第7話 救出劇
中天の空の下、大地を響かせ爆音を鳴らし、盛大な土煙を上げる集団が街道を西へ西へと直走る。
進路上に居た者達は、右へ左へ大慌てで街道から仰け反り道を空ける。
ここは【都市ロハス】の西方、街道上。
僕は今、100騎の騎馬隊を連れて一路【音叉の洞窟】へと向かっている。
「時間がヤバイな....」
マップで行き先を確認しながら、時刻を見てボソリと呟く。
異常発生した魔物達に、崩落した【音叉の洞窟】。
スレウィンから聞いた「30分程前に連絡が取れた」という時間から、既に1時間が経過していた。
自然災害に巻き込まれた者を救助する場合、何より大切なのは二次災害と救出までの時間だ。
そこに魔物が加わるのだから、要救助者達の生存確率は刻一刻と下がっていくだろう。
ふとマップ検索で【都市ロハス】内を検索すると、冒険者ギルド前に多くの冒険者達が集まりつつあった。
「騎士団もいないのに、冒険者だけで救助に行くつもりなのかな?」
集団の中心には、スレウィンが言っていたギルドマスターと思われるローデル・ヨハネスなる人物が居る。
たぶん僕の予想通りなのだろう。
実に人の良い連中が多い。
これで飲めや騒げの乱暴者なら、小説に出てくる様な典型的な冒険者だ。
二股のT字路へと辿り着き、南北と別れる街道を南へ下る。
普通の馬とは比べ物にならない速度で驀進する僕達は、出発から10分という早さで目的地の【音叉の洞窟】へと辿り着いた。
そこは、切り立った崖にポッカリと口を開いた天然の洞窟だった。
周囲の木々は刈り取られ、幾人かの冒険者らしき武器や防具を纏った人物が天幕を建てて焚き火を囲みキャンプをしている。
召喚した《暗黒騎士》と《聖騎士》を引き連れた僕を見て、ギョッとした顔で口をポカンと開けているけれど、今は構う時間がもったいない。
そのままの勢いで異質な広さを有する洞窟へと雪崩れ込んだ。
中はさすが洞窟と言わんばかりに過ごしやすい気温と湿度だった。
削り取られた様な岩肌の天井や壁に、どういう原理か不明だが、斑に灯るオレンジの光。
さすがは洞窟と言わんばかりに、おどろおどろしい雰囲気が所狭しと垣間見える。
「これが自然型ダンジョンか」
自分の住処【魔竜の試練】と比べ、似て比なる物の【音叉の洞窟】。
要救助者が居るであろう第8階層までの道のりを、マップでマーキングしながらひたすら突き進む。
途中、所謂魔物や魔獣と呼ばれる蛙型の毒大蛙や樹木型の棘魔樹などの怪物に襲われつつも、召喚した《暗黒騎士》や《聖騎士》が即座に倒してくれる。
事切れた相手を置き去りにするものもったいないので、《格納庫》へと仕舞いながら道を急いだ。
突入する事15分。
通常の冒険者では考えられない速さで7階層に到着した僕は、周囲の激変に驚きを隠せなかった。
「蟻塚?」
目の前に、尖塔の様にうず高く積み上げられた大小様々な泥状の土砂の数々。
なぜ蟻塚かと思うならば、周囲に兵隊蟻の集団が徘徊しているからだ。
「....多くない?」
このダンジョンの常識なんてわからないが、1000匹近い蟻達が闊歩するなんて異常ではないだろうか?
それも蟻塚という認識が正しければ、あの中にはまだまだ沢山の蟻達が居るはずだし、蟻塚の主である女王蟻も必ず居るだろう。
広範囲に亘り絶大な威力のある《咆哮》等のドラゴンの力が行使できない今、この数の蟻を殲滅するにはどうしたらいいだろうか?
マップ表示によると、今この階に居るのは僕だけみたいだ。
それなら、一気に殲滅してしまおう。
召喚魔法の説明で《一角獣》を見つけた時に、聖獣よりも格の高い幻獣という項目があった。
おそらく、幻と言うくらいだから物凄いのだろう。
「来たれ来たれ再誕よ。業火に産まれし極炎に帰す者よ。召喚《不死鳥》」
誰も居ないのに何故聖句を唱えるのか。
《演者》スキルも勝手に発動しているし、絶対に神様の悪乗りに違いない。
中空に浮かぶ金色の召喚魔法により姿を見せたのは、全身から炎を吹き上げるまさに火の鳥であった。
両翼を広げれば有に10メートルを越え、鋭い嘴と鉤爪を持ち、黄金の瞳は幻獣と呼ぶに相応しい威風堂々たるものである。
「こんにちは、《不死鳥》。この蟻達を蟻塚ごと倒して欲しいんだ」
旧来の友人の様に話す僕に対し、《不死鳥》は大きく翼を羽ばたかせて可愛らしく「ピュィーーー」と鳴き声を返す。
言葉は通じないけど、なんとなくわかる。
「任せて」って言ってくれたみたいだ。
そう感じた通りに《不死鳥》は、その身を肥大化させて炎の化身となって地面を這いずり回る蟻達に突貫した。
階段を降りた先、第7階層の入り口で傍観していた僕は、その光景に恐怖を覚えた。
逃げ回る蟻達に、《不死鳥》の翼が触れると、即座に蒸発し消し炭と成る。
遠火に当てられた蟻塚からはモクモクと湯気が伸び立ち、《不死鳥》が通った後には言葉通り何も残らない灰燼に帰していた。
まさしく蹂躙。
《恐怖体勢》スキル持ちの僕でさえ、あまりのオーバーキルに言葉も出ない。
数分――いや、1分もしないうちに第7階層に蔓延る蟻や他の魔物達は姿を消し、マップ上はまっさらな状態となっていた。
ところどころに昇る白炎の中、《不死鳥》は悠々と中空を飛び、満足そうに鳴き声を上げて姿を消した。
軽はずみな行為で、とんでもない事をしてしまったかもしれない。
さすがは幻獣と気持ちを切り替えて行こうか。
何かが焼け焦げた匂いと、生ぬるい温度を感じながら第8階層を目指して《一角獣》を走らせる。
感情の無いと言うか、寡黙な《暗黒騎士》と《聖騎士》に比べ、もしかしたら格の高い高位の召喚獣は危険なのかもしれない。
そんなくだらない事を考えつつ、マップの示す通りいよいよ第8階層へと到着した。
さて、要救助者はどこだろうか?
マップを確認する。
白い人型が小さな小部屋に密集している。
情報通りみたいだ。
HPはかなり減っているみたいだけど、どうやらみんな無事な様だ。
問題は、崩落した場所、かな?
第8階層の西部で、小部屋の入り口には真っ黒な空白が表示されている。
それがおそらく崩落した瓦礫だろう。
だけど、瓦礫の周囲を取り囲む様に数多くの魔物達が集まってきている。
その数約――マップ上だと密集しててわかんないや。
とにかく沢山だ。
《暗黒騎士》と《聖騎士》を先頭に、小部屋へと向かう。
途中何回かの小規模な戦闘を経て、とうとう辿り着いた。
そこは、虫達の楽園だった。
螳螂型の両鎌虫に、七色蛾。
他にも百足型やら蜂型やら.....
触手やらなにやがら蠢いているのを見ているだけで、背中が痒くなる。
《不死鳥》はしばらく封印かな。
少なくとも使う場所を限らないと危険が危ない。
火山か砂漠。
ダンジョンよりも外が好ましいね!!
結局悩んで数の暴力に訴える事にした。
追加で《暗黒騎士》と《聖騎士》を計200体呼び出し、隊列を組んで魔物達を取り囲みGO!!
こちらに気付いた数体の螳螂型の両鎌虫も居たけど、肉薄してから対応したんじゃ遅すぎる。
両側を《暗黒騎士》に挟まれ凶刃の下に胴体を斬り伏せられれば、如何に強靭な鎌を持っていようと容易く両断される。
嬉々として凶刃を振るう《暗黒騎士》は、身に纏う黒炎を吹き上がらせてバッタバッタと魔物を屠る。
向こうでは《聖騎士》の持つ突槍に突かれて地面へ落ちる蜂型の迷宮蜂が。
さすがは防御に優れた《聖騎士》の面目躍如と言ったところか、全高3メートルくらいの大きさの百足型の魔物が、四方から湾曲盾を打ち付けられてペシャンコに潰れていた。
緑色の体液とか、なかなかグロイ。
《暗黒騎士》に比べ《聖騎士》は実に神々しい。
騎乗した《聖騎士》が駆け抜けた後には、神秘的な白光が軌跡を残し、ダンジョンの中だというのに艶やかな光景を作りあげる。
倒れた魔物は戦闘の邪魔になるので、《格納庫》にさっさと仕舞って行く。
暗黒魔法の《黒の手》を使えば、遠かろうが近かろうが関係無く動かなくても回収できて便利だ。
....真っ黒い手がワラワラと伸びる光景は、ちょっと不気味だけどね。
そんなこんなで《暗黒騎士》と《聖騎士》の大活躍により、あれだけ群れていた虫型の魔物達も全て片付き、辺りの地面には気味の悪い色の体液と虫の破片だけとなった。
ま、踏まなきゃいいか。
小部屋を塞ぐ、崩落した瓦礫を退けようと近づくと、あらまぁびっくり宝箱が。
転がって上下逆転しているから、虫達に転がされたのか瓦礫と一緒に上から降って来たのか。
ダンジョンと言えばお約束の物だけど、同じくお約束でこういう物にはトラップとかありそうだよね。
誰がこんな物を用意しているのかは――気にしたら負けだろう。
防御に優れる《聖騎士》に突槍で小突いて開けて貰う。
残念な事にトラップの類は無かった。
毒霧とか期待してたのに。
中身はなかなか高価、かな?
細やかな細工の施された銀製の短剣に、翡翠の付いたペンダントトップとチェーン。
ハンカチサイズの純白の布は、小さく金糸で花弁の刺繍がされている。
《真偽の神眼》によると、短剣は儀礼用の飾り物で、ペンダントはただの装飾品。
ハンカチは『聖布』だって。
特殊効果は、けして汚れないって....
ある意味便利?
とりあえず、お宝ゲットー!!って事で、要救助者を救出しますか。
「「「お、おお!!」」」
「た、助かった.....」
《一角獣》から降りて、瓦礫を《格納庫》に仕舞い小部屋に顔を覗かせる。
ボロ雑巾状態の男女の冒険者が12人と、孤児院の子らしい大きな荷物を持った子供5人がそこには居た。
「助けに来たよ。えっと、君達が孤児院の子、かな?」
救助が来た事に抱き合って喜ぶ喧しい男女の冒険者達を一先ず置いて、5人の少年少女達に声を掛ける。
泥だらけになりながらも絶望せずに、力強い意思を秘めた眼差しの男の子。
《真偽の神眼》によると、アレス・ヨハネス12歳。
隣の男の子も同じ12歳で、名前をレンバルト・フロム。
ボブカットにされた栗色の髪が砂に塗れている。
後の子はみんな11歳で、男の子のハーマイン・ロアークと、三つ編みに結い上げた髪が可愛らしい女の子のジョアンナ・ロブソン。
もう一人髪がボブカットの女の子は、ハーミット・ラム。
「俺達は孤児院に住んでるけど、アレスは....」
「俺の父さんは、ギルマスのローデル・ヨハネスだ」
ほほう?
だからローデルはあんなに積極的だったのか。
騎士団に陳情に行って、独自に冒険者達を集めて....
我が子なら当然か。
「そうなんだ。まぁ、いつまでもここに居る必要もないよね。それじゃ、出口に行こうか」
孤児院の子達の無事も確認できたし、いざ帰ろうとしたところで、またもアクシデントが。
「な、なぁ....救助に来たのってあんただけか?」
やたらとガタイの良い冒険者の一人に、そう話しかけられる。
年齢28歳のライフ・オルドン。
LV23はエイナと一緒か。
周囲の冒険者を察するに、彼らのリーダーなのかもしれない。
「そうですよ?正確には、僕だけじゃないですけど」
彼の質問に答え、小部屋の前に待機させていた《暗黒騎士》と《聖騎士》をこちらへ手招きする。
それを見た彼らの表情が固まり、青やら白に顔色が移り変わり実に滑稽な表情を浮かべてくれた。
笑ったら失礼だよね。
がんばれ!!《演者》スキル!!
「しょ、召喚魔法....なのか?」
「わ、私に聞かないでよ!!」
「ヘレン、知ってる?」
「たぶん....召喚魔法だと思う」
続々とやって来る《暗黒騎士》と《聖騎士》を見上げ、彼らなりの意見を述べている。
ヘレンと呼ばれた女性を《真偽の神眼》で覗いてみると――
名前 :ヘレン・ウィザー
種族 :人間
ジョブ:魔法使い 付与術士
LV :21
HP :89
MP :198
力 :42
敏捷 :33
体力 :48
知力 :78
魔力 :86
パッシブスキル
杖術
魔法耐性
アクティブスキル
杖技
黒魔法
付与魔法
生活魔法
固有スキル
精霊の友
ふむふむ...
エイナの魔法使い版か。
僕も持ってる《精霊の友》っていうのが怪しいかな?
取扱説明書によると、不可視の精霊の姿を見ることができる。らしい。
後は、友と言うくらいだから仲良くなるのか。
精霊って、召喚獣も精霊なのかな?
それっぽいのも居るんだよね。
まぁ、そんなことは後にしておこう。
お腹減ったし。
「さて、《暗黒騎士》と《聖騎士》。彼らを乗せて帰るよ!!」
大直剣と突槍を掲げ僕の言葉に答えると、彼らの許可無くさっさと担ぎ上げた。
「美味しいご飯が待ってるぞー!!」と、子供達に檄を飛ばして、冒険者達の悲鳴をBGMに来た時の倍以上の速さでダンジョンを駆け上がっていくのだった。