五十六話
舌を出して首を傾げたラミアに対し、ハレイストは溜め息で以って答えた。その溜め息に、ラミアと顔を背けた騎士二人が肩を揺らす。ハレイストは呆れると共に、驚いてもいた。影であるラミアが吹き矢を使えるのは分かる。が、騎士まで吹き矢を使えるのは何故だろうか。いや、やっぱり驚きではなく、この感情は呆れだ。
ハレイストは三人に軽く説教をしようとすると、ラミアの肩にトーレインとリリアーヌが、騎士二人の肩にそれぞれの両隣に立っている騎士が手を置いた。
そして、口を開いて発した言葉は真っ黒だった。
「ラミア、良い子ね。吹き矢が上手なのね」
「ええ。ですがラミア、詰めが甘いです。何故吹き矢に毒を塗らなかったのですか?」
リリアーヌとトーレインの言葉に、同僚の肩に手を置いている騎士が何度も頷く。良く見ると、他の騎士達も頷いていた。挙句の果てに騎士団の隊長二人に団長も頷いている。残り一人の隊長は頷いてこそいないが、その瞳が物語っている。
というか、何故ルクシオンも頷いているのだろうか。
ハレイストは脱力して崩れ落ちそうになったが、それにはまだ早かった。
「遅効性の毒なら塗ったよ?ただ、死にはしないから大丈夫!」
ラミアが満面の笑みで言い切った。
その言葉に貴族達が顔を引き攣らせ、コフィーとラクサレムに加担した貴族達は顔を青褪めさせた。青褪めた貴族達はゆっくりと床に転がるラクサレムを見る。中でもコフィーはまるで死人の様な顔色をしている。
「ラミア、解毒剤は?」
余りにも哀れな貴族達に同情しつつ、ハレイストが問う。その問いに、ラミアが不満そうに唇を尖らせる。
「要るんですか?」
「要る」
「…あります」
「ラクサレムにやれ。死なれては困る。罪人にはそれ相応の罰を、な」
「む、そうだな、ハレイストを散々馬鹿にした罪、どう贖って貰おうか」
ハレイストの言葉に、ラミアが不承不承頷き、ルクシオンが凶悪な笑みを浮かべる。それと同調してラミア、トーレイン、騎士達も笑みを浮かべる。そして、ハレイストは斜め後ろからも冷気を感じたが、気のせいだと思うことにした。
「兄上、話を進めても?会議が終わりません」
ハレイストはこの人達に何を言っても無駄だということを思い出し、溜め息混じりに言った。放置しておけば何時までも続くだろうし、かと言って口を挟めば更に混沌と化す。
ならば、一番良いのは強制的に終わらせる事。
「そうだな。後で時間をかければ良いしな」
「…。さて、何処まで話したかな?」
ルクシオンが笑顔で言った言葉を、ハレイストは無言で受け取ってから顔を逸らした。その口から発せられた言葉は明らかに話を逸らす為のものだった。
「盟約の内容を聞いておりません」
「そうだったか?」
話を逸らした方が良いと思ったのか、アーノルドが答えた。
「ええ」
アイリスも微笑みながら頷く。その隣でラウルも無言で頷く。
「では、そこからだな。トーレイン」
「はい。スカラ」
ハレイストが名を呼ぶと、トーレインが頭を下げ、片腕を胸元まで上げながら名を読んだ。すると、あらかじめ開け放たれていたハレイストの背後のある窓から小さな影が飛来した。その音は小さく、それでいて力強かった。
皆が驚き目を見張る中、トーレインの腕に一羽のトリが止まった。種族的に言えば、それはツバメ。だが、それを知るのはこの場ではハレイストのみ。
だが、今大事なのはトリの種類ではない。この場に、人間の国に獣が居ると言う事実。
「初めまして人間。我らが女王陛下とマルディーン殿下間の伝言係のスカラです。どうぞよろしく」
明るく甲高い声で自己紹介をしたスカラは、呆然としたままの貴族達に向かって頭を下げる。
「久しぶりだね、スカラ」
「久しぶり。向こうはどうだった?」
「みんなに囲まれた」
「だろうね」
疲れたように言うハレイストに、スカラは声を立てて笑った。向こう、とは無論スフィアランスの事だ。
「初めまして。ハレイストの兄のルクシオンだ」
皆が呆然とする中、ルクシオンは笑みを浮かべて自己紹介をした。弟が連れてくる人、この場合は獣だが、それに悪い人はいないというある意味信頼の表れだ。
「初めまして、次期国王陛下」
スカラはルクシオンに挨拶を返しつつ、ルクシオンに好感を抱いた。獣を前にしても動じず、笑みを浮かべながら名乗った点。何より、ハレイストの兄という事実に対して。
「分からんぞ、ハレイストが次期国王になるかもしれん」
スカラの呼びかけに、ルクシオンが笑う。対するスカラは不思議そうに首を傾げた。
「あれ、ハレイストって王位継ぐ気あるの?」
「その話はこれからだよ、スカラ。今から盟約の説明をする所だから」
「そっか」
スカラの問いに答えず、ハレイストが言う。ハレイストの王位継承権云々に関しては、全て盟約に関わりがある。スカラは納得して頷き、ルクシオンはスカラの言葉に首を傾げた。