第2話 住処はダンジョン
真っ白い空間に沈黙が灯る。
今、僕の前には学校の校長室に置いてあるような応接セットが並べられている。
豪華なマホガニー製と思われるローテーブルを囲み、3人の人物が低反発のソファに腰掛ける。
そこにボクと白銀髪を無造作に背中へ流す幼い少年の姿の自称神様。
それに――黒髪黒目の端整な顔立ちの青年。
「アハハ♪そう畏まらないでよ真君♪」
場の空気も何もかもを読む事なく、実に楽しそうな自称神様。
突然異世界で魔竜族のウィル・ア・テラとして転生した僕は、女性剣士とミノタウロスの戦闘の後に従者兼侍女のアリスに連れられて、洞窟の一室へと足を運んだ。
そこには80人の女性が壁に鎖で繋がれていて、虚ろな瞳で虚空を見上げているというなんとも言えない光景が存在していた。
そして、アリスに告げられた言葉。
『さぁウィル様?好きな女を抱いて性技を高めて下さい』
いったい何を言い出したのかまったくわからなかった。
性技ってなんだよ。
数瞬時が止まったボクは、ようやく頭を振って現実逃避から逃げ出す事に成功する。
そこで詳しくアリスを問い詰めると、予想だにしていなかった答えが。
『何をおっしゃっているのですか?ウィル様?ダンジョンを築き人族の女達を捕らえてウィル様の側女とする。
それは魔竜族の伝統であり慣例ではございませんか?』
なんだその慣例は....
そんな事を考え出したヤツを小一時間問い詰めたい。
だいたい好意の無い性交にどんな意味があると言うんだか....
その後アリスの言葉を要約すると、魔竜族の特に王位を継ぐ資格がある男性は何十年も何百年も何千年もそうして来たそうだ。
そして僕自身も祖父――現魔竜族統括竜王ガーランド・ア・テラ――からダンジョンを築き、人族の女を集めて性技を学べとお達しがあった。
だからこそ400年前にボクがこの地にやって来てダンジョンを作ったと....
色々気になる事はあるけど、ボクっていったい何歳なんだろうか?
400年前にこの地に来たって事は、少なくとも400歳以上なんだよね?
アリス曰く「魔竜族は長命ですから」らしいけど、その一言で済ますのってどうなのさ...
アリスに連れられ対面した女性達に、ボクが下した決断は解放だ。
想いのない行為に意味は無いし、ムリヤリ手篭めにするなんてもってのほかだ。
僕自身そういった行為をした事も無いし、欲求は――あるけどさ。
それでもムリヤリはダメだ!!
今までのウィルがどうだったか知らないけど、少なくとも今は僕がウィルなんだから、僕の好きにさせてもらおう。
それに、どうやら僕には許婚が居るらしいし....本当に前のウィルってどんなヤツだったのやら。
話は戻って自称神様の事。
そして、僕と対面して座る青年。
それはまさしく――ウィルだ。
「えっと、神様?」
「うんうん?何かな?」
なんか物凄く楽しそうだな、この自称神様。
「この人、ウィル・ア・テラですよね?」
「そうだよ~♪真君が来る前までウィルとして生きてきた正真正銘のウィル・ア・テラだよ~♪」
「それが、なんで僕と今平然と対面してお茶飲んでるんですか?」
僕と自称神様の話しなんてどこ吹く風。
本物のウィルは我関せずを貫き、熱いお茶をズルズル啜り満足そうに溜息を吐いている。
「それはね?真君が会いたそうにしていたからじゃないか~♪色々聞きたい事があったんじゃないかな?かな?」
ごめんなさい、お母さん。
汚い言葉使いをしないように言われてましたけど、今だけは言うというか思います。
この自称神様うざいです。
「はぁ.....神様には色々言いたいですけど、せっかくの機会なので小言は言いません。
えっと、ウィルさんと呼んでいいですか?」
「ん?何だ?」
「話せる範囲でいいので、色々教えてください。まず、ウィルさんは魔竜族なんですよね?」
「そうだ。俺は魔竜族の第2王子ウィル・ア・テラだった。今は君のおかげで別の世界で鳥として自由を謳歌させてもらっているよ」
はい?
鳥ってどういうこと?
「ウィル君は今ね~ 長年夢だった鳥として転生しているんだよ~♪」
「神様の言う通りだ。俺はずっと自由に空を飛びたかった。何者にも縛られず、どこまでも続くあの大空を鳥の様に自由に飛びたい。
その願いを叶えてくれたのが、神様であり、君だ」
「はぁ....」
まったく何を考えているのかわからない。
そもそもドラゴンなんだから空なんて飛べただろうに、今更自由に空が飛びたいとか何を言っているんだか。
「アハハ♪真君の気持ちもわかるけどね♪ウィル君の立場ではそれができなかったんだよ♪」
もしかして自称神様は僕の考えてる事がわかるのだろうか?
言葉に出してないのに答えが返ってきたよ?
「えっと、どういう事ですか?」
「それは俺が話そう。俺が魔竜族の王子だという事は先ほど言った通りだ。
君が俺の代わりにあの世界へ転生したのだから、これから先降り掛かる出来事にも関連する事だ」
物凄く嫌な予感しかしないけど、ウィルさんの話す事は僕の予想の斜め上を行っていた。
なんでも、ドラゴンというのは絶大な力を持ちその力故に自由がなかったとの事。
魔竜族の王子としての立場もそうであるし、一族を預かる祖父の決定は何人にも覆す事などできない力を持っている。
ウィルさん自身も嫌々ではあるものの、慣例に習ってダンジョンを造り400年の月日を日も差さないあのダンジョンに篭って生活をしていた。
ただ、ささやかながらの抵抗で、人族の女性を抱く事はなかったそうだ。
女性ではなく男性が好きなのかという問いに対して、物凄く激怒されたけど、僕にはとても好感が持てた。
童貞仲間として熱く握手を交わしたのは言うまでもない。
そんな事より、もっと大切な話しだ。
近々その傍若無人な祖父との謁見が控えており、自称神様からの提案に一も二もなく飛び付いたのが現状。
その理由がまたなんとも言えないもので、400年の月日が経過したにも関わらず、ウィルさんはたいした評価を上げる事もできなかった。
それに業を煮やした祖父が今回の謁見を言い出し、あれよあれよという間にウィルさん自身が窮地に陥ったと。
いったい僕に何を期待しているのだろうか?
僕にどうしろと?
「そこで、だ。俺はもう新しい生活を手放す気は無い。俺の長年の夢を誰にも奪われたくないからな」
「それじゃ、僕にその祖父とかいう人をなんとかしろと?」
「そうだ。何、難しい事をしろと言っている訳ではないぞ?要するに祖父に認められ納得させれば良いだけだ。
俺には無理だが、君にならできるだろう?なにせ、あの世界は君の第二の人生そのものなのだからな」
なんていう言い様だろうか?
他力本願も甚だしいとはまさにこの事を言うのでは?
「アハハ♪まぁまぁ、真君もそんなに身構えなくていいんだからさ♪大丈夫大丈夫♪その辺は神であるボクがなんとかするよ♪」
「....本当ですか?」
「なにかなぁ?その間は?もしかして、ボクの事を信用していないのかなぁ?自称神様なんて思ってるくらいだしぃ?」
クッ....
やっぱり僕の頭の中を読んでるんじゃないか!!
まったく油断できない自称神様だ!!
「とりあえず、俺にはもう関係の無い話しだ。君とはもう会う事も無いのだからな」
またも我関せずといった風にお茶を啜り、ニヤリと笑みを零すウィルさん。
僕が怒ってもいいところだと思うんだけど、隣に座るニヤニヤ顔の自称神様が実に気味が悪い。
「....とは言っても何もわからないままでは辛いだろう。これに俺の記憶を転写してある。
使い方は神様に聞いてくれ。それでは、俺は行くぞ?」
「うん♪ウィル君も楽しい人生を謳歌するといいよ♪」
「ああ.....2人共、感謝する」
そう言い消える様に姿を消したウィルさん。
最後の言葉は掻き消える程小さな呟きだったものの、僕と自称神様にはしっかりと聞こえ、不器用なウィルさんなりの感謝の言葉だったみたいだ。
「さ・て・と。それじゃ、真君には色々と教えなきゃいけないね。まずはウィル君の記憶を脳に直接送るとしようか♪」
ウィルさんが置いて行った白珠の水晶玉を左手に、何やらゴニョゴニョ言い始める自称神様。
やがて水晶玉が淡く輝くと、空いた右手を僕のおでこに当てて何かを送り込まれるような感覚に包まれる。
それは、まさしくウィルさんの記憶であった。
中世の王城を思わせるような巨大な石作りの白亜の巨城。
凝っているのかなんなのかわからないけど、上空から城へ近づき天守近くの一室へと視界が巡る。
そこには沢山の人が寄り添う様に佇み、満面の笑みを零して揺り篭を囲む。
赤ん坊の泣き声。
それはウィルさん本人であり、赤ん坊を次々に抱き上げ話し掛ける声。
『元気な男の子だ!!』『鼻は陛下ソックリね!!』『うむうむ!!実に利発的な子じゃ!!』
一様に聞こえて来るのは、ウィルさんが産まれて嬉しいという祝辞の言葉。
歳若い2人の少年少女がウィルさんの兄姉だろう。
満足そうに頷くお兄さんに、おすまし顔で喜びを隠すお姉さん。
傍から見ているととても和やかな雰囲気なんだけど、おかしな点が結構ある。
まず、翼膜付きの翼が生えていたり、悪魔みたいに三角棘の付いた尻尾があったり。
壁に控える従者だかメイドさんだかは角が生えていたりなんともファンタジーだ。
本当にウィルさんはドラゴンなんだね。
だって、赤ん坊の背中にも翼と尻尾が生えてるよ。
それも、爬虫類みたいな野太い尻尾が。
「.....真君?」
場面は誕生から幼少期に変わり、ウィルさんは王城でそれは大事に育てられていた。
教育というものも家庭教師が教えていて、ウィルさんは我が侭1つ言わずに淡々とこなしている。
ただ、病気のせいで満足に学校にすら行っていない僕が言うのもなんだけど、ウィルさんの自我が薄いような気がする。
子供ってもっと自由に悪戯したり我が侭言ったりするものじゃないかな?
それなのに、ウィルさんは機械的なロボットみたいだ。
言われた事を忠実に、家族団欒の間もほとんど無言。
家族が懸命に話し掛けても我関せずを貫いて孤立していると言っていい程だ。
家庭教師は『優秀です』なんて褒めているけど、ウィルさんは冷めているというかなんと言うか。
これを自我が薄いと言わずになんと言うのだろうか?
それでもウィルさんはすくすくと育ち、ようやくダンジョンの話しだ。
『ウィルよ。お前に話しがある』
厳粛な作りの謁見の間で、祖父であるガーランド・ア・テラからウィルさんがある提案をされた。
それは一族の慣習である一定の年齢へ成長した為に自分の住処――ダンジョンを造れというお達しだ。
そこで人族の女性から性技を重ね、ドラゴンとして一回りも二回りも大きく成長し許婚と婚姻を結べというものだった。
『ウィルならばできると信じておるぞ』
そう告げてウィルさんを見送るおじぃちゃん。
威厳ある態度と裏腹に、その瞳には孫の行く末を心配する温か味を感じる。
なんだ。
ウィルさんは怖がっていたけど、良いおじぃちゃんじゃないか。
それも当然だよね。
なにせ、家族なんだから。
「....真君?」
そしてこの地に居を構えて400年。
王城から手配されたアリスの手を借り、ウィルさんはおじぃちゃんの言いつけを守ってダンジョンを築きあげた。
だけど、僕にはとても寂しい時間だったのだと思う。
何もしたい事ができずに、ただただ時間だけが過ぎていく。
ダンジョンを出て《竜化》しようものなら、麓の人族の領地から討伐軍が派遣されウィルさんを拒絶する。
豪雨のごとく降り注ぐ夥しい量の弓矢。
魔法使い部隊が業火を撒き散らし、こっちに来るなと言わんばかりにウィルさんへ火炎を放つ。
ウィルさんはただ、空が飛びたいだけなのに。
それすらも許されない悲しい世界。
人族にとって絶大な力を持つドラゴンは脅威なのだろう。
それはわかる。
だけど、敵対する意思の無いウィルさんに対して、この仕打ちはあんまりじゃないだろうか。
ダンジョンに進入――やって来る――する人族に対して、ウィルさんは真摯に対応していたというのに。
誰も殺さず武器や防具の類を奪い入り口へと連れて行っているというのに....
そうか。
ウィルさんは、この世界に幻滅してしまったのか。
それでどういう訳か神様に出会い、自らの夢を叶えてもらったんだ。
そこへやって来たのが僕で、これからウィル・ア・テラとして生を紡ぐ。
あの感謝の言葉には、言い表せない程の想いが篭っていたんだね。
だったら、僕は――
「真君!!!!」
「わぁ!? な、なんですか神様!?」
「ずっと呼んでたのに無視したのは真君じゃないか!!ひどいよ!!」
どうやらウィルさんの記憶を見ていた間に自称神様を無視していたみたいだ。
しょうがないじゃないか。
これから先、僕は第二のウィルさんとして生きて行かなきゃいけないんだから。
「また自称神様って言ったね!!せっかく力をあげようと思ったのに!!
そんな事を言うならあげないんだからね!!」
なんといツンデレ....
同性でそんなツンデレいらないんだけど....
「えっと、無視していた訳じゃないんです。ウィルさんの記憶を見ていただけで」
「そんな事わかってるさ!!だけど、無視する事ないだろう!!」
うわぁ...お冠だ。
正直めんど――いやいや!!そんな事言ったら益々機嫌が悪くなっちゃうよね!!
ここは1つ....
「ごめんなさい、神様。もう自称神様なんて思いませんから」
「....本当に?」
「はい。僕をこの世界に連れて来てくれて、感謝していますよ?神様」
「え、エヘヘ~♪ そ、そうか~?いやぁ~感謝だなんてそんなぁ~♪」
神様....ちょろすぎじゃありませんか?
というか身をクネクネしないでください。
看護師さんが言ってた『ショタ趣味』なんて僕には無いんです。
そういえば、病院で入浴するときやたらと僕の身体をベタベタ触ってたっけ。
アレって、そういう意味だったのかな?
「お、おっほん!!それじゃ、敬虔な真君にはスペシャルな加護を与えちゃおう♪くるりララ~♪」
気の抜ける効果音を口にしながら、神様はクルクルとその場でターンを決めて僕に加護を与えてくれた。
見た目に変化はまったくない。
神様曰く「ボクの加護と祝福さ♪」なんて言っていたけど、よく意味がわからない。
ただ、それ以上詳しく聞く前に時間が来てしまい、僕は目覚める事になった。
「んっ....」
網膜に映るぼんやりとした明かり。
肌触りの良いシーツから衣擦れの音がして、僕の意識は覚醒された。
上体を起こし目を開ける。
そこは3度目の光景が広がっていた。
天井から吊り下げられた、魔道具のランタンからは青白い明かりが漏れ出ている。
石造りの室内に石畳の床。
外へ繋がる窓は一切無く、壁には木製の扉がポツンと1つ佇んでいる。
そして、僕自身は柔らかなベットの上で上半身を起こし、クローゼット横の姿見で自身を映し見る。
黒髪に黒目。
端整な顔立ちにスッと通った鼻筋。
年齢的には15~18歳くらいだろうか?
少年と青年の丁度中間くらい。
昨日ダンジョンに捉えられていた女性達を解放するよう指示して、アリスと別れた時のままの姿。
紛れも無い転生したウィル・ア・テラだ。
コンコンッ
室内に居る僕に気を使った、控えめに扉を叩くノックの音。
僕が知る限りこの部屋へやってくるのは1人だけ。
それは――
「おはようございます。ウィル様」
そっと扉を開き姿を見せたのは案の定アリス・ヴァン・フォルス。
燃える様に長く赤い髪を背中部分でリボンに結び、何か強い意思を秘めた緋色の瞳が僕を見詰める。
律儀に挨拶をするその所作からわかる通り、礼儀作法に一寸の隙も感じられない。
豊満な胸にくびれた腰つき。
安産型とは言えないけれど、キュッと上がったお尻はなんだか手を伸ばしたくなる――って、これじゃエロおやじだよ!!
「おはよう、アリス」
失礼な事を考えていたから、努めて爽やかな笑顔で挨拶を交わし、着替えようとベットを抜け出てそこで気づく。
ハラリとシーツが流れ落ち、露にされる自身の身体。
肌色の部分がやけに多い。
そう、紛れも無く――僕、全裸だ。
「.....ウィル様。あの雌豚達を解放したのは、私に手を出すためだったのですね?汚らわしい」
「ぐぅ....」
まったくそんなつもりはなかったんだけど....
っていうか、なんで僕全裸なんだ?
寝る前はちゃんと服を着ていたはずなのに....
脱いだはずの服も無いし、いったいどういう事!?
「変態!!変態!!早く服を着て下さい!!このケダモノ!!」
「うぅ....」
いくらなんでも言いすぎだよ。
これって僕が悪いのだろうか?
そもそも着ていた服はどこに?
寝間着代わりの白いシャツは....
「アリス、僕の服は?」
「昨日着ていらした服は昨夜のうちに洗濯しておきました!!」
ん?洗濯しておきました?
って事はつまり――
「.....寝間着にしてたシャツを脱がせたのって、アリスだよね?」
沈黙。
アリスは悪戯が見付かった子供の様にブルブルと小刻みに震えだし、視線を僕から逸らして口笛を吹く。
実にわかりやすい態度に、温厚な僕もさすがに擁護のしようがない。
それよりも寝ている間にアリスに忍び込まれて服を脱がされるなんて、思ってもいなかった事だ。
これがもしアリスじゃなくて暗殺者だったらと思うと.....
身震いがしてくるね。
ファンタジー世界なんだもん、僕の常識では計りきれ無い事がいっぱいありそうだ。
これからは気を付けよう。
だって――僕はここに閉じ篭る気なんてないんだから。
「はぁ...アリス、怒らないから服を持ってきてくれないかな?」
「...畏まりました」
渋々といった感じで部屋を出て行くアリス。
去り際に僕の股間に視線が集中していたけど、そんなに見たい物なのかね?
男なら誰にでも付いている物なんだけど。
しばらくして戻って来たアリスから服を受け取り、甲斐甲斐しくお世話をして僕に着させてくれた。
病院に入院していた頃は介護士さんがよく手伝ってくれていたから、着せられる側の僕も手馴れたものだ。
問題は、服だけど。
なんだかよくわからない素材の茶色いブーツに、黒いスラックス。
白いシャツの上に豪奢で真っ赤なベストで着飾って、さらに今日も純白のマントを羽織らされた。
どこぞの王子様ですかとアリスに問い詰めたい。
着替え終われば朝食だ。
今日は「ベットで」なんて言わずに昨日案内された洞窟に造られた食堂へと案内された。
昨日も思った事だけど、さすがは地底に存在するだけあって窓の類は皆無で、室内を照らす青白い光を放つ照明器具が柔らかな光を称えている。
そんな事はさて置いて、壁際に控えるメイド達が気になる。
僕の記憶が確かなら、彼女達はこのダンジョンで捕らえられた冒険者と言われる者達のはずだ。
解放するように言ったはずなんだけど....
「ねぇアリス?」
「なんでしょうか?ウィル様」
「あの子達って....」
アリスと同じ、めいっぱいフリルの付いたフリフリ衣装のメイド服を着た集団を一瞥してそう問い掛ける。
話している間にも僕のお世話を粛々としてくれるのだけど、目が合うと恥ずかしそうに照れ始めて――
「冒険者だよね?」
「おっしゃる通りです」
「なんで侍女の真似事してるの?解放するように言ったよね?」
「はい。ですが、この者達はウィル様に仕えたいと自分から望みましたので」
ん~っと、どういうこと?
開放されて自由になりたくないのかな?
「....発言する事をお許しいただけますでしょうか?」
美味しそうに湯気立つ紅茶を淹れたメイドの1人が許しを乞う。
彼女は確か昨日ミノタウロスに倒された子だったかな?
「いいよ。何かな?」
「ありがとうございます。不躾ですがご主人様。どうか私達を召し抱えていただけませんでしょうか?」
昨日見た勇ましさなんてまったく見せず、長い金色の髪を三つ編みに結いあげて美しい佇まいと所作で頭を垂れる。
一瞬見惚れてアリスに窘められ、ゴホンと咳払い1つ首を傾げた。
「理由を聞いてもいいかな?」
「はい。私は浅ましくも先日魔物に破れ醜態を晒してしまいました。
もう助からないと思った矢先に、ご主人様の優しさに触れ着いて行くならこの人だと、そう思ったのです」
ようするに、命を救われたから着いて行きたいって事か。
まぁそれだけならいいんだけど、なんで頬を染めているのかな?
ショタ好きの介護士さんの事を思い出しちゃうよ?
「私は知りませんでした。このダンジョン奥深くに住む古のドラゴンが、まさかこれほど慈悲深く容姿端麗な――」
「ストップ!!」
「なんでしょうか?何か気に障る事を言ってしまいましたでしょうか?」
「ああ、いや、そんな泣きそうな顔をしないでいいから。えっと、容姿端麗って僕の事かな?」
「は、はい!!ご主人様はとてもその.....カッコイイです...」
いや、そんな小声で赤面してまで言わなくていいから。
というかメイド全員でなんでそんな惚けているのか....
僕の今の顔はそんなに優れているのかな?
黒髪黒目の目鼻立ちが整っているだけで、どこにでもある普通の顔だと思うんだけど...
「ウィル様。昨日からどこかおかしいようですがはっきり言わせていただきます。
ウィル様の顔はカッコイイです!!魔竜族の第2王子として生を受けてから、いったい何人の女性から婚姻の話しが出た事か」
う~ん....そういえば、ウィルさんの記憶の中で何人かの少女と顔合わせをしてたっけ。
許婚とかも居るんだよね。
って事は、この世界ではウィルさんの容姿は優れた部類に入るんだ。
でも、失礼だけどウィルさんくらいの容姿なら現代日本に沢山居ると思うんだけどなぁ。
「ん~...そうなんだ」
「そうなんです!!漆黒の髪と吸い込まれる程に美しい黒い瞳!!私達は一目見てご主人様に全てを奪われてしまいました!!」
「ち、近い!!近いから!!」
「こ、これは失礼しました」
名残惜しそうに距離を離す彼女を、壁際に控えるメイド達が血走った目で睨み付ける。
聞けば、彼女は麓にある人族が治める【アドリアーヌ王国】のクライブ・ロレア・ハウル男爵家から依頼されて、遠方の小街からやって来たらしい。
元々は貴族家の一員だったそうだが、父親の代で没落して冒険者を生業としていたとの事だ。
末端とはいえ元貴族だから所作も洗練されているし、武術の心得もあった。
他のメイド達も似たり寄ったりで、商家の三女やら農家の六女なんて大家族の子も居た。
「みんなの気持ちはわかったけど、知っての通り僕は人ではなくドラゴンだ。
好んで人族と敵対する意思は無いけど、やんごとなき理由で敵対せざるを得ない場合もある。
その場合はみんなを逃がすくらいしかできないけど、それでもいいかな?」
「「「「「はい!!」」」」」
揃って肯定されたけど、本当に良いんだろうか?
その答えは、アリスが教えてくれた。
「ウィル様がお決めになった事ですから私はそれに従うまでです。
幸い財宝はたんまりとありますから、この者達に給金の類も問題ないでしょう。
予算は潤沢にあります。
ですがウィル様?」
「なにかな?」
「雌豚を側女に添えるつもりでしたら、私に一言申し付けてからにしてくださいね?」
と、刺々しいよアリス!!
それに雌豚じゃなくてメイドさんだよ!!
「わ、わかった」
「では、1人づつ挨拶をしなさい」
そこから彼女達が一人づつ名乗り出て顔合わせというか対面を済ませた。
リーダーと言うか、彼女達をアリスの代わりに纏めるのはさっきから代表して話していたエイナ・ハーベストだ。
絹の様に細長い金髪を三つ編みに結わえて、元冒険者としては異質なキメ細やかな白い肌をしている。
19歳で胸は豊満とは言えないけど、それはアリスが傍に居るからそう思うのだろう。
次に挨拶をしてくれたのはお下げの可愛い紫色の髪のアデルイングボード。
見た目幼女然としているけれど、人族は15歳で成人するかられっきとした淑女で17歳だそうだ。
他にも白髪のエイミー・ロハスや、青髪のブリジット・アンサーを紹介されたけど、街娘っていう印象がとても強い。
普通の一般市民って感じ。
昨日解放するように言った80人程のうち、驚く事に解放を願い出たのは半分の40人も居なかった。
開放された子達は、精神魔法で記憶を消してから順次解放するとの事だ。
残りの人はどうしたのか?と聞くと、まだメイド業に従事できるだけの素養が無いので教育中なのだとか。
アリスの目がやけに光っていて怖かったけど、彼女達を見るにそこまで怖い事はしていないだろう。
というか、そう思いたい。
だって、彼女達がアリスを見る目が恐怖に淀んでいるのだもの。
大丈夫だよね?
「この者達はしっかりと私が教育しますから、ウィル様のお手を患わせる事はございません」
はっきりと言い切ったアリスは、どこか誇らしげに豊満な胸を反らせる。
メイド服を着ているのにも関わらず、ぷるんと揺れる魅惑的な代物に、思わずその胸に手を伸ばしたく――いやいや!!それじゃエロおやじだから!!
いつか僕の理性では抑えられなくなったら....その時が僕の最後かもしれない。
軽食とも言える朝食を終え、エイナに淹れてもらった食後の紅茶を飲みながら情報を集める。
僕の住まいであるこのダンジョンが存在するのは、人族が治める【ティマイオス大陸】という場所らしい。
先に出た【アドリアーヌ王国】に並び、【シャンタル皇国】が存在し、二ヶ国が協力して治めている。
両国の関係は良好で、その理由に大陸北部に存在する【クリティアス大陸】が一役買っている。
それは、人族と亜人族の関係だ。
【クリティアス大陸】は亜人族が治める地であり、時折人族との間で小競り合いが起きる。
根深い歴史背景があるのだが、それは今の僕には関係無い。
戦争を起こすくらいの大規模な話しだし、今更どうこうできる問題じゃないだろう。
なにより、全面戦争なんて起きないそうだから。
だって――
「十支族は世界の調停者ですから」
との事だ。
僕もそうだけど、魔族と言われる魔竜族や悪魔族などの十支族が、人族と亜人族の大陸を取り囲む様に大陸を造り国家を築いている。
傍目には魔族が人族や亜人族を管理や監視をしている様に見えるけど、実際はまったく違うそうだ。
万が一、人族と亜人族が滅亡する様な事が起きないように世界の防波堤として存在しているだけで、武力介入なんて過去に一、二度だけの話しだ。
全ては神様が決めた事らしいんだけど....あの神様だろうか?
本当にそんな力があるのか、実に疑わしいんだけど...
「そう言えば、シャンタル皇国で『勇者召喚の儀』を執り行なうと噂がありました」
「なにそれ?」
「ご存知ありませんか?」
「うん」
「でしたら私が――」
「いいえ!!私がお話します!!」
「ずるいですわ!!」
「私もご主人様と話したい!!」
女三人寄れば姦しいと言うけれど、その比じゃないね。
僕はこの光景を知ってる。
あれは、病院の中にあった院内学級だ。
例に漏れず、僕も小学校とか通えなかったからそこでお世話になったんだけど、年少の――特に小学校にもまだ上がってないような子達は「絵本読んで読んで」ってうるさかったっけ。
でも、アレはアレで楽しかったなぁ。
鼻からチューブ刺して酸素ボンベ引き摺ってたり、点滴したままだったり普通じゃないのはわかってたけど、僕も透析でなかなか身体が動かなかったし。
みんなどうしてるかな。
気の強いアミちゃんは仲良くやってるだろうか?
いつも僕の膝の上に座って泣いてたっけ。
「いい加減にしなさい!!ウィル様の前で何をしているのですか!!」
僕が思い出に耽っていた間も彼女達の言い合いは続いていたみたいだ。
アリスに一喝されてシュンとなる彼女達も申し訳なさそうに俯いてる。
そこまで怒る事もないとは思うんだけど、今のアリスはなんだかとっても怖いので触れないでおこう。
ヘタレでごめんね?
「ごほん!!よいですか?ウィル様」
「ああ、うん」
「勇者とは異世界から召喚された者の事です。人族の中には魔族に統治される事を望まぬ者達が少なからず居ます」
「まぁそうだろうね」
「はい。ですから、そんな中で魔族に対抗する為に抗い、浅ましくも勇者と言う不全の者に縋るのです。
かの者達は率先して魔族と戦う愚かな者です。ウィル様も努々お忘れる事無く気をつけてくださいませ」
なんというか、アリスにとって勇者はまるでゴミの様な存在なんだね。
まぁ魔竜族の僕に仕えているんだから当然と言えば当然なんだけど。
それにしても勇者かぁ。
本当にこの世界はファンタジーなんだなぁ。
って待てよ?
異世界から召喚されるって事は、僕と同じ異邦人なのかね?
殺し合いなんてしたくはないけど、もしそうなったら――
仕方が無いのかな?
それがこの世界のルールなんだろうし。
「ところで――痛ッ!?」
「ウィル様!?」
勇者の事を詳しく聞こうとしたら、目に激痛が奔った。
まるで眼球に直接針を刺したような鈍痛に、思わず両目を掌で覆う。
カキ氷を一気に食べた様な頭痛を併発し、何度も深呼吸して痛みを噛み締める。
しばらく――かなりの時間を費やして、ようやく痛みが治まり目を開けると世界が一変していた。
何がって?
それは――まるで、ゲームの世界に迷い込んだようなそんな感じだ。
突然痛みを訴えた僕を心配そうに覗き込むアリス。
その頭上には、拡張現実の様に名前や種族、ジョブにHP・MPが浮かび目を凝らすとスキルまでもが目に見えた。
名前 :アリス・ヴァン・フォルス
種族 :聖竜族
ジョブ:魔法使い 魔道士 召喚士 メイド
LV :82
HP :2514
MP :3820
力 :354
敏捷 :654
体力 :357
知力 :783
魔力 :1065
パッシブスキル
格闘術
棍術
杖術
統率
索敵
夜目
敏捷上昇
身体能力激化
敏捷強化
防御力強化
聴覚強化
魔力強化
消費MP半減
HP回復速度強化
MP回復速度強化
魔法耐性
属性耐性
状態異常耐性
アクティブスキル
闘技
棍技
杖技
白魔法
黒魔法
空間魔法
召喚魔法
結界
咆哮
魔力感知
魔力覚醒
魔力開放
魔力操作
固有スキル
聖竜眼
竜化
皮膚硬化
神の友
並列思考
なんだこれ....
訳が分からない。
目の前に並ぶ文字の数々。
理解できない状況に、混乱する僕へ話しかける人物が。
それは当然――