五十三話
「ぶっ、無礼にも程がある!」
「王族に対してそんな口をたたくお前は無礼じゃないのか?」
ラクサレムの叫びに対してハレイストが呆れながら言った言葉に、室内からかすかに失笑が漏れる。しかし、そんな失笑もラクサレムの耳には入らないようだった。
「貴様など王族ではない!」
その言葉に、ハレイストの隣から、壁際から殺気が漂った。が、武術の心得などないラクサレムが気付くはずもなく。
「貴様などより私のほうが余程王族に相応しい!」
「では、貴様は王になったら何を大事にする?」
壁際で剣に手を掛けた隊長やその他の騎士を視線で制し、ハレイストはラクサレムに問う。どうせ口うるさくわめくならば、それすらも利用してしまえば良い。相手の言い分を一つ一つ潰して、自分の考えが正しい事を理解させる。無闇に言葉を紡ぐよりも余程効果がある。相手に理解させるのにも、相手の心を折るのにも。
ハレイストの表情は冷たさを含んだものだったが、内心では笑っていた。今までの会話で、ラクサレムが感情に任せて叫ぶ事位しか出来ないことが分かったからだ。
「決まっている、人間の尊厳だ!」
ラクサレムは両手を腰に当て、至極当然のように言う。
「人間の尊厳?どのようにして守る?」
「獣を殲滅する」
「それで何故尊厳を守った事になる?」
ハレイストは淡々と問いを重ねる。
「獣が人に牙を向くなど、人を馬鹿にしているとしか思えん。獣の存在自体が人の尊厳を著しく傷付けるのだ。だから、殲滅する」
ラクサレムは胸を張り、誇らしげに答える。その考えが正しいと信じて疑っていないようだ。
「では、その先に何がある?」
「何だと?」
ハレイストの言葉に、ラクサレムは眉間に皺を寄せる。
おそらく、今の事ばかり考えていて、先の事など考えていなかったのだろう。争いはでは確かに現状も大事だが、その後も大事なのだ。争いが終わったらどうなるのか。どんな問題が発生するのか。どうやって対処すれば良いのか。そもそも、その争いに益があるのか。
「今まで人と獣は争いを続けてきた。結果、他の大陸は荒地と化し、残っている大陸もこの地だけ」
ハレイストは目を伏せ、かつて緑に溢れていた世界を思い。狭くなってしまった今の世界を思う。
「それがどうした?」
「このまま争いを続けて、この地が荒地となる前に決着がつくのか?」
争いが終わっても、この地が荒廃してしまえば意味はない。緑のない土地で、人々は生きられない。森が、川が、海が、豊かな土壌が。それらばなければ、人は生きていけない。太古ならまだしも、今の人にそんな技術はない。
「当たり前だ!」
「何をもってそう断言する?」
「獣より我ら人の方が優れているからだ!」
「では、何故今まで決着がつかなかった?」
「それは兵が弱いからだろう!」
その言葉に、ハレイストが目を細める。
「弱いだと?では、貴様が獣と戦ってみるか?騎士達は今まで命を張って獣と戦ってきた。貴様の今の言葉は彼らを侮辱した」
前線に立たない者に、前線に立って命を張った者達を罵る権利はない。前線に立った者にしか、相手の強さも、自分の強さも、どれだけ奮闘したかも分からない。
後ろで指示を出すだけの者が前線で命を張っている者達を馬鹿にする事が馬鹿げている。そんなに言うなら、お前も前線に立ってみろと言うのだ。
「私は貴族だぞ!そんなものは平民出身のやつらがやっていれば良い!」
しかし、ラクサレムが叫んだ言葉は更にハレイストを怒らせるものだった。傲慢な貴族の物言いはどこまでも傲慢だ。そして、それが間違っていると思っていない。それは本人のせいか、そういう風に教育した周りのせいか。
「騎士にも貴族出身の者はいるがな。さて、今の言葉からして、貴様は民を何だと思っている?」
「民?あれらは我ら貴族の下僕だ。手足だ。あれらは我ら貴族の為に存在する」
ハレイストが怒っているのが分かったのか、ラクサレムが嘲笑うように言う。がハレイストがその挑発に乗ることはない。
逆に、ハレイストはラクサレムを嘲笑った。
「馬鹿げた考えだな」
「何?」
「貴様は統治する立場なのに知らんのか?民が王侯貴族の為にあるのではない。王侯貴族が民の為にあるのだ。人が集まれば導く者が必要になる。その役割を果たしてもらう為に民は税を納める。故に王侯貴族は民から徴収した税を使って民の暮らしをよりよくする義務がある」
少なくとも、ハレイストはトディスからそう教わった。そして、ハレイストもその考えに同意した。だから、民の様子を知る為に城下に出掛けた。記憶をなくす演技をする前も、した後も。した後の方が出掛けやすかったのはありがたかったが。
そこで、ハレイストは見たのだ。民の様子を。本で読むのでなく、誰かを仲介して聞くのでなく、自らの目で。
「戯言を!」
「戯言?これはおかしな事を言う。誰がこの国を支えていると思っている?王侯貴族ではないぞ。民がこの国を支えているのだぞ。それを理解しているか?」
そこで知ったのは、民の重要性。民なくしては国が成り立たないという事実。考えれば簡単な事なのに、貴族の大半が気付かない。だから、民は貴族を嫌う。
「おかしな事を言っているのは貴様の方だ!民がこの国を支えているだと?あんな貧弱で貧乏な者共に何が出来る!」
彼らを貧乏にしているのが王侯貴族だと気付かないのだろうか。王侯貴族が彼らから税を徴収し、それを使って民に奉仕せずに私腹を肥やしているから民が貧しくなるのに。
王侯貴族の特権意識は、そんな事までも気付かなくさせるのか。ならば、理解させてやるまで。
「では、貴様の食事は誰が作る?」
「それ専門の者がいるに決まっているだろうが」
「では、その食料は何処から仕入れる?」
「店からだ」
「では、その店は何処から食材を仕入れるのだろうな?」
「知るか。自分で栽培してるんじゃないのか」
「そういう店もあるだろうな。だが、自分で言って気付いたか?貴様の料理を作る者も、食材を取り扱う店の者も、どちらも民だぞ。それにな、多くの店は農民から野菜を仕入れている。その農民だって民だ。王侯貴族ではない。
貴様の着ている服も、元を辿れば民が飼育している虫の繭に行き着く。
つまり、だ。貴様の食事も、衣服も、装飾品も、家具も、本も、全て元を辿れば行き着く先には必ず民がいる。そして、それらは民なくしては成り立たない」
微妙なところですが、長くなったので分割します。
次は…いつ更新出来るか分かりません。
とても残念な事にもうすぐ期末テストなので…orz