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悪魔の剣

 古びた木材でできた部屋の柱にそれぞれ設置された蠟燭が、夜の室内を照らす。

 部屋には木製のカウンターがあり、机があり、椅子がある。

 机には、酒や食べ物入った木の入れ物とフォークが置かれ、椅子に座っている人物は、顔や体に傷がある者が、ほとんどである。

 それに当てはまらないのは、カウンター席に座っている白銀の重装鎧を身に着けて白金の髪をした若い女と、その向かいに立っている白い口ひげを生やしている年老いた店主だけだ。

 女の顔は、名工と呼ばれる彫刻家が生み出した女神像に肉を張り付けたような作りで、髪は上半身の半分ほどまで届いており、他の客たちは、白金の髪の女を横目で何度も見ている。

 女の周囲に彼女が所持していると思われる武器が見当たらないのも、余計に興味を持たせていた。

「お客さん、何か注文してもらわないと困りますぜ」

 店主が、呆れ声で女に言った。

 それを聞いた女は、ゆっくりと店主に視線を合わせる。

 店主の青い目よりも女の目はさらに蒼いものであり、その女が発する空気に、店主は息をのんだ。

「ああ、悪かった。ワインはあるかい」

 女が、高い声で言った。

「ここは酒場ですぜ。教会でもなければそんな上品なものありませんや。ビールなら売れ残るほどありますがね」

 店主が、ぶっきら棒に言った。

 すると女はため息をつきながら、 

「じゃあ水。教会で清められたやつだ」

 と、店主に合わせるように淡々と言った。

「もしや、聖騎士様で?」

 店主が、やや声を大きくして言う。

 聖騎士とは、教会の命をうけて悪魔や異教徒を討伐する精鋭のことだ。

 聖騎士は全員不思議な力を持ち、神父や僧侶では解決できない問題に取り組む集団であるため、誰からも恐れられている。助けられた人々も例外ではない。

 教会で清められた水を飲むのは、聖職者と熱心な信者くらいであるが、一般の信者は酒場の喧騒を嫌う傾向がある。

 つまり、一般人とは思えない姿をした人間が酒場に足を運んでそれを欲しがるというのは、聖騎士を連想させるのに十分なものであった。

「さあ、どうだろうね……」

 女と店主の会話の後に、沈黙が流れる。

 酒場の客全員が会話をやめて、聞き耳を立てていた。

「――」

「――」

「まだ?」

 手を止めて固まっていた店主に対して、女が言った。

 慌てて作業を始める店主をよそに、女は虚空を眺めている。

 そんなとき、酒場の扉が勢いよく開く。

 静寂に響くその音に、白金の髪の女以外は全員その方向を見た。

 現れたのは、二メートルほどの身長に広い肩幅。肌の色は茶褐色で、髪は黒く短い。上半身は大きな犬歯でできたネックレスを身に着けているだけで、下には汚れた布の腰巻、左半身には一目で銀とわかる鈍い輝きを放つ剣を装備している若い男だ。

 男の姿は、典型的なディモール族の戦士の姿であった。

 ディモール族は優秀な傭兵として近隣諸国に知られていたが、数年前に対立部族との戦争に敗れてからは、奴隷として売られ見世物としての戦いをさせられるか、この男のように流浪の民になったと言われている。

 男は、床板を大きく軋ませながら大股でカウンター席に近づくと、白金の髪の女の右横に座った。

「水をくれ。それから腹が膨れるものを」

 男が、低く重い声で言った。

「アンタ、カネは持っているのかい」

 店主が、怒気を込めた声で言う。

 男は腰巻に右手を入れると小さい灰色の袋を取り出し、カウンターの前でひっくり返した。

 すると、中から砂金がザラザラと流れ出す。

 店主が目の色を変えて砂金を眺めていると、

「いくら必要だ」

 と、男が言った。

 店主がそれを聞いた途端、媚びた笑みを浮かべながら砂金の山から一掴みしてズボンのポケットに入れた。

「それで、私の水はどこに消えたのかしら」

 女が、上品な口調で水の部分を強調して言った。

「上客のほうが先でさあ」

 店主が小声で言うと、男が女のほうを見て、

「知らなかったとはいえ、すまなかった。店主、彼女のほうを先に頼む」

 と、言った。

 店主は媚びた声を上げると、女に水の入ったコップを差し出す。

「どうも」

 女は短く言うと、水を一気に飲み干した。

「ところで店主。このあたりで吸血族を見たものはいないか?」

 男が、言った。

 その瞬間、店主は、肉入りのシチューを皿に盛りつけていた手を止める。

 周囲の客たちも、ヒソヒソと会話を始めた。

「どうしてそんなことを聞くんですかい」

 そのままの姿勢で、店主が言った。

「そいつらを一匹残らず殺す。何か知らないか?」

 男が、語気を強めて言った。

「私は知りませんね。町にでも行けばわかるんじゃないでしょうかね」

 店主が、微動だにせずに言った瞬間――

「知ってるよ」

 と、白金の髪の女が言った。

「本当か!」

 男が、身を乗り出して女に迫りながら言った。

「話は変わるが店主。アンタの左手首を見せてくれ」

 女が、言った。

「なぜですかい」

 店主が、女たちに背を見せながら言う。

「いいから見せな」

 女が、声を低くして言った。

「いったいなんの関係があるんだ。早く教えてくれ」

 男が言うと、店主は振り返ってシチューが入った皿をを男の前に置く。

 二人が店主の左手首を見ると、その部分には白い包帯が巻いてあった。

「少し黙っていろ。さあ、その包帯を外しな」

 女が言った。

「これは、この前に火傷をしまして……」

 店主が、脂汗を流して口ひげを弄りながら言った。

「お兄さん、吸血族を始末したいなら知っておいたほうがいいことがあるよ」

 そう言うと、女は右手で店主の包帯を無理やりはぎ取る。

 店主の手首には、縦に二つの穴が開いていた。

 店主は慌てて腕を引っ込めようとするが、すぐに女の左手に掴まれてしまい身動きが取れなくなる。

「こいつらは左手首に歯形が残っているんだ。吸血族になったときのね」

 女がそういった途端、店主の肌は紫色に変色し、顎が上下左右に大きく開き、白目をむく。

「そして、その歯形はそいつらのファミリーの歯形だ。どんなやつも自分のボスと同じ歯形になる。そしてコイツの歯形は、始祖の十三人であるドズルノフのものさ」

 女が言葉を続ける間も、店主は奇声を響かせ、全身を痙攣させながら筋肉質の肉体に変貌していく。

 他の客は驚きのあまり身動き一つできていない。

 吸血族は、その名の通り誰かの血を吸って生きている集団だが、その殆どが謎の存在である。

 わかっているのは、彼らは地底の奥深くに生活していたが、太古の戦争で同じ地底に住む悪魔を打ち破り、その功績として地上で生きることを神が許したという伝説と、一族以外は食糧としてしか見ていないということだ。

「グケエエエエエエ!」

 完全に吸血族に変貌した店主が、女に噛みつきを仕掛けようとした瞬間、女は右手の平を吸血族の顔にむける。

 すると、突然銀色の刀身が手の平から姿を現し、剣先が吸血族の額に深々と突き刺さった。

「ギエエエエエエエェェ!」

 吸血族が、悲鳴を上げてのたうち回る。

 刀身の次は金色の柄が現れ、それを女が握って剣を回転させ、吸血族の額をえぐり取る。

「それから――」

 女が言うと、銀色の剣の周囲に漆黒の闇が生まれ、その中に剣が消えていった。

 立ってみると、白金の髪の女は肩幅こそないものの、身長が一七〇代後半の大きさである。

 女が吸血族の頭を右手で鷲掴みにすると、大きくジャンプをして半回転しながらカウンターの奥側へと移り、その勢いで吸血族を戸棚に叩きつけた。

 戸棚に入っていた使用前の鍋や皿が地面に崩れ落ち、並べてあった酒瓶が次々と割れる。

「こいつらはこんな姿でもこっちの言葉がわかるし、会話も人間のときと変わらずできるんだ」

 そういうと、女は吸血族の頭を掴んだまま、カウンターに顔面を擦りつけた。

 吸血族の顔面にいくつもの木片が刺さり、うめき声を上げている。

「た、助けてくれ! 俺はまだ誰も殺していない!」

 吸血族が口を開き早口で言った。

「だが、いつか誰かを殺す。それに、血は飲んだはずだ。ならば同じことさ」

 女が語気を荒くして重い声で言った。

「俺は昨日なったばかりなんだ! だから誰も殺していないし、血も飲んでない! それに、無理やりこんな姿にされた被害者なんだぞ!」

 吸血族が叫ぶと、女はシチューが煮えたぎった鍋の前まで吸血族を引っ張っていく。

 その間も、吸血族は言葉にならない悲鳴を上げながら、弁解の言葉を並べ立てた。

 しかし、女は全く聞く耳を持たずに吸血族の頭を自分の腕ごと鍋の中へとブチ込んだ。

「ふざけるなよ。吸血族になるためには契約が必要なんだ。然るべき時に然るべき場所で行わなければならない。テメエが、偶然昨日巻き込まれるような生まれか? ずっと前に自分から化け物になることを望んだだろボケ!」

 女は、地獄の悪魔さながらの形相を浮かべながら吸血族の顔を鍋の底まで押し付けた。

 吸血族は、鍋に無数の気泡を浮かべながら手足を激しく動かしている。

「おい、殺すならすぐにやれ。苦しませる必要は無い」

 ディモール族の男が、低い声をさらに低くして言った。

「素人は黙ってろ!」

 女は、息を荒くして吸血族を鍋から引き上げる。

 吸血族は顔中に火傷による水ぶくれできており、元の顔が想像できないほどであった。

「吸血族の正しい殺し方は、新月の夜に心臓を百に切り刻み、教会で清めた水にそいつが生きた年数だけ漬けることだ」

 そう言うと、女は吸血族の両腕を左右の腕で引きちぎり、

「このクズは、その間もずっと生き続けるんだ!」

 と、言った。

 吸血族は、もはや悲鳴を上げる力も残っていない。

「さっき言ったな。苦しませる必要は無いと。違う。苦しませるっていうのはこういうことだ!」

 女が、吸血族の口に右手を入れ、吸血族の舌を引き抜く。

 吸血族は、息切れを起こした豚のように喉を鳴らして苦しんでいる。

「やめろ。これ以上は吸血族が我が仇であろうと見過ごせんぞ」

 男が、静かに言った。

 女は、舌打ちをして吸血族を壁際に突き飛ばす。

「甘ちゃんのお前にいいものを見せてやる」

 女は、右腕を前に突き出し、

「敗北の呪いよ、始祖の呪縛を解く鍵となれ。肉体より憎しみを集め、死の闇で(すす)る者達を灰塵へと変えよ。デモンブレイド!」

 と、言うと女の全身を先ほどの闇が包み、それがやがて右手に集まり始める。

 それと同時に女は、吸血族の悲鳴とは比べ物にならないほどの絶叫を上げながら右手の平から先ほどの剣より一回り刀身が太いものが黒い闇を纏って出現した。

 女の目は血走り、歯を思いっきり食い縛りながら刀身を出しきって、柄を握る。

「これが、さっき言った吸血族を殺すルールを無視する唯一の武器だ。」

 そう言い、女は、デモンブレイドと呼んだ長さ一二〇センチほどの直剣を吸血族に突きつけた。

「少しは傷も治っただろう。最後に答えてもらう。ブラストはどこだ?」

 女は、静かな口調を使っているが、相手の態度次第では、いつ怒りが爆発してもおかしくない様子であった。

()らない……こうなっらのは一カ月前らんだ。詳ひいころは何も……」

 吸血族が、治りかけの口で言う。

「じゃあ、集会場はどこだ。血を飲み、やつらのクソ塗れの文化を学ぶ場所があるはずだ。言え。」

 女が目つきを険しくして言う。

「い、言ったら殺される」

 吸血族が、全身を小刻みに震わせながら声を絞り出す。

「言わなければ、今この場で殺してやる。言えば、今回だけ見逃してやる」

 女が、静かに言った。

「こ、ここから東の森を行ったところに作業用の小屋がいくつかある。夜中は誰も来ないからそこでやるんだ。嘘じゃない」

 吸血族は、息も絶え絶えに言うとそそくさと逃げようとする。

「待て」

 女が、吸血族の頭を左手で掴む。

「助けると言っただろ! 嘘をつくのか!」

 吸血族が、目に涙を浮かべて悲鳴を上げる。

「お前たちは言葉巧みに人間を人気のない場所に誘い込み、大勢で全身の血を搾り取るんだ。そんな風に得た血を、テメエらは何も感じずに飲んでいるんだぞ。最後くらい騙される側になって悔い改めな」

 女は、言い終わると右手に持ったデモンブレイドを大きく振りかぶる。

「ひひひひへひへへえへえへへえへ……」

 吸血族は、逃げる様子も見せずにただ薄ら笑いを浮かべ続けている。

 女は、そのまま吸血族にデモンブレイドを縦に振り下ろすと、吸血族の身体は二つに裂けた。

 その瞬間、剣に纏っているものと同じ黒い闇が、人の上半身のような形を持って現れる。

 斬られた吸血族は、先ほどとは打って変わって悲鳴を上げ、もがき抵抗している。

 しかし、その抵抗もむなしく吸血族は形を持った闇に飲まれ、その闇が消えるとその場所に大量の灰が降り注いだ。

「悪魔が滅びる直前、一人の悪魔を除いてこの剣に持っている力を全て集めた。悪魔は吸血族に滅ぼされたのではない。人間に自分たちの復讐を託したのさ」

 女は、静かに語り、大きく息を吐いた。

「今日のことは忘れるんだ」

 そう言うと、女はカウンターを飛び越えて出口へとむかう。

 客たちは、突然の光景に口をパクパクとさせている。

「待ってくれ!」

 ディモール族の男が、言った。

「お前について行きたい。吸血族と戦うなら、俺も協力させてくれ」

 男が続ける。

「無理だ。さっきも言っただろう。私の武器以外じゃ儀式に長い時間が必要なんだ。お兄さんにできることはないよ」

 女が、足を止めて静かに言った。

「俺は家族を吸血族に殺されたんだ。仇を討たなければ気がすまん」

 男が、語気を強めて言った。

「私が吸血族を全て滅ぼす。始祖の十三人も含めて全員ね。無駄に死ぬこともないさ」

 女はそう言うと、再び歩を進めて店を出る。

「じゃあ、勝手について行かせてもらうぞ。それなら問題あるまい」

 男も、女の後を追いかけて店を出た。

 女は、それを聞いて大きくため息をつく。

「俺の名前はルビウスだ。お前は?」

 ディモール族の男――ルビウスが言った。

「私の名前は悪魔に奪われた。その悪魔の名前なら名乗れるけど、それでいいかい?」

 女が言うと、ルビウスは、

「ああ」

 ルビウスが言った。

「アーク……変な名前だろ?」

 白金の髪の女――アークが、言った。

「そんなことはない。名前には必ず意味がある。変な名前などない」

 ルビウスが、笑みを浮かべて言う。

 アークはそれを見てはいないが、口元はわずかに緩んでいた。

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