六十六話
「お、始まった」
「でも、これからどうするんだろうね?」
突如騒ぎを割った叫び声に、ギルバートが満足そうに頷く。その隣では、笑みを零しながらも首を傾げるハレイスト。
「てかさ、お前、軽くないか?」
「何が?」
頬を掻きながら言うギルバートに、不思議そうな視線を向ける。
「これで皆が納得しなかったら、国王も女王も死ぬんだぞ?」
なのに、お前は平気なのか。
ギルバートはそこまでは言わなかったがハレイストは正確に理解した。
ここ数年間、親子らしい事はして来なかったが、自分のしたようにさせてくれた父親。
自分を信じ、協力してくれ、未来を任せてくれた女王。
「それぐらいの覚悟はしているよ。国を任された者は、国の為に命を賭す。豊かな生活を送る代わりに、責務は果たす。
自らの命を以ってしても」
どちらも、ハレイストにとっては大事な存在。自分と認め、信じてくれた。だからこそ、ハレイストも、彼らを信じるのだ。
「……変な事聞いて悪かった」
気まずげな謝罪に、ハレイストは笑う。
王と民では考え方が違う。愚王の場合は別だが、王は国の事を一番に考え、民は自分の事を一番に考える。王は、民が安心して自分の事に専念出来るように統治する。それが出来なければ、王たる資格はない。まして、私腹を肥やし、自己保身に走るような王など。
「それより、自分の部下が成功するかどうかを心配した方が良いんじゃない?」
「まぁ、あいつらなら何とかするだろ」
そうは言ったものの、その声はお世辞にも自信に満ちているとは言い難かった。部下の有能さを疑う訳ではないが、彼らに他人を説得できるような弁舌があるかというと……正直、微妙だと、ギルバートは思った。
叫び声が響き、静かになった直後、鈍い音とつぶれた声が響いた。呆然とする人々をよそに、二重の笑い声が響く。
「落ちたよ」
「格好つけた直後なのにね」
「格好悪いね」
「ダサいね」
「しょうがないよ、三枚目だもん」
「そうだね」
地面に広がる茜色を指差して淡い緑の髪に琥珀色の瞳を持つ双子が笑う。茜色の髪の男が先程までいた木の上では、銀の長髪と赤紫の瞳を持つ男が片手で耳を塞ぎ、もう片方の手を振り下ろした状態で立っている。
「ラグリアが煩いの嫌いなの知ってるはずなのにね」
「イーダンは存在自体が煩いから」
「今回は特に、だよ」
「直ぐ隣で」
「ギルバート様からもらった拡声器なんて使って」
「「馬鹿だよね」」
「うるせぇぞそこの双子!! てか、ラグリア! てめぇ、俺が死んだらどうすんだ!!」
やれやれとでも言うように首を振りながら言う双子に、顔面から地面に落下したイーダンが顔を上げて叫ぶ。次いで立ち上がり、木の上から見下ろしてくるラグリアに人差し指を向けた。イーダンは木の上から落ちたにも関わらず、軽傷程度で済んでいた。馬鹿だが体だけは丈夫なのだ。そこら辺は、まぁ、お約束と言うやつだ。
ラグリアは両手で耳を塞いだまま、器用に木を降りてくる。銀の髪を靡かせながら木の枝から枝へと跳び移るその様はしなやかな肢体を持つ獣のようだ。
「ていうか、ザックスはどこ行きやがった?」
双子が無言で指差した先をイーダンが見ると、黒髪に朱色の瞳の男が一人の女性を口説いていた。男の口は止まる事がなく、女性は呆然としている。
その姿を認めたイーダンは、無言で走り出した。
「こんの、アホがぁぁぁああーー!!」
その勢いのまま、男を横から蹴り飛ばす。不運にも、叫び声を聞き、ザックスと呼ばれる男が振り向いた瞬間、イーダンの両足が彼の顔にめり込んだ。
「今は、大事な、時だ、って、言ってん、だろう、がっ!」
ザックスを蹴り飛ばし、軽やかに着地したイーダンは、叫びながらザックスの背中を踏み付ける。その度に背がのけ反り、つぶれた声がする。
残された双子、シリウス、ライウスとラグリアが黙って首を振る。確かに今は大事な時だが、その重々しい空気もあの二人のせいで台無しだ。と、思っているのだが、自分たちが一役買ったと言う自覚はない。
「ねぇ、あれ、大丈夫なの? 面白いけどさ」
為された問いに、沈黙を貫く。正に、言葉が出ない。
「…………」
「まぁ、なるようになるよね」
笑って言われた言葉に救われた思いなどする訳もなく、小さく呟く。
「………馬鹿共が」
「ねぇ、イーダン」
「それぐらいにしといたら?」
暫く傍観していた双子が尚もザックスを踏み付けるイーダンの背中に声を掛ける。その隣では、同意するようにラグリアが頷いている。
「ほら、皆おどろいてるから」
「救いようのない馬鹿は放っておいて」
「仕事しようよ」
「それに」
「「もうザックス気絶してるから」」
「あぁ? ……軟弱野郎が」
双子の言葉に冷静になったイーダンがしゃがんでザックスの顔を覗き込むと、ザックスは白目を向いて気絶していた。生きているかどうか不安になるが、ザックスの生命力はイーダンと同様某G様の並に、あるいはそれ以上に、あるから何も問題はない。……ある意味、問題だが。
「悪かったな、この馬鹿は放っといてくれ」
イーダンの言葉に、ザックスに声を掛けられていた女性は何度も頷いた。目の前の事態を脳内で処理しきれず、女性はただ困惑するばかりだった。が、ここでザックスを助けてまたちょっかいを掛けれても困るので、心配になりながらも、女性はザックスを放置する事にした。
イーダンは女性が頷いたのを確認してから、もう一度だけザックスを足蹴にし、背後を振り返った。
彼ら四人(+気絶者一人)を囲む人々は、彼らのやり取りに気が抜けてしまい、大半の者が口を半開きにさせていた。流石に気まずくなったのか、イーダンが頭を掻く。が、他の三人はどこ吹く風。
「騒がせて悪いな。だが、俺も言いたい事がある」
「違うよ」
「僕たちから、だよ」
「うるせぇ。お前らが話すとややこしいから却下だ」
イーダンの言葉にすかさず双子が反応する。が、イーダンも負けじと双子の言葉を却下する。交互に話す彼らは、大衆の前で話すには不向きだ。聞いている方が混乱してしまう。
口を尖らせた双子を嗜めたのは、珍しくラグリアだった。とは言っても、言葉を発した訳ではなく、二人の肩に手を置いただけだが。何はともあれ、それで双子は渋々ながらも大人しくなった。
そんな双子の様子に、何となく納得のいかないイーダンだったが、自分のすべき事を思い出し、気持ちを切り替えた。