠雷”でソウヤたち3機を援護する。
『いいや、ソウヤッ。クモの包囲網から出られなくなるだろ。レイファの援護で、アゲハ近傍へと戻ってこいっ!』
敵のクモはチームで罠を張る。クモの間に重力波を張り巡せ、クモの巣にかかった羽虫のように敵の動きを制限できる。その獲物を斥力エネルギー砲とミサイルによる集中攻撃で殲滅するのだ。
「仕方ねぇーなっ!」
ソウヤはエイシの機動力を全開にして、黒刀と雷でクモの群れを鮮やかに殲滅していく。
『フッフッフッフッフ。我が貴様に助力を与えてやろうぞ、ソウヤ』
クローは、ソウヤ機に追い縋っているクモの集団を雷で撃破していった。
傍から見ると、クロー機がソウヤ機を助けているようにも見える。クローは棚ボタで、クモ撃墜のスコアを伸ばしていた。
「正直に協力しようって言えないのかよ、クローッ」
だが2人の余裕は、ここで途切れた。
数で圧倒するクモ部隊が、ソウヤ機とクロー機を再び取り囲んだ。
『我は、いつも・・・自分にっ・・・正直だっ、ぞ!』
クローは余裕の台詞を吐こうとしていた。だが口調から、余裕がないのは丸わかりだった。
機動力と武装で上回るから、ソウヤたちは数の不利に対抗できていた。
だが、機動力を制限されるクモの巣に捕えられては、数の暴力に抗えない。
ついにクロー機は、クモ部隊が重力波で形成する通称”クモの巣の罠”に引っ掛かってしまった。
巣に引っ掛かった獲物への攻撃は、熾烈を極める。
クモたちの必殺戦法である。
周囲のクモから一斉に、斥力エネルギー砲とミサイルが放たれた。
『クロー、後退しろ。そのままではもたない。早く撤退しろっ!』
アゲハの誘導ミサイルを、ジヨウは照準処理を省き緊急発射した。
『なめるなっ! 我が身は残らずとも、名は残してみせるぞっ!』
クロー機の背後へ、クモ3機が特攻をかけてきた。クモの多関節の脚は攻撃の際、斥力場が形成され、鋭い槍のような武器になる。3機のクモは計18本の脚を鋭い槍と化して、串刺しにせんと迫る。
「テメーの名なんかなぁあああーー。こんな戦場になんて残してやらねぇーぜっ! ぜぇぃやぁあぁーー」
ソウヤ機は黒刀一閃で、クロー機に迫っていた3機のクモを瞬殺する。ソウヤによる救援は、クモの巣に絡め捕えられたのが、1機増える結果となってしまった。つまり生贄が2機となったのだ。
クローは雷の連射モードで乱れ撃ちする。
クロー機と背中合わせとなり、ソウヤ機も黒刀を鞘に納めてから雷を連射する。
4つの銃身から閃光が放たれ、クモたちの組織だった行動を牽制する。
まぐれ当たりで数機のクモを破壊できたが、ソウヤたちは圧倒的に劣勢だった。その状態でも、2機は何とかもちこたえている。
『中の人。クロー機へ向かって転進だっ!』
ジヨウが叫びつつ中の人に命令したが、アゲハは予定進路を変更しない。
『早く。早くするんだっ!』
ジヨウの声が骨伝導音響システムで、クリアにソウヤの頭蓋骨に響いた。その声とは対照的な、冷静で知的な音声が流れる。
〈却下します。戦線の維持を優先します。それに・・・彼らは脱出可能です〉
中の人が指摘した後、遥菜からの誹りとアドバイスが飛ぶ。
『まったくアナタ達は・・・勇気と無謀を履き違えているわっ。黒刀で巣の糸を断ちなさい』
クロー機は回避機動に余裕がなく、クローの返答からも余裕が感じられない。
『貴様は・・・ぐっ・・・何を言っているのだ』
それでも返答するのは、クローは口がでるタイプだからだ。
「・・・そうか」
だがソウヤは、即座に行動するタイプだ。
ソウヤ機は、まるで人であるかのような流麗な動作で、脚のアタッチメントに雷をセットし、黒刀を鞘走らせ一振りする。
何も起こらない。
しかし二振り目で、クモの陣形が乱れた。
そして三振り、四振りと続け。五振り目で、2機の動きに自由が戻る。
黒刀の刀身から発生する強烈な斥力が、クモが連携して放っている重力波を乱れさせたのだった。巣の機能を保ちきれず、クモを率いている司令機が重力波の結界を解除する。
その光景は、黒刀で網を断ち切ったように・・・は見えなかった。重力波を適切な視覚情報として表示する機能はエイシにない。
ソウヤの行動が、クモたちの緻密な連携を崩した。
クロー機も抜刀し、ソウヤに追随するべく黒刀を闇雲に振るう。
しかしクモの司令機が重力波結界を解いたので、陣形は乱れるどころか整いはじめていた。
『何やっているのよ! もうクモの巣の罠はないわ。はやく脱出しなさい』
クモの陣形が整うより前に、ソウヤ機とクロー機は黒刀を振り回して中央突破する。
「うるせぇーぜ。そんなこと言う間に援護でもしろよ! オメーは口だけかっ」
『やっているわ。見て理解できないのかしらぁああ!』
『ソウヤよ。口より、エイシを動かすのだ。我と同様に集中するのだぞ』
「テメーが言うな!」
『まったくだわ!』
『いいから作戦地点に進め! 斬り拓け!!』
『『「承知!」』』
棚橋艦隊がソウヤたちの戦場に現着すると、加速を緩めず幻影艦隊とアゲハの間に割り込む。その瞬間から激しい砲火が幻影艦隊と交わされた。さっきまでのアゲハとの戦闘が、まるで遊びであったかのように・・・。
幻影艦隊から放たれる容赦のない苛烈な攻撃。
逆を返せば、今までアゲハに手加減していたということだ。
それはヘリオーが生存していると、幻影艦隊を上手く騙せているからだろうね。
その推測に満足しつつ、琢磨はアゲハに帰還した。
琢磨がコンバットオペレーションルームに戻る頃には、戦況は膠着状態に陥っていた。
あのままの状態で戦闘を継続していたら、棚橋艦隊は尋常でない損害を受けてただろうに・・・。無論、幻影艦隊の損害も大きくなっただろうけどね。
ボク等には増援の予定がある。ならば消耗戦になるのは避けた方が賢明だからね。流石は棚橋少将といったところかな・・・見事に膠着状態を演出してくれた。
「やあ棚橋少将、久しぶりだね。そうそう、祝勝会はアゲハでやろうと考えているんだ・・・パーティー用の食料庫を解放するつもりだから、大いに期待してもらっていいかな」
『第一声がそれですか? 相変わらず余裕ですな。小官は嫌いじゃないですが・・・』
”ヘリオー”が生存している。そう幻影艦隊は推測しているようで、撤退もできないようだ。
棚橋艦隊からは幻影艦隊がアゲハに執着しているようにみえる。そのため棚橋少将は幻影艦隊からアゲハを護衛するよう艦隊を展開している。
「余裕を失うと、見えているものも見えなくなるからね。勝機が見えなくなるのは困るかな」
『他人からは、お気楽としか見えませんがね』
「今回は乗務員に恵まれているかな。みんなが僕を信じてくれているんだよねぇー」
『なるほど、いつもより生き生きしているように見受けられるのは、そういうことですか』
「琢磨さん」
ジヨウが次の戦闘指示を訊こうとして声をかけてきた。
それが解っていてるから琢磨は話を逸らす。
「ああ、紹介がまだだったね。彼は棚橋少将43歳。ああ見えても将来を嘱望されてるんだよ。士官学校時代は、歌って踊れる幹部候補生と学校内だけで有名だったんだ。それが今では、歌って踊れる将官として、オセロット王国軍で一番有名な幹部なんだな」
まだ、作戦が決まってないからだ。
琢磨が話している間も、戦略戦術コンピューターは演算結果をサブディスプレイに、もの凄い勢いで表示されていく。同様の内容を琢磨はクールグラスで視ている。そしてロイヤルリングで通信し、膨大な情報量を交換している。
琢磨の能力なら、ロイヤルリングだけで充分である。
しかし、相手に理解できるよう作戦を伝えられているか確認する為、クールグラスを使用しているのだ。
『いやいや、その作戦案は承伏しかねますな』
「戦略目標は敵の殲滅なんだよね」
『ほう、戦略目標はアゲハの救出だったはずですがね?』
「ああ、残念ながら変更するしかなくなってね」
『珍しいですな・・・。琢磨さんには釈迦に説法かもしれませんが、戦闘中に戦略目標を変更するのは、愚の骨頂と小官は考えます。敵の戦力を削っておきたいということが理由でしたら、全力で反対しますが・・・。何故ですかな?』
敵を殲滅するのは、味方も相当の損害を覚悟せねばならない。琢磨が合理的な判断を下すことを知っている少将としては、不思議に感じての質問だった。
「相変わらずハッキリ言うね。だけど嫌いじゃないかな」
『琢磨殿に意見具申すること。それは死を意味すると、大多数のオセロット国民は考えておりますからな』
琢磨が殲滅したテロリストの死亡原因は公表されていない。公表されているのは、離れた位置からテロリストを殺害したという事実だけだった。いつ、どうやって、殺されるか解らない。そして”死の遣し手”によって殺されたのか証明できないならば、彼は殺人者として逮捕されない。云わば殺人許可証を持っていると考えられているのだ。
そんな相手に逆らうのは、ただの命知らず。
それが殆どのオセロット王国国民の認識なのだ。
「実は、新兵器の実戦試験の途中なんだな」
『ほう、マーブル軍事先端研究所から持ち帰って、今量産しているヤツですかな?』
「それを、少し改造すると、ダークエナジーがレーザービームと一緒に発射できて、破壊力が2.7倍になるんだよね。もちろん暗黒種族に対しての破壊力でね」
『それはそれは・・・興味深いですなぁ』
「敵も興味あると思うんだよねぇ」
棚橋少将は納得顔で頷く。
『なるほど、そうでしょうな。それでは了解しました。1匹残らず殲滅してみせましょう』
新兵器の情報をエルオーガ軍に持ち帰らせたくない。
戦場で怖いのは、敵の情報がないことだ。特に兵器の情報なければ、対策の立てようがない。
どの距離まで近づけるか? 安全な位置取りはどこか? 防御手段はあるのか?
新兵器の情報を敵に洩らさず、効果的に使用すれば戦局を左右できる。
この場で多少無理をしてでも新兵器の秘匿に成功すれば、後の戦場で犠牲を少なくできる。
『ちょっと待てよ』
ソウヤが作戦会議に、しかも映像つきで割って入ってきた。
「何かな? ソウヤ君」
『黒雷の支給を要求するぜ。オレとクロー分、4挺用意してくれ。琢磨さんの作戦案では、囮役が4機。それなら、オレとクローの2機で充分だぜ。レイファと遥菜はアゲハで待機だ』
本当に良い度胸をしている。
『民間人だな。アゲハ船内で大人しくしていろ。戦闘は軍人に任せればいい』
『オレは今、エイシのコクピットにいるんだぜ」
棚橋少将の顔色が変わる。
『貴っ様ぁあ。誰の許可を得てそこにいるっ!?!』
強い語気に、怒りの表情。彼の部下たちが青い顔になり、後退りする。しかし、棚橋艦隊旗艦のコンバットオペレーションルームから、逃亡する者はいなかった。
「オセロット王国の王族は、民間人に戦闘を強要してたんだぜ』
ソウヤの透明な声質に、緊張感の欠片もない口調は、棚橋少将を苛々させるに充分だった。だが、台詞の内容が衝撃的に過ぎた。
『・・・琢磨殿?』
「まあ、そういうことかな。彼らは元帝国軍兵士で、亡命者なんだよね」
『では、民間人だと?』
顔を顰める棚橋少将に、何故か顔を緩める琢磨。
「まあ、民間人だね」
「ソウヤ、無謀だ。さっきだってクモの巣に絡め捕られただろ。次が大丈夫だという保証はない。危険すぎだろっ」
偉そうな態度の男がサブディスプレイに加わり、ジヨウに反論した。操縦席で待機しているクローだ。
『逃げ回るだけなら、我一人でも可能だが・・・。囮が少ないと敵に無視されかねないな。故に、ソウヤと2人で構わぬぞ』
「待てっ、クロー、ソウヤ」
口を挟もうと2人の名を呼んだジヨウだったが、クローに遮られる。
『判断を誤るな。我らの目標は、確かにオセロット王国に行くことだ。しかし、それは我らの目的が、自分で自分の人生を選択する自由を得るために必要だからだぞ。このまま、琢磨殿におんぶに抱っこで、恩だけ貰っていて恥ずかしないのか、ジヨウよ。それよりは積極的に琢磨殿に協力するのが、いつもの我らであろう。それに琢磨さんとの良い縁の継続は、我らを良い方向へと導くに違いないぞ。そうであろう、琢磨殿?』
端的に言うとクローは戦う代償として、オセロット王国での生活の保障と、身元の保証を求めたのだ。
「早乙女家が君たちの後見役を引き受けようとも。どうかな?」
絶対守護内の争いでは、クローの言い回しを理解できない相手ばかりで、結局は火に油を注ぐという結果になっていたのだが・・・。
琢磨はクローの思惑を的確に把握した。
『琢磨殿・・・それはちょっと優遇し過ぎでは・・・』
ソウヤとジヨウ、クロー、レイファが琢磨の台詞の続きを待つ。
『それで、我らはどうなるのだ?』
「今この瞬間に、オセロット王国の市民権を保障された、ということだね」
クローが優秀な交渉役として、珍しく役に立っていた。
『了解したぜ!』
『それで構わぬぞ!』
「琢磨さん、契約成立です!」
『ウチにはドレス着放題も、お願いしていいですか~?』
甘い声音のレイファのお願いに、透明感と溌剌さを追加した声が応える。
『それは、アタシが保証するわ』
呆れ返った太い声が、他人事な感想を述べる。
『小官は、どうなっても知りませんよ。軍事機密に触れた民間人の後見人などを軽々しく引き受けるなど・・・。だけど、それも琢磨殿らしいですがね。それでは後程、戦勝パーティーでアゲハにお邪魔しますよ』
メインディスプレイの映像が切り替わり、一瞬の静寂が生まれた。
その静寂を普段と変わらぬ口調で琢磨が破る。
「それじゃあ、ジヨウ君。アゲハの乗員に、気合いを入れてもらおうかな」
「はぁ?」
ジヨウは惚けたような声を出した。
『早くしろよ、ジヨウ』
『遅いぞ、ジヨウ』
「わかってる・・・。いくぞ! 斬り拓け!!」
「『『『『承知!』』』』」
琢磨以外の声が勢いよく唱和され、全員が戦闘配置へと動く。
アゲハから天頂方向に、3機のエイシが出撃した。
1機は、もちろんソウヤ機で、もう1機には琢磨が乗っていた。作戦内容にも伏せていた切り札の1枚目だった。そう、伏せていなければ、琢磨の作戦案は絶対に通らなかっただろう。
最後の1機にはクローがコクピットに納まり操縦していた。
『琢磨さんがエイシに乗機するなら、我にもエイシを貸し出してもらうぞ。さもなくば、棚なんとか少将に琢磨さんが出撃すると、今すぐ連絡するが・・・さて、どうするのだ?』
どう捉えても脅しでしかないのだが、琢磨は快くハルナ機をクローに貸し出した。しかも、琢磨は自らハルナ機を調整するという厚遇ぶりだった。
しかし、エイシの操縦にはロイヤルリングを必要である。
琢磨は基準ロイヤルリングというのを、クローに貸し与えたのだった。
これは個人用ロイヤルリングを作成する際に、各種合金の割合と構成を決めるための検査用リングである。十全ではないにしてもロイヤルリングであり、エイシを操縦することが可能になる。
「足、引っ張んなよ、クロー。エイシの操縦は難しいぜ」
『問題ないぞ。ソウヤ如きが既に実戦に投入されるぐらいだ。我の活躍が眼に浮かぶぞ』
「琢磨さん。クローなんか足手纏いだ。男3人で戦死なんて、オレの人生設計にはねぇーんだぜ」
『それは安心して構わないかな。戦死するとしても、君達2人だけだからね』
出撃してから、しばらく余裕はあった。
幻影艦隊が、ソウヤ機たちを追撃するよう伸ばした戦線に、横から棚橋艦隊の強烈な一斉砲撃を加えたからだ。
有利な形で戦端を開いた棚橋艦隊が、戦力で優る幻影艦隊を押している。
だが、全艦を完全に抑え込むことはできない。
2隻が抜け出しソウヤたちへと迫る。
主砲射程内に捉えられたエイシ3機への砲撃はなかった。
切り札の2枚目は、ヘリオーの生存誤認である。
タクマ機からは、エルフ族特有の生体波と救助要請の欺瞞情報を流している。
これが有効な方法というのは、先の戦闘で証明されている。故にタクマ機を追ってきた時点で、撃墜するような攻撃はないと判っていた。
『撃墜される心配はないと聞いていたが、さすがにソウヤの肝は冷えたぞ。我は何ともないがな。このまま、いくらでも敵を引きつけてやろうぞ』
「口と態度だけデケー割に、意外と小心者のクローは、オレをダシにしないと不安を解消できねぇーようだぜ・・・。しゃーねーな、テメーのカツオ節になってやるぜっ!」
『カツオ節に謝るべきだわ』
『ソウヤ~・・・その台詞カッコ悪いよ~』
『クロー、ソウヤ。戦争なんだ。真面目にやれ! かかっているのは自分の命だろっ!』
『我は稽古も戦争も本気でやっている。しかも、己の命を賭けた勝負は、なんと全勝だぞ』
「それをいうなら、オレもだぜ」
『生きてるんだから、当たり前だよね~』
『ソウヤ君、クロー君。戦艦から砲撃はないだろうけど、クモは猛攻撃してくれるだろうね』
『ふむ、正義は我にあり。往くぞ、従者ソウヤ。そして死にそうな時は、我に縋りついてこい。主として貴様に慈悲を授け、介錯してやろうぞ』
『クモが戦艦から出撃した。注意しろ、クロー、ソウヤ』
ジヨウから、それ以上のお小言はなかった。作戦指揮に手一杯というより、意識を他に回せるほどの余裕がないのだろう。
「いろいろ間違ってんぜ、クロー。そういう時は助けるもんだ。介錯したら死んじまうぜ」
『大丈夫だ。正義は我にあるのだぞ』
『クモの射程まで10秒。いいか攻撃開始4秒前』
「そこじゃないっ! それにな、生き残らなきゃ正義は語れねぇーぜ」
『見識の高い意見です。しかし普段とのギャップを考慮すると、ソースは別にありそうですね』
恵梨佳は、ソウヤの発言を冷静に分析した。
『そんなことないよ~。ソウヤはね、意外とスゴイんだよ~』
意外は余計だぜ、レイファ。まあ、ソースは別にあるんだけどな、とソウヤは心の中で呟く。
『2、1、はじめ』
「せいっやぁあああーー」
『オオォオーー』
3機のエイシから、ありったけのミサイルが発射された。射程距離外から発射されたミサイルは、クモの隊列の手前で爆発する。
ミサイルの破片がクモに衝撃を与え、隊列が乱れた。
ここで、クモを徹底的に叩くようなことはせず。安全を確保しながら、進行方向右横へと90度転進し、幻影艦隊からも、アゲハからも離れる位置に移動する。もちろん全力加速を止めないし、迎撃しない訳ではない。
3機のエイシが6挺のクロイカヅチを乱れ撃ちする。
数匹のクモを撃ち落とす戦果が索敵システムで確認できた。琢磨の作戦第一弾は、望外の戦果があがった。彼は牽制になれば良いかな、と言っていたからだ。
『アナタたち、パパに迷惑かけないでよ』
『捕まったら死んじゃう鬼ごっこだよ~。がんばってね~』
『作戦を第2フェーズへ移行。進路変更しろ・・・。そして、斬り拓け!』
『「承知っ!!」』
琢磨の操縦する機体は、まったく危なげない。
『クロー君、黒刀は振りかぶるではなく、振り抜くようにすれば良いんだよ。それに貫いても良いかな。黒刀の斥力場が敵を斬り裂くから、力は必要ないね』
命が懸かっているからか?
それとも琢磨のアドバイスだからか?
クローにしては珍しく素直に聞き入れる。
『ふむ、心しようぞ』
クローは琢磨のアドバイスに応えるように、近づいてきたクモ3匹を斬り裂き、突き刺す。 先程からタクマ機の巧みな援護によって、どうにかクロー機は戦線離脱せずに済んでいる。いくら琢磨がクローにロイヤルリングを与え、エイシを調整してもクロー機の動きはぎこちなかった。
エイシの性能のおかげか、キセンシの時よりは戦闘力が上がっているようだが・・・。
『ソウヤ君、黒雷を撃ちまくれば良い訳ではないんだよね。連射モードで追い込み、通常モードで確実に撃破すれば良い。連射の時、逃げ道を用意しておいて追い込むと、より簡単かな』
「そうかよ。やってやるぜ」
それがデキたら苦労しない。
まったく簡単に言ってくれるぜ。
人ならば相手の目や表情を視るなり体全体を視野に入れれば、動きを読むこともできるし、フェイントで誘導することもできる。
クモの何を視て動きを読めってんだ?
それに追い込もうにも、クモの動きの特徴なんて良く知らねぇーぜ。
それでもソウヤは、黒雷でクモ数機をまとめて消滅させる。
作戦開始から1時間近く経ち、既に第11フェーズに入っていた。
いったい何フェーズで終了するのか?
先がまったく見えないぜ。
『作戦最終フェーズ。進路変更。決戦だ!』
ジヨウの声が鼓膜を叩いた。
待ち望んでいた台詞だった。
『「承知っ!!!」』
ソウヤ機とクロー機が、予定ポイントへと急速に方向転換する。
だが、タクマ機が僅かに遅れた。
クモの群れが、取り残された獲物に殺到する。
『琢磨さん!』
『逃げてぇー!』
『今、往くぞ!』
「クソ!」
ジヨウ、レイファ、クロー、ソウヤが絶叫したが、恵梨佳、遥菜は動じていなかった。
琢磨は殿を務めるためにワザと遅れたのだ。
黒雷を正確無比に連射して、クモの急所に精確に直撃させる。
撃破されたクモの機体が、後ろから殺到するクモの邪魔になり混乱を生む。
闇光するダークレーザービームの的にならなかったクモが、重力場でタクマ機を固定し、攻撃を加えようとする。
タクマ機の動きが鈍くなる・・・はずだった。
しかし、刹那の逡巡もない。
『どっ・・・どういうことだ?』
クローの口から思わず困惑が零れおち、ソウヤは疑問の言葉にする。
「琢磨さん、黒刀を抜いてないぜ」
『〈マイマスターに変わり説明します。通常エイシもキセンシも、レーザービームによる反動を抑えるよう戦術コンピューターによって機体の姿勢制御されています。マイマスターは姿勢制御をオフにして、黒雷の反動も利用して機体を動かしています〉』
タクマ機を重力場で固定していたクモの半数を5匹を黒雷で撃破する。
次の瞬間タクマ機は抜刀し、黒刀の斥力場が殺到してくるクモの存在を許さない。タクマ機は周囲のクモ全匹を斬り裂いた。
離れた位置で混乱していたクモ達は、黒雷の的としてのみ存在する。次々と黒い光に呑み込まれていった。
「オレの分も残しておいて欲しかったぜ」
『琢磨さんを敵に回すぐらいなら、帝国軍全軍を敵に回した方が勝てる気がするぞ』
クローは呆れた口調だった。
『それは事実だわ』
「どんだけ、父親を敬愛してんだよっ」
クモの切り崩しに成功したので、撤退の余裕が生まれた。
『ソウヤ君、クロー君。まだ、終わってないんだけどね』
クモの追撃を華麗に、かつ危なげなく躱し、牽制の射撃放ちつつ琢磨が軽い口調で伝えた。
ソウヤ機とクロー機にも攻撃の手が及びんでいる。2人は危なっかしく、クモの攻撃を躱しきれず、装甲を傷つけながら必死に予定ポイントを目指す。
予定ポイントには楓艦隊が展開し布陣を完了させていた。
『主砲斉射!』
約100隻から放たれる主砲の光条は壮観であった。恒星の傍らを航行しているかのような光に包まれる。戦艦が溶けださないのが不思議なぐらいだった。
しかも対エルオーガ軍特殊装備に換装しているため、エナジー比率はレーザー光よりも荷電粒子の方が圧倒的に多い。つまり通常装備と比較して、光量が少ないにもかかわらずだ。
『誘導機雷ミサイル、敵前方に展開。主砲第二射、ぅてぇー』
パウエル中将の低重音の声が、艦隊全艦に響く。
本格的な艦隊戦の幕開けであり、同時にアゲハのマーブル軍事先端研究所から続く脱出行の幕引きともなった。
琢磨の作戦案どおり、楓艦隊は機動力を活かし、幻影艦隊を半球包囲で火力を中心に集中する。見えない戦艦が次々と撃沈する情報が、旗艦の戦術ディスプレイに表示されていく。
圧倒的な戦力差を前に撤退を計るエルオーガ軍だったが、時は既に遅かった。幻影艦隊の後方からは、棚橋艦隊が楓艦隊本隊への半球陣へと追い込むように、苛烈な攻撃をしながら進軍している。
楓艦隊107隻に対して幻影艦隊18隻。
幻影艦隊の戦艦は、オセロット王国の戦艦より一回り大きいが、上回る性能は時空境界突破航法と隠密性、それに戦闘機体の格納数だけだった。
半球包囲陣に追い込まれる前に、無理やり転進した敵艦もあったが、却って楓艦隊の良い的となり、死期を早めた。
幻影艦隊の残存艦数隻が半球包囲陣に飛び込み、決死の中央突破を試みる。
楓艦隊による一方的な蹂躙があるのみとなっていたが、如何に多数対少数の艦隊戦とはいえ、死兵と化した敵を殲滅するのは難しい。それに損害も大きくなる。
楓艦隊は半球包囲陣の中央をゆっくり解くと、幻影艦隊が脱出しようと殺到する。
その場所を満身創痍で抜けた艦が、2隻も存在した。
しかし幻影艦隊の残り2隻は、楓艦隊の罠である誘導ミサイル機雷網へと突入し、死の網に絡め捕られる。
逃走先を残し、そこに誘導する。そして逃走先の場所には、罠なり伏兵なりを配置するのだ。
戦法としては基本である。つまり効果的であるからこそ、基本戦法なのである。
戦場とした予定ポイントに楓艦隊の本隊が到着してから、2時間と少し・・・。
旗艦”楓”のコンバットオペレーションルームのセントラルホログラムに、敵味方の陣形がデフォルメして表現されていた。今は幻影艦隊の陣形が消滅している。
陣形が崩れて、散り散りとなったのではなく、消滅である。
これは、エルオーガ軍の戦艦を1隻残らず撃破したことを示しているのだ。
アゲハとエルオーガ軍の間に開かれた戦端は、楓艦隊に到着より幻影艦隊を殲滅して終了した。翻って楓艦隊の損傷は中破以上の艦はなしという、これ以上にない結果で終了であった。
その戦端を開いた・・・というと語弊がある。しかし、戦わざるを得ない状況で奮戦したアゲハ船内で疲れ切ったソウヤたちに、別の戦いが待っていた。
「さて、8時間後で良さそうかな」
静かになったコンバットオペレーションルームに、琢磨の声が響いた。
「そうですね、お父さま」
「レイファ。後で、ドレスに着替えるわよ」
「どうしてなの~」
「パーティーするのよ。私もドレスに着替えるわ」
「なるほど、戦勝パーティーをするのだな。もちろん我らも参加せねば話にならんぞ。そうなのだろう?」
「無論だとも。君達には大きな功績があるからね」
「大きな功績・・・どういう事ですか?」
ジヨウの質問に、琢磨は軽い口調で、重たい事実を告げる。
「王位継承権9位と10位の王女を救ったからね。この戦勝パーティーでは、大きな顔で参加すれば良いさ」
ソウヤとクロー、レイファは言葉が出ないほど驚いていた。ジヨウも驚愕していたが、その驚きをポイントのずれた事を口にする。
「しかし、まだ危険がなくなったとは限ら・・・」
「もう、危険はないわ」
「オセロット王国の領域内で楓艦隊に守護されています。ここで戦いを挑もうというのは、愚か者を通り越して、自殺志願者であるとしか言えませんね」
ジヨウの責められている姿で、ソウヤが驚きから立ち直り、次にクローが立ち直る。
「ジヨウは心配しすぎだぜ」
「そうだぞ。少しは前向き考えないと、頭が禿げ上がっていくぞ」
「上手くいったから良いが、先遣隊の棚橋艦隊が破れてたら、戦力に逐次投入という愚を犯すことになってたんだ」
ジヨウの台詞が負け惜しみであると、全員理解していたので、満場一致でスルーする。
「さて、戦場の処理は楓艦隊に任せるとして、まずは休息かな! 今から7時間後に、ここに集合としよう。パーティー準備はホストの役割だから、僕たちが用意することになるんだよね。ああ、料理とか配膳とかはロボットに任せるけど、君達は正装して、礼儀作法を覚えたりしてもらおうか。ただ安心していいよ。立食パーティーにして、儀典は極力排除するから心配はしなくて良いかな。それに、僕も苦手なのさ」
「お父さまの場合、パーティーへの出席率をあげれば、自然に身につくと思われます」
「パーティーってことは大勢くるんだ。お前らが心配だな」
ついさっきまで戦争していた。
だがオレたちは、生き残ったぜ。誰一人欠けることなく・・・。
それが、ほぼ琢磨さんの力に因るものであっても、誰も死ななかった。
今はこの結果を喜ぶが、いつかはオレだけだったとしても、ジヨウたちを護れるようになってみせるぜ!
そうさな・・・今はこの結果を愉しむとしようか・・・。
「オレたちは、肉を喰ってればイイんだぜ。ジヨウ」
「そのとおりだ、ジヨウ。我ら元帝国軍の軍人になぞ、誰も興味はないだろう。存分に肉を喰らえば良いのだぞ」
クローの台詞に、恵梨佳は苦笑を隠せなかった。確かに、元帝国軍の軍人には興味はないだろう。何せ帝国軍の捕虜はたくさんいる。だが、早乙女家がソウヤたちの後見役を引き受けると発表してしまった。早乙女家に繋がりのない将校は、彼らに群がってくるに違いない。
「ジヨウ君。お肉、食べられるといいですね。・・・無理でしょうけど」
心配性のジヨウに、透き通る声音で不吉な予言を授けると、疲れを癒すべく恵梨佳は遥菜とレイファを伴って、コンバットオペレーションルームを後にした。
次にソウヤとクローがバカな議論をしながら、コンバットオペレーションルームを立ち去ろうとする。その時、琢磨がソウヤに声をかける。
「ソウヤ君、君の姓はフタカミというらしいけど、漢字はあるのかな?」
「あるぜ。漢数字の二に、神様の神と書いて”二神”っていうんだ」
「そうか・・・妻の実家の姓は”ミカミ”。漢数字の三に神様の神で”三神”なんだよね」
「ほう、我はオセロットが姓だと思っていたぞ」
「突っ込むとこ、ソコじゃないぜ。それが、なんだってんだ。オレの方の数字が上だからって、ヨンカミとか、ゴカミに改姓する気はないぜ」
「ゴカミはいるかな。それに改姓を薦める気はないんだよね。ただ、君は退屈しない人生を歩むことになる」
「ふむ、ソウヤは見ているだけで、退屈しないぞ。それに、波乱万丈はヤツの望むところだろう。いい様だぞ、ソウヤ」
「最後の台詞が本音かよ、クロー。しかも退屈しないから波乱万丈って、忙しさが格上げされてるぜ。まあ、忙しいのを押し付けられるのはゴメンだが、退屈しないのは歓迎だぜ」
琢磨は意味ありげな微笑みを浮かべる。いや、微笑というには表情の下に悪意が含まれていた。ほくそ笑むというか、ばれていない悪戯の仕掛けが残っていて愉しみにしているか、そういう類の笑みだ。
遅れないようにと言い残してから、琢磨が先にコンバットオペレーションルームを立ち去った。
後に残されたソウヤとクローは視線を交わすと、悪い顔になる。
「オセロット王国に行っても愉しくなりそうで、我は嬉しいぞ」
「周りが原因なら、少しぐらい大事になっても言い訳がきくからな。愉しくなりそうだぜ」
「天の川銀河で、人類最果ての国に赴くのだ。人類への迷惑は最小限で済むぞ」
「いくらオレでも、人類にまで迷惑かけないと思うぜ。暗黒種族への迷惑なら、まっっったく気にしないけどなっ」
「奇遇だ。それは、我もだぞ」
天の川銀河系の辺境が、これから賑やかになるのは間違いない。
それがオセロット王国にとって幸いとなるかは、この時点では判らない・・・。
次回は、第1部『突破脱出行』の『終章』および、第2部予告を掲載予定です。




