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20XX年、地球は侵略を受けていた。服も黒、武器も黒、という黒一色で統一された謎の組織の軍団に襲撃されているのだ。彼らの詳細は ことごとく不明だが、地球に害をなそうと、何度も攻撃を仕掛けてくるのだ。地球は大パニックになった。しかし、そこに とある組織が地球防衛のために、名をあげた。

それこそが、今や子どもたちの憧れ、地球を守るヒーロー、ヒロインが所属する地球防衛隊である。今日も、地球防衛隊のヒーローやヒロインは地球を守るために戦っている。


「地球侵略を狙う悪の組織から、平和を守るため日夜戦う、我々こそが正義のヒーロー!地球防衛隊! いざ見参!」


マントをなびかせポーズを取る、ピンクとブルーのヒラヒラの衣装の二人の女性。彼女たちこそ、地球の希望なのだ。


「来たな、邪魔者どもめ。行け、我が(しもべ)たちよ!奴等を蹴散らせ!」


対する悪の組織の手先、黒いゴテゴテした衣装に身を包み、同じく黒い仮面を着けた男が手下たちに指示を飛ばす。


「させないわ!必殺、桃色ファンシーシャワー!」


ピンクの指先から桃色の光が溢れ、悪の手下たちを次々に吹き飛ばしていく。


「くっ、おのれ、ピンクめ!」


男は倒されていく部下たちを見て怯む。


「次は私よ。もう悪さが 出来ないように痛め付けてあげる。コバルトマリンアタック!」


ブルーの手のひらから生み出された青い閃光が、逃げようと背中を向けた男に直撃した。


「んぎゃあぁあああー!!」


黒こげにされた男は、ぱたりと その場に倒れた。それと同時に手下たちは「クロコダイル様ー!」と男に駆け寄り、香ばしく所々焦げた男を担ぎ上げ、一目散に逃げ出した。

こうしてまた、地球は救われた。




その日の夜、とある居酒屋にて。


「ねえ沙織さん、私もう仕事辞めたいよ…」

「それ、もう百回くらい聞いた」


酒に酔って真っ赤な顔をした ふわふわショートカットの女、実加は沙織に しなだれかかった。さらさらのロングヘアーを一つに結った沙織は、実加の背中を軽く撫で付ける。


仕事帰りのサラリーマンがメインの客層の この居酒屋で、若い女性二人は浮いていたが、二人はここの常連客だった。カウンターの奥の席は、二人の指定席に なりつつある。


「ヒーローなのに色んなネーミングダサいし。必殺技だって、桃色ファンシーシャワー、なんて人がいっぱい見てる所で叫ぶの恥ずかしいし。それにさ、私もうアラサーなのに 足と腕出しまくったヒラヒラの少女趣味なコスチューム着たくないよ…いくら すんごい秘密満載のパワードスーツっていっても、あのデザインはきつい…」


涙ながらに語る実加、もとい正義のヒーロー、地球防衛隊隊員のピンク。


「私も同じよ。奇声を上げる全身タイツの変態どもを蹴散らすのは良いストレス解消になるし、逃げ惑う奴等を黒焦げにするのは快感だけど、いつも良いところで親玉に逃げられて。頭に来ない方がおかしいっての」


「十分エンジョイしてるじゃん!」


怒りながら焼酎をぐびぐびと飲む沙織こと、同じく地球防衛隊隊員のブルー。実加の突っ込みは軽くスルーしている。

悪の組織と戦闘をした日は、二人で飲むのは もうお決まりに なっていた。


「第一、実加は この仕事辞めた後のあては?たいした資格も経験もないアラサーを引き取ってくれる会社なんてあるの?」


「うっ…そ、それは…その後の努力次第っていうか…」


焼酎の一升瓶片手に説教臭く語る沙織に、実加は 弱い所を突かれて口ごもる。


「私達は表向きは普通のOLだけど、裏では防衛隊隊員で まともに机仕事してないんだから。今さら普通の会社に入った所で、お茶汲みもコピーも書類作成も初心者な私達じゃあ、不審がられて試用期間で切られるのがオチよ。履歴書に嘘書いたと思われて、冷たい目でクビを宣告されるしかないの」


「それは、毎日毎日ちっちゃい人助けから人命救助まで走り回ってるからでしょ。仕方ないじゃない!…でも私、親に言われたの。デスクワークの割には、筋肉ついてて たくましい体だよねって。パワードスーツ頻繁に着て動き回ってる影響で、身体能力が向上したのは正直言って嬉しいけどね。でも、私 親には事務員で通してたのに…」


「大丈夫。腹筋割れてて林檎を素手でかち割る事務員だって、おそらく探せばいるから…」


「変な慰めいらないよ…給料が すごく良いのは本当に嬉しいんだけどさ、正直、アラサー控えて焦ってるみたい。組織に口止めされて、こんな親にも言えない仕事してていいのかなって。いつ大怪我してもおかしくないし、最悪死ぬかもしれない訳だし。それに、私 彼氏も できたことないし、このまま婚期を逃して、肌の張りがなくなっても たるんだ腕と足さらして桃色ファンシーシャワーとか言ってるのかなって」


「すいません梅酒ロックで一つ」


「ねえ話聞いてよ」


気持ちよく愚痴を語り合った実加と沙織は、終電前に 別れて家へ向かった。実加の家は居酒屋から歩いて30分かかる。普段から鍛えられている実加にとって、この距離は ちょっとそこまでくらいの距離だった。酔いざましにはちょうどいい。


実加のアパートに着いた時、ちょうど実加の隣人の佐竹がドアを開けた所だった。


「こんばんは」


「あっ、こんばんは…」


出掛ける所だったらしく、カジュアルな格好をしている。背が高く、整った顔立ちの隣人は何を着ても似合う。淡く香るシトラスも、彼の爽やかさを引き立てている。

佐竹は挨拶を交わすと、ドアを締めて施錠をした。


「お仕事ですか?」


聞いてから、ハッ、とした。終電もなくなる頃に仕事に出るだろうか。いやでも夜勤の可能性も あるかもしれないし。でも普段挨拶くらいしか会話のない自分が いきなり話しかけて、馴れ馴れしかっただろうか。変な酔っぱらい女だと思われたかもしれない。悪い方に妄想が広がってしまって、話しかけた事に後悔する。


佐竹は少し驚いたようだったが、すぐに笑みを浮かべた。


「いえ、ちょっとコンビニに。今家で飲んでたんですけど、酒が切れちゃって」


実加は会話が続いたことに安堵した。どうやら、変な酔っぱらいには思われなかったようだ。


「そうなんですか…あ、じゃあ、お気をつけて」


一人で?それとも誰かと一緒に?と少し気になったけれど、そんなことを聞いたら今度こそ怪訝な顔をされそう。かといって、他に何も話すこともないので、大人しく酔っぱらいは引っ込むことにした。佐竹は 変わらずに綺麗に笑いながら、


「ええ。でも、佐藤さんこそ気を付けなくちゃ。女性が こんな遅くに一人歩きは危ないですよ?いくら飲むところが近場でも、自衛はしないと」


と言う。


「こんな女、誰も相手にしませんよ。もし万が一襲われたら、走って逃げますし」


イケメンに女性扱いされたのが照れ臭くて、実加は おどけて返した。実際は襲われたら タックルしてぶん投げて警察に突き出すけれど。


「はは、勇ましいですね。でも、本当に気を付けて下さいよ?…佐藤さん、か弱い女性なんですから」


「かっ…か弱いだなんて!あはは、そんな事ないですって!やめてくださ…んぎゃあっ!?」


実加の身を案じる佐竹のセリフがすごく嬉しくて

、大袈裟に手を振っておどけた。それがいけなかったらしい。酔いが回った足が、なぜか何もない所で かくん とヒールをくじき、後ろに倒れそうになる。


「佐藤さん!」


実加が とっさに受け身を取ろうと身構えるより早く、佐竹が実加を抱き止めた。


「……よかった、転ばなくて。足は大丈夫でしたか?」


腰に腕をまわされ、至近距離での佐竹の笑顔は とんでもない破壊力だった。


「あ、だ、ただだ大丈夫です…!」


眩しすぎて直視が出来ない。間近で見た佐竹は、やはり綺麗だった。それに、実加を抱き留めた時に香ったシトラス。さっきは爽やかに感じたのに、今はフェロモンの様に実加の心を揺さぶった。


「あ、すみません。近いですよね」


ぱっ、と離された佐竹の腕を どこか寂しく思う気持ちを押し込めて、実加は早口で佐竹に礼を言って頭を下げ、心配そうに見下ろす佐竹から 真っ赤な顔を隠すように そそくさと自分の部屋に潜り込む。


鍵をしめて、慌ただしく靴を脱ぎ熱を持つ顔を両手で押さえて、そのままベッドにダイブする。


「うわあー、佐竹さん格好良すぎ…なんか すごくいいにおいした…全く、イケメンは心臓に悪すぎる…」


そう言いながらも、淡い好意を抱いている人に偶然会えて。しかも、ハプニングとは言え抱き締められたのだ。

実加は、佐竹の香りと逞しい腕と胸板を思い出し、赤い顔が更に真っ赤になる。


「きゃーー!!私ってば!私ってば!」


小さく丸くなって、ベッドの上でごろごろ転がり、もだえる。しかし、すぐにハッとして目を見開いた。


「ぁあ!照れて ちゃんとお礼を言えなかった気がする!佐竹さんの顔も見ずに家に入っちゃったし!…しかも、こんな酔っぱらった所見せちゃうし、会話はハチャメチャだし…ああ、私…終わったかも…」



自分の恋愛に対する免疫の低さと、コミュニケーション能力の乏しさに落ち込んでいると、ふと佐竹の言葉を思い出した。



「くふふ、か弱い女性だって…私が、この私が か弱い女性だって。きゃー、そんなことを言われたら照れるしー!佐竹さん、まじイケメン!」



深夜のテンションとアルコールの高揚感が合わさって、実加は 気分の浮き沈みが激しかった。ついでに声も大きかった。防音に優れたアパートじゃなかったら、壁をドンとやられても可笑しくない。


鼻歌を歌いながらシャワーを浴びて、化粧水を叩き込んでいた時。実加は、ふと思った。


「あれ?佐竹さん、なんで私が近場から一人で歩いて帰ってきたってわかったんだろ…?」


もしかしてタクシーだったかも知れないし、途中まで誰かと一緒だったかもしれないのに。一人で歩いてきたって断定するような言い方だった。それに、私が飲んでた店を知ってるような言い方…



「私、あの店お気に入りだって紹介したんだっけ…?うわ、そうだとしたらあんなオヤジが通うような店教えなきゃよかった。しかも、タクシー呼ぶお金もないロンリーな女だと思われてるってことか…まじにへこむな…」


自分の想像に どんよりと落ち込む。もういいや、寝てしまえ。と自棄になった実加は、適当に髪を乾かすと、ベッドに再びダイブしたのだった。



「あー、また出た黒いの。あー、やだ。もうほんとやだ。お日様の下で黒光りする あんた達なんて見たくないのに。ねえ、こう暑いのに ちょっとは遠慮ってのはないの?」


「お前な、人をゴキブリみたいに言うんじゃねえよ!」


おざなりにポーズを決めて、あからさまに ため息をつくピンクに、悪の組織の幹部、不良の様な ド金髪のピアスじゃらじゃらの男、ファングが怒鳴る。


「だってさ、こう頻繁に来られると面倒くさいと言うか…この季節だからさ、あんまり腕と足を出したくないんだよね。日焼け止め消費激しいし」


「ふん、ほざいてろ少女趣味女が。我々の組織はお前たちと違ってやることが一杯あるんだよ!」


「あのさあ、勘違いしないでよね。これは気に入って着てるんじゃないの。私がデザインできるなら、肌の露出が少ない無難なデザインにするからね」


「…面白味のないやつ。つうか、ピンクは どうでもいいんだよ、ブルー出せよコラ」


「ブルーは今日法事で休みですー」


「ふざけんなよ、地球の平和はどうすんだよ!」


「仕方ないの。社員を守るために、組織は普通の会社に擬態してるの。ブルーの会社は法事でも仕事休めないのかって、ブルーのお父さんが怒るよ」


「お、お義父さんが そう言うなら…」


「どんまい。ブルーに会いたかったのにね」


「うるせえ黙れピンク!くそっ!明日に すれば良かった!」


「はいはい、じゃあとっとと帰ろうか。桃色ファンシーシャワー」


「ぎゃあぁああー!」


「ファング様ー!」


こうしてまた、地球は救われた。




「―――――ってさあ、ファングが沙織さんに会いたいって泣きながら焦げててさー。ちょっと可哀想だったよ」



晩御飯を食べ終わり、お風呂に入る前の まったりした時間に、実加は沙織に電話をしていた。


「あいつ、ぴーぴーうるさくて好きじゃない」


「じゃあ、クロコダイルは?」


「あいつはナルシスト過ぎてウザイから嫌い」


「じゃあシャークとか、ホークとか、レオとかは?」


「あんなの、オジサンにチャラ男に毛むくじゃらじゃない。やめてよね。いい年した男が皆そろって趣味悪い仮面かぶっちゃって、顔も分からないし。そもそも、敵を気に入るわけないでしょ?何?今日はガールズトークの日?」


多少イラついた声がスマホから聞こえるけれど、実加は構わずに続けた。


「分かるー?…えへへ、実は この間、お隣のスーパーイケメンの佐竹さんがさー」


「リア充爆発しろ」


「えっ?沙織さん?さお…切られた」


もう。短気なんだから、と通話モードを切って、スマホをテーブルに置く。


「リア充だったら5年も同じ下着 着ないって…」


もう、伸びて びろんびろん。でもその くたびれ加減が好きで、捨てられないでいる。


「勝負下着買っても、勝負の時が訪れない…」


同級生は、もう結婚してこどももいるのに。自分が世間に置いてかれている様な気がしてなんだか無性に寂しくなって、実加は沙織にメールを打った。電話は もう諦めた。


「えっと、沙織さん、私、置いてかれる感じ…あ?!」


実加は変換した文章を見て、絶句した。



――――――


件名

本文

沙織さん、私、老いて枯れる感じ




――――――



「もうだめだ…」


実加は メールを消し、涙をこらえて大人しく寝た。


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