四十七話
久しぶりに帰ってきた城は、慌しかった。明日に、争いの報告会議があるからだ。と、言っても、特に報告する事などないが。
ハレイストはこれから執務室に行き、今回の視察の報告書を書かなければならない。別段、異常はなかった。町の人々は相変わらず元気だったし、諍いがあったと言う話も聞かなかった。獣が侵入した形跡もなかった。
むしろ、こっちが侵入した側か。ハレイストは自分の考えに苦笑を漏らした。
と、そこまで考えた時、ある事を思い出した。
「そう言えば、生きてるよね?」
ハレイストは執務室に向かう途中で振り返り、トーレインとエレナを見る。その言葉は、三人に投げかけられていた。もう一人は、何処かにいるであろうラミアだ。
主語はなかったが、何の事か分かったらしい二人は、笑みを浮かべた。ついでに、ハレイストの頭上から忍び笑いが聞こえた。正直、怖い。無論、三人共、だ。
「ルクシオン殿下の部屋に縛って放置してありますわ。ラミアに頼みました」
エレナが美しい笑みを浮かべながら答えた。しかし、言っている事は物騒だ。
「という事は、生きてるんだね」
ハレイストは安堵の息を吐いた。自分を誘拐した犯人だが、ルティーナに再会できたので、むしろ感謝したいぐらいだ。そうは思わないのが数人居るが。
「見張りは居なくて大丈夫なの?」
縛ってあるとは言え、逃げないとは限らない。武器を持っていないか厳重に確かめられただろうが、それも絶対とは言えない。
何処かに上手く刃物を隠していれば、縄を切って逃げる場合もある。何処かで騎士に捕まるかもしれないが、逃げおおせる可能性もある。
「大丈夫ですわ。そんな気力が沸かないようにしておきました」
エレンがそう言う隣で、トーレインが誇らしげな顔をしている。
いつものように精神的に追い詰めたのだろう。そして、その犯人は今度はルクシオンに身体的に追いやられるのだ。いや、後数人追加されているかもしれない。犯人を追い詰める側が。
「…二度と罪は犯さないだろうね」
ハレイストは若干の間を置いてそう言うと、前を向いた。これ以上詳しく聞いてはいけない。聞けば嬉々として教えてくれるだろうが、決して聞いてはならない。聞けば、その場面を想像してしまい、最悪夢に出てくる。
ハレイストは、以前それを身を以って経験していた。あの時の恐ろしさは半端なかった。無邪気な子供がする事は恐ろしい。例え、見た目がどれだけ可憐であろうとも、だ。
「似た者同士、お似合いだよね」
「どうかなさいましたか?」
ハレイストの呟きを聞き取れなかったエレンが首を傾げる。
「何でもないよ」
ハレイストは誤魔化すようにエレンに笑みを向けると、止まっていた歩みを再開した。
「で、明日だよな?」
「明日だな」
「明日の会議ですね」
「だね」
「明日だ」
ルクシオンの問いに、ジルフィス、イルニス、シルヴィ、ガーランドが頷く。五人が一つの部屋に集まっていると、威圧感が凄い。しかも、全員が真剣な顔をしている。
「手配は?」
「それでしたら、既に済んでいますよ」
ルクシオンが再び問いを発すると、扉の方から別の声が答えた。
入って来たのは、両目を閉じた黄みがかった茶髪の男。その後ろには、濃緑の髪に碧の瞳をした男が書類を抱えて付き従っている。彼らは、白に金糸で刺繍が施されている近衛の制服に身を包んでいた。
「隊長は貴様等と違って有能だからな」
書類を抱えた男が誇らしげに言う。彼はシード・アリシェイト。二十二歳で近衛騎士団副団長を務めている。そして、隊長大好き男だ。心酔というよりは、既に崇拝の域に達している。
「上司にそのような口を聞くものではありませんよ」
「申し訳ありませんでした」
近衛騎士団団長、フレグス・アストの言葉に、シードはすぐさま謝った。ただし、ジルフィス達にではなく、フレグスに、だ。
「で、近衛騎士団団長殿がわざわざ来て良いのか?」
ルクシオンはそれらのやり取りを全て無視して話を進める。
「貴族方の要望なので大丈夫ですよ」
フレグスは微笑んで言う。
つまり、貴族達が争いについての情報を少しでも欲しがっている、という事だ。
「どうせ明日には会議があるってのにな」
「気が短い片ばかりですから」
「馬鹿なだけでしょ」
「今更だ」
「皆さん失礼ですよ。ただ考えが足りないだけです」
「お前も酷いぞ」
「本当の事だがな」
各々思った事をそのまま口にする。彼等の中では、貴族達の重要度は限りなく低い。貴族の中にもまともなのは居るが、頭の硬い者と、傲慢な者、親の権力に胡坐を掻いて座っている者が大半を占めている。
実力主義の彼らにとって、そのような貴族達に払う敬意など、欠片も持ち合わせてはいなかった。まして、争いから疲れて帰ってきたところを囲まれたのだ。いい気などするはずがない。
「ま、とにかく明日だろ?」
「だな」
「ですね」
「だね」
「ああ」
「そうですね」
「ふん」
計画実行は明日。結果は、その時になれば分かる。今は、まだ誰も知らない―――。
久しぶりの更新です!
で、申し訳ないのですが、テスト週間真っ最中の為、次の更新は来週以降の予定です。