表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

ブラスト

――1――

 石造りでできた壁と床の広い部屋。

 その部屋の端には本棚がいくつも並べられ、中央には大理石の大きなテーブルと椅子が、一つあった。

 テーブルの上には、いくつもの分厚い本と走り書きされた紙切れが散乱している。

 椅子には、一人の男が座っている。

 男は、無精髭を生やした金色の長い髪の若者で、全身黒色の服を身に着けている。

「吸血族が……るとき……の神が……と共に……と……敵を……すだろう」

 男が、机に置かれた一枚の古い紙を眺めて言った。

 紙には、長い文字が何行も書かれている。

「参ったね。こいつはお手上げだ」

 男が、軽い口調で言ったそのとき――

「ブラスト! ブラストはいるか!」

 低い男の声が、部屋の外から響いた。

「またかよ……」

若い男が、息を吐きながら椅子から立ち上がる。

 その直後、部屋の扉が大きく開き、二人の年配の男が部屋に入って来た。

 そのうちの一人は、ジェイドある。

「はい、何でしょうか。ミスター・ドズルノフ」

 若い男――ブラストが、言った。

 ドズルノフと呼ばれた男は、ジェイドよりわずかに若い見た目をしており、髪は白く短い。

服は、黒の礼服を着ており、額にはジェイドと同じ模様がある。

「この文章ですが、こりゃあ完全な解読は無理ですね。酷い保存状態ですし、同じ文字の文献が少ないので、翻訳も難しい」

 ブラストが、言った。

「また、聖職者の血を飲んだな?」

 ドズルノフが、重い口調で言った。

「俺はずっとここにいましたよ。どこにも行っていません」

 ブラストが、言った。

「リストにない血液が、タルで三つも倉庫に運ばれている。お前以外に、誰が聖職者の血を飲むというのだ」

 ドズルノフが、声を低くして言うと、ブラストを鋭い目つきで睨みつける。

「リスト……ああ、そういうのもあるんですか。でも、俺が用意させたって決まったわけじゃないでしょう。第一、それが聖職者の血だとどうやって調べるんですか」

 ブラストが、飄々ひょうひょうとした口調で言ったそのとき――

「ブラスト!」

 ドズルノフが、声を張り上げブラストに詰め寄る。

「私を舐めるなよ。ここに住むことを許されている吸血族はどういった者達だ。そう、吸血族の幹部だな。では、何故お前がここにいると思う。言ってみろブラスト」

 ドズルノフが、唸るように言った。

「俺が……古文書を解読できるから?」

 ブラストが言った瞬間、ドズルノフが右の平手打ちを食らわせる。

「お前がジェイドの息子だからだ! 私の後継者であるジェイドの息子だから、貴様はここにいるのだ!」

 ドズルノフが、ブラストの胸ぐらを掴みながら言った。

 するとブラストは、目を細めて、

「その通りだ。吸血族だって不老不死じゃない。やがて年老い、力を失って死ぬ。だから、俺にそれを防ぐための方法を探させているんだ。カビ臭い紙切れに命乞いをしているのさ」

 と、声を低くして言った。

「ガキめが!」

 ドズルノフが、ブラストを足元に投げ飛ばし、右足でブラストの顔を蹴る。

「誰が貴様を拾ってやった!」

 ドズルノフが、右足で蹴る。

「学者を目指し、なり損なった無能なガキを、誰が吸血族にしてやった!」

 ドズルノフが、左足でブラストの腹を踏みつける。

 ブラストは、口から大量の血を吹きだしうずくまる。

「そう、私が拾ってやった。しかし、貴様はその恩を忘れ好き勝手の毎日だ!」

 ドズルノフが、右足でブラストの脇腹を踏みつけた。

「聖職者の血を飲むだと? ふざけるなよ。神の使徒を殺し、血を吸うとは何事だ!」

 ドズルノフが、ブラストを踏みつけた。

「我々がどうやって地上に上がったと思っている!」

 ドズルノフが、踏みつけた。

「神のおかげだ! 我々では、逆らうことのできない存在だ!」

 ドズルノフが、踏みつけた。

「資格を、奪うんだ……聖職者でなくしてから、血を飲むのさ……」

 ブラストが、息も絶え絶えに言った。

「その結果どうなった。貴様が汚した聖職者の親族が、吸血族を狙っているんだ!」

 ドズルノフが、踏みつけた。

「その中でも、なぜ私の一族が多く殺されていると思う。それは、お前が、私の一族だからだ!」

 ドズルノフが、踏みつけた。

「私の一族だからだ。お前が!」

  踏みつけた。

「お前のせいだ!」

 踏みつけた。

「お前のせいで、私の立場が危うくなっているのだ!」

 踏みつけた。

「お前の行為に神が怒り、制裁を加えているのだ!」

 踏みつけた。

 踏みつけた。

 踏みつけた。

「もし次に何かしたら、貴様の血を吸ってやる」

 ドズルノフが、大きく呼吸を乱しながら言った。

 ブラストは、血を吐きながら痙攣している。

「私を失望させるな。行くぞ、ジェイド」

 ドズルノフは、そう言ってジェイドを引き連れ部屋を出ていった。

 部屋に残されたブラストは、小さく笑みを浮かべ、笑い声を漏らし、

「老いたな、ドズルノフ。あの程度で息が乱れるとは」

 と、言った。


――2――

 窓の無い、暗い石造りの広い部屋の中央に大理石の円卓、周囲には十三の椅子が置いてある。

 そのうちの十二の椅子は、すでに使用されている。

 座っているのは、男が八人、女が四人。いずれも老人であった。

 彼らは全員始祖の一三人と呼ばれるメンバーであり、それぞれ隣に額に模様を持った後継者を立たせている。

「遅いわね、ドズルノフ君は」

 赤いドレス姿の老婦人が、言った。

「若造めが。調子に乗りおって……」

 パイプをふかした老人が、言った。

「彼は甘い。私だったら、ブラストはとうに殺している」

 右目に眼帯をつけた男が、言った。

 彼らの名前はそれぞれ、アリーナ、スパイラル、レオナルド。

 三人は、吸血族の中では武闘派として知られる三人であり、始祖の一三人の中でも発言力が強い集団であった。

そして、彼らの縄張りはドズルノフの縄張りに隣り合った場所にある。

「彼は信心深過ぎるな。神が我らを滅ぼすなどありえぬ」

 レオナルドが、言った。

「ええ。だって、神は私たちに勝てなかったんですもの」

 アリーナが、言った。

「我らに送り込んだ神の軍勢は敗北。負けの歴史を残したくない神は、彼らを悪魔と呼び、我々を地上に住まわすことで和平とした」

 スパイラルが、笑みを浮かべて言った。

「まあ、例の狩人は問題ではあるがな」

 レオナルドが、言った。

「ああ。だが、我らには多くの軍団がある。大戦時以上の数の軍団がな」

 スパイラルが、言った。

「そう。私達に、怖いものなどないわ。どんな時もね」

 アリーナが言ったそのとき――

「遅れて申し訳ありません」

 と、ドズルノフが、部屋の扉を開けながら早口で言った。

 ドズルノフの右隣には、ジェイドが付いている。

「いい身分だな、ドズルノフ」

 ドズルノフの正面に座るスパイラルが、パイプを強くふかして言った。

「急用ができまして、申し訳ありません」

 ドズルノフが、言った。

「ブラストのことだな。もう殺してしまえばいいじゃないか」

 レオナルドが、言った。

「利用価値が無いなら、そうすべきね」

 アリーナが、吐き捨てるように言った。

「ブラストは……確かに多くの問題を抱えておりますが、我々が誰一人として解読できなかった文献を次々と翻訳しています。利用価値はあると思います」

 ドズルノフが、言った。

「では、狩人はどうする。あれはブラストを差し出せば解決するのではないかね」

 レオナルドが、言った。

「それについてお話が。ジェイドが狩人と遭遇したそうです。ジェイド」

 ドズルノフが、そう言って、一歩引く。

「狩人の実力は本物です。私が育てた集団が、短時間で全滅させられました。しかし、直接相手をしてわかりましたが、狩人の力はまだ完全ではない。一刻も早く、対策を講じるべきです」

 ジェイドが、静かに言った。

「仕留め損ねた理由にしては、お粗末だな」

 スパイラルの左に立つ屈強な若い男が、言った。

「ジーク、やめてやれ」

 スパイラルが、笑みを浮かべて言った。

「ブラストは、お前の息子だそうだな。なぜ始末されないかはすぐにわかる。出来の悪い息子を持つと大変だ」

 屈強な男――ジークは、口角を吊り上げ、笑みの形を作って言った。

「ほう――」

 ジェイドが、静かに言った。

「よせ、ジェイド」

 ドズルノフが、遮るように言う。

「いいじゃないか。せっかくだから賭けをしよう。どうかね、、ドズルノフ君。キミのジェイドと私のジークで勝負をして、ジークが勝てばブラストを殺す。ジェイドが勝てばブラストの件は保留というのは」

 スパイラルが、言った。

「でも、それじゃあ公平じゃないわ。だって、ブラストは私達全員に嫌われているんだもの。不利な条件を与えないとね。フリーダ」

 アリーナが、喜々とした様子で言うと、アリーナの右にいる全身赤い服の若い女が、一歩前に出る。

「そうだな。ミヒャエル」

 レオナルドの言葉に、レオナルドの右に立っていた黒髪の若い男が、前に出た。

如何(いかが)いたしますか。ドズルノフ様」

 ジェイドが、静かに言った。

ドズルノフは下を向き、大きく息を吐くと、

「やれ」

 と、言った。

 その瞬間、ジェイドは霧に姿を変え姿を消す。

 直後、ミヒャエルの背後に姿を現わした。

「後ろだ!」

 レオナルドが声を上げた瞬間、ジェイドはミヒャエルの腰部を右の拳で殴った。

 ミヒャエルは、うめき声を上げると、そのまま地に膝をつく。

 ジェイドは、姿勢を低くしたミヒャエルの顔面をすくい上げるように左拳で殴った。

 ミヒャエルは、鼻から血を噴出させ、地面に倒れる。

「次はどっちかね」

  ジェイドが、眉ひとつ動かさずに言った。

「構わん、殺せ!」

 スパイラルが、声を荒げて言った。

 ジークとフリーダが、ジェイドを前後に挟むように立つ。

 先に動いたのは、ジェイドの背後に立ったフリーダであった。

 フリーダは、右のハイキックでジェイドに仕掛ける。

 ジェイドは、それを見ずに霧に姿を変えた。

「また後ろか!」

 フリーダが、そう言って後ろを振り向きながら左の蹴りを入れる。

 ジェイドは、フリーダの正面に現れ蹴りを右手で受ける。

 そのとき、フリーダの左脚の骨が、悲鳴を上げた。

 ジェイドの指が、フリーダの脚に肉を引き寄せ、食い込んでいく。

 そして、フリーダの左脚を握りつぶした。

 フリーダが、絶叫を響かせて床に転げ回る。

 直後、ジークが腕をジェイドの首に回して、締め上げる。

「いいぞ、殺せ!」

 スパイラルが、鼻息を荒くして叫んだ。

 ジェイドは、再度霧に姿を変え、ジークの首を背後から腕で絞める。

 ジークは、ジェイドの腕を握り、脚を蹴るが、ジェイドは変わらぬ様子でジークを締め上げている。

「御三方、継承者を考え直したほうがよろしいのでは?」

 ジェイドが、言った。

 ジークがどれだけ暴れても、ジェイドを振りほどくことができない。

 やがて、ジークは白目を剥いて意識を落とす。

「では、息子の件は次の機会という事でよろしいですね」

 ジェイドが、ジークの首から腕を離し、言った。

 アリーナ、スパイラル、レオナルドは、それぞれが下を向き、肩を震わせている。

「皆さん、今はブラストについて議論している場合ではありません。狩人の対策に全力を注ぎ、神の許しを得る方法を探さなければなりません。どうか、ご協力を」

 ドズルノフは、そう言うと扉を開けて外へ出る。

 ジェイドは、小さく息を吐きながら霧に姿を変え、閉まりかけの扉から抜けていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ