第三話:備えあれば憂いなし
備えあれば憂いなしとは良く言った物である。僕は腰に付けられた幾つもの道具を確認した。
各種罠や設置用の道具、それに魔道具。どれもこれもこの前の村で買い込んだ物だ。
「来た」
誰かがそう呟いた。僕達の目には、前方から迫るゴブリンの群が写っている。
「チャンスは一度、しっかり号令に合わせろよ」
「言われなくとも」
「分かっています」
「大丈夫だ」
「はい……」
このパーティの中で失敗するとしたら、一番戦闘の経験が浅い僕だ。モンスターは愚か、動物もマトモに殺したことのない僕が、動けるか。
軍隊では、新兵の7割が咄嗟に引き金を引けないと言う。それだけ「殺す」ということのハードルは高いのだ……狙いが人か異形の生物かの違いはあれど。
「さて……5……4……」
心臓の音が煩い。意識が遠のきそうになるが、必死に耐える。高血圧で瀕死とか、僕の場合はシャレにならない。
「3……2……1……今だ!!」
「【魔弾:幻影弾】!!」
僕は手に持った魔道具を自分達から見て斜め前方に狙いをつけ、発動する。発射された魔の弾丸は、草原に衝突した。
「行くぞ!!」
弾丸の中身は【幻影弾】。一定時間の間、使用者及びそのパーティメンバーの幻影を着弾地点に発生させる物だ。パーティシステムが発動するのは流石ゲームの世界、とでも言っておこう。
幻影に引き付けられて、ゴブリン達が進路を変える。だが、これで終わりではない。一部のゴブリンは此方に向かってきているし、包囲されていること自体は変わっていない。
「【炎渦】!!」
そこで、メリアさんの魔法が炸裂する。狙ったのは此方へ向かってくるゴブリン群の中で最も数が多かった場所だ。
ゴブリン達の体を飲み込んだ炎の渦は、包囲網を簡単にぶち破った。だが、問題は残っている。
開けた穴が埋まる前に、そこを通り抜けなければならないのだ。
「行きます!! 【補助魔道具:身体性能】!!」
【補助魔道具:身体性能】。指定範囲内に存在する生物の身体能力を上昇させる効果を持つ。指定可能な範囲は半径50m以内であればどのような形でも良い。ただし、制御に集中する必要があるので他の魔法、魔道具との併用や、近接戦闘中では操作が難しい。
ライドさんとメリアさんが道を開き、そこを通り抜ける。だが、普通に走ったのでは到底間に合わない。その為、この魔道具の効果は必須だ。
しかし、ルドガーさんとサーティさんは万が一の時に攻撃に備えなければならない。それを考えると、補助魔道具を使えるのは必然的に僕だけとなる。
「行くぞ!!」
「はい!」
ライドさんの号令に合わせて、僕らはゴブリンの包囲網を脱した……様に見えたがーー
「きゃあっ!?」
「サーティさん!」
サーティさんがつまづいて、バランスを崩してしまった。
迫り来るゴブリンの群れ。僕の脳裏に、一瞬だけ「絶望」の二文字が浮かんだ。




