表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生まれ変わりはドラゴンで  作者: 椎名 隆次
第一章 転生先はファンタジー世界
10/11

第9話 告白


 アリスの暴走という暴挙があったものの、宴は和やかな雰囲気のまま終演を迎えた。

 印象深いのは、旧友と再会したベラとメイド達。ではなく、やはり子供達の笑顔だろう。

 何度も感謝を告げるレンバルト少年達にはホトホト困ってしまったが、無事だったのだから良しとしよう。

 それよりも、またも問題が起きてしまった。

 それは――


「ウィル様。とうとうこの日が来てしまいました」


 昨日と同じ様にあーんをし続けたアリスが、朝食を終えた後に取り出した1本の書筒。

 丁寧に蜜蝋が塗られ押されていた徽章は、ブローチと同じ抽象的な横向きのドラゴンの姿を象った文様が押されている。

 間違いなく僕の血族からの物。

 そして、中の紙に書かれていたのは....



『ウィルよ!!話がある!!帰って来い!!   ガーランド・ア・テラ』



 と言う訳である。

 

 それにしても、仰々しい入れ物に入っている割りに、書かれているのはこれだけというのは....

 っていうかさ。

 大事な書筒が届いてたんなら、あんなに時間かけてあーんなんてしなきゃよかったんじゃないの!?

 どうなのアリスさん!?


「.....ウィル様。お支度を」


 絶対僕の気持ちわかってるよね?

 そうだよね?

 まったく、なんでこんな女性を好きになってしまったのか....

 あの時の自分を問い詰めたいよ!!

 

 自室へ戻って、アリスに促されるまま白いマントを羽織り王子様然とした格好に着替える。

 姿見で自分の姿を確認し、「やっぱり白いマントは好きなれないな」と、ボソボソ呟く。

 部屋を出ると身支度を終えたアリスが待っていて、見送りに来ていたエイナ達に感謝しつつアリスの《転移門》でおじぃちゃんの下へ向かった。






















 そこは、驚くほどに静かな部屋の一室だった。

 空間を仕切る為か段差が造られ、広さはおよそ縦横30メートルくらい。

 豪奢な楕円模様が描かれた赤銅色の絨毯が床一面に張られ、凝りに凝った意匠の家具が設置されている。

 ローテーブルに椅子といった所謂応接セットもあるのだが、何より目を引くのはベットだろう。

 まるで、王女様が寝る様な可愛らしい感じの大輪の花が彫り込まれ、白いレースの付いた白塗りの木製天蓋付きベット。

 明らかにこの部屋の調和を乱している品物だ。


「アリス、ここは?」


 《転移門》を使い連れて来た張本人に聞いてみる。


「ウィル様のお部屋ですが?」


「....」


 よ~し、ちょっと時間を貰おうか。

 ウィルさんの記憶を思い出そう。


 えっと、まずは家族構成から。

 アリスに連れられてやってきたこの場所は、【竜王国ドラゴニール】。

 建国10万年を越える魔族屈指の超大国だ。

 現国王は僕の祖父にあたる、ガーランド・ア・テラ陛下。御歳1万飛んで125歳。

 祖母――つまりは現王妃メルト・ア・テラが9000歳以上。

 ウィルさんも詳しく年齢は知らなかったみたいだ。

 それで、お母さんがウィンリー・ア・テラ、4234歳で、養子に入ったお父さんがアルト・ア・テラ、5311歳だ。

 バカみたいに長寿だけど、『ドラゴンなんだから』と突っ込むのは止めておこう。

 僕の兄弟は、次期国王の第一王子ハーネスト・ア・テラ、2984歳と、王位継承権の無い姉ナナリー・ア・テラ、2033歳だ。

 この他にも親戚筋の公爵家が居るけど、代表的なのは王妹のメリル・ア・テラ。8000歳くらいの大叔母が主にウィルさんと関わっていた人物みたいだ。

 まぁ、超大国故に沢山の家臣や従者が居るんだけど、他に知っていたのは、幼い頃に僕のお世話をしてくれていた執事のセバス・ファーライトくらいかな?


 それにしても、アリスさんや?

 僕の私室に直接《転移門》を使えるなんて、防犯的にどうなのですか?

 いや、僕は他ならぬアリスなら別にいいんだけどさ。

 だけど、万が一って事も考えられるよね?

 

「それではウィル様。私は、ウィル様の帰還を関係各所に知らせてまいりますので、こちらでしばらくお待ち下さい」


 どこからか紅茶セットを取り出して紅茶を淹れ、アリスは侍女らしく優雅に一礼して部屋を出て行く。

 ウィルさんの記憶を辿っていた僕は、「ああ、うん」と上の空の様に答えて一人置いてけぼりにされるのだった。


 だけど、この時。

 無理矢理にでもアリスに着いて行くべきだったんだ。

 それは――


 部屋の外の廊下を、けたたましく轟音を上げながら走る何者かの足音。

 マップで確認しようとタップしたところで、バンッ!!と勢い良く扉が開け放たれて、まさかの人物がやってきた。


「ウィル!!お帰りなさい!!」


 満面の笑みを称える1人の女性。

 僕と同じ黒髪に黒い瞳。

 煌びやかな金糸や銀糸で花冠が刺繍された、純白のドレスを身に纏ったその女性は、まごう事なき僕の血縁者。

 お姉ちゃんのナナリー・ア・テラその人だ。


「た、ただいま。ナナリーお姉ちゃん」


 突然の事にうろたえた僕は、ついお姉ちゃんと呼んでしまった。

 ウィルさんはナナリー姫とか、ナナリー嬢なんて他人行儀に呼んでいたから、お姉ちゃん呼びされたナナリーは不思議そうに首を傾げている。

 

 仕方が無いんだ。

 病院に入院しているときも、年上の女性はお姉ちゃんって呼んでいたから。

 つい癖でそう言ってしまったんだよ。


「....お姉ちゃん.....そうね。うん!!私はお姉ちゃんだものね!!」


 嬉しそうにはにかむナナリー。

 どうやら、お姉ちゃん呼びを気に入ってくれたみたいだ。

 さすがにちょっと戦々恐々としたよ。

 だって、ウィルさんの記憶によると、ナナリーはお転婆で、嫌がるウィルさんにあんな事やこんな事を――


「もぉ~!!ウィルが帰って来るのずっと待ってたんだからね!!ほら見て?私の新作よ!!」


 自慢気に脇に抱えていた『とある服』を見せ付け、ナナリーはグイグイこちらに近づいて来る。

 これこそウィルさんが嫌がり、辟易としていた元凶の代物だ。


「このドレスはね!!天蜘蛛(アマ・クモ)の糸を紡いで作ったとっても貴重な物なの!!日の光を当てると、薄っすらと青みがかって見えるのよ?不思議でしょ!!」


 丁寧に裁縫された青白色のドレスを、各パーツ事にどれだけ素晴らしいか説明を始めるナナリー。

 「刺繍にも凝ったの!!」と言いながら、濃い青や黄色い糸で形作られたそれらを見せられ、あまりの迫力にたじろいでしまった。


 男の僕に、自作の女性物のドレスを押し付けてくるのがナナリーの非常に悪い癖であり、また、お兄ちゃんのハーネストとウィルさんが苦手としている理由でもある。


「それじゃ、さっそくいつもみたいに試着してね♪ウィッグもちゃ~んとあるからね~♪」


 有無も言わせず捲くし立てるように着替えを勧められる。

 つまり説明すると、ナナリーは僕や兄であるハーネストを女装させる事で喜びを感じる困った性格の人ということだ。


「い、いや、ナナリーお姉ちゃん。僕は――」


 決死の思いで断ろうとした僕に、ナナリーは不満気な表情を浮かべる。

 さすがに自分から女装したいだなんておかしな性癖は僕には無い。

 中性的な童顔故に、さんざん病院でも玩具にされて来たけれど、まさかウィル・ア・テラとして転生してまで同じ轍は踏みたく無いのだ。

 そう、踏みたく無いのだけれど....


「グスッ...せ、せっかくウィルの為に作ったのに.....ウィルは着てくれないの?」


 これはヤバイ。

 ウィルさんの記憶から脳が警告を発している。

 ナナリーがもし涙を流したら最後、その泣き声は天を割り、海を簸やがらせ、大地を別つという大災害を齎してしまう。

 まさに、超弩級の自然災害が、ここ【竜王国ドラゴニール】に降り掛かってしまうのだ。


「わ、わかった!!着る!!着るから!!だからナナリーお姉ちゃん泣かないで!!」


 ウィルさんやハーネスト、もっと言うと家族全員がナナリーに強く言えない理由が、まさにこれなのだ。

 見た目はどこに出しても恥ずかしくない淑女然としているナナリーだが、未だに浮いた話しの1つも無いのは黙して然るべきだろう。

 こんな爆弾を抱えている女性を、誰が好き好んで嫁に貰おうだなんて思うのか。

 家族みんなが頭を抱える状況も、当のナナリーはまったく知らない。


 ドレスを着ると宣言した僕の言葉を聞いて、ナナリーはパッと花咲く表情を浮かべる。

 「早く早く!!」と執拗に急かされ、後からやって来たナナリー付きの侍女達に手伝われて、嫌々ながらドレスに袖を通した。


 羽の様に軽く絹よりも肌触りの良い青白いドレス。

 女装用に女性下着を身に着け、越えてはならない一線を越えた自分が恥ずかしい。

 だけど――うん。

 さすがは衣装作りを趣味にしているナナリーだけはある。

 自信満々に語られた縫製技術は目を見張るものがあるし、400年以上前に採寸されたにも関わらず、成長した今の僕にぴったりと合う素晴らしい出来のドレスだった。


「ウィル殿下?化粧をいたしますから、目を閉じていただけますか?」


 ナナリー付きの侍女、イルゼ・フォレストからそう言われ、化粧台の前に座りながら言葉に従う。

 まったくもって不本意なのだが、鏡越しに僕を見詰めてくるナナリーが怖くて、逆らう事ができない。


 チークやらマスカラやらベースやらファンデーションやらを塗りたくられ、匂いから厚化粧の看護士さんを思わず思い浮かべてしまう。

 最後に真っ赤な口紅を引かれ、髪と同色のウィッグを付けて完成と告げられた。


「さすがはナナリー姫殿下の弟君でございますね。ウィル殿下、とてもお綺麗でございます」


 何度でも言おう!!

 まったくもって不本意で、これっぽっちも嬉しくない!!


 やりきった顔で手鏡を持ったイルゼが、化粧台の鏡に合わせて僕の背後まで確認させる。

 頭後ろで編み上げられた黒髪に、可愛らしい花飾りが添えられている。

 ウィルさんのスッと通った鼻立ちは、化粧で化けたのか本当に女性的な顔へと変身を遂げていた。

 なにより、首回りに纏う薄手のレース。

 Aラインキツメの青白いドレスに、色とりどりの刺繍が実に映えている。

 問題は、ハイヒール。

 立っているだけでも実に辛い。いや、痛い。

 こんな背伸びした状態で歩くなんて、世の女性って凄いんだね。


「も~!!可愛いわぁ♪ウィル♪」


「ナナリー姫殿下のおっしゃる通りでございます」


「本当に、ウィル殿下は女性の私達から見てもウットリとするほどにお美しくていらっしゃいます」


 ....そんなお世辞はいりませんよ?

 それにしても――確かにこれは綺麗だ。

 ドレスのおかげとイルゼの化粧術のおかげなんだろうけど、化ければ化けるものなんだね。


 イエスマンの侍女達に囲まれ、ナナリーは自分の作ったドレスの会心の出来に満足そうに何度も頷く。

 感極まったナナリーに手を引かれて、踊るように何度もクルクル回されるのだが、やはりハイヒールは歩き難い。

 こんな玩具にされるのはこりごりだと思う反面、こんなお姉ちゃんが居るものいいなと思ってしまった僕であった。





















 和やかな雰囲気で茶会へと移行した僕とナナリー達は、なぜかイルゼの提案で女性らしい紅茶の飲み方という行儀作法を教えられる事になった。


「....そうです。カップは摘むように持ってくださいませ。けして音を立ててはいけませんよ?」


「さすがはウィル殿下でございます」 


「動きの一つ一つが洗練されていて、見ているだけでたまりません!!」


 おい!?たまりませんってなんだ!?


「肘を伸ばしてはいけませんよ?紅茶は口を湿らせる程度口に含むのです」


「ウィルは本当に優雅にお茶を飲むわねぇ~♪」


「ナナリー姫殿下のおっしゃる通りでございます.....たまりません」


 だから、たまりませんって何の事!?


「カップをソーサーに置くまで細心の注意をしてくださいませ....そう、そうです。そこで物憂げに溜息を吐いてください!!」


 ....なんで!?


 《行儀作法》と《礼儀作法》スキルのおかげか、問題無く合格点を貰えたのだが、実に不愉快だ。

 玩具にされているという事は重々理解しているつもりだけど、ここは1つ彼女達に一泡吹かせてやりたいものだ。


 思い付いたのは今の格好ならではの事。

 ナナリーのせいでわざわざ女装なんてしているのだから、ここは淑女らしくニッコリと微笑んで抵抗しようじゃないか。


「「「ハフゥ....」」」


 カップをソーサーへと置き、「美味しかったですよ」と言わんばかりに微笑みを浮かべる。

 思惑通りに《演者》スキルが発動したのだが、ついでに《魅了》なんて危なげなスキルまで発動してしまった。


「ハァハァハァ....うぃ、ウィル....」

 

 効果覿面だったみたいで、目を血走らせたナナリーが近づいて来る。

 ローテーブルを挟んで対面していたはずなのに、それを乗り越えて来るのはやめてほしい。

 

「な、ナナリーお姉ちゃん!? テーブル!! テーブルに足が乗ってるから!!」


 慌てて止めようと努力したけど、まったく効果が無かった。

 ナナリーはローテーブルを乗り越えて僕に抱き付くと、これでもかと頬を擦り合わせ過剰な愛情表現を繰り返す。

 どうでもいいけど、血の繋がった肉親だというのに、柔らかな感触を甘んじて受けいれてしまった。

 アリスに比べれば慎ましい――貧相な――胸だけど、やはり女性の身体というのは柔らかい訳で....


 そこへ、この状況を一番見られたくない人物がやって来てしまった。

 それはもちろん――


「失礼します。ウィル様?関係各所への帰還の挨拶を、無事に済ませて参りまし――」


 僕の部屋の扉を開き、仕事を終えて戻ってきたアリスは、僕とナナリー達の姿を見て凍りついてしまった。

 今のこの状況は、椅子に座り女装した僕の膝の上へナナリーが腰掛けている感じ。

 しかも首に手を回して、頬を擦り付け合うというある意味情事と言える状態だ。


 もっと言うと、左右と後ろからイルゼ達メイドが寄り添う様にくっついて来て、わざわざ胸を押し付けてきているのだ。

 浮気の見付かった旦那の気持ちと言うのは、これほどまでに恐怖を覚えるものなのか。


「あ、アリス!! こ、これは違うんだ!! ナナリーお姉ちゃんが僕の為にドレスを縫ってくれたから、それで――」


「そ、そのお声はウィル様なのですか!? そ、そんな....ウィル様が女性の服を着ておられるなんて....」


 言い訳をした僕の声で氷が溶けたアリスは、驚愕の表情を浮かべ緋色の瞳をこちらへ向けている。

 僕からナナリー、そしてメイド達へと視線を送り、最後にまた僕へと視線を移す。


 これは――アリスに嫌われてしまったかもしれない。

 男が女装するなんてやっぱり変だよね。

 いくら無理矢理だからって、男ならスパッと断るべきだったんだ。


 絶望という谷底へ落とされ、【竜王国ドラゴニール】へ降り掛かる天災(ナナリーの泣き声)と自信の幸せを天秤に掛けた僕だったのだけれど、アリスの反応は斜め上を行っていた。


「.....グヘ....グヘヘ.....女装したウィル様.....良い....」


 口を三日月状に歪め、気味の悪い笑みを零すアリス。

 口端から溢れる涎を啜り、手の甲で拭うその姿はまさに獲物を前にした肉食獣の様であった。


 ど、どうしよう....アリスが、アリスが壊れた。

 いや、元々毒舌家で変態なところもあったけど、それでもアリスは有能で僕に尽くしてくれる素敵な女性だったはずだ。

 それが.....ただの変態に.....


 手をワシャワシャと触手の様に蠢かし、アリスは1歩、また1歩と僕へにじり寄って来る。

 ナナリーは頬ずりを止めないし、肘や後頭部にはイルゼ達の柔らかな感触が押し付けられているし、わけがわからないよ!!

 

「うぃ~る~さ~ま~....」


 ひぃぃぃ!?

 怖い!!怖いよ、アリス!!

 ホラー映画のゾンビみたいだよ!!

 目が光ってるって!!

 

 結局、利き過ぎた《魅了》効果が抜けるまで、ナナリーやイルゼ達に散々身体を弄ばれ、ただの変態と化したアリスにまでも、僕は身体を蹂躙されしまうのだった。



 追申

 貞操は守りました。

 だけど、女性物の下着姿をアリスに見られたのは、最大の恥辱です。




















 謁見の間へと続く厳粛な回廊を進み、僕は祖父である竜王ガーランド・ア・テラとの久方ぶりの再会を果たした。

 左右に置かれた竜を象る石像が並び、学校の体育館以上の広さのある謁見の間。

 最奥には、一段高くなった玉座に腰掛けるガーランドの姿。

 僕は、真っ赤な絨毯をしずしずと歩き、供として着いて来たアリスを後ろへ従わせ、やがてガーランドの前まで辿り着いた。


 ガーランドの印象は、厳格そうなおじぃちゃん。

 年齢通り?の白髪に同色の立派な顎鬚を蓄えて、豪華な衣服や装飾品を身に付け、これまた威厳ある真紅のマントを纏っている。

 戴冠する金製の王冠には、光物が好きなドラゴンらしく様々な色の宝石が填まっていて、見るからに高そうな重そうな感じだ。


「久しいな、ウィルよ。よく帰ってきた」


 部屋に響く野太い声。

 年齢を感じさせない力強い声の圧力に、まだまだ現役といった印象を受ける。

 

 というか、帰って来いってわざわざ書筒を送ってきたのってガーランドだよね?


「アリスも、今までよくウィルに仕えてくれた」


「もったいないお言葉です」


 .....なんで、もう終わりみたいに言うの?

 嫌だよ。

 僕は、アリスとずっと一緒に――


「して、ウィルよ。無事に務めは果たして来たのだろうな?」


 震える気持ちを懸命に抑え、ガーランドの言葉を脳内で反復した。


 務めって何の事だ?

 .....思い出せ。

 なんでウィルさんがダンジョンを造ったのか。

 それは――


「ガーランド陛下。ウィル様は――」


「アリスよ。ワシは、ウィルに問うておるのだ。しばし黙っておれ」


「....仰せのままに」 


 アリスが僕の代わりに答えてくれようとしたけど、それはガーランドにとって気に入らない事だったみたいだ。

 そもそもウィルさんがダンジョンを造るきっかけになったのは、ガーランドがそう指示したからだ。

 それはつまり、慣習に従って人族の女性を集め、性技を高める為。

 歴年の王族男子がそうしてきたように、ウィルさんも例に漏れずそう仕向けられたからだ。

 だけど、ウィルさんはそれに逆らい続けた。

 ウィルさんの過去の記憶によると、確かに人族の女性達を捕らえる事はしていた。

 してはいたけど、手を出す事はけしてしなかった。

 ウィルさんなりの反抗だったのかもしれない。


「もう一度問うぞ?ウィルよ。務めは果たして来たのだろうな?」 


 改めてガーランドから問い掛けられ、僕は言葉に詰まってしまった。

 正直に話すべきなのかどうか、僕自身迷っている。

 女性を抱いたかどうかなんて、いったいどうやって証明すればいいのかわからない。

 だから、ここは話を逸らしてしまおう。

 僕にとって、人族の女性を抱き、性技を高めるなんてどうでもいいことなのだから。


「おじぃちゃん。お話があります」


 決意を込めた目で、ガーランドを見詰める。

 ナナリーの時の様に思わずおじぃちゃんなんて呼んでしまったけれど、祖父なのだから問題ないだろう。

 今は、僕の話しを聞いて欲しい。

 将来に関するとても重要な話しなんだ。


「....おじぃちゃん、だと?」


 おじぃちゃん呼びがまずかったのか、ナナリーの時とは違いワナワナと小刻みに震えるガーランド。

 地面に傅き臣下の礼を取っていたアリスが、異変を感じて思わず顔を上げる。


 そして、立っていた僕は――ガーランドの豪快さにホッと胸を撫で下ろしていた。

 

「クッ....クワァッハッハッハ!! おじぃちゃんか!! そうだな!! 確かにワシはおじぃちゃんだ!!」


 耳鳴りがするほど大声を上げて、ガーランドが大笑いを始める。

 さすがはナナリーの血縁者といった感じで、セリフまでもが似ていた。


「クックック....実に愉快だ!! 久方ぶりに大声を出して笑った気がするな!! 特別にワシの問いに答えなかった事は不問としよう。して?話とはなんだ?」


「はい。元々、僕がダンジョンを造る理由は、捕らえた人族の女性を相手に性技を高める為。という話しでした」


「うむ、その通りだ。将来、王家の男子が婚姻を結んだ暁には、王家に連なる者――子を成さねばならん!!

 女を喜ばせるのはもちろんの事、万が一恥をかかすなど、あってはならんからな!!」


 言ってる事は理解できるんだけど、不特定多数と行うその行為自体に、僕は納得できない。


「おじぃちゃんの言う通りなのかもしれません。僕の先祖、おじぃちゃんの先祖も、代々そうして来たと教えて貰いました。だけど――」


 がんばれ僕!!

 勇気を出してもう一歩踏み出すんだ!!


「...僕は、心に決めた人が居るんです。僕は、その女性とだけ愛を紡ぎたいとそう思っています」


「なんと!?」


「その女性は――ここに居るアリスです!!」


 勇気を出した僕の一言に、ガーランドは驚きながらも大きく頷いてくれた。

 突然の話しの流れで再び僕に告白されたアリスは、目を白黒させて手で顔を覆い隠す。

 僕とガーランドの視線がアリスへ向かい、ややあって手の隙間から顔を覗かせたアリスは、観念したのか頬を染めて俯いてしまった。


「そうか。ウィルがアリスを愛したという事か。ワシは嬉しく思うぞ!! だがな?婚姻は少し待て。物事には順序というものがある」


「....順序、ですか?」


「うむ。知っての通り、未だハーネストが結婚を決めかねておる。次代の王はハーネストであり、これは揺るがないものなのだが――」


「ハーネストは気難しい子ですからね。それに、ナナリーの事で少し女性恐怖症のきらいがありますし......」


 ガーランドの言葉を遮り、謁見の間に現れたのは僕のお母さん。

 身奇麗に結い上げられた長い黒髪に、おじぃちゃんや僕と同じ黒水晶の瞳。

 目鼻立ちもおじぃちゃんより僕に似ていて、一目で肉親であるとわかる。


「ウィンリーか。遅かったな」


「あら、お父様?淑女の支度には、時間が掛かるものなのですよ?」


 手に持つ扇で口元を隠し、クスクスと笑うウィンリー。

 洗練された所作からわかる通り、王族としての気品溢れる実に物越し柔らかな女性だ。


「それにしても、ウィル?少し印象が変わりましたね?」


「そうだな。昔はなんと言うか、こう――」


「フフフ♪ 内向的で自分からはあまり話さなかった。ですか?」


「うむ!!」


 孫の僕の事だからか、オブラートに包んで柔らかく表現される。

 これが粗野な人だったら、引き篭もりとか陰険とか言われる違いない。

 ....毒舌を吐いている時のアリスの事だけど。


「でもね?ウィル。私はとても嬉しいのよ?家族の中で内向的だったあなたが、愛する人を見つけたのだもの。喜ばない親なんて居ないわ」


 僕に近づき頭を撫でてくれるウィンリーは、慈愛に満ちた表情でとても喜びを表してくれた。

 これが、もしウィルさん本人だったのならば――いや、今は僕がウィルさんなんだ。

 だから、今はそんな事を考えるのは止めよう。

 僕は、ウィル・ア・テラとして転生して、生まれ変わったのだから。


「アリス?ウィルの事を、どうかお願いね?」


「は、はい!! わ、私の様な粗暴な者に、ウィル様と添い遂げる資格があるのかは――」


「だめよ? ウィルは、あなたを愛しているのだから、自分を蔑むような言い方をしてはいけないわ」


 外堀を完全に埋めて、僕との婚姻を決定させられたアリス。

 自らを貶める様な言い方をしたからか、即座にウィンリーから注意をされてしまう。

 それにしても、王族というのは大変だ。

 言葉に気をつけなきゃいけないし、これなら孤児院の子供達と遊んでいた方が全然楽だ。

 血の繋がった家族なのに。

 こうやって思うのも、僕が本当のウィルさんじゃないからかな?


「か、畏まりました。ウィル様の想いに答えられるよう、全身全霊を賭けて生涯を尽くしたいと思います」


 従者として接する期間が長かったからか、どうにもアリスの物言いは下から目線だ。

 ウィンリーも「今は仕方が無いかしら?」と、なにやら目を光らせて将来のアリス像を思い浮かべている感じ。

 どんな教育をするのかちょっと怖いけど、次代の国王はハーネストなんだし、良いとこ僕はどこかの領地を与えられて公爵とかに成るんだろう。

 ウィル公爵とアリス公爵夫人か。

 ....良いね!!


「では、話しを戻すぞ?」


 ガーランドの言葉通りに話しは戻り、僕とアリスの婚姻の話しへ。

 順序というのはハーネストの事だ。

 ハーネストが妃を見つけて結婚し、王国を安定させなければ僕達の婚姻は認められない。

 この場合の認められないと言うのは、王族ではなく国民の話し。

 先に僕達が結婚し、その後にハーネストの身にもしもの事があれば、第二王子の僕が国王に即位しなければいけなくなる。

 当然、僕は国王なんて器じゃないし、自由気ままに旅行をするという夢もあるので、それだけは回避したい。

 ならばどうするのか。

 それは、ハーネストにお嫁さんを見つけて結婚して貰うのが一番だろう。


「だがな、事はそう簡単には行かんのだ」


「どういう事ですか?」


「うむ。知っての通り、次代の国王であるハーネストには、魔竜族の(メス)を娶って貰わねばならん。だが、ハーネストの眼鏡に適う(メス)が、な」


 う~ん....ウィルさんの記憶だと、ハーネストはそんなに気難しい人だとは思えない。

 ウィルさんと同じで、ナナリーに無理矢理女装させられたりはしていたけど....

 というか、そもそもウィルさんはあまり家族と親しく会話をしていないから、わからない事の方が多いんだよね。

 これは困ったなぁ。


「そうね。とりあえずは明日、旦那様とハーネストが公務から帰って来てから相談しましょう?」


「それがいいな。なに、ワシもまだまだ現役じゃ!! あと1000年くらいは国王を続けても良いしな!!」


 豪気な事この上ないが、元気なガーランドなら本当にあと1000年は国王を続けそうだ。

 婿養子の父、アルトが国王に成れれば問題を先送りできたのかもしれないけど、出来ない事を願っても仕方がない。


 それにしても、丸く納まってよかったな――なんて、そうは問屋が卸さない。


 和やかな雰囲気のまま終わった謁見の後、強引に婚姻を決めてしまった事にアリスから小言を言われた。

 

「....ずるいです、ウィル様」


 水平線に夕日が沈み行く頃、回廊の中ほどで立ち止まったアリスが、ボソリと呟いた。

 振り返れば、そこに俯いたアリスの姿。

 両手をギュッと前で組み、メイド服のエプロンを掴んでいる。


 全ては僕のせい。


 それは紛れも無い事実なのだけど、僕は....アリスを好きになってしまった。

 転生した僕が、これから沢山の夢を叶える為に、アリスを手放したくなかったからだ。

 本当に、幼い頃からの夢だった。

 地球ではない異世界だけど、僕はこの世界を見て回りたい。

 それは、1人では寂しい。

 寂しさを紛らわせる為に、手近に居たアリスを選んだつもりは無い。

 ただ、一目会ったその日から、何故か僕はアリスに傍にいて欲しいと思った。


 .....生まれて初めての、恋をした。


 赤い髪に緋色の瞳。

 見た事も無い美しさ。

 アリスの身体が、肌が、唇が、その存在の全てが、僕は欲しいと思っている。

 一目惚れってそういうものなんだと、理解した。

 だから、お母さんに言われた通り、僕は強引にでもアリスと婚姻を結びたかった。

 ガーランドから過去形の、終わりの様な話しをされた時、言い表せないほど怖いと感じた。


 アリスの言う通り、僕はズルイ事をしたんだと思う。

 まだ告白の答えだって聞いていないのに、僕はアリスの逃げ道を塞ぎ関係を迫った。

 これでよかったのかはわからない。

 いや、普通にお互い恋して愛を育んでというありきたりなものから考えれば、性急過ぎた事だろう。

 だけど僕は――


「アリスが好きなんだ」


 一歩。


 本当に勇気の要る一歩だった。

 俯くアリスへ足を踏み出し、彼女の頬に触れる。

 驚き顔を見上げたアリスは、目に涙を浮かべて口元を震わせていた。


「もう一度――うぅん、何度だって言うよ。僕は、アリスが――アリス・ヴァン・フォルスが、誰よりも好きだ!!

 アリスにとっては出会ったばかりかもしれない。

 だけど、僕にとってアリスは―― 一目会っただけで、一度会話しただけで、その存在全てが!! 僕の一部だと感じられるんだ!!

 だから....だから、僕と結婚して欲しい!!」


 僕の気持ち、その全てを込めて、求婚(プロポーズ)を敢行した。

 断られたらなんて考えない。

 拒否なんて考えたくもない。

 ただ、今は、今だけは僕の思いにアリスが答えてくれる事だけを願い、祈り、信じよう。

 だから、だからアリス。

 どうか....僕を受け入れて.....


「....私は、ずっとウィル様が嫌いでした。従者として、侍女として仕える事になった時も、なんで私なんだろうってずっと思っていました。

 知っていますか?私は、魔竜族の出来そこない、突然変異なのです。

 両親は――お父さんとお母さんは魔竜族なのに、私は、私だけは違ったんです。そのせいで、幼い頃から迫害されてきました。

 みんなと違うから、ただそれだけの理由で、私だけではなくお父さんもお母さんも村から追い出されて、行き場の無い私をガーランド陛下が救ってくださったのです。

 あの時、ご公務でたまたま外出されていたガーランド陛下に出会わなければ、私も、お父さんも、お母さんも、死んでいたかもしれません。

 私は、必死になって勉強して、メイドの職を手に入れました。命を救われた恩を返したくて、努力してがんばったんです。

 でも、ある日ガーランド陛下がおっしゃられたのです。


『アリス。おまえをウィルの許婚にする』って。


 最初は、ガーランド陛下が冗談をおっしゃっているのかと思いました。

 だけど、陛下は笑っておられたのです。

 あの日の、私達親子を救って下さった時の様に、豪快に大笑いして『真実だ』と、そうおっしゃられました。

 私みたいな市井の者が、王子様であらせられるウィル様の許婚ですよ?

 そんな夢みたいなことがあるなんて、聞いた事もありません。

 でも、でも、でも!!

 ウィル様が私に全てを打ち明けてくださったからわかるんです!!

 私の種族、聖竜族は聖なる種族。魔を司る魔竜族とは子を成す事はできません。

 だけど、ウィル様なら!! 聖なる力も魔なる力も併せ持つ、聖魔竜族のウィル様となら、子供を作る事ができるんです!!」


「それって....僕となら子供を作れるから、仕方なくって思ってる....の?」


「ち、違います!! 私は、私は.....今のウィル様なら!! 私を好きだと言ってくださった、今のウィル様が大好きなんです!!」


「それじゃぁ....」  


「婚姻を、お受けします!!」


 近づく2人。

 蟠りも何もかもが消え去り、お互いの想いを打ち明けた。

 2人が惹かれ合う理由を知るのはただ1人。

 茜色に染まる回廊で、初めての口付けを交わした2人を、その人物は空から眺めほくそ笑む。

 誰にも聞こえない小さな声で、ボソリと言葉が紡がれた。


 

 もうすぐ、本当の家族に成れるね。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ