四十八話
「では、報告会議を始める。陛下は体調が優れない為、会議には参加なさらない」
ルクシオンがいつものように会議の開始を宣言する。
最上段に国王が座り、一段低いところにルクシオンとその背後にジルフィス、ルクシオンの隣にハレイストが。更に一段下に大臣五人が。更に下に、貴族達が半円状に座っている。貴族達は手前から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の順だ。壁際には、騎士が十数人立っている。
「報告を」
「はっ!」
ルクシオンは前を向いたまま、ジルフィスを促す。
「負傷者計58名。死傷者は無し。負傷させた獣約40。殺した獣は0です」
「何だと!?」
「またか!」
「貴様等騎士は何をしているのだ!」
ジルフィスの言葉が終わるやいなや、貴族達は非難の声をあげた。それは周囲に影響を与え、室内は罵倒の声で満たされる。
「発言を許した覚えはない」
しかし、ルクシオンが発した言葉で、静寂が戻った。低く威厳に満ちた声は、大きくはないが、部屋にいる全員の耳に届いた。
「争いで成果が出ないのはいつもの事だろう。それとも、貴殿等自ら前線で指揮を執ってくれるのか?その類まれな頭脳を使って?」
ルクシオンはそう言って皮肉げな笑みを浮かべる。
そう言われると、貴族達は沈黙するしかなかった。彼等はただ声高に叫ぶだけで、実際に行動する力などないのだ。剣を使えるとしても嗜み程度。かと言って、兵力を保持できるような財力もない。そして、指揮能力もない。何より、前線に立って命を懸ける気概など、持ち合わせていないのだ。
「報告する事は他に特にない。いつもの如く、双方死者はいない。さて、他に聞きたい事はあるか?」
ルクシオンが貴族達を見回すが、誰一人として動かない。
「これで会議を終了する」
誰も動かないのを確認すると、ルクシオンが会議の終了を宣言する。
「と、言いたい所だが。別件で報告する事がある」
しかし、ルクシオンは席を立たずに言葉を続けた。その言葉に、大半の貴族が首を傾げる。最上段に座す国王の表情に変化は一切ない。
室内に広がる動揺を無視して、ルクシオンは立ち上がる。
「先日、我が弟であるハレイストが何者かに攫われた。見ての通り命に別状はないが、これは立派な王家に対する反逆罪だ」
ハレイストが誘拐されていたという事実に、貴族達は息を飲む。いくら城内で疎まれているとは言え、ハレイストは立派な王族だ。王族を誘拐する事は、王家に反旗を翻す事と同義だ。
「自供するなら今の内だぞ。今なら温情を与えたやらん事もない」
そう言うルクシオンの声は、まぎれもない怒りに満ちていた。
それに気圧された貴族達は息を止める。誰もが息を潜め、ルクシオンの視界に少しでも入らないようにする。
立ち上がる者は誰もいなかった。
「あくまでも白を切る、か」
ルクシオンは貴族達を睥睨し、溜め息を吐く。重々しいそれは、悲しみと哀れみが混じっていた。
「ジルフィス」
「配置に就け!」
ルクシオンがジルフィスの名を呼ぶと、間髪いれずにジルフィスが叫ぶ。その声を合図に、幾つかの扉が一斉に開き、簡易な鎧を纏った騎士が大勢入ってくる。その色は茶、赤、銀、金。鮮やかな色が席に座っている貴族達を囲む。
貴族達は戸惑い、恐怖した。中には、怒りに顔を赤くする者もいる。が、一様に今の状況を呑み込めずにいた。
「誰が支持したかは分かっている。ついでに、王家に反旗を翻そうとしている連中も、な」
ルクシオンが軽く手を上げると、ジルフィスがその手に書類の束を置いた。ざっと見ただけでも50以上あるそれは、一枚一枚に貴族の情報が書かれている。
「主犯、ラクサレム・ミト・ウィスプ男爵位大臣及びコフィー男爵」
「濡れ衣だ!」
「何故私が!証拠はあるのですか!」
ルクシオンが言った途端、抗議の叫びをあげるラクサレムとコフィー男爵。それと、顔に動揺と焦りを浮かべる数十人の貴族。全体の三割程だろうか。
いきなり主犯を言い当てられて焦っているのか。それとも男爵とは言え、大臣の位にある者が王家に反旗を翻そうとしていた事に動揺しているのか。
「往生際が悪いな。ガーラント」
「はい」
ルクシオンが呼び掛けると、向かって右の壁際に立っているガーラントが応える。
「以前の報告に虚偽は?」
「ございません」
その答えにルクシオンは満足そうに頷く。そのやり取りに、ラクサレムとコフィー男爵の表情が硬くなる。
「ガーラントは王家に忠誠を誓っている。普段の私に対する態度の悪さは演技だ」
ルクシオンが楽しそうに言うと、二人の顔色が目に見えて青くなった。
ガーラントは普段、ルクシオンとハレイストに慇懃な態度を取っていた。裏では愚痴っていた程だ。と言っても、呟きを漏らす程度だが。それでも、ラクサレム達がガーラントを同族とみなす要素としては十分だった。王家に不満を持つ者として。
約一ヶ月ぶりの更新です。
遅くなりまして、面目次第もございません。
次こそは、早めに更新したいです。