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はじまり。2

じゅわっと油に入った茄子の焼ける、音。ニンニクとトウガラシのいい、匂い。

隣でぼこぼこ沸いているお湯の中には既にパスタが入れられて、ゆであがりまではあと5分。


「よし、後はズッキーニとベーコンと玉ねぎと・・・トマトも入れよう!」


手際良く材料を放り込み、フライパンの中で具が炒められていく。今日のメインは夏野菜のスパゲッティだ。サラダはたっぷり入ったレタスにきゅうり、上にはコーンとチーズをのせて。今日はシーザードレッシングで。


ピピピピッとタイマーがなったら、後はソースにからめるだけ。


「よし、出来上がり!」


「うわ~、相変わらず手際いいわぁ。さすが‘お母さん’だね」


嬉しそうに言ってくれるのは良いけど、後半がいただけない。


「もう、その呼び方はやめてよね!カナメのような娘を育てた覚えはありません!」


「ごめんごめん、つい高校時代を思い出しちゃった。」


懐かしそうに言うカナメにしょうがないなぁとあきらめる。確かに、私は「お母さん」と呼ばれていたのだ。子供なんて産んだことも育てたこともないけど。


「ほら、冷めないうちに食べよ」


「うん、いただきまーす」


カナメは本当に美味しそうに食べてくれるから好きだ。作りがいがある。やっぱり、作るからには美味しいものを、美味しそうに食べてほしいもんね。

ほっぺが落ちそうになりながら食べ続けるカナメにちょっと笑って、


「デザートはグレープフルーツゼリー作ってみたんだ、試食よろしくね」


「やった!立花最高!お嫁さんにしたいわ~」


カナメの口癖だ。どうやら私はお嫁さんにしたいナンバーワンらしい。


「大げさなんだから。これくらい、誰でも出来ます」


「そんなことないって、お嫁さんにしたい第一条件はやっぱり家事ができることよ!美味しいご飯こそ人生の楽しみなんだから!」


言いきるカナメがちょっと、うらやましい。

なぜかって、私には大きなコンプレックスがあるからだ。


「そんなこと言ったって、所詮男は外見よ。私みたいなチビでデブはいくら料理の腕があってもお呼びじゃないのよ」


「立花・・・・」


そうなのだ、私のコンプレックス。

152センチ、58キロのチビデブ体型。ちょっと好意的にみればぽっちゃりさん。

市販のMサイズだって着れなくはないし、すっごくまるまるしてるわけじゃない。

でも痩せてもいない。


食べることが大好きで、美味しいものを作ることが大好きで、女の子はちょっと太ってるくらいがかわいいのよという家に生まれた結果が、今の私。


母は調理師+栄養士、父はパティシエという夫婦の子供である私は、洋食屋さんで働くシェフの卵だ。ちなみに兄は製パンの道に進み、自分の店を持つべく修行中だ。


昔は、それでも思ってたのだ。

太ってることで小さいころからからかわれた私は、いやでいやでたまらなくて拒食症になりたいなんてばかなことも考えた。


でも、こんなうちに生まれた私が、痩せられるはずもなく。


「料理人が痩せなきゃって死にそうな顔で栄養食なんか食べるな!美味しいものを作るには美味しいと自分から思えるものを生み出さなきゃいけないんだ!それができずに痩せることを優先させるなら料理と一生かかわるんじゃない!」


中学生の時に父と母に言われた一言で、私は悟った。


美味しいものを作り出したいなら、食べたいなら、食べてもらいたいなら、見た目なんて気にしちゃいられないのだと。

気にしているうちは、料理と本気でむきあうことなんて出来ないのだと。


そして、私は自分の外見よりも、料理を、大事にしたいのだと。


だから今は、気にしない。

心ない言葉はときどき耳に入ってしまって、苦しいこともあるけれど。

それよりももっと、大事なことを今の私は分かっているから。




「ごちそうさま!美味しかったよ~立花。いつもありがとう」


一週間に一度、私は試食も兼ねてカナメとご飯を食べている。彼女が苦学生ということもあるけど、素直に美味しいと食べてくれる姿は私の元気にもなっているから。


「どういたしまして。来週は、カレーを作ろうと思うんだ。カナメの好きなナンもね」


「やった~!立花大好き!来週も楽しみにしてるね」


「うん、またね」


カナメを見送って、パタンとドアを閉める。


「ふ~。今日もうまくいって良かったなぁ。でもゼリーはちょっと苦味が出ちゃったのが失敗だったな。今度お父さんに秘訣を聞いてみようかな・・・。」


ぶつぶつと今日の反省を口にしていた時だった。



コンコン。ノックの音がした。


誰だろう?いまどきインターホンじゃないなんて。

ちょっと悩んでいると、女の人の「ごめんください」という声がした。


「はーい・・・どちらさまですか?」


チェーンはしたままドアを開けた。


「リッカさま、ですね?お迎えに上がりました」


きちんと髪を結ったピシッとした服を着た秘書みたいな人が、わけのわからないことを言った。

理解しがたくて、首を傾ける。

と。


「え?」


彼女の姿の向こうに、見慣れない景色が広がっているのが目にはいった。

それは、青い青い、月と広大な森。


明らかに自分のアパートの前に広がる商店街が、ない。



「なんで・・・?」


「失礼いたします。」


呆然としていたら腕を掴まれて、引っ張られた。

チェーンはと思ったけれど、すでにドアの姿すら消えていた。後ろを振り返る暇もなく引っ張られていく。


「ちょ、ちょっと、待ってください!何なんですか誰なんですかあなたは!!」


「説明は後ほどいたします。ここがひらいているのは後わずか。お急ぎください」


「ひらいてるって・・なんで私が行かなきゃいけないんですか!離してください!」


あまりの唐突さに腹が立って、振りほどこうともがく。

彼女も私にはあまり手荒なことができないようで、困った顔で、それでも離してはくれない。




「うるさい女だ」



唐突に声がした。その声はすぐ近くで、すぐ上から降ってきた。

思わず顔をあげて、目を開いた。



それは完璧、と評されるにふさわしい顔形。

見上げた空と同じ、濃くて深い藍色の髪に、星を閉じ込めたようなときどき光る闇色の瞳、ぱっとみただけでもすぐにわかる均整のとれた体、そして、まるで彼のために作られたような紺色と銀色の馬に乗っている。



なにこの美人。

なんでこんなに、きれいな生き物が、私の隣にいるのか?



「ミリディア、さっさと連れて行け」


呆然としている私の横で、彼は彼女に命令をしている。

だめだ、頭に入らない。


「ですが、リッカさまにも・・・」


「・・しょうがない、では俺が連れていく」



ため息が聞こえた。

と思ったらいきなり体が浮いた!



「わっ!!」



私を引っ張り上げた彼はこうつぶやいた。





「重い!!」






それはどうもすみませんでした。


っていうか、だれ。

長い文章を書ける方って偉大だ・・・。

まだまだ序章です。主人公の(ヒーロー)の名前さえ出てません。次回は多分。

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