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四十一話

「よう、大臣様。報酬はちゃんと持って来たか?」

 男が机に肘をつきながら言う。その口からは酒の匂いがした。

「…酒臭いな。もう祝杯を挙げたのか?」

 向かいに座る壮年の男が不快な顔をしながら尋ねる。

「嬉しくてね」

 男が笑うと、その後ろに並ぶ男達も笑う。

「そうか。ご苦労だったな」

 壮年の男は興味なさそうに頷くと、形ばかりの労いの言葉を掛ける。それを受けた男は、どうでもいいのだろう、その言葉を鼻で笑った。

「金が貰えれば良いんでな」

 男は口の端を吊り上げて笑いながら目を眇める。その後ろには、屈強そうな男達が数人立っている。どの顔もにやけており、いかにも悪者、といった感じだ。

「だろうな。だからこそ依頼したんだよ、アローズの諸君?」

 何処の世界にも、表があれば裏が存在する。それは世界の理だ。裏社会でで言うと、壮年の男は無表情に返した。最も有名なのはヴァイパー。実質的な街の支配者だが、横暴なことはせず、街の治安を守っている為に民からの信頼は厚い。

 だが、巨大な組織であるにも関わらず、その全容は知られていない。トップも、メンバーも、規模も、本拠地も。全てが謎だが、確かに存在している。

「俺達に目を留めてくれて光栄だね。さて、約束の金は何処だ?」

 その言葉に、壮年の男が後ろをかすかに振り向くと、控えていた青年の一人が前に出た。

 その手には皮袋が握られており、壮年の男の斜め後ろに立つと、その前に皮袋を置いた。重い音を立てて皮袋を置くと、青年は下の位置に下がった。

 壮年の男は無言でその皮袋を男に押しやった。男は直ぐに中身を確認する。

「それで足りるかな?」

「あぁ」

 壮年の男が問うと、男は満足そうに頷き、皮袋を背後に立つ別の男に渡した。これだけあれば一生遊んで暮らせるだろう。勿論、ここにいるメンバー全員で、だ。

「それは良かった」

 壮年の男がにこやかに言う。

 しかし、その笑顔を見た男は言い知れぬ恐怖を感じた。笑顔が、作り物めいて見えたのだ。何を考えているのか分からない、不気味な笑みだった。

「また、何かあったら依頼しよう」

 その言葉に、男は我に返った。

 今の壮年の男の笑みは本物に見える。先程のは勘違いだろう。男はそう思うことにした。なんにせよ、自分達は金が貰えれば良いのだ。

「もう王子を連れ去るのはごめんだがな」

 男が笑うと、壮年の男は笑みを深めた。

「もうそのような依頼はしないだろう。違うな、もう依頼することは-」

「動くな!」

 壮年の男の言葉を遮り、入り口が派手な音を立てて開く。そこから、十数人の騎士がなだれ込んで来た。

「なっ!?」

 何が起こっているのかわからないまま、壮年の男も青年も、男達もあっという間に囲まれ、動きを封じられた。男達と青年達は驚愕の表情を浮かべているのに対して、騎士達に表情は無い。 

 その中で、壮年の男だけが微笑んでいた。

「イライザ・タク・マクシミリアン」

 騎士達が脇に退き、入り口から一人の青年が入って来る。金の髪を陽光に輝かせ、深緑の瞳で壮年の男を射抜きながら。

「貴殿を反逆罪の罪で拘束する。無駄な抵抗はしない事だ。尤も、出来ないと思うが」

 ルクシオンは淡々と述べる。その瞳は険を宿しているが、声には感情が篭もっていない。

「貴様等もだ。逃げようなどと思うなよ」

 深緑の瞳を、最後の悪足掻きに出ようとしていた男達に向ける。上に立つ者が持つ、絶対的な威厳。そして、軍人特有の気迫。それらに飲まれ、男達は指一本動かせない。足に全神経を向けなければ、その場に崩れ落ちてしまいそうだった。

「ルクシオン殿下、貴方様がわざわざいらっしゃったのですか?」

 騎士に剣を向けられているにも関わらず、イライザは平然と言った。驚きと、悲しみと、喜びが入り混じった声。その声音や様子からは、動揺が全く感じられない。

「驚かないのか?」

 ルクシオンが抑揚なく問う。イライザを真っ直ぐに見つめ、僅かに首を傾げながら。

 これでイライザの失脚は確実だ。下手をすれば、命もないだろう。あっても、精神を狂わされる。多くの、ハレイストを慕う者達によって。

「無事で済むとは思っておりませんでしたから。此処まで早いとは思いませんでしたが」

 イライザが肩を竦めて見せる。

「そうか」

 ルクシオンは納得したように頷くと、右手を軽く上げ、振り下ろした。

 それを合図に、騎士達がイライザ達を残らず捕らえる。

「実行犯と護衛は牢屋に入れておけ。詳細は沙汰が下るまで待て」

 抵抗らしい抵抗もせず、いや、出来ずに男達と青年達が外に連れて行かれる。表に用意してあった馬車に詰め込まれた。周りを馬に乗る騎士に囲まれ、馬車は動き出した。城の地下牢に向けて。

 その音を聞きながら、ルクシオンは両手を後ろで拘束されているイライザを見下ろす。

「貴殿に陛下の御前にお連れする」

 それだけ言うと、ルクシオンはイライザを拘束する騎士に目配せし、踵を返した。

 合図を受けた騎士がイライザを歩かせながらその後を追う。

 イライザと騎士二人が馬車に乗り、その周りを馬に乗った騎士が囲んだ一行は、騎乗したルクシオンを先頭に城に向かった。

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