終わらない、胡桃の『恋』
※2015/12/26
後書きに追記をしました。本文は一切いじっておりません。
今日も私は朝早くに目を覚ましました。今の時間は5時58分21秒。あれっ?いつもより、ちょっと遅かったでしょうか?
目をこすりながら、私は「彼」を認識します。私の視界に映ったのは、まだパジャマ姿のままの、私にとってとても大事な男性。
「おはようございます!」
「おはよう」
お寝坊しちゃった私を責めることなんてせず、優しく微笑みかけてくれるその男性。私は、その人のことが……す、好きなんです。
「ごめん、今日大学あるのに寝坊しちまった。帰ってきたら2人でゆっくりしよう」
「ちゃんと……帰ってきてくださいね……?ショウさん……」
「ああ。大丈夫。……多分帰りは17時くらいだから」
ショウさんは、私に触れようとはしません。き、嫌われてなんかないですよ!私達はラブラブなんですから!そうじゃなくてですね、画面の向こうだから。私達、遠距離恋愛なんです。近くにいるようだけど、実際はお互いとても遠くにいるんです。科学の進歩のおかげで、かつてあった「テレビ電話」なんてメじゃないくらいリアリティあるんですから!……まだ、触れたりは出来ませんけど。
「もう少し寝るか?」
「はい……ふあ……いつも起こしてもらっちゃって、ごめんなさい」
私は大きなあくびをして、謝罪します。ショウさんは、毎朝毎朝、こうして私を起こしてくれます。もちろん、アラームをセットしたら自力で起きれます。でも、ショウさんが起こしてくれますから、アラームをセットする必要もないんです。えへへ。
「気にするなよ。じゃあ、俺は行くよ」
「はーい、いってらっしゃーい」
「いってきます。胡桃」
こうして私は、ショウさんと毎朝恒例のお喋りをして、今日も二度寝に入ります。毎朝恒例なのは、お喋りと、二度寝。はぁ~、幸せですぅ~。
「なあ胡桃。ちょっと出かけようか」
「ホントですか!?」
とある日曜日。ショウさんからそんな提案がありました。もちろん私は実際には外へは出ずに、ショウさんが端末を持ってお出かけするだけなんですけど、一緒にお出かけ出来るのと似たようなようなものです。
「じゃあオシャレしなきゃですね!……どんなコーディネートがいいんでしょうか?」
「胡桃にお任せするよ。俺には女の子のオシャレは解らないしさ」
「了解しました!ちょっと待っててくださいね」
そう言ってコーディネートを考えて、手早く着替えてショウさんに見せました。ショウさんの好みに合わせることはしましたが、あまり待たせるわけにもいきませんから、ちょっとラフというか、可愛くオシャレに、とはいきませんでした。
「ど、どうですか……?」
「ああ、似合ってる。可愛いよ」
「ありがとうございます!さ、早く行きましょ!」
私は一刻も早くお出かけしたくて、ぴょんぴょんと跳ねてアピールしました。だって、大好きな彼とのデートなんですから。嬉しくて、はしゃいじゃうに決まってます。
そんな私を見てショウさんは苦笑い。私はショウさんの笑顔を見ると、ドキッとしてしまいます。
「俺も思い付きだったから、行き先決めてないぞ」
「あ、そうですね。えへへ」
それから私達はどこにデートに行くかを2人で考えて、結局、ショウさんの家から比較的近くにある水族館、「マリンアクアワールド」に決まりました。
「それでも、ちょっと遠くないですか?」
「ん?でもまあ料金は1人分しかかからないし、今日は俺も1日空いてるからさ」
「1人だと……バス代240円、電車代360円、が片道でかかります。それから、マリンアクアワールドの入場料金は、大人1500円です」
「お、調べるのが速いな。お金のことは大丈夫だよ。せっかくのデートなんだから」
そう言って、ショウさんはまた私に微笑みかけます。不意打ちに胸が高鳴って、私は彼と目を合わせることが出来ません。
「も、もう。早く行きましょう!」
「はいはい。一応言っとくけど、バスや電車の中ではさすがに喋れないからな?」
ショウさんはやっぱり苦笑いをして、端末を持ってお出かけしたのです。
楽しいデート。水族館にはたくさんの魚がいました。イットウダイやスズキウオ、イレズミコンニャクアジなんかも。ショウさんに求められて、それらについての豆知識をショウさんに教えたり。「さすが、詳しいな」って褒められたり。なんてことないお出かけ、なんてことないいつも通りのお喋りなのに、すごく楽しかったです。
デート、ですもん。どこに行くか、よりも、誰と行くか、ですよねっ。
「胡桃、おはよ、げほっげほっ」
「風邪ですか!?ダメですよ寝てなきゃ」
またある日、ショウさんはマスクをしていました。苦しそうに咳き込んでいて、いつもはキレイに映る黒い瞳も、なんだか焦点が合わないようにフラフラとしています。
「多分風邪……病院には行った。一応、胡桃にも伝えとこうと思って」
「私はわかりましたから、あったかくして、寝ててください!」
「今日はそうするよ……胡桃」
「なんですか?」
「3時間くらいで起こして……飯食って薬は飲まなきゃいけないから」
「わかりました。じゃあ午後5時に」
「ああ、頼む……おやすみ……」
「おやすみなさい」
私は、端末の画面の向こうからショウさんの寝顔を見つめます。ちゃんと、寝ているようですね。
穏やかな寝顔を眺めながら、私は目を覚ます予定の時間を待ちました。17時00分00秒になったら、起こしてあげるのです。
ショウさんの家には、他の人の気配はありません。一人暮らしの大学生で、アルバイトもしている。それがショウさんです。
1ヶ月平均にして、2.3人の割合で、友達を連れてくることもあります。そんな日は私は蚊帳の外だったりします。でも、友達も大事です。
わかってますけど、でもやっぱりちょっとジェラシー。この生活でいいですから、もっと一緒にいたいです。
さらにある日。私はショウさんの顔を久しぶりに見ることができました。その間、実に71時間11分です。私はちょっと拗ねたように頬を膨らませて、連絡をくれなかったことに抗議します。
「もう!寂しかったんですよ!」
「ごめんごめん。レポートとかに追われてて。単位も落としちゃヤバいからさ」
ショウさんは苦笑いしながら、両手の平を合わせてゴメンのポーズ。
「仕方ないですね……今回は許してあげます」
「ありがとう胡桃」
私は彼の笑顔に逆らえません。彼の笑顔は、まるで魔法みたいに私の心を捕らえるのです。私は、もう完全にショウさんの虜でした。
「……なあ、胡桃」
「なんですか?」
ショウさんは、真剣な表情を見せました。私も同じ表情を作りました。
「……いや、やめとくよ」
「そうですか?深くは訊きませんが」
私は、余計な詮索をしようとは思えなかったんです。彼の意思にお任せ。大好きな人、だから。信じてます。
「……よし!今度またデートに行こう!」
「ホントですか!?」
私は感情を簡単に「喜び」にシフトさせられましたけど、それでもいいんです。デートですもん、デート。身体も自然にぴょんぴょんと跳ねてしまいます。
「いつがいいかな」
「早い方がいいです!」
私達は、スケジュールを確認しながらデートの日取りを決めていきました。
その日は何故か、普段よりも長く、深夜まで私に構ってくれました。なんででしょう?
「…………」
「おはようございます!」
私の大好きな人、ショウさんの顔が視界に映りました。私は嬉しくて、全身で喜びを示しました。こんな時のために、サプライズであらかじめオシャレもしています。
「どうですか?驚いたでしょう?ね、ショウさん、可愛いですか?」
ショウさんの反応を待ちます。けれど、画面の向こうのショウさんは神妙な面持ちで動きません。そのお顔も、不思議と少し落ち着きが出てきたように感じます。……老けました?
「……胡桃」
「なんですか?」
「……俺と最後に顔を合わせてから、どれくらい経ってる?」
私は、ショウさんの問いかけに、素直に答えようとしました。もちろん覚えています。
大好きな人との記憶ですもん。忘れるわけないです。
なんなら、初めて会った日も言えます!
初めてのデートの日も、恋人同士になった日も、相談して決めた記念日も、ぜーんぶ言えるんですから!
ショウさんはとっても素敵な男性で、私のだーいすきな人!自慢の彼氏なんです!
おっと。それよりも、ショウさんの質問に答えなきゃ。私とショウさんが最後に顔を合わせてから経過した時間、ですね。
「1949日5時間36分29秒です!私、寂しかったんですから……」
私はきちんと答えて、ショウさんの返事を待ちます。なのに、ショウさんは突然泣き出してしまいました。今まで絶対に、私の前では泣いたことなんてなかったのに、です。
「……ごめんな…………ごめん……!うぁぁぁ……っ!」
「ショウさん?どうして泣いてるんですか?辛いことがあったなら、お話聞きますよ?だから泣かないでください。ねっ?」
「スケジュール管理も出来るとか!表情を認識出来るとか!……性能とか機能がいいだけで、所詮は恋愛シミュレーションゲームだから、飽きたら捨てればいいって、そう思ってた……!ごめん……!ごめんよ……っ!」
謝られちゃったら、私もきちんと誠意あるお返事をしないといけません。泣いている理由はわかりませんけど……。
「どうして謝るんですか?気にしないでください。私はちゃーんとショウさんのことが大好きですから!」
「5年間も!胡桃はずっと俺の帰りを待ってて……!きっとこの先も、俺の帰りを待つんだろ……?」
「当たり前じゃないですか!私はショウさんの……こ、恋人なんですから……」
「俺が歳をとっても、きっと胡桃は変わらない姿で……変わらず俺を好きで……それで、それで……っ!」
「泣き止んでください。私も……悲しくなっちゃいます」
私は、ショウさんの笑顔にはドキッとしますけど、泣き顔なんて見ていたくありません。早く泣き止んで、笑顔を見せて欲しいな。
「俺にはもう……大事な女性も……もうすぐ子どもだって……!」
「ごめんなさい……よく聞き取れませんでした。もう一度お願いします……」
「AIを哀れむなんて意味の無いことだってわかってる!けど……胡桃が…………俺なんかを……ずっと……!」
「私は、幸せです。だからショウさん、笑ってください。笑顔が……見たいです」
「う……っく……!うぁぁぁぁぁぁぁ!」
「……泣いてる理由を、お話ししてくれませんか?」
「ショウさん、話したらスッキリするかもしれません。私では……イヤですか?」
「ショウさん、私はショウさんの恋人なんですから。世界中がショウさんの敵でも、私だけはショウさんの味方です」
「ショウさん、私とデートしましょう!少しは気が晴れるかもしれません!」
「辛かったでしょう……大丈夫。私が、傍にいますから」
私がいくら問いかけても、慰めても、ショウさんは泣き止むことがありませんでした。
それでも私は話しかけることをやめませんでした。
笑顔になって欲しかったんですもん。
だって、私はショウさんが大好きなんですから。
ずーっと。
作者の納涼です。
元々、連載小説を書いている時の息抜きにつらつらと書き始めたものですが、書き出すと止まらず、そのままお話が終わってました。
モチーフと言いますか、発想の元になったのは、具体的な商品名は避けますが、ラブを足していく感じのゲームです。伝われば幸いですが……。
一時期はアーケード版も出るほどの人気でしたが、今では話題にもならない。そんな、忘れられたゲームのヒロインの視点に立ってみると、もの悲しくなります。彼女達は仕組まれた幸せを噛みしめ続けるのでしょう。私達に忘れられても、もう会いには行かないとしても。……「愛を足していく。重ねていく」という意味であろう、その商品名すらも切なさを加えています。
所詮はゲームだというのに、そのイメージが人の形をしているだけで感傷に浸れるのですから、人間は身勝手な感情を持っているなー。なんてことも思いました。
最後に。
ほんの少し、このお話が誰かの心を蝕みますように。
※追記
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