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生まれ変わりはドラゴンで  作者: 椎名 隆次
第一章 転生先はファンタジー世界
6/11

第6話 孤児達の危機

 昔、偉い人は言いました。

 人生には、勝ち組みと負け組みの2種類しかいないと。


「フンフ~ン♪フンフフ~ン♪」


 昨夜、人生の一大イベントである初告白を済ませた僕は、結局アリスから答えを聞けずに寝屋に着いた。

 答えをはぐらかされたと言った方がいいだろうか?

 傷心のまま頑張って眼を瞑りなんとか寝る事ができたのだが、朝起きてメイドのアデルに起こされ、朝食を取るべく訪れた食堂でまさかの光景を目の当たりにした。

 ここまで案内してくれたアデルが下がり、今食堂にはあのアリスと2人きり。

 ウィルさんの記憶通りなら、昔と同じ2人きりなのだけれど....


「さぁウィル様~?あーん♪」


 おわかりいただけるだろうか?

 告白の返事をはぐらかしたアリスが、何故か物凄く上機嫌で甲斐甲斐しく僕のお世話をしてくれているのだ。

 それも、恋人同士がするような『あーん』をしてくるというまったく理解できない状況。

 これって、アリスは僕の告白を受けてくれたと思っていいんだよね?

 

 アリスの差し出した、スープを掬ったスプーンを口に含み、成すがままにあーんを受け入れる。

 満面の笑みを浮かべるアリスは物凄く綺麗でいて、歳相応?(見た目通りの女性らしさ)に可愛さも併せ持っている。

 

「次はパンですよ♪ウィル様♪」


 一口大に千切られた白パンを、アリスの手ずから口に運ばれる。

 正直こんなイチャイチャは憧れていたし、嬉しいものなんだけれど、このまま受け入れ続けて良いものか悩んでしまう。


「....あのさ、アリス?」


「なんですか?ウィル様?」


 意を決して昨日の返事を求めてみようとしたのだけれど――


「あ、もしかして....だ、ダメですからね!!く、口移しなんてまだ早いです!!」


 何をどう勘違いしたのだろうか?

 さすがの僕も、昨日の今日で――というか、告白の返事もまだなのにそんな高LVな事はできはしないよ!!


「そ、そうじゃなくてね」


「....違うんですか?やっぱり私みたいな駄肉は、ウィル様には相応しくないのですね」


 ドスーンと落ち込んでしまったアリス。

 もしかして、面倒臭い子?あのアリスが?

 毒舌満載で僕の裸を見ても平然としていたあのアリスが?

 うっそだー


「いや、口移しは嬉しいけど、そうじゃなくて。僕、昨日の告白の返事を聞いてないんだけど....」


 ようやく聞けたこのセリフ。

 昨夜は、はぐらかされてちょっと泣いたりしてしまった。

 我ながら情けない。


「へ、返事は、こ、今度します!! まだ恥ずかしいですし....」


 ボソリと呟いた恥ずかしいという言葉。

 しっかり僕の耳にも届いていたけど、もっと恥ずかしい事をさっきからしていると思うんだ。

 そこんところどうなの?と、問い詰めたい。


 結局、告白の返事はまたしても聞く事ができず、かなりの時間を費やして朝食を終えた。

 アリスは、毎回『あーん』をしてきそうな雰囲気を醸し出していたけれど、答えを聞くまでは断っておいた方がいいかもしれない。

 だって、散々期待させられて好きじゃないなんて言われたら、僕の心は木っ端微塵に砕けてしまうと思うんだ。





















 今日もメイド予備軍に訓練を着けに行くというアリスを見送り、僕は昨日行った【都市ロハス】へと向かう事にした。

 アリスと同じ様に空間魔法の《転移門》を使い、眼前に巨大な扉を呼び出す。

 取扱説明書(マニュアル)によれば、術者の魔力量に応じて《転移門》の大きさも変わるそうだけど、僕の前に出てきた門の大きさは凄まじいものだった。

 食堂の天井までの高さはおよそ5メートル。

 現れた《転移門》は、天井を突き破り半分ほどの大きさしか見えないけど、それでも無事に扉は開いた。

 どういう原理なのかよくわからない。

 アリスに貰った身分証の青いブローチを一瞥し、僕は無事に《転移門》を潜り昨日衛兵と出会った【都市ロハス】の外壁へと辿り着いた。

 ダンジョンの青白い照明魔道具から、太陽の明かりが降り注ぐ外へと躍り出る。

 突然現れた僕にギョッとした顔を見せたのは、【都市ロハス】の南門に並ぶ馬車列の御者やそれに対応していた衛兵達だ。

 全身板金鎧(フルプレートアーマー)を打ち鳴らして駆けて来る4人の衛兵と青い騎士服を纏った1人の男性。

 その後ろでは、なんだなんだと馬車から顔を覗かせる、商人っぽい見た目の恰幅の良いおじさん達。

 さすがに無視するのもまずいかと思い、胸に左手を当て会釈を交わす。

 商人のおじさん達もとりあえず頭を下げて、ようやく衛兵さん達が僕の前に辿り着き跪いた。


「これはようこそおいでくださいました。ウィル王子」


 5人を代表して騎士服を纏った1人の衛兵が話し掛けてくる。

 《真偽の神眼》とAR表示によれば、



名前 :ハロルド・モドファス 

種族 :人間

ジョブ:騎士

年齢 :32



 左肩の徽章には、ハウル男爵領所属騎士と表示されている。

 ふむ、他の人が兵士だから、身分が上なのかな?


「突然の訪問をお詫びします」


 自分の発言とは思えない言葉に、僕自身がギョッとした。

 普段こんな事を言うはずはないのに――

 その答えは、ポップアップウィンドウが教えてくれた。



『【アクティブスキル】《交渉》《弁明》を使用しました。スキルを最適化し、以降《詐欺師》と呼称します』



「.....」


 ちょっと神様?

 いくらなんでも《詐欺師》はないんじゃないですか?

 もちろん返答なんてあるはずもなく。


「とんでもございません。青き盟約がある限り、我々は守護される側でございますので」


 ふむ...ここでも『青き盟約』か。

 そんなにすごい効力を持つものなんだね。


 訪問の理由を物見遊山だと告げ、馬車列に並ぶ事なくそのまま街内へと案内してくれた。

 共として2人の衛兵を紹介されたけど、自由に歩き回れなくなるからとやんわり断る。

 その際に過去の事を謝罪され、何の事かと聞き出すと、まさかのドラゴン姿のウィルさんと騎士団との戦闘の話しだった。

 なんでも、当時この都市を治めていた伯爵家が、守護する側の魔族の事を快く思って居なかったらしく、ウィルさんを見て襲撃されたと勘違いしたらしい。

 話す間もなく開戦され、ウィルさんが引き篭もる原因になってしまったとの事だ。

 ウィルさんが来た400年ほど前の話しだけれど、当時それが発覚した伯爵家は、アドリアーヌ国王の名の下に改易されて取り潰し。

 しばらくしてから今のハウル男爵家に下賜されたのが、今の【都市ロハス】という訳だ。


「なにぶん昔の話し故に伝聞で申し訳ないのですが、ハウル男爵家に伝わる言葉で『ドラゴンに永年の謝罪と感謝を』と」


 それは、この地を当時のアドリアーヌ国王に下賜されたハウル男爵の言葉らしい。

 謝罪は受け入れるけど、感謝は違うと思うんだ。


 衛兵達と騎士ハロルドに別れを告げて、街内を練り歩く。

 別れ際に、「今は王城に登城しているクライブ男爵が戻り次第、一度会見の機会を」と言われ、時間が合えばと話をはぐらかせておいた。

 さて【都市ロハス】だけど、道を行き交う人々が、実に活気があって素晴らしい。

 堅固な街門を抜けた先は、東西南北を走るメインストリート。

 軒を連ねる大小様々な造りの商店の数に、思わず圧倒されてしまう。

 メインストリートを外れて、ちょっと小道を歩けば入り組んだ地形で、マップが無ければ迷子は確実だろう。

 それにしても....たまにマップに赤い人型の表示が出るのはなんだろうか?

 気になってタップしてみると――その理由が理解できた。

 所謂罪人の類で、掴まって犯罪奴隷として扱き使われているようだ。

 だって、HP減ってるし。

 まぁ自業自得だから放っておこう。

 もし犯罪者を見つけたら、捕まえてさっきの衛兵達に突き出せばいいか。

 

 屋台をひやかして、またも夢を叶える。

 それはもちろん買い食いだ。

 病院生活が長かったし、食事制限のせいで満足に好きな物を食べる機会が無かった。

 ちょっと鼻を鳴らせば香ばしい肉の焼ける匂いに音。

 何の肉かと思えば兎肉。

 昨日の兎の親子じゃ無い事を祈りつつ、店主のおじさんに注文したのだけれど....


「申し訳ねぇけど、貴族の旦那。うちじゃぁ金貨は使えねぇんだよ」


 と、断られてしまった。

 せっかく《格納庫(ストレージ)》からアドリアーヌ金貨を出したのだけれど、高額過ぎて使えないらしい。

 手持ちにある【アドリアーヌ王国】の貨幣は、金貨か大金貨くらいしかないから、どこかで換金しないと。

 そう思い聞いてみると、商業ギルドで換金してくれるそうだ。

 丁寧に場所まで教えてくれた。

 どうも、身形から貴族と思われたらしい。

 いつもの白マントは食堂で外して《格納庫(ストレージ)》に仕舞ってあるし、王子様とは思われないだろう。

 身分証の胸のブローチは着けているけど。


 懇切丁寧に対応してくれた屋台のおじさんにお礼を告げて、教えてもらった商業ギルドへ向かう事にする。

 マップで場所も確認したし、道に迷う事は無いだろう。

 それにしても、なんだろう?

 たまにすれ違う女性に振り向かれる。

 もしかして、顔に何か着いているのだろうか?

 両手で擦って確認してみるけど、特に何か付いている訳じゃなさそうだ。

 小物屋で銅を磨いて作った鏡で顔を覗き見ても、特におかしな点は見受けられない。

 まぁいいか。

 早く換金して、あの肉串を買おう。

 

 南側のメインストリートを抜けて街の中央部へ。

 そこには領主の住まいがドーンと大きく聳え建っているのだけれど、今回僕の用があるのはその手前にある商業ギルド。

 メインストリートを挟んで向かい側にあるのが、エイナ達が所属する冒険者ギルドで、すぐ近くには鍛冶やら農工ギルドが存在する。

 石造りの5階建てくらいの大きさの商業ギルドへ入ると、さすがは商いを取り扱い場所なだけに物凄く広い。

 病院の待合室然とした簡素なソファーが並べられ、向かいには木製のカウンターがズラっと並んでいる。

 ギルド職員と商人っぽい青年が、何かの交渉をしているのか、時折白熱した罵声が飛び交っている。

 実に活気があって良い事だと思ったら、ガードマン的な兵士がやってきて、叫んでいた青年を捕まえてドナドナしていった。

 あれはやっちゃいけないのか。

 うん、覚えておこう。


 辺りを見回しお目当ての換金窓口を探す。

 AR表示によると、買取り・依頼・交渉・融資などの中々面白そうな看板が掲げられていた。

 そんな中、お目当ての場所が――見付からない。

 う~ん....誰かに聞くしかないかな?


 丁度僕が小首を傾げたところへ話しかけられた。

 天の助けかと思ったら、モサモサの白髭を蓄えた壮齢の老人だった。


「何か探しておるようじゃの?」


 僕の顔を覗き込みながら、フォッフォッフォと笑うおじぃちゃん。

 浅地の草色のローブを纏い、手にした杖がファンタジー世界の魔法使いを思い浮かべる。

 

「えっと、換金をしにきたのですけど、窓口がわからなくて」


「そうかそうか。換金をしにのぉ....ふむ。では、案内をしようかの。着いてくるのじゃ」


 自慢なのか、白髭を撫でながら着いてくる様に告げるおじぃちゃん。

 《真偽の神眼》によると72歳のオレハンス・モスという人物。

 どうも怪しい人物には思えないので、言葉に従い着いて行ったのだけれど....


「やはりお茶は緑茶に限るのぉ」


 オレハンスに連れて来られたのは、商業ギルドの最上階。

 途中、エレベーター的に浮遊する板の魔道具に乗ったんだけど、かなり便利だ。

 って、そうじゃなくて、この部屋はかなり豪華で色々おかしい。

 なんで換金しに来た僕が、こんな高待遇を受けているのだろうか。

 

「なんじゃ?緑茶は好みじゃなかったかの?」


「いえ、美味しくいただいていますけど....」


 部屋を見回しいぶかしむ僕を、オレハンスはニヤリを笑い相貌を崩した。


「それで、引き篭もり王子が、何故こんなところで換金なんぞしようとしたのじゃ?」


 なるほど。

 街を歩いていて誰も気付かないからブローチの事を知らないと思っていたけど、オレハンスは気付いたというか、知っていたのか。

 衛兵や騎士ハロルドくらいにしかわからない訳じゃないんだね。

 それにしても、ここでも引き篭もり王子って、そんな異名はウィルさんも望んでいないと思うよ。


「別に何か謀略を練ろうっていう訳じゃありませんよ。ただ、買い物をしたかったのですが、金貨が使えないみたいなので」


 そう言い、《格納庫(ストレージ)》から金貨を数枚取り出してオレハンスに見せる。

 それにしても《詐欺師》スキルは絶好調だね!!

 神様のバカ!!


 オレハンスは、ふむと頷き豪華なテーブルに置かれた金貨を1枚手に取り、しげしげと両面見回した。

 まさかとは思うけど、偽物だとでも思っているのだろうか?

 AR表示でもアドリアーヌ金貨と出ているし、そんなはずはない。


「....本物じゃの」


 やっぱりか!!

 通貨偽造は大罪らしいから、そんな事しないよ!!


「それで、何か僕に用事でもあるのですか?商業ギルドのマスター。オレハンス・モスさん?」


 そう、目の前のオレハンスという老人は、この商業ギルドのマスターなのだ。

 この部屋へ入る時に見えた通路の文字が、AR表示で教えてくれた。

 名前まではわからなかったけどね。


「なんじゃ、ワシの事を知っておったのか」


「この部屋に通されてわかったんですけどね」


 努めてポーカーフェイスを作る。

 そこはさすがに《全知全能》。

 ウィンドウに『【アクティブスキル】《演者》を使用しました』って出てたしね。

 まるで劇団員にでもなった気分だよ。


「ふむ....まぁよい。少し待っておれ」


 オレハンスはそう言い、僕が出した金貨を持って部屋を出て行った。

 しばらく緑茶を飲んで待っていると、ずっしり詰まった皮製の袋を4つ手に持ちオレハンスが戻ってくる。

 テーブルの上にドンと置かれたそれらを渡され、中を開けば沢山の硬貨が。

 どうやら、無事に金貨を両替してくれたみたいだ。


「適当に両替しておいたからの。これで満足じゃろう?」


 オレハンスの言う通り、大銀貨や銀貨。

 大銅貨や銅貨に両替されているようだ。

 それにしても、物凄い量だ。

 屋台のおじさんが金貨を断る訳だね。


「ええ、ありがとうございます」


「別によい。ワシとしても、引き篭もり王子と知己になれたのじゃからの」


 知己って....

 まぁこれで知り合いって事か。

 別に僕がオレハンスと知り合いになっても利益なんて無いけど。












 両替のお礼を再度告げて、オレハンスの下を後にする。

 行き先はもちろん兎肉串の屋台だ。


 屋台のおじさんに両替できたと告げて、予定通りに兎肉串を3本頼む。

 ウィンドウで確認すると、時刻は10時半過ぎ。

 今日の朝食はアリスのあーん祭りであまり食べた気がしなかったので、小腹が空いていたから、余計に美味しそうに見える。

 ジュウジュウ焼ける兎肉に、黒蜜みたいなタレをハケで塗り込む。

 ほんのり甘く香ばしい匂いが辺りに充満し、思わず生唾を飲み込んでしまった。


「はいよ!!おまちどう!!」


 兎肉串は、1本銅貨1枚と物凄く安い。

 3本頼んだので銅貨3枚を払い、屋台のおじさんから兎肉串を受け取り齧り付いた。

 うん、普通なら火傷するんだろうね。

 冷ます事無く齧り付いた僕に、おじさんがギョッとした目で驚く。

 この程度の熱さで、ドラゴンは火傷なんてしないんですよ!!

 僕はあまりの美味しさにペロリと1本平らげ、美味しい!!とおじさんに感想を告げた。


「ハハハ!!だろぅ?串肉は、貴族の旦那が食べるにゃぁ、ちょいと無作法だけどよ!!味だけには自信あるんだよ!!」


 モグモグ食べる僕を見ながら、おじさんは自慢気に胸を反らせる。

 なんでも、秘伝らしい独自の下拵えの仕方があるらしく、他の屋台より美味いんだぜ?なんて誇らしげに話してくれた。


「ああ....ま~たあいつらか....」


 三本目の兎肉串に噛み付いた時、不意に屋台近くの路地を見詰め、おじさんは言葉を零す。

 視線を辿ってみると、そこにはお世辞にもキレイとは言いがたい薄汚れた服を着た、4人の子供達がこちらを見詰めていた。


「お知り合いですか?」


「ん?ああ、ありゃぁ孤児院のガキンチョ共だ。旦那は知らねぇかもしれねぇけど、この【ロハス】にゃぁダンジョンが3つあってよ。金にがめつい冒険者の親が結構無茶して死んじまうんだよ。

 まぁ、それで親無しのガキンチョが多いから孤児院はどこもいっぱいで、食う物に困って物乞いしてんだ」


 ふむ、そうなのか。

 マップ検索をしてみると、おじさんの言う通り確かに3つのダンジョンがわりと近くに存在していた。

 一番近いのは天然ダンジョンの【深緑の洞穴】。

 もう1つも天然ダンジョンで【音叉の岩窟】。

 最後は僕の住処である人口ダンジョンの【魔竜の試練】。

 天然ダンジョンの名前の由来はなんとなくわかるけど、僕の【魔竜の試練】って...

 まぁ、魔石目的とLV上げに使われるんだから、案外間違っていないのかな?


 お腹を空かせて物欲しそうにこちらを見詰める子供というのは、なんとも言えない迫力がある。

 庇護欲を誘うと言うと、なんだか上から目線の様に感じるかもしれないけど、実際そんな感じだ。

 おじさんにお願いして、子供達を手招きしてもらう。

 子供達は首を傾げキョロキョロと周囲を見回し、自分達が呼ばれているとわかると、駆け足でこちらへやってきた。


「よし、おめぇら!!こちらの貴族の旦那が特別にご馳走してくださるそうだ!!感謝して食えよ!!」


 おじさんは、「まったく旦那は酔狂が過ぎるぜ。子供にあめぇと苦労するぜ」と、ブツブツ文句を言いながらもどこか嬉しそうにしていた。

 僕の前にやってきた子供達は、キラキラした目で自分なりの言葉を使い感謝を告げた。

 いっぺんに食べると消化に悪いので1人3本までにしたんだけど、子供達はあっという間に食べてしまい物足りなそうに手に付いたタレをペロペロ舐め始める。


「う~ん、足りなかったかな?」


「ガキンチョは育ち盛りだからな」


 グシグシと子供達の頭を撫でるおじさん。

 なんだかんだ言いながら、おじさんも子供が好きみたいだ。


「よし!!君達に仕事を頼もう!!」


 僕はポンと手を叩き、閃いた事を即座に決行する。

 孤児とは言え、この子達はこの街の子供なのだから、色んな場所を知っているだろう。

 ならば、道案内を兼ねて食べ歩きをするのに最適な人員ではなかろうか?

 その事を告げると、子供達は諸手を上げて大喜びし、おじさんも「まったくあめぇ旦那だぜ!!」と嬉しそうにしていた。


 おじさんに兎肉串の代金を払い、オススメの屋台をいくつか紹介して貰う。

 子供達は道案内はできても美味しい食べ物は知らなかったからだ。

 

「きぞくしゃま~」


 おじさんに別れを告げてメインストリートを歩き始める。

 子供達の名前は、8歳のジーンを筆頭に、7歳のデリー、5歳のクララとローリーと言う、男の子2人と女の子2人だ。

 どこで覚えたというか誰が教えたのかわからないが、僕の両サイドに女の子のクララとローリーが並び、手を繋いで楽しそうに興味引かれた物を指差して笑う。

 年長者のジーンとデリーは頑張って大人びた態度をしているけれど、屋台のおじさんに教えて貰った果実水をあげたら満面の笑みでゴクゴク飲んで、子供らしさを見せてくれた。


「他のも食べたいから、ここは1つだけにしようか」


「「「「はい!!」」」」


 鹿肉のホロ焼きという食べ物を売っている屋台で、全員の分を1つづつ注文しそれを配る。

 屋台のおじぃさんは良い意味で寡黙というか、ぶっきら棒に鹿肉のホロ焼きが乗った葉皿を手渡し、代金を受け取ってフンッと鼻を鳴らしていた。


 なんだか、やけに態度が悪いな。

 なんて思ったら、その答えをジーンがこそっと教えてくれた。

 どうも、物乞いをしている孤児院の子供達が気に入らないらしい。

 いつもは、「商売の邪魔になるからあっちへ行け」と、素気無い態度で怒られるそうだ。

 

 まぁ、気持ちはわからなくもないかな。

 身形もそうだけど、この子達は満足にお風呂にも入っていないみたいで、それなりに匂いもするしね。

 僕はあまり気にならない。

 病院の消毒液の匂いに比べれば、そこまで嫌悪する匂いじゃないし。

 ちなみに鹿肉のホロ焼きは、かなり美味しかった。

 ちょっと鹿肉の筋が歯ごたえあったけど、それも含めて美味しいと思うよ。


 孤児を4人も連れて歩いているからか、周囲からかなり好奇な視線を向けられる。

 井戸端会議をしているご婦人達のヒソヒソ話しは、【パッシブスキル】《聞き耳》でかなり鮮明に聞こえていた。


 どうも孤児院はかなり金銭的に困っているらしい。

 元々は、冒険者ギルドの要請により【アドリアーヌ王国】が資金援助をして建てたみたいなんだけど、運営自体はハウル男爵家に一任しているみたいだ。

 さらにハウル男爵家から依頼されて、教会が実質運営しているという....

 孫受けか?

 慈善事業だからなんとも言えないけど、僕が居た病院みたいに寄付なり基金なり設置すればいいんじゃないかな?

 でも、旨味が無いとダメか。

 う~ん....将来有望な子供達を育てる為に、学校とか必要なのかな?

 マップ検索によると、一応学校はあるみたいだ。

 冒険者ギルドが運営する、冒険者を育てる冒険者予備校に、兵士や騎士を育てる王立騎士学校。

 王国の名前にもなっている、貴族や裕福な商家の子弟を下士官などとして教育する王立アドリアーヌ学校。

 入学金やら授業料やら考えると、孤児院の子達が入れるのは冒険者予備校くらいかな?

 ウィンドウに表示された各学校をタップして、内容を確認する。

 どうやら僕の想像通りの様で、王立と名が付く2つの学校は、入学金だけでも金貨を支払わなきゃいけないみたいだ。

 これじゃぁ、誰も孤児院に寄付なんてしようとは思わないか。

 う~ん....今現在で打てる手だと....

 商業ギルドに投資してもらって、商人を育てる予備校とかくらいかな?

 算術や識字率を上げて、あとは交渉術とかを教えればそれなりに活躍できると思うんだよね。

 なにせ、ジーン達を見ているとわかるけど、まったく文字が読めないんだから。


「きぞくしゃま~?あれおうち~」


 僕と手を繋ぐクララが、一軒の家を指差し話しかけてくる。

 ジーンが補完する様に「孤児院です」と教えてくれた。

 どうやら、考え事をしながら歩いていたからか、街の東側へと来ていたようだ。

 クララが指差した孤児院は、薄茶けた石造りの建物で、高さは3階建てくらいの大きさしかない。

 ジーンと同じ様にデリーが教えてくれたけど、この広さで30人の孤児とお世話をしてくれるマザー・アリシアと数人のシスターが居るらしい。

 マザーもそうだけど、シスターと言うからには聖職者だろう。

 取扱説明書(マニュアル)によると、僕の知る神様とは違い、どうやら偶像崇拝的な架空の神様を信仰しているみたいだ。

 名前はトナティウ教会。

 人族の住まう【アドリアーヌ王国】と【シャンタル皇国】は、この宗派を推奨しているのか。


 せっかく来たのだからと、ジーン達に誘われるままに孤児院にお邪魔する。

 雑然とした庭先を抜けて簡素な玄関の扉を潜る。

 ジーン達が一番の年少者で、ジーンよりも年上の子供達は、それぞれ荷運びや薬草の採取など、子供でもできる簡単な仕事を教会から斡旋してもらいお金を稼いでいるみたいだ。

 子供達の稼いだお金の一部は運営費に当てているみたいだけど、成人して孤児院を出る時の為に自分で稼いだ給金は溜めているという。

 ジーン達も早く働けるようになって、マザー・アリシアに恩返しがしたいと話してくれた。


「あら?ジーンにデリー、それにクララとローリーじゃない。もう帰ってきたの?」


 僕達の姿を見つけ、洗濯篭を抱えた妙齢の女性が声を掛けてくる。

 クララと同じ茶色い髪に同色の瞳。

 白と黒を基調とした修道服を纏っていて、身体のラインはわからない。

 

「しすたー・べら~」


 甘えたい盛りなのか、クララとローリーが僕の手を離し彼女に抱き付きに行く。

 シスター・ベラと呼ばれた彼女は、洗濯篭を地面に置き、2人の頭を優しく撫でた。


「はいはい、おかえりなさい」


「「ただいま~」」


 ほのぼのする光景に、ついつい僕の口元も緩む。

 《真偽の神眼》によると、彼女の名前はベラ・クリストファス。

 年齢は20歳で、ジョブがシスターになっている。

 

「それで、そちらの方はどなた?」


「申し遅れました。僕の名前はウィルと言います。この子達とは街で出会い、道案内の仕事を頼んでいたのです」

 

 【アクティブスキル】《演者》と、不本意な《詐欺師》が大活躍する。

 胸に手を当てて会釈をした僕に対し、ベラは困ったような顔をして頬に手を当てた。


「あ、あら。わ、私はシスター・ベラです。この孤児院でこの子達のお世話をしていて....」


 アタフタと慌てるベラは、とても可愛らしい女性みたいだ。

 ベラに抱き付いているクララとローリーは、そんなベラの姿が面白いらしくケタケタと笑いさらにベラを困らせている。


「きぞくしゃまがね~ い~っぱいごちそうしてくれたの~」


「おにくたべた~」


 いやいや、まだまだこれからも食べに行くつもりなんだけど....

 屋台のおじさんオススメの、ホルのバター包み焼きというメインディッシュがまだですよ?

 

「それはよかったわね~」


 ジーンとデリーが「果実水も美味しかった」と追加で教え、ベラは微笑みながら2人の頭も撫で始める。

 そこで、ふとベラの動きが止まり、ギギギギギと壊れたブリキの玩具の様にゆっくりとこちらへ顔を向け、啞然とした顔を見せた。


「うぃ、ウィルさんは、貴族様なのですか?」


 ああ、クララが言った「きぞくしゃま」に気付いたのか。

 確かにイントネーションがおかしいからわかりずらいよね。


「えっと、正確には貴族なのでしょうけど....」


 う~ん、素性を明かしても良いのかな?

 別に隠している訳じゃないし、青の盟約とやらがある限り大騒ぎにはならないはず...だよね?


「....そうですね。僕の名前はウィル・ア・テラ。魔竜族の第二王子ですよ」

 

 大事になったらその時はその時だ。

 幸い衛兵や騎士ハロルド、それにオレハンスを見る限り、基本的にここの人は僕に対して好意的だ。


 なんて思っていたんだけど、どうもベラは他の人とは違ったみたいだ。

 ジーン達は「王子様!?」って驚いたり喜んだりしていたけど、ベラは立ったまま動かなくなって気絶してしまった。

 僕も慌ててしまったんだけど、そこにやってきた妙齢の女性。

 マザー・アリシアがやってきて、なんとか事なきを得られた。





















「こんな物しかございませんが.....」

 

 気絶してしまったベラをクララとローリー達に任せ、僕はアリシアと場所を移し彼女の執務室兼応接室で対面していた。

 建物の外見と同じく簡素な作りのソファに座り、差し出されたお茶を口にする。

 緑茶に比べ苦味の強いこのお茶は、マル茶と言われる物らしい。

 子供達が街の回りの森へ薬草採取に行く時に、摘んで来ては飲んでいるそうだ。


「なかなか深みのある味わいですね」


 率直な意見を述べたつもりだけど、何がおかしかったのかアリシアはクスクスと笑っていた。

 

「ごめんなさいね。まさか、ドラゴンの王子様がお世辞を言うなんて思わなかったの」


 どうやら、お世辞に聞こえたらしい。

 これはこれで好きな味なんだけどな。


「それで、聞いてもいいかしら?」


「なんでしょうか?」


「ずっとダンジョンに隠れ住んでいたあなたが、どうして街へ降りてらしたのかしら?」


 随分と直球で聞いてくるものだ。

 孤児院で長として勤めているくらいだから、そういうサッパリとした性格なのかもしれない。


「何か特別な理由がある訳ではないんですよ。ただ、外を見たくなった。それだけです」


 努めて紳士的な対応を心掛ける。

 アリシアは僕と敵対したい訳じゃなさそうだし、何より興味本位で聞いているような雰囲気を感じる。


 アリシアは僕の答えを聞いて、またもおかしそうにクスクス笑い、自分の長い髪の毛をクルクルと弄り始めた。


「本当に不思議な方ね」


「まぁ、ドラゴンですからね」


 マル茶を飲みながらおどけて話す。

 興味が尽きないのか、ウィルさんと騎士団の戦闘の話しや、魔族を快く思っていない一部の組織についても色々と話して聞かせてくれた。

 もちろん、僕の意見を求めながら。


「実はね。【シャンタル皇国】で勇者召喚を行うかもしれないと噂があるの」


 ふむふむ。

 エイナが言っていた例のアレか。


「本当に根深いもので、魔族の守護を快く思わない人が未だに多いのよ」


「気持ちはわかります」


「そうなの?」


「はい。守護とは言いつつも、結局は管理する側とされる側ですからね」


「....そう。あなたはそう思うのね。私はてっきり見た目の違いかと思ったわ」


 ん?見た目の違いってどういう事?


「あなたの様に、魔竜族の方は人族の姿を真似る事ができるけれど、他の魔族の方はそうじゃないのよ?」


 ああ、そういう意味か。


「そうですね。鬼族の様に角が生えていたり、悪魔族の様に肌の色が違い羽や尻尾が生えていたり。

 僕の様にこの姿の人族とはまったく違いますからね」


「そうなのよ。私が以前出会った吸血鬼族の女性は、姿形は私と同じなのに、びっくりするくらい肌が白くて羨ましかったわ」


 いや、気にするのそこなの?

 話し方も久々に会った親戚の子みたいに話すし。

 本当に独特な価値観の人だ。


「それで、勇者召喚が僕と何か関係があるのですか?」


 脱線してた話しを元に戻す。

 放っておいたら、ポンポン話しが飛んでしまいそうだ。


「そうそう。私が言いたかったのは、あなたみたいにドラゴンの王子様が一人歩きしていると危ないわよ。って話しなのよ」


 ああ、僕の事を心配してくれていたのか。


「ご忠告はありがたいのですが、僕の事なら心配なされなくても大丈夫ですよ」


「それは、自分の力に自信がある。という事なのかしら?失礼だけど、そんな綺麗な顔をして自信があると言われても信じられないわよ?」


 綺麗な顔?

 エイナ達も言っていたけど、ウィルさんの顔はそんなに整っているのだろうか?

 

「まぁ、見た目はともかくドラゴンですしね」


 神様の恩恵(ギフト)がある今の僕に勝てる人なんて、たぶんいないと思うし。

 神様だって、この世界限定の神みたいな存在だって僕の事を言っていたくらいだし。


 僕の言葉をなかなか信用してくれなかったアリシアだけど、左腕を《部分竜化》させて爪を見せたら信用してくれた。

 どうも僕の事を本物のドラゴンだとは思っていなかったみたいで、詐欺師の類だと思われていたらしい。

 

「.....ごめんなさいね。顔の良い人には詐欺師が多いって言うから、ウィル様の事もその類だと思ったのよ」


 あなたから、ウィル様呼びにまで変わったアリシア。

 魔族を騙る詐欺師がたまに居るらしい。

 もちろんばれれば極刑は免れないんだけど、青の盟約がある限り、詐欺師側にも旨味はあるそうだ。

 どんな旨味なのか聞いたところ、所謂タカリの類だそうだ。

 『力が欲しければ金を出せ』とか、『亜人族が攻めてきたら、優先的に守ってやる』とか。

 そんな実にくだらない話しで、騙される方が悪いと思ってしまう。


「でも驚いたわ。ウィル様は本物なのね」


「本物ですよ」


 人の事を疑っていたわりに心配してくれるとか、とんだお人好しだよね。


 他愛もない会話を続けつつ、昼食のお誘いを受けたのだけれど....

 そこで、思いも寄らない突発的な出来事が起きたんだ。


「ま、マザー・アリシア!!た、大変だ!!」


 ドタドタと足を踏み鳴らし、勢い良く扉を開けて転がり込んできた1人の男性。

 短く切り揃えられた灰色の前髪から大量の汗を流し、全身も汗だくになって息をきらせている。


「スレウィン!?どうしたというのですか!?」


「こ、子供達が!!あの子達が大変なんだ!!」


 アリシアにスレウィンと呼ばれた男性は知り合いの様で、アリシアは落ち着かせる為にマル茶を飲ませて話しを促す。

 しばらくしてようやく落ち着いたスレウィンは、捲くし立てるように説明を始めた。

 

「ぼ、冒険者に荷物持ちとして着いて行った子供達が、【音叉の岩窟】で異常発生した魔物達に襲われて動けなくなったんだ!!」


「そ、そんな....」


 うろたえるアリシアに、スレウィンは報告を続けるが、彼も口惜しそうに拳を握り締めて行き場の無い怒りを露にしている。


「現場は崩落が始まってて、冒険者ギルドだけじゃ迂闊に救援隊も送れないらしい。ギルマスのローデル様も領主様の騎士団に派兵を申し入れに行ってくれたんだが、騎士団もほとんどが領主様に着いて王都に行ってしまってるみたいで....」


 実に間の悪い話だが、突発的に起きる事故なんて誰にも予測できない事だろう。

 魔物の異常発生に崩落事故。

 さらに救援にも行けない状況。

 このまま悪戯に時間が過ぎれば、要救助者の命は儚くも散ってしまう。

 

 では、どうするべきか?


「ふむ、手詰まり。という訳ですね?」


 黙って話しを聞いていた僕にようやく気が付いたのか、スレウィンが驚いて顔を向ける。

 身形を見て高貴な者と判断したらしく、スレウィンが距離を空けて佇まいを正した。


「き、貴族様!? き、気付かずに申し訳ございません」


「いえ、そんな事はどうでもいいのです。子供達の生存は確認できているのですか?」


「は、はい!!30分ほど前までですが、通信用の魔道具で内部の冒険者と連絡はとれていました!!側溝の洞穴に隠れているとの事です!!」


 通信用魔道具か。

 便利な物があるんだな。


「子供達が居るのは【音叉の岩窟】で間違いないのですね?」


「ま、間違いありません!!第8階層です!!」


 ふむふむ。

 居場所も判明しているなら、探しに行けそうだ。


「では、僕が――」


「いけません!!」


 僕が助けに行くと言おうとしたら、アリシアに止められてしまった。

 いったいどういう事なのか説明を求めると....


「ウィル様。お気持ちはとても嬉しく思います。ですが、お忘れですか?青の盟約により、平時に種族固有のお力を私達に行使する事は禁止されているのですよ」


 なるほど、そんな弊害があるのか。

 厄介だけど、その言い回しならドラゴンの力を使わなきゃいいんだよね?

 聞いてみるか。


「マザー・アリシア。ドラゴンの力以外ならば問題無いのですよね?」


「え、ええ....ウィル様は魔竜族ですから、ドラゴンの力を使わなければ確かに問題ありませんけど....」


 ビンゴか。

 それなら――


「少し席を外しますが、すぐに戻ります」


「えっ!?」


 有無を言わさず《転移門》を発動させて、アリシアの執務室からダンジョンの食堂へ。

 口を開いてアワアワしてたスレウィンは見なかった事にしよう。


 マップ表示でアリスを探し、厨房に居る事を捕らえると、即座に行動に移した。


「アリス!!」


 キッチンの扉を乱暴に開けて、開口一番アリスの名前を呼ぶ。

 どうやら、エイナ達と昼食の用意をしていたみたいで、味見をしていたスープを吹き零していた。


「うぃ、ウィル様!?」 


「アリス、お願いがあるんだ」


 切羽詰った様子をわざと演出し、迫真の演技でアリスに迫る。

 アリスだけじゃなく、エイナ達も僕の演技にまんまと嵌り、驚愕とした表情を浮かべていた。

 さすがは《演者》――って、今はそれどころじゃない。


「だ、ダメですよ、ウィル様....こ、こんな明るいうちからベットにだなんて....」


 いったい何を勘違いしているのだろうか?

 まさか僕がそういう行為をお願いしていると勘違いしているのか?

 まったく、どこまでいってもアリスはアリスって事か。


「そうじゃないんだ。アリス、実は――」


 【都市ロハス】で起きている事を説明し、助けに行きたい旨を伝える。

 アリスは残念そうに口を尖らせていたが、そもそもアリスは告白の返事もしていないのだからそういう行為なんてするはずないでしょ?

 

「いけませんよ、ウィル様。人族に肩入れするなんて、青の盟約に抵触します」


「それは、魔竜族の僕がドラゴンの力を使ってはいけないって事なんだよね?」


「そうです。いかに緊急事態とはいえ、調停者である魔族が力を行使するだなんて――」


 やっぱりそうか。

 僕の考えが正しければ、ドラゴンの力以外を使えば問題無いはずだ。


「それなら、僕がドラゴンの力を使わなければいいだけだよね?」


「ウィル様からドラゴンの力を取ってしまえば、ありんこにも劣るではございませんか」


 ...ひどくない?

 そりゃ魔竜族からドラゴンの力を無くしたら何も残らないかもしれないけどさ。


 尚も僕を叱責し続けるアリスを捕まえ、僕は再び《転移門》を発動させてアリシアの下へと向かった。

 魔力量に応じて大きさが確定する《転移門》の大きさに、アリスは言葉を失い呆然としていた。


「ウィル様!!」


「ただいま、マザー・アリシア」


 戻ってきた僕を迎えてくれたアリシアとスレウィン。

 僕がいない間に何があったのか知らないけれど、スレウィンが抜け殻の様に真っ白になっていた。


「...そちらの方は?」


「彼女はアリス。僕の大切な婚約者(フィアンセ)で、侍女(メイド)をしてくれている女性です」


 なかなか告白の返事をくれないアリスに対して、僕は外堀から埋める作戦に出た。

 お母さんの言う通り、押して押してどこまでも押していけば、いやおうなしにアリスは僕の傍に居てくれるだろう。

 なんでこんなにアリスの事が好きなのか自分でもわからないけど、まぁいいよね?

 一目惚れだよきっと。

 神様も僕の好きにしなって言ってくれていたし。


「初めましてアリス様。当孤児院の運営を任されております、マザー・アリシアと申します」


「....ウィル様の従者兼侍女(メイド)のアリス・ヴァン・フォルスです」


 優雅に一礼して名乗り合う2人。

 こんな切迫した状況だというのに、思わずアリスに見惚れてしまうのは呪いの類ではないだろうか?


「それで、ウィル様?考え直してはいただけませんか?」


 おずおずとそう告げるアリシアに、アリスも「そうですウィル様!!」と同意してくる。

 このままでは堂々巡りが続いてしまい、時間を無駄にするのは確実だろう。

 僕らがこうしている間にも、子供達に危機が迫っているんだ。

 僕はもう知ってしまった。

 今更目を背けるなんて真似は、僕にはできないよ。


 食い下がる2人と魂の抜けたスレウィンを無視して、僕は孤児院の前へと足を運ぶ。

 アリスに散々袖をひっぱられたけど、LVの差かスキルの恩恵か、僕が歩みを止める事はなかった。


「アリス、見ていて」


 アリスの前でドラゴン以外の力を行使する。

 取扱説明書(マニュアル)によると、代表的なドラゴンの力とは《竜化》《咆哮(ブレス)》《竜魔法》《再生》《身体強化》の類だけだ。

 それならば、今から使うこの魔法なら何も問題無いだろう。


召喚(サモン) 《暗黒騎士(ダークナイト)》《聖騎士(ホーリーナイト)》」


 召喚魔法の発動と共に、50体づつの騎乗した騎士が姿を現す。

 禍々しい漆黒の馬に跨る、同色の全身鉄鎧(キュイラス)姿に大直剣(クレイモア)を携えた《暗黒騎士(ダークナイト)》。

 神々しい白馬に跨り、純白の全身鉄鎧(キュイラス)姿に突槍(ランス)湾曲盾(カイトシールド)を携えた《聖騎士(ホーリーナイト)》。

 道行く者が足を止め、驚き腰を抜かして這い蹲る。

 僕に着いてきたアリスとアリシアも同様に、飴玉みたいに目を丸くして驚いていた。


「どうかな?アリス。この子達なら問題無いよね?」


 白々しくもそう告げる。

 アリスもコクコク頷く事しかできなかった。


 おかしいよね。

 アリスだって召喚魔法使えるくせに、なんでそんなに驚いているのだろうか。


「じゃぁちょっと行って――」


 そこでふと自分の浅はかさに気付く。

 召喚(呼び出)したこの子達は馬に乗っているけど、僕は走って行くのか?と。

 マップで目的地の【音叉の岩窟】の場所を確認する。

 街の西門から抜けて街道沿いを真っ直ぐ進めば、そこからT字路で二股に分かれ、南にあるのが【音叉の岩窟】だ。

 地味に距離がある。

 行くだけで大荷物抱えて体力を消費してしまうなら、冒険者が孤児院の子に荷運びを頼むも当然だろう。

 ウィンドウで召喚魔法をタップして、説明を読みながら一巡悩んで決めた。

 乗った事は無いけど、神様の恩恵(ギフト)があるからきっと大丈夫だろう。


「召しませ召しませ聖獣よ。我が呼び声に答え、その姿を現したまえ。召喚(サモン)一角獣(ユニコーン)》」

 

 周囲からかなり注目されているから、《演技》スキルが発動したのか。

 わざわざ聖句を並べて召喚した僕。

 《詐欺師》もそうだけど、勝手に発動するのはどうにかならないものだろうか?

 それで助かってるから良いと言えばいいんだけどさ....

 たぶん、神様がやってそうなんだよね。


 地面に浮き上がる金色(こんじき)の魔法陣から、《聖騎士(ホーリーナイト)》よりもさらに神々しい姿の《一角獣(ユニコーン)》が姿を現す。

 大きさは他の馬よりも二回り程大きく、艶やかな白い馬体に純白の鬣。

 何より天を貫く一本角が、馬の眉間より突き立っている。


「よろしくね」


 召喚者である僕に顔を擦り寄せてくる《一角獣(ユニコーン)》。

 鬣を撫でながら挨拶をすると、嬉しそうに青色の目を瞬かせて「こちらこそ」と肯定した。


 あまりにも幻想的で壮絶な光景に、置き去りにされたアリス達へ、僕はさも買い物に行くかのごとく気軽さで「行って来ます」と挨拶を告げる。

 ついでに「帰って来たら子供達がお腹を空かせているはずだから」と、遅めの昼食の用意も促しておいた。

 

 さて行こう。


 《天地駆》で中空を蹴り上げ、《一角獣(ユニコーン)》の背に跨る。

 鐙も鞍も無い裸馬状態なのに、思惑通りにポップアップウィンドウがスキルの使用を教えてくれた。



『【パッシブスキル】《乗馬》を使用しました』



 さすがは《全知全能》。

 なんでもできるって素晴らしい。


 《一角獣(ユニコーン)》に出発の合図を告げる。

 一度嘶き《暗黒騎士(ダークナイト)》と《聖騎士(ホーリーナイト)》が「了解」と言う様に武器を掲げると、僕らは怒涛の勢いでメインストリートを駆け出した。


 さぁ行こう!!子供達を救いに!!


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