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六十七話

 黙った双子とその肩に手を置くラグリアに背を向け、イーダンは静まり返った民衆に向き直る。普段煩い双子だが、こういう時は案外役に立つらしい。一名、地面で伸びている奴は何時も使えないが。

「さっきからぐだぐだうっせぇぞ! 黙って耳の穴かっぽじてよく聞け!」

 眦を吊り上げ、イーダンは民衆を指差しながら叫ぶ。元々声の大きいイーダンの叫び声は、かろうじてだが、端の方にいる人々にも聞こえた。イーダンは言葉遣いは悪いが、その声で言われると、不思議と背筋が伸びてしまう。今も、人々は開いていた口を閉じ、僅かに緊張の表情を浮かべてイーダンを見ている。

 双子も尖らせていた口を一文字に結び、ラグリアは何時も通り無表情で。ハレイストは好奇心に満ち溢れた顔で、ルクシオンは怪訝な顔。エディンズは不思議そうに、ルティーナも同様に。ギルバートは何処か誇らしげに、アレックスは苦笑しながらイーダンを見ていた。尚、後一人は未だ地面に伸びている。もう暫くしたら、起き上がると思われる。

「確かに、この国がこんな風に荒れたのは国王のせいだ。だが、今の国王だけが悪い訳じゃねぇ。歴代の国王だって悪かったんだ」

 そもそもの発端は随分前の国王がルティーナから父親を奪った事。人々の支配下を離れた獣達を生意気だと攻撃し始めたのは人間。

 そこから毎月一度ずつ争いを仕掛けたのは、指示したのは、歴代の国王。死者や怪我をしたものは双方に数多く出た。

「だからと言って、国王だけを攻めるのはお門違いってもんだ。国王の暴挙を止められなかった俺達だって悪いんだぞ」

 『争いを止めろ』それが言えなかった民。言葉を発する事もせず、行動で意志を示す事もせず、唯々諾々と従ってきた臆病な民。

 人は必ずどこかで間違いを犯す。だからこそ、人が間違えた時、他人がその間違いを指摘してやるべきなのだ。

 国王と言えども所詮は人。間違いは犯す。ただ、間違いを犯した時、周囲に与える被害が甚大なのだ。だからこそ国王を補佐する者が。さらにそれを補佐する者がいるのに、今はその役目を担う貴族達が腐ってしまっていた。

「俺達が何も言わないから、歴代の国王は調子に乗るんだ。裏でこそこそ言っててもしょうがねぇだろうが。そういうのは、大声で言うべきだったんだよ。それか、行動を起こすべきだったんだ」

 イーダンの言葉に、幾人かが項垂れた。その多くがある程度歳のいった者だった。彼らも蜂起する事を考えた事が無い訳ではない。ただ、怖かったのだ。

 国の頂点に立つ国王と、国及び王族を守る騎士団。そんな彼らに、武器も扱えない民に何が出来るのか。殺されて終わりではないのか。死ぬのは怖い。だから黙って息子や夫を送り出す。無事に生きて帰って来る事を願いながら。

 そうして、自分の臆病さと無力さへの怒りは、国の上層部に向く。そうする事で、目を逸らす。勿論、歴代の国王達が悪くなかった訳ではない。ただ、彼らだけが悪くなかった訳ではないのではないだろうか。

「それに、散らかしたら散らかした奴が責任持って片付けるのが道理だろうが。んな事ガキだって知ってる。一人だけ逃げ出して、後任せた、何て、許せるか」

 イーダンが吐き捨てる。自分が始めた事は最後まで、片付けまで責任を持って終えてこそ終幕になるのだ。その責任を他人に押し付ける事は、間違っているのではないだろうか。

 この場合は、責任は誰にあるのか。

「事を始めた国王と、それを止められなかった俺達。協力して事を納めるべきじゃないのか。命を奪う事は簡単だ。その判断を下すのは、先送りにしても遅くは無いはずだ」

 辺りに微妙な雰囲気が漂う。何と言われても怒りを抑えきれない者。だが、イーダンの言う事も一理ある。それでも、許す事は出来ない。そもそも、国王にこれからを任せて、本当に事態は好転するのか。また、搾取されるのではないのか。

 信用していいのかどうか。確かに、腐った貴族達を一掃したとは聞いている。だが、それだけで国の状況は変わるのか。膿を取り除く為とは言え、民の生活が圧迫され、貧民外に人が増えたのも事実。国王の支持の下、ハレイストがルクシオンの命令と言う事で貧民の生活を支えていたのも又事実。

「大体な、今の国王がいなくなってみろ。残るのは城を抜け出す放蕩者と好きな女に長年告白できない王子だぞ。不安過ぎるだろうが」

「なっ……!?」

「酷いなぁ。なぁ、事実なんだけど」

 口の端を吊り上げて笑いながら放たれた言葉に、王子二人が反応する。方や顔を真っ赤にして、方や肩を竦めて。その後ろでは、溜め息を吐く者と、慰めるようにその肩に手を置く者がいた。

「周囲にはバレバレなのよね」

「知らぬは当人のみ、だな」

「向こうだけよ」

「まぁ、純粋な方だからな」

 そんな会話が背後で為されていたが、当の本人である、純粋な王子は驚きの余り頭が真っ白になって聞いていない。その隣では、会話を聞いた放蕩王子が隣の兄を生暖かい目で見ていた。イーダンの言葉に何故かエディンズやルティーナ、アレックス、ギルバート、ラグリア、シリウス、ライウス等々。多くの事情を知る者達が頷いていた。勿論、当の本人は気付いていない。

「な? せめて、後継者はちゃんと育ててもらおうぜ。じゃなきゃ、折角停戦したってのに、この国お先真っ暗だぜ? そんな未来、俺はゴメンだね」

 両手を挙げて肩を竦めて言うイーダン。そのおどけた様子に、何処からか苦笑とも取れる笑い声が漏れた。イーダンの言葉と、その言葉に該当する王子二人の反応と、その周囲の反応に対して。

 小さく響いたその笑い声は、徐々に周囲に伝染していった。

「……そんなに笑わなくてもいいだろうが!」

 顔を真っ赤にしてルクシオンが叫ぶ。だが、それは更なる笑いを呼ぶだけだった。

 人と獣の笑い声が沸き上がり、交じり合い、空へと昇って消えていく。消える端から沸き上がり、それは途絶える事がなかった。

 その後、何故かなし崩し的に宴会へと移行した。何処からとも無く酒や料理が運ばれて来る。音楽までもが流れ出し、先程までの雰囲気が嘘のように陽気な宴会が始まった。


 宴も酣になると、あちこちで初めて見られる光景が広がっていた。トリを頭に乗せて音楽に合わせて踊る者。クマと飲み比べをする者にライオンと大食い競争を繰り広げる者。宴会の端の方では、イヌの腹に頭を乗せて寝転がる者。両者は寝息を立てている。

 そんな光景を、ハレイストは宴から一歩離れた場所で酒を片手に眺めていた。父が、兄が、民が、自分が待ち望んだ光景。争いが始まってから千年と幾許か。

 やっと手に入れた明るい未来に、ハレイストは知らず笑みを浮かべた。

「嬉しそうですね、殿下」

 そんなハレイストに、背後から声が掛けられる。ハレイストは振り返らず、声を掛けた本人の返事が無い事を気にせずにその隣に腰を下ろした。

「やっと手に入れたものだからね、嬉しいよ。レイスもそうだろう?」

「勿論ですよ」

 隣に腰を下ろしたレイスに、ハレイストが笑いかける。

「ところで、クライス殿下はどちらへ?」

 尋ねたレイスにハレイストは答えず、黙ってある方向を指差した。指差される先を見たレイスは、苦笑を浮かべた。

 その先では、幾人もの人や獣が中央に円形の空間を作って集まっていた。酒を片手に野次を飛ばす者や口笛を吹く者。その中心には、酔っ払っているのか、顔を真っ赤にした一組の男女がいた。エレンがルクシオンに掴み掛かり、苦しいのか、ルクシオンの顔色は赤いのか青いのか、よくわからない色になっている。

 ルクシオンが心配だが、エレンがへまをするとも思えないので、ハレイストは笑って見守るだけだ。

 その周辺の人や獣の様子から、どんなやり取りが繰り広げられているのかは大体予想出来る。先程のイーダンの言葉の聖なのだろう。この場合、お陰、と言った方がいいかもしれない。

「一件落着、ですかね」

「まだだよ」

 手に持っていた酒を少しだけ口に含みながら言ったレイスの言葉をハレイストが否定する。

「まだ、ですか? ですが、このままならば争いは終わるでしょうし、処刑もなくなるでしょう?」

「レイスが企んでる事は?」

 目を丸くして首を傾げるレイスは終わっていない事を探そうと列挙していくが、ハレイストが言ったのはそのどれでもなかった。

 横を向いたレイスが見たのは微笑むハレイスト。

 何もかもお見通し、と言う雰囲気を漂わせるハレイストに、レイスは溜め息を吐く。不思議と、この王子には隠し事が通用しない。本人が鋭いのと、周囲の人間が優秀なのと、彼を慕う人間が情報を流す為である。

「ご存知でしたか」

「街の人が教えてくれたからね。それはそれは誇らしげだったよ」

 溜め息を吐くレイスに、ハレイストは朗らかに笑う。

 公爵領に視察に行った時、街の人々から盛大な歓待を受けたハレイスト。料理も酒も存分に振舞われ、街の広場はいい感じに酔った人々で埋め尽くされた。

 ほろ酔い加減になれば、感情の起伏が激しくなり、口が軽くなってしまうもの。酒に強いハレイストは大して酔うことも無く、人々に囲まれた。その中で、一人の男が言った言葉を聞いたのだ。慌てて周囲の人が口を塞いだが、その男にかかりきりなっている間に他の男が喋ってしまった。

「本気? 大分不便だと思うけど」

「五人だけで行くよりも良いと思いますが?」

「……そうなんだけどね」

「家等は皆様に協力して頂いたので、もう出来ていますし、畑もやっているんですよ?」

 レイスがにこやかに告げた言葉に、ハレイストは絶句する。

 彼が計画の立案者で、公爵がそれを後押しして、街の人々が主体となって計画を進めている事は知っている。ただ、ハレイストが把握しているのは枠組みだけ。その中身までは、男が酔いつぶれ、挙句連れ去られ、質問する暇も無く街の人々にもみくちゃにされたからだ。

 知っているのは自分達人質と同時に行う移住。その為に獣達と協力して小さな村を幾つか作っているという事。食料はどうするのかと思ったが、その心配はいらないらしい。

「本当に、準備万端だね」

「えぇ。後は移住するだけです。あ、公爵は置いて行きますのでご心配なく」

 諦めた口調で言ったハレイストに、レイスは嬉しそうに答えた。付け加えられた言葉に、ハレイストは更に肩を落とす。

 そんなハレイストを気にした風も無く、駄々を捏ねる公爵を止めるのは大変だったと懐かしそうに言うレイス。


 因みに、最後は微笑みながら脅したんだそうです。流石です、レイスさん。

次で終わりです!!

ただ、更新は何時になるか分かりません。

今週中に終わらせられれば良いなぁ、なんて思いつつ。

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