第八話
発言の途中でルクシオンが口を挟む。その声には怒りが滲み出ていた。その先の言葉が予想出来たからだろう。男は怯えた様に肩を震わせたが、意を決して言葉を続けた。
「そろそろ殿下も前線に立たれるべきではありませんか?そうすれば兵の士気も上がりましょう」
「殿下は下々の者に人気がおありのようですからな」
恐る恐る言った男の言葉に別の男の声が被さる。それを皮切りに一気に騒がしくなった。
「先日も城を抜け出されたとか」
「廊下で侍女と話していたり」
「騎士の宿舎にまで足を運ばれたそうですな」
「もう少し王族としての自覚を持って頂きたい」
貴族達の無遠慮な言葉が飛び交う。その言葉にルクシオンが体を震わせている事にも気付かずに。
「お陰でうちの侍女が反抗して来たのですよ」
「うちもですよ、護衛の男が」
「不遜にも程がある」
「しかもその内容が殿下を庇うものだった」
「うちもですな、主を馬鹿にするくせに小僧を庇いおった!」
いきり立った貴族の老人が立ち上がる。それは周囲にも広まり、次々と立ち上がり、罵倒を口にする貴族達。ハレイストは目を瞑り、黙って聞いていた。五人の大臣達も何も言わない。ルクシオンだけが、体を震わせている。
罵り、毒づき、罵倒し、嘲笑う声が会議室を満たしていく。しかし、それが聞こえていないかのようにハレイストは身じろぎ一つしない。調子に乗った貴族達が益々声を荒げる。呪詛のように言葉を発する貴族達。彫像のように動かないハレイスト。これが、何時もの光景だ。反論しないから、調子に乗る。ハレイストが誰であるかを忘れる。だが、今日は国王がおらず、ルクシオンが居る。
「---黙れ」
低く、小さな声が漏れる。怒りを押し殺した声。暴走しようとする己を必死で抑えている声。しかし、その体から発する殺気は隠せていない。が、人の気配に疎い貴族達にそんな事が分かるはずもない。会議室を覆う熱気は収まらない。
「黙れ!!」
次の瞬間、大きな声と、大きな音に室内が静まり返る。驚いた皆の視線の先には、椅子を蹴倒して立ち上がっているルクシオンの姿があった。その拳は机に打ち付けられている。俯いている為、金の髪がその表情を隠している。しかし、その肩は明らかに震えていた。
「貴様等、誰に向かってそんな口を聞いている?」
その状態のまま、ルクシオンの口から冷え切った声が漏れる。その声音は、貴族達を震え上がらせるには十分だった。何処からか、息を呑む音が聞こえた。その音が大きく響くほどの静寂が満ちていた。
「それが、王族に対する態度か?」
絶対零度の響き。周囲を威圧する声音。今にも暴走しそうな体。爆発しそうな心。
それら全てを無理やり押さえ付け、ルクシオンは顔を上げる。
「そんなに言うのならば、貴様等が前線に立つか?貴様等が国に命を捧げるか?どうだ?」
ルクシオンの視線が貴族達の間をゆっくりと移動する。その視線が己に突き刺さると、貴族達は顔を背けた。彼等の情けない様子にルクシオンが笑みを浮かべる。酷薄なその笑みは、とても美しかった。まるで、美しい死神のように。
誰もが見惚れ、恐怖し、憧れ、畏怖した。見ていないのは、前を向く大臣達と目を瞑っているハレイストのみ。ハレイストは眠っているかのように動かない。
「愚か者はいらん。今此処で永久の眠りにつくか?」
ルクシオンが口端を吊り上げて笑う。目は全く笑っておらず、その言葉は何処までも本気だった。貴族達は、死が近づいて来る足音を聞いた気がした。
「兄上」
不穏な空気を破ったのは酷く落ち着いた声。その声は、ルクシオンを一気に正気へと戻した。
「…すまない。忘れてくれ」
ルクシオンは急に力が抜けたように椅子に座り込み、頭を振った。己の狂気を振り払うように。
貴族達は心の中で安堵の溜め息を吐く。何はともあれ、命が助かったのだ。それが、気に食わない相手のお陰だとしても。
「私は弱いのです、皆も知っている通り。私が前線に出向いても、足手纏いにしかなりえません。それを分かって下さい」
ハレイストが寂しげに微笑みながら言う。視線は、最初に発言した男に向いていた。その視線を受けた男が慌てて口を開く。
「い、いえ。私こそ申し訳ありません、失礼な事を--」
「事実ですから」
男の言葉を遮り、ハレイストが首を振る。貴族達が言った事は事実だから、謝る事はない、とでも言うように。男は言葉を詰まらせ、俯いた。
「では、会議を続けましょうかの?」
アーノルドが穏やかに言う。何事も無かったかのように。
「そうだな。他に意見のある者は?」
ルクシオンが頷き、会議を再開する。次々と挙がる手。貴族達の頭から先程の出来事は消え去り、いかに獣を葬り去るか、という事で頭が一杯になった。なんともおめでたい頭である。
ルクシオンは淡々と会議を進めていく。ハレイストは静かに瞳を閉じた。頭の中で様々な事を考える。その間も、会議は続いていく。
ハレイストは瞳を開けると、窓から外を眺めた。そして、彼は誰にも聞こえないように呟いた。
「どんな計画を立てても無駄なのにね…」
その言葉を聞いた人は誰も居ない。
会議の話は終了です。
自分の文才の無さが恨めしい…