四十六話
城に帰ったルクシオンを出迎えたのは、大勢の貴族達だった。これは何時もの事で、この光景を見ると騎士達は溜め息を吐く。実際に吐いたら貴族達が煩いので心の中で。
貴族達の表情は何かを期待していたり、侮蔑を浮かべていたり、諦めを浮かべていた。
「殿下、今回の争いはどうでしたか?」
「今度こそ獣どもを殺しましたか?」
「あの忌々しいクロヒョウは?」
「ドラゴンは出てきましたか?」
城門をくぐった一団に、質問が飛び交う。それは、質問というより、問い詰めるものだった。何時もの事に、ルクシオンやガーランドを始め、騎士達は皆辟易としていた。
しかも、その内容は獣に関する事ばかりで、人間側に怪我人が出たかどうかを尋ねる者はいない。貴族達が騎士をどう思っているかが分かる、というものである。
「報告会議をハレイストが帰ってきたら開く。話はその時に」
ルクシオンはそれだけ言うと、群がる貴族達を押しのけて城に入った。貴族達は追いかけようとしたが、ルクシオンに睨まれ、その場に留まった。
そんな貴族達を一瞥すると、ルクシオンは溜め息を吐いた。
「毎回毎回煩い奴等だな。少しは黙れんのか、馬鹿共が」
「馬鹿に何言っても無駄なんだよ?」
ルクシオンが悪態をつくと、シルディが当然でしょ、とでも言うように言った。毒を吐くのは誰に対しても同じようだ。
「もうすぐ消えるんだから良いだろ?」
「文字通り消したい」
ジルフィスが笑いながら言うと、ルクシオンは冷たい笑みを浮かべて言った。何時も無駄に騒ぐ貴族達のせいで色々と溜まっているのだ。そう、色々と。
それを癒してくれる弟が帰って来るのは明日の夕方。つまり、想い人が帰って来るのも明日の夕方。
今日はもう夕方なので、後丸一日ある。ルクシオンにとってはとても長く感じられる。
「仕事が溜まっていますので、たそがれている暇はありませんよ」
そんなルクシオンの心を読んだかのように、シルヴィが丁寧に言う。
争いの為に出掛けていた間の分だけ、仕事が溜まっている。そちらの方も頭痛の種だった。
主に、食料に関して。騎士達は貴族の出の者もいるが、平民の出の者もいる。そして、騎士は基本的に家に帰る事がない。そんな暇があればもっと強くなれと貴族達が煩いのだ。
自然、農村などは男手が足りなくなる。すると、食料が無くなる。その影響を最も大きく受けるのは民だ。貴族達はその事態に気付いていない。
気付いている者もいるかもしれないが、大半の貴族は知らないだろう。言っても、鼻で笑って終わりだろう。民の事など捨て置け、と。
「本当に殴り飛ばしたいな」
「今は我慢だ」
ルクシオンが小さく呟くと、ガーランドが窘めるように言った。
「そうだぞ、今は、な」
「今は我慢ですよ、殿下」
同じように、ジルフィスとシルヴィが言う。
三人に言われては、我慢するしかない。そもそも、ルクシオンは言ってみただけで本当にやるつもりは無い。…たぶん。
八割冗談で二割本気だ。
「今は、な」
ルクシオンは頷くと、溜まった仕事を終わらせるべく、執務室に足を向けた。
「お世話になりました」
視察という名の観光を終えたハレイスト一行は、屋敷の前に立っていた。屋敷の主が現れる事はなかったが、毎日町の人々が来てはハレイストを町に引っ張っていった。
おかげで、とても楽しい時間を過ごす事が出来た。本音を言えばもう少し滞在したいハレイストだが、城に戻らなければならない。
「いえいえ、またのお会い出来るのを楽しみにしております、マルディーン殿下」
名残惜しそうなハレイストに、レイスは笑顔で言う。またお越し下さい、と。
今は争いの翌日の朝。これからハレイスト達は徒歩でルード城へと戻る。今から出発しても、着くのは夕方頃だ。
「成功を祈ります」
レイスは穏やかに笑んで言った。レイスは、これから起きるであろう事をしっているのだ。それは、誰もが一度は夢見る事。いや、貴族達は例外かもしれない。それでも、民は夢見る。
それが、現実になるかもしれない。レイスは、そんな期待を抱いていた。レイスが仕える主もまた、同じように。
「ありがとう」
ハレイストは笑顔で応じると、レイスに背を向けて歩き出した。
レイスは一行の背を見送ると、街へと足を向けた。今頃、広場に人が集まっているはずだ。レイスはそこで、領民に伝える事がある。提案であり、願いである話を。
恐らく、領民達は喜んで受け入れてくれるだろう。彼が言うならば、信じても良い、従っても良い、と。断られても、彼は笑顔で気にしない、と言うのだろう。そう簡単に歩み寄れるものではないから、と。
そんな彼だからこそ、領民は彼を慕い、レイスも彼を尊敬する。
「私は私なりに出来る事をしましょうか」
彼の思い描く世界の為に、少しでも貢献したいから。