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六十四話

「僕を止めますか?」

「……いいえ」

「何故?」

「主が死ぬのをむざむざ見捨てるとでも?」

「主の意志を無視しても?」

「私の立場を考えれば、それは許されない事でしょう。ですが、私一人に止められるとでも?」

「出来るでしょう、貴方なら。それに、貴方は一人ではないはずだ」

「残念ながら、彼等は私の部下である前に、貴方方の味方なのです」

「……つまり、不可抗力である、と?」

「奮闘虚しく失敗、です」

「喰えない人ですね」

「その言葉、そのままお返しいたします」

「否定はしません」

「……主を、お願いします」

「勿論。僕にとっても、大切な人ですから」



 月に一度セオリア河が干上がる日。人質交換及び公開処刑の日取りは、その日に決まった。折りしもその日は、会議で停戦条約が可決された日から五日後だった。

 これだけ短ければ、誰かか阻止しようとしても限界があるだろう。そういう意味では、セオリア河が干上がる日が近日中にあったのは都合の良い事だった。

「陛下、お時間です」

 河畔に仮設された木を組み、布を張っただけの建物から出ながら、エディンズは考える。

 ただ、この五日間、静か過ぎた事が気がかりだった。捨て台詞を吐いていったアレックスも、怒鳴ったルクシオンも、静かだったハレイストも、終始静けさを保ったままだった。影であるダーラからは何の動きもないと報告されたが。

 本当に何もする気がないのか、嵐の前の静けさか。

 そこまで考えて、エディンズは考えを放棄した。どうせ後一時間程の命だ。考えるだけ無駄だろう。

 それに―――


 彼等が何か行動を起こすのならば、何をどうするのか知りたかった。

 それは恐らく、この国の先行きを示すものだから。

 武力に訴えるか。人情に訴えるか。それとも…………。



 外に出たエディンズの両隣には騎士が付き添い、彼らを待ち受けていたのは数多の視線だった。老若男女関係なく河畔に集まった民衆。中には、木に上っている者もいる。それは河畔に収まりきる人数ではなく、エディンズがさり気なく見回しても、人が途切れているのは見えなかった。

 エディンズの前だけは人垣が割れており、その先、セオリア河に面して半円上に空間が出来ていた。

「では、これより始めさせて頂きます」

 エディンズがその空間に辿り着くと同時に、声が響いた。

 その声の主は干上がったセオリア河の中心にいた。今は溝のようになっているセオリア河を挟んで広がる、人と獣の丁度真ん中の位置だ。

「今回はスフィアランスの女王及びブルクリードの国王の意向により、簡潔にさせて頂く」

 同じ場所から、別の声が言う。

 河の中心には、スフィアランスの宰相役のエルーシオと、公爵位大臣のアーノルドが立っていた。エルーシオは人を、アーノルドは獣の方を向き、背中合わせに立っている。その背の差は歴然としていたが。

「まず、宣誓を」

 エルーシオが言うと、両岸から国王と女王が進み出た。

「「我が名に置いて、スフィアランスとブルクリード、両国間での停戦を此処に誓う。証は双方の人質及び、私の首である。この誓いを破った時、人質の命は失われる事を心に留め置き、この誓いを守る事を誓う」」

 重なった短い宣誓の言葉は、二人がスカラを通じて決めたものだ。

 ここでも、人も獣も沈黙を保っている。

「では、人質交換を」

 その声に、人側からはハレイスト、トーレイン、リリアーヌ、ラミア、ギルバートが進み出る。五人とも簡素な服に身を包み、さながら城下に住む一国民のようだ。一人は元々そうだが。

 獣側からはサランドとトリ、シカ、イヌの長が。

「私も人質ですが、そちらに行くのは後にさせて頂きます」

 最後に、一歩前に出たエルーシオが頭を下げる。

「では、双方前へ」

 アーノルドの言葉に、前に出た全員が川底へ降りる。

 そのまま川底を渡り、それぞれが今までいたのとは反対側の岸を目指す。半ばに差し掛かると、アーノルドとエルーシオが左右に開き、人質達が通る道を開ける。

 サランドとエルーシオ、ハレイストとアーノルドが目配せをし、サランドとハレイストが目配せをする。

 岸からそれを見ていた国王と女王が首を傾げた時、双方が川底の真ん中で擦れ違った。

 が、彼らはそこで止まり、後ろを振り返った。

「?」

 予想外の出来事に、女王と国王が訝しむ。

 それぞれの国主を仰ぎ見て、川底にいる全員が笑む。

「人質交換の前に、私から一つ提案がある!」

 ハレイストが叫ぶ。

 瞬間、空気が変わった。

 それまで死んだように沈黙を保っていた人が、獣が、存在を主張し始めた。彼等は、この時を待っていたのだ。

 城下に流れた噂と、スカラを通して伝えられた事。

「国王は貴族を野放しにし、民を貧困に陥れた。女王は過去、恨みに囚われ戦端を開いた」

 その言葉に、集まった者達は耳を傾ける。

 彼らが知っているのは、女王が先端を開いた理由。国王が争いを続けていた理由。

 それと、彼らの今の想い。

「彼らが過去に犯した罪は消えない。彼らが悔やんでも、償おうと努力しても、過去は変えられない事は事実。

 彼らがその命を投げ出してでも争いを止めようとする程国を想っているのも、又事実」

 過去は変わらない。ならば、償いの行動は自己満足にしかならないかもしれない。だが、彼らの償いの行動は過去は変えられないにせよ、未来は変えられる。

 決断には何かしらの犠牲が伴う。彼らは、その犠牲を自らの命にした。

「だが、彼らを殺すのは、彼らが犯した罪に対して相応しい罰か?

 彼らは生き続ければ後悔の念に苛まれ続けるだろう。此処で死ねば、皆の気は収まるかもしれない。

 生かして精神的な負い目を味わい続けるか、一時の身体的苦痛を与えて彼らを精神的苦痛から解放するか」

 国を想うが故に、彼らは生き続ければ己の過去の過ちを悔やむであろう。死ねば、その苦しみはない代わりに、死の際に伴う激痛を味わう。

 長く続く精神的苦痛か、一時の身体的激痛か。

「それに、私としては新しく国主となる者達に助言をくれる者がいて欲しい。その地位を経験した事のある者に。

 経験した事のない者より、経験した事のある者の助言の方が有用だろう」

 国主が臣下に、臣下としての助言を求めるのは良いだろう。だが、国主が臣下に、国主の立場についての助言を求めるのは? 国主と臣下では色々と違いすぎる。国主の座に就いた者にしか分からない悩みもあるだろう。

「だが、これは単なる私の願いだ。国王と女王を、私の父と友を殺したくないと言う個人的な願いだ」

 どれだけ言い連ねようと、それは彼らを殺したくない者の言い分。

「故に、皆に言いたい」

 ハレイストは一歩前に踏み出し、その頭を下げた。

「彼らを殺さないでくれ、頼む」


 ハレイストに続き、川底にいた全員が、大臣が、獣の全てが、請うように頭を下げた。

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