出会い
今日も空は晴れている。この病室から眺める空はいろいろな表情を見せる。雨は落ち着く。曇りは結構憂鬱。雷はこわい。
わたしは一人では歩けない。だからお母さんに身の回りの世話をしてもらっている。今日は少し曇っていた。でも久しぶりに外の空気を吸いたいとお母さんに頼んで車椅子で病院の庭につれてってもらった。
外の空気はやっぱりおいしい。いっぱい空気を吸い込んだ。頬に風がそっとあたる。心地いいな、と思っていると、向こうから黒いコートを着た、長身の男の人が近づいてきた。車椅子の前に立ち止まると、ふいに話しかけてきた。
「お嬢さん。生きるのは楽しいかい」
黒い男の人にいきなり変なことを言われびっくりしていると彼は言葉を続けた。
「もうすぐ楽にしてあげますよ」
一瞬意識がとうのいたと思ったら、目の前の男は消えていた。あたりを見渡したがそれらしい男はいなかった。
「どうしたの?」
お母さんが言った。
「今男の人がいなかった? 全身黒ずくめの……」
「え? ずっと車椅子を押してるけど、そんな人いなかったわよ」
「わたしと話さなかった?」
「大丈夫? 疲れてるんじゃない。もう病室に戻りましょう」
「……うん」
お母さんがすごく心配していたので、その話しはしないことにした。でも仲のいい隣の病室の詩織ちゃんにはこのことを何気なく話してしまった。
「それって、死神だよ」
「死神?」
「そっ。死神。ここの病院の伝説でね、この間佐藤さんに聞いたんだ。死神は会うと取引を申し出てくるんだって」
「取引ってどんな?」
「え? 知らないけど。あれじゃない。願いをかなえる代わりに目を差し出せとか……」
「それって悪魔じゃない? わたしが言われたのは楽にしてくれるって言ってただけだけど」
気づくと詩織ちゃんはわたしの目を真剣なまなざしで見ていた。
「まさか、死にたいなんて考えてないよね。そんなのわたしが許さないよ」
「う、うん。大丈夫だよ。考えてないから」
「よっし。おっけ。私帰るからね」
詩織ちゃんは松葉杖をついて自分の病室へ帰っていった。
その夜わたしは悶々死神のことを考えていた。もし願いを叶えてくれるならこの足を治してほしい。でも何かと引き換えじゃなきゃだめなのかな。もしかして死と引き換えなのかな。でもそれじゃあ足治っても意味ないし。タイムリミット式かなでも……。
そんなことを考えていて眠れなかった。散々考えているとだんだんうとうとしている自分に気づいた。
「やあ、昼間はどうも」
「!」
眠りかけた頭に一気に緊張が走った。
「だ、だれ?」
おそるおそる尋ねると、床から黒い影がぬっと出てきた。
「死神ですよ」
直球な答えに面食らっていると、死神は続けた。
「あなたは私達から選ばれました。そこでひとつ審査をしたいと思います。本当にあなたが選ばれた人間なのかを」
「何を言ってるの? わたしは死なないし取引もしないわ!」
「もう決まったことですので。決定はくつがえりませんよ。さて、審査ですがなんと喜んでください。今日この夜に決まりました。もうすぐ男がやってきます。彼は少々いかれてます。」
すらすらと説明をする。
「そして、なんと!」
死神は大仰に手を広げた。
「詩織さんを人質に取ってしまいます」
「え?」
「その時私は問いかけますのでそれが審査の大筋です。細かいことは現場で説明しますので。それではその時に……」
「ちょっとまって! どういうこと詩織ちゃんが人質? どういう――」
問いかけた時はときすでにおそし。とぷんと床に沈んで死神は消えていった。
わたしはあたりを見回した。だけど誰もいない。もしもあいつの言うことが本当なら詩織ちゃんが危ない。わたしは何とかして車椅子に乗った。その時ガラスが割れる音が響き、防犯ブザーがけたたましく鳴り響いた。
病室の廊下側の扉の窓に黒い影が横切った。
急がなくっちゃ。詩織ちゃんが……!。
「きゃーーー!」
急いで隣の病室へ行くと、警備の人や当直の看護師さんが出口を囲んでいた。
何とかかき分けて先頭にでるとそこにはよだれをたらした男が、詩織ちゃんの頭に拳銃を突きつけていた。
「なんだよー。なんとかしろよーこの状況」
男は意味不明なことを言っている。
「さて、審査を始めましょう」
頭に声が響く。あの死神の男だ。
「拳銃を持った男はすでに二人殺しています。そのあしでこの病院に忍び込みました。見たとおりいかれてしまっています。そこで、あなたに二つの選択肢を与えます。一。警察に任せ、助かるのを待つ。二。私の力であの男の魂を刈り取る」
「そんなの二つ目に決まってる」
「おっと。せっかちは損をしますよ。もし二つ目を選択する場合、ふつうではいられません。なにせ死神の力を借りるのですから」
パン、と銃声が聞こえた。意識を死神の声から音のしたほうへ移す。そこには倒れた詩織ちゃんが床に横たわっていた。
「詩織ちゃん!!」
「うう……」
詩織ちゃんはうめき声を上げていた。まだ生きてる。
「おやおや。あちらもせっかちですね」
「はやく!!」
「はいはい」
横たわっていた詩織ちゃんに男が馬乗りになり、拳銃を突きつける。
「やめて! 離して!」
詩織ちゃんが激しく抵抗する。肩に血がにじんでいる。
「ばいばーい」
男がにやりと笑い引き金を引いた――瞬間男は拳銃を落とした。
「ぎゃーーー!!!」
詩織ちゃんは目に指を突っ込み、男が悶絶している。
拳銃を探すとわたしのすぐ近くに転がっている。
「さあ」
わたしはとっさに拳銃を拾った。手ががたがた震える。
「さあ!」
死神の力じゃなかったの!? なんでわたしが拳銃を??
「あなたが関わらないと言いましたか。これはあなたの審査ですよ。それに死神はそんなに甘くありませんよ。さあ!!」
打てない! でも……詩織ちゃんが!
男が自分の腰の後ろ辺りを探っている
「言い忘れましたが、あの男は二つ拳銃をもっていますよ」
「まだあるよーん」
血をたらしながら男が引き金に指をかける。私は目を瞑って……
ぱんぱん。二回銃声がした。男は倒れ、詩織ちゃんは動かない。
「詩織ちゃん」
わたしは駆け寄った。大人たちもそれに続いていっせいに詩織ちゃんの周りに集まる。
看護師さんたちが手早く対応する。
「大丈夫だまだ助かる!」
わたしは呆然と立ち尽くし運ばれるのを見送った。
「あ、あなた、足!」
気がつくとわたしは立っていた。しかもさっきは駆けることができた。
「足はおまけです。うーんまあいいでしょう。合格です」
死神の声がする。
人を打ってしまった。殺してしまった。
「だめだこの男はもう……」
「おめでとうございます。記念すべき初仕事です」
死神の言葉もきく気力がない。
「あなたには、死神の仕事をしてもらいます」
あれから数日がたち、詩織ちゃんは一命を取り留めた。大きな手術をしたが、意識ははっきりしているし、後遺症もないそうだ。
「奇跡よ、奇跡が起きたのよ」
詩織ちゃんは鼻息荒くわたしに言った。奇跡とは自分のことではなく、わたしの足のことだ。
わたしは人を殺してしまったことで落ち込んでいた。
「なに言ってんのよ。私を救ってくれたヒーローよ」
詩織ちゃんは言う。
「今日退院だっけ」
「うん。ごめんね。本当なら詩織ちゃんが先に退院するはずが……」
ふと手に手の感触が伝わる。
「願いがかなったんでしょ。これからはどこでもいけるんだから。色んなとこ行って私に報告しなさいよ」
「うん。ありがと。詩織ちゃん」
死神のことは本人がら口止めされている。口止めされなくても、こんなこと信じてもらえないから、言わないけど。
「じゃあね。ばいばい」
わたしは病院を後にする。もう会うことはないだろう。死神にそういわれた。
「言い忘れていましたが、あなたには死ぬことは許されません。永久に私どもの仕事に携わっていただきます」
「そう」
帰りのバスの外を見ながら、頬づえついて気のない返事をした。
「まあ、死は永遠みたいなものですから。そんなに変わりませんよ」
「そう」
またわたしは気のない返事をした。




