第5話 初めての....
「ウィル様?これは.....」
バグベアー――初めての魔物退治を終えた僕は、バグベアーの剥ぎ取りを済ませて住処であるダンジョンへと戻っていた。
途中、森の開けた場所に咲いていた、赤白青の小さな花弁の花々を摘み取りアリスにお土産にしたんだ。
「ちょっと散歩に行って来てね。その、アリスにお土産にって思って」
お母さん以外の女性に贈り物をするなんて初めての事で、僕は思わず赤面してしまった。
だけど、アリスみたいな綺麗な女性にはとても花が良く似合うと思うんだ。
ちなみに、この世界に存在する所謂ダンジョンと言う物は3種類に分かれている。
僕が住むこのダンジョンは天然物ではなく人工的な物で、魔族が酔狂で作り出し、ダンジョン内を徘徊する各種魔物は特殊な契約の名の下に魔族領から連れて来た者達だ。
だから力――LVUP――を目論む人族・亜人族の冒険者や各国の騎士団達がこぞって侵入し、日々修練と言う名の戦闘を繰り広げている。
このダンジョンではいくら倒されても魔物や魔獣――人型ではない魔に属する獣――は死ぬ事は無いし、倒せばドロップアイテムとして魔石――魔力の篭った特殊なアイテム――を手に入れてそれを持ち帰る事で財産としているそうだ。
まぁ、ボーナス的に宝箱とか設置して財宝とかも放出しているんだけどね。
もっとも、冒険者達もノーリスクって訳じゃない。
倒されれば武器や防具等の貴重品を失う事になるし、エイナ達みたいに捕らえられる事もある。
最悪命を落とす事もあるけど、それを承知で力を求めているのだから、WIN-WINの関係らしい。
あとでエイナに聞いた話によると、そこまで力を求める理由は生活の為だそうで、高LVの冒険者は国が高給で雇ってくれるとの事だ。
未だ人族と亜人族の小競り合いが続いているから、力ある者はいくらでも需要があるみたい。
まぁ、部外者の僕がどうこう言うべきじゃないし、本人達がそれで納得というか、当然の事みたいだからそれでいいか。
もう1つのダンジョンは、自然発生型で天然の洞窟や地底湖、火山などに存在する。
そこの魔物達は魔族に管理されている訳ではないので、倒せば各種素材と獣肉なんかが手に入る。
小者――弱い魔物達――は魔石を体内に有していないらしいが、ボスと言われる強い固体は魔石を持っているそうだ。
僕のダンジョンと比べてどっちが効率的かと考えると、どっちもどっちらしい。
それは何故かと言えば、魔石の需要だ。
魔石は魔道具と言われる便利な道具を作るのに必要不可欠で、武器や防具を作るのにも必要だったりする。
それって魔剣?と思ったけど、それは魔宝石と呼ばれる希少素材じゃなきゃダメなんだって。
どこで手に入るのかエイナも知らなかったみたいで、さっそく取扱説明書を参照したところ、魔石を集めて《錬金術》で精製し魔水晶を作成した後に賢者の石を加えて作り出すそうだ。
賢者の石とかかなりファンタジーだ。
その賢者の石も、世界樹から稀に取れるらしい。
世界樹って.....
ちなみに世界樹は亜人族の大陸【クリティアス】に存在してて、あのエルフが守っているそうだ。
本当にゲーム世界みたいで、ちょっとワクワクしてしまった。
最後の1つであるダンジョンだけど、それは古代遺跡の事だ。
8000年以上昔に存在した、原初の人族達が栄華を極めた魔法文明時代の物で、今でも極稀に古代の聖遺物『アーティファクト』が発見される事があるみたいだ。
そこの魔物達も自然発生型なんだそうだけど、エイナ曰く「魔物が強すぎてとても近づけません」だそうだ。
神様から恩恵をもらった今の僕なら、簡単に行く事ができるんじゃないかな?
そのうち行ってみようと思う。
さてさて、そんなダンジョンの話しはひとまず置いておいて、アリスだ。
彼女は今僕があげた花束を手に、嬉しそうに胸いっぱいに香りを楽しんで微笑んでいる。
ドラゴンだから年齢は気にしないとして、見た目美女の彼女が微笑している姿は、誰が見ても一目で恋に落ちる程に素敵だ。
かく言う僕も、ちょっとアリスに好意を持っていたりする。
言動がアレじゃなければ最高なんだけどなぁ....
「ありがとうございます、ウィル様!! 大切にします!!」
お礼を告げるアリスに、僕は恥ずかしさを誤魔化す為に頬を掻いて苦笑いを浮かべる。
だけど、次の瞬間アリスの顔が僕の眼前へと迫って慌ててしまった。
「ところでウィル様?散歩と仰られていましたけど、もしかして外に出られたのですか?」
先ほどとはうって変わってジト目で僕を睨むアリス。
しっかり大事そうに花束を持っているのは、嬉しかったからだよね?
「う、うん。そうだけど?」
「あのウィル様が外に出られたのですか!? 引き篭もりの意気地なしのウィル様が!? 信じられません!!」
ひどい言い様じゃないだろうか?
確かに、ウィルさんの記憶ではここ400年――ダンジョンを造ってからずっと――1歩も外になんて出ていないみたいだけどさ。
ああ、ドラゴンの姿で大空を飛んだ時以来かな?
あの時に人族からの攻撃が無ければ、ウィルさんも引き篭もる事なんてなかっただろうに。
まったくひどいよね?
「....でも、このお花は確かに外で咲いていたものです。本当にウィル様は外へ行かれたのですか?」
僕が黙っていたからか、アリスは花束に付いた泥土を見ながら問い掛ける。
そうだよと僕が肯定すると、アリスは目を見開いて驚き、スタスタと歩いて自室へ行ってしまった。
僕は、何かいけない事をしてしまったのだろうか?
朝話していた時にアリスが僕というか、ウィルさんの下で働き始めた理由を聞いてからどうにも様子がおかしい。
訓練場では元気にメイド達に指導していたからもう大丈夫だと思ったんだけどなぁ。
気を使って花まで採ってきたのに。
失敗だったかな....
いや、そうじゃない。
もしかしたら、アリスは気付いているのかもしれない。
僕が本当のウィルさんじゃないって事を。
僕が異世界から来た山吹真という人間で、本当のウィルさんは鳥になってしまったという事を。
話すべきなんだろうか?
(ん~....真君が話したいならそうすればいいと思うよ?信じるか信じないかは本人の自由だし。だけど、ボクはまだ早いんじゃないかなぁって思うなぁ....)
またも神様からの突然の介入で、頭の中に呟きが聞こえる。
こんなに僕に掛かりっきりで良いのだろうか?
余程部下の天使達が有能なのか、休みが無いのか心配になってしまう。
(アハハ♪天使は眠らないから休みなんて必要ないんだよ~♪だからだいじょぶだいじょぶ♪)
本当にブラックだった!?
ナムナム....
まったく神様はひどいと思うよ?
天使もそんな神様の下で働くなんて嫌――
神様は言いたい事だけ言ってまた黙ってしまったので、僕の追及は聞かなかった事にされたみたいだ。
まぁ僕が天使なわけじゃないし、いいか。
夕食の時間までのんびりと取扱説明書を眺めたり、室内でも使える地味な魔法を試したりと雑事をこなして時間を潰し、エイナ、アデル、エイミー、ブリジットが作ってくれた食事を食べる。
顔を伏せて淡々と食事の介助をしてくれるアリスは、なぜか僕と目を合わさずに思い詰めた表情をしていた。
夕食の献立は、鳥の照り焼きや柔らかい白パン。
栄養バランスを考えた葉野菜のサラダに川魚のスープなどだ。
もちろん、川魚は僕が焼いた例のアレだ。
使ってもらおうと厨房に入ったんだけど、使用人の仕事場に主が入るものではありませんよ?とエイナに窘められてしまった。
そういうものなのかね?
川魚の件を話したら呆れられてしまった。
本当はおすすめしたくありませんが、ご主人様が望まれるのでしたら。と、調味料一式を何故か渡され、なるべく食事は私達に作らせてくださいと懇願された。
いや、メイドとして働くのだからそうなんだろうけどさ。
食べてみたいじゃない?
今度は、豚の丸焼きとかそういうのにチャレンジしたいんだよね。
そんな雑談をアリスに振ってみたんだけど、ああ。とか、そうですね。とか、上の空で全然聞いてくれない。
神様は打ち明けるにはまだ早いなんて言ってくれたけど....僕は話すべきなんじゃないかと思う。
だって、ウィルさんとアリスは、400年もの長い時間を共にしてきたんだから。
主人と従者の関係だったとしても、それなりに信頼関係はあったはずだし。
うん。夕食が終わったら、アリスと話してみよう。
そう決断した僕だったのだけれど、アリスは食事の介助が終わると片付けをエイナ達に任せ、早々に自室へと篭ってしまった。
出鼻を挫かれた僕は傷心のまま、夜の散歩に出掛けるべくダンジョンを抜け出すのだった。
日の落ちた森は、中々にムード満点だった。
いや、星空が綺麗なのは当然なんだけど、鬱蒼と生い茂る木々がこれまた怖いのなんのって....
マップを確認し、周囲5キロ圏内に人影が無い事を確認し、昼間にはできなかったとあるスキルを発現する。
それは――
「《竜化》」
ドラゴンとして転生したのだから、使わないともったいないだろう。
普段は人族と同じ姿に成れるとはいっても、ウィルさんと入れ替わった僕はドラゴンなのだから。
スキルの発動と同時に、自身の身体が変化を始める。
身に纏っていた衣服は消え去り、肥大化した手足に何者でも切り裂ける様な立派な爪が伸びてきた。
視界はグルリと広くなり、自身の首がニョキニョキ伸びた事がすぐに理解できる。
そしてしばらくして変化が納まると、そこには神話に登場するファンタジー世界のドラゴンが姿を現した。
四足歩行の巨大な首長のトカゲの様な姿に、背中からは大きな翼膜の付いた二対の翼が生えて、喉を鳴らせばグルルと低い呻り声が顎を抜けて辺りに木霊する。
天に輝く2つの月が月光を放ち、僕の姿を浮かび上がらせた。
「おお....これがドラゴンかぁ.....」
巨大な質量にも関わらず、まったく自身の重さを感じない。
手足も尻尾も翼も首も、思い通りに動く不思議な感じ。
なにより、この鱗。
金属質の白銀の鱗が、月明かりを浴びてキラキラと輝いている。
さすがは魔竜族。
威厳ある姿に恐怖や畏怖だけじゃなく、高潔さや神聖さまでもを併せ持っているなんて、凄いの一言につきるね。
翼を羽ばたかせて舞い上がる。
巻き上げられた風の渦が木々の葉を鳴らし、深々とした大空へ僕は飛び立った。
広い大空。
ウィルさんが求めたもの。
どこまでも続く夜空の海を、僕は翼を羽ばたき悠々と泳ぎ回る。
「うわぁ....すごい!!すごい!!すごい!!」
感動しすぎて言葉が出て来ない。
比喩もできず、僕は幼子の様にはしゃいでいた。
天にあまねく星々と、2つの月が交差して、僕の道を指し示す。
漆黒の大地の遥か向こうに、煌々と灯る明かりが見える。
そこはたぶんエイナが言っていた場所だろう。
僕の家ことダンジョンがある、【アドリアーヌ王国】に所属するクライブ・ロレア・ハウル男爵が治める領地。
あの明かりこそハウル男爵領の【都市ロハス】に違いない。
このままドラゴンの姿で向かえばウィルさんの二の舞だ。
かなり離れた位置に着地し、《竜化》を解いて人の姿へ変身する。
どこに行っていたのか不思議だけど、身に付けていた衣服の類がどこからともなく現れて、僕の身を包みこんだ。
さすがはファンタジー。
毎回服を失くさなくて済むなんて、実に合理的だ。
この世界滞在2日目にして人里を訪れて良いものか悩んだけれど、結局好奇心が勝り《天地駆》を使って大地を走る。
かなりの距離があったけど、さすがは神様の恩恵。
あっという間に【都市ロハス】を視界に捕らえ、トボトボと歩き始めた。
5メートルを越える白石の外壁に囲まれた角状都市。
東西南北に街門が設けられ、入出を厳しく制限されている。
「ん? 止まれ!!身分証を見せろ!!」
外壁の大きさに見惚れていた僕は、近づく人影に気付かなかった。
「えっと...」
ヤバイ!!身分証なんて持ってないよ!!
僕がどうしたら良いかわからずに黙っていると、当然不審に思った声の主が近づいて来る。
《真偽の神眼》で確認してみる。
名前 :アモル・ハドウィル
種族 :人間
ジョブ:剣士
年齢 :17
名前 :ハロレン・ヴォドク
種族 :人間
ジョブ:剣士
年齢 :21
詳しい情報までは見なかった。
だって、全身板金鎧を装備して、腰から下げた剣帯に片手剣を差している身形から察するに、衛兵の類だろう。
なにせ、左肩に付いた徽章がハウル男爵領所属兵士とAR表示されているから。
「どうした? 身分証が無いのか?」
「....怪しいな」
腰に帯びた片手剣に手を伸ばす2人の衛兵。
まさか、魔竜族の王子です。なんて言えるはずもなく――いや、言ってもいいのか?
魔族は人族や亜人族の調停者なんだから、見守る側だろう。
なら素性を明かしても問題ない?
いや、まてよ。
僕はアリスに内緒でこんなところに来ているんだから、ばれたら大目玉を食らうんじゃないか?
それは嫌だ。
せっかくアリスみたいな美人さんとお近づきになれたんだ。
それだけはいけない。
僕が思案にくれていた時、間の悪い事に救世主が現れた。
それは――
「ウィル様」
声を掛けられ振り返る。
そこには、燃えるような赤い髪を無造作に背中へ流し、緋色の瞳の肉感的な美女が佇んでいた。
それも、いつもと変わらずメイド服で。
「あ、アリス!?」
思わず上擦ってしまった僕の声を聞いて、アリスがクスリと微笑する。
後ろから衛兵達の感嘆の溜息が聞こえ、おそらくアリスの美しさに見惚れているんだろう。
アリスは僕の傍まで歩いてくると、メイド服のスカートをチョコンと摘んでカテーシーを見事に決める。
あまりにも場慣れした洗練された動きに、僕までもが見惚れてしまった。
「ロハスを守る衛兵達よ。このお方は誇り高き魔竜族の王子。ウィル・ア・テラ様でございます。頭が高いですよ?」
事もあろうにアリスは、僕の素性をそのまま伝えてしまった。
それでいいのか?とこの世界の常識を知らない僕に対し、そこからの衛兵2人の行動はものすごい速かった。
ガバっと片膝を突き頭を垂れる2人。
小声で『引き篭もり王子』なんて聞こえたけど、聞かなかった事にしよう。
事実ウィルさんは400年も引き篭もっていた訳だしね。
「知らぬ事とはいえ、とんだご無礼をいたしました」
特に身分証を提示した訳じゃないのに、2人の衛兵は畏まった口調でそう話す。
こっそりお互いに肘で突き合い、お前のせいで不幸を買ったらどうするんだ。なんて言い合っていた。
「ウィル様。勝手に出歩かれては困ります」
2人の事なんて異にも介さず、アリスはいつもの様に僕に注意を促してきた。
そんな事より、もしかしてアリスは僕の後を着けてきたのだろうか?
《竜化》して飛んできたのに、まったく気が付かなかった。
しかもマップもこまめに見ていたはずなのに。
「ああ、うん。ごめんね?」
「いえ、ウィル様が外事に興味を持たれたのでしたら、ご自由にして下さって結構なのですが....せめて一言声を掛けていただきたかったです」
怒っている訳ではなさそうだ。
ただ心配だった....のかな?
それはそれで嬉しいな。
「うん。これからはアリスに断ってから出掛けるようにするよ」
「そうしてください。ということは、これからも外出されるのですね?」
「えっと、そのつもりだよ?色々見てみたいし」
「....わかりました。それでは、こちらをお持ち下さい」
アリスはそう言い、左胸のブローチを外して差し出して来た。
金製の細かな細工の施された台座に、親指サイズの青い宝石が填め込まれたブローチ。
宝石の中には、抽象的な横向きのドラゴンの姿を象った文様が描かれており、AR表示では魔竜族王家紋章と浮かびあがっている。
ああ、なるほど。
衛兵の2人はこれを見て僕の素性を信じたのか。
要するにこれが身分証なんだね。
アリスに感謝を告げてブローチを受け取り、同じ様に左胸へと取り付ける。
それを見たアリスが嬉しそうに微笑んで、もう一度カテーシーを決め僕の手を取った。
「衛兵達よ。聞いた通りです。今後、ウィル様がお忍びでロハスを訪れる事もあるでしょう。失礼のないようにするのですよ?」
「「ハッ!!青き盟約のままに!!」」
「青き盟約のままに」
ん?青き盟約ってなんの話しだ?
僕が質問する暇もなく、アリスに手を引かれてその場から歩き出す。
衛兵の2人はずっと膝を突いたまま僕らを見送り、アリスが呼び出した空間魔法の《転移門》で、我が家へと帰還するのだった。
色々と、聞きたい事ができてしまった。
我が家こと、ダンジョンに帰ってきた僕とアリスは、邪魔の入らないように僕の部屋で2人向かい合って椅子に座っている。
椅子なんてなかったはずなんだけど.....
「あのさ、アリス?」
見事な所作で紅茶を淹れたアリスに、僕は質問を始めた。
まずは『青き盟約』についてだ。
「....ウィル様の小さな脳みそでは忘れてしまっておられるようですが、青き盟約とは、人族と調停者の魔族が結んだ盟約の事です」
毒舌を踏まえてそう切り出したアリス。
話しを聞くに、どうやら取扱説明書に書かれていた内容そのままのようだ。
曰く、人族と亜人族が最終戦争を起こさないように魔族が見張るといった内容。
魔族が戯れにダンジョンを造るのも、これが関係しているらしい。
ウィルさんの記憶では、おじぃちゃんから命令されて性技だなんだと言われていたけど、どうもこっちが本当の理由なのか。
それと、アリスが使った空間魔法の《転移門》だけど、僕が見落としていただけで僕にも使える。
ただ、行った事がある場所にか行けないみたいでそこがちょっと不便だ。
「ウィル様。私も質問してもよろしいでしょうか?」
「うん?」
紅茶を啜った僕に、アリスは畏まって聞いて来た。
これまたどこから持ってきたのか、丸テーブルに対面して座ったアリスは、言いにくそうに俯き、ボソボソと話し始める。
「....ウィル様は、私に隠し事をされていますね?」
ドキンと心臓が高く跳ねた。
やっぱりアリスは気付いていたのだろう。
僕と――山吹真とウィル・ア・テラが入れ替わっていた事を。
「....聞いて、くれるかな?」
「はい」
神様には止められたけど、僕は全てをアリスに明かした。
昨日の朝からウィルさんと入れ替わった事を。
前世の僕は異世界人で、病気を患い死んだ事を。
そして、神様の気まぐれなのか優しさなのか、自由を望んだウィルさんと入れ替わり、これからウィル・ア・テラとして生きていかなければ成らない事を。
アリスは黙って話しを聞き、時折涙を流してハンカチで拭う。
僕はそんなアリスを慰める事もできずに、ただ淡々と事実を告げた。
「....では、ウィル様はもうこの世界にはいらっしゃらないのですね?」
どれだけの沈黙が続いたのだろう。
掠れ声でアリスが紡いだ言葉が、僕には落胆した様に聞こえた。
「うん。本物のウィルさんは、念願叶って別の世界で鳥として自由に大空を飛んでいるみたいだよ。僕はそう、本人から聞いた」
あの時に出会ったウィルさんは、夢が叶った事を本当に嬉しそうに話していた。
鬱屈としたドラゴンの人生よりも、自由に空を飛びまわれる鳥に成る事を選んだんだ。
僕は、ウィルさんの記憶で痛いほどによくわかる。
お父さんではなく、孫の僕達兄弟に王位を譲ると決めたおじぃちゃん。
ウィルさんは、生まれながらにそのプレッシャーに苛まれていたんだ。
第二王子。
王位継承権第二位。
お兄ちゃんが居る限り、ウィルさんに竜王の座は巡って来ないけど、それでも幼少教育は凄まじいものだった。
家族の期待。
家庭教師の猛教育。
どれもが幼いウィルさんを押し潰すのに時間はかからなかっただろう。
「そう、ですか....」
ウィルさんがいなくなった事を嘆き悲しんでくれたのか、アリスがポトリと涙を流す。
そこまでウィルさんの事を一途に...なんて思ったのも束の間。
アリスが突然笑いを始めた。
「フフフ......」
「あ、アリス?」
「ククク......」
どうしよう、なんか怖い。
「ハーッハッハッハ!!!!!」
三段笑い!?
「そう!!そうなのね!!あの陰険引き篭もりがついに倒れたのだわ!!」
うわぁ...仁王立ちで腰に手を当てて高笑いする人を初めて見たよ。
というか、今まで猫を被ってたの?
なんか、キャラのギャップに着いて行けないよ。
「あの、アリス?」
「なによ!!」
思いっきり睨まれ、ビシッと指を刺されて、思わず仰け反ってしまった。
あまりにも違いすぎる。
僕が好意を寄せていたアリスは、どこへ行ってしまったというのだろうか!?
「あんたはウィルであってウィルじゃないんだわ!!これで私は自由よ!!もう婚約者でもなんでもないんだわ!!」
ん?婚約者ってなんの事?
「ウィルの記憶があるなら知ってるんでしょ!!私がウィルの婚約者だってこと!!」
なにそれ!?
まったく知らない話なんだけど!?
僕がその事を告げると、アリスはフンッと鼻を鳴らし胸を反らせる。
豊満な胸が強調され、思わず見入ってしまうのをなんとか我慢する。
「何よ!!知らなかったって事なの!?だからウィルは一緒に暮らし始めても私に指一本触れなかったのね!!」
いや、ウィルさんがアリスの事を好きじゃなかっただけなんじゃ....
もちろんそんな事は口が裂けても言えないけど。
「....やっぱり私みたいな駄肉は魅力無いんだわ」
急にシュンと落ち込むアリス。
駄肉って胸の事かな?
僕には魅力的に見えるんだけど。
「あのさ、アリス?」
「なによ!!」
「僕にはアリスがとても魅力的に見えるよ?」
「えっ!?」
何を驚いているのだろう?
アリスはどこからどうみても美しい女性だ。
「だって、すごく綺麗な赤い髪をしているし、緋色の瞳は見ているだけで力強さを分けてもらえる気がするし、スタイルだって抜群で、その...」
う~ん、恥ずかしいけど、言っちゃえ!!
「僕はアリスの事、好き、だよ?」
人生初の告白。
出会ってたったの2日だけど、アリスはとても魅力的だ。
ウィルさんの記憶があるから僕にはわかる。
献身的な彼女も、猫を被っていた彼女も。
アリスはいつも一生懸命で、ただただウィルさんの事を想っていた。
願わくば僕に対しても同じだったらよかったけど、今はいないウィルさんに嫉妬しても仕方がない。
だから、さっきアリスが言った自由って言葉は撤回してほしい。
できれば、これからも僕の傍に居て欲しい。
だって、僕はアリスの事を手放したくないから。
「な、なな、何突然言ってるのよ!!す、好きって、わ、私の事!?あ、あんた私の事なんて知らないじゃない!!そ、それに、わ、私の事綺麗なんて....」
「えっと、確かに僕とアリスは出会ったばっかりだけど、僕はウィルさんの記憶があるから、昔のアリスの事はよくわかってるつもりだよ。
それに、アリスは本当に綺麗だと思う。美人だし、お、お嫁さんにするならアリスみたいな人がいいなって思う、よ?」
自分で言ってて、恥ずかしすぎて溶けてしまいそうだ。
だけど本心なんだ。
きっとアリスの心にも届いてくれる。
そう、思うんだ!!
僕の言葉を聞いたアリスが真っ赤に赤面して、可愛らしく組んだ手をモジモジと交差させる。
その仕草もまた僕の好意を擽るもので、思わず立ち上がりアリスを抱き締めてしまった。
目を見開いて驚愕の表情を浮かべるアリス。
お互いの体温も吐息さえも感じられる距離に、鼓動が脈々と高なっていく。
お母さんが言ってたんだ。
好きな子ができたら、諦めるな!!
押して押して押していけ!!って。
「はわわっ!?だ、ダメよ!!お、お風呂だって入ってないし、ま、まだそういうのは早いわ!!そ、それに出会ったばっかりだし....」
普段僕の裸を見ても平気なくせに、アリスはかなりの奥手みたいだ。
かく言う僕も奥手なんだけど、今手を離したらアリスがどこかに行ってしまいそうで....
「あ、あのね、アリス。ぼ、僕、女の子に告白なんてした事無いんだ。だ、だから、なんて言ったらいいのかわからないけど....
こ、これからも僕の傍に居て欲しい!!い、一緒に世界を見てみたいんだ!!」
今できる精一杯の勇気を振り絞り、僕はもう一度アリスに告白した。
出会って間もない間柄なのに、ウィルさんの記憶のおかげかすんなり本心を言えたと思う。
これが山吹真。
異世界でウィル・ア・テラとして転生した、僕の初めての告白だった。