三十九話
街の隅、とは言っても、通りに面している為、人通りは多い。男達のアジトは、そんな場所にあった。二階建ての建物の其処は、一階では武器を売っている。そして、二階部分がアジトとして使われている。
殿下を攫った馬鹿にしてはよく思いついたものだとレインズは感心した。
武器やならば、武器をいくら仕入れても怪しまれる事は無い。それが仕事なのだから。それに、大柄な男達が何人も出入りしても不審がられる事もない。
レインズ達は、その建物を囲むように屋根の上にいた。通りを歩く人に見られ無いように姿勢を低くして。
建物の中には一階に二人、二階に八人の気配がある。一階の一人は店のカウンターに、もう一人は二階に続く階段付近にいた。恐らく見張りだろう。まぁ、諜報部隊にとって見張りなど無意味だが。ようは、階段を使わなければ良いのだから。
レインズが他の四人のうち、二人に視線をやり、小さく頷いて見せる。その隊員達は頷きを返すと、音を立てずにアジトの天井に飛び移った。
二人は屋根裏に続く天窓から足音と気配を消して建物に侵入する。
その下では、男達が話をしていた。
「…だと…?だ…したら、…ろうな」
「どうでも…。…なのは、金…」
男達の話し声が途切れ途切れに聞こえる。隊員達は天井に耳をつけ、内容を聞き取ろうと耳を澄ませた。
「後どれぐらいだ?」
「後一時間半だな」
「その時には俺達は金持ちだな」
「大臣様さまだな!」
男達が笑い声を上げる。
どうやら相当酔っているらしい。五感の優れている隊員達の嗅覚は、酒の匂いを嗅ぎ取った。
ハレイストを攫うという仕事が終わり、浮かれているようだ。
下衆共が。
隊員達は心の中で吐き捨てた。これは、諜報部隊一同が思っていることだった。犯人達を楽に殺すつもりも全く無い。
ハレイストは、影にも普通に接した。子供の好奇心故かもしれないが、向けられる笑顔は今まで向けられた事のない種類の笑顔だった。
笑いかけ、声を掛け、心配し、気に掛けてくれる。主の為に命を張るのは当然なのに、ハレイストはそれを嫌がった。
決して表舞台に立つ事の無い自分達にとって、ハレイストは光そのものだった。それは、ルクシオンも同様だ。二人は彼らにとって仕えるべき主であり、大切にするべき光であり、見守るべき子供なのだ。
その存在を奪った罪は重い。
「にしても、変わった貴族様もいるんだな。俺達に王子を連れて来い、なんてよ」
「ちげぇよ、置いて来い、だろ」
男達の下卑た笑い声が響く。
天井裏に隠れる二人は怒りの余り飛び込みそうになるのを感情を殺して堪えた。しかし、その額には青筋が浮かんでいる。二人の脳裏に男達を痛めつける光景が浮かんだのは仕方ないと言えるかもしれない。
とにかく、その想像のお陰で二人の溜飲はほんの少し下がった。本当に少し、毛先程もないが。
「どっちだってかまやしねぇさ。後少しで俺等は金持ちだ!」
「俺達の明るい未来に乾杯!」
男達はそう言って酒の入ったジョッキをぶつけ、一気に煽った。その音が天井裏の隊員の耳に届く。
「で、わざわざお出ましになるのか?」
去ろうとした隊員達だったが、男の次の言葉に動きを止めた。
「あぁ。俺達に会うのは嫌らしいが、今回は特別だってよ!」
「普段から仕事してやってるしな!」
「誘拐とか人身売買の仲介役とかな!」
男達が大きな声で笑う。
その後、男達はこれ以上酒を飲むのはまずいと思ったのか、自分達の功績を自慢し始めた。
何人誘拐した、何人捌いた、いくら盗んだ。自分達の悪行を自慢げに吐露していた。
天井裏には、すでに隊員の影は無かった。
「殿下、ご報告に…」
ルクシオンに報告しようとハレイストの部屋を訪れたレインズが見たのは、少年と少女に壁際に追いやられているルクシオンの姿だった。二人からは凄まじい気迫が放たれている。一人は侍女、もう一人は文官のような格好をしていた。
「殿下は無事なんですよね?」
「犯人はまだ見付からないのですか?」
「殿下に怪我があれば容赦しませんよ」
「犯人を見つけた言いなさい。精神的に追い詰めて差し上げますから」
二人はルクシオンを更に壁に追い詰めていく。対するルクシオンの顔は完全に引き攣っていた。
「あの、報告を…」
レインズは恐る恐る声を出した。それ程に、少年と少女は怖かった。その背に何か真っ黒なものが見えたのはレインズの気のせいだろうか。
「レインズ!」
助かった、といわんばかりにルクシオンが叫んだ。引き攣っていた顔が安堵に染まる。
しかし、今度はレインズが固まった。少年と少女が振り向いて、鋭い眼光でレインズを射抜いたからだ。視線だけで人を殺せそうな程の目つきに、レインズの体は強張った。
「さっさと報告してください」
少年が言うと、
「早くしなさい」
少女も言った。
その声に混じるは紛れもない苛立ち。それと、ハレイストに対する心配、不安…。様々な感情が入り混じっている。
「男達のアジトにて依頼人と接触するようです」
「ご苦労」
レインズが言うと、ルクシオンが頷いた。
「フェルクートに少数精鋭で捕縛隊を結成するように言え。アジトに乗り込む」
「御意」
レインズは一礼すると、姿を消した。
それを確認したルクシオンは未だ目の前に立つ少年と少女を見る。
「付いて来るんだろ?」
「「当然」」
ルクシオンが尋ねれば、声を揃えて即答した。ルクシオンは苦笑しながら二人を連れて部屋を出た。
夏休み万歳!!
ただ、宿題の量がありえない!
しかも明日と来週平日一杯課外が…憂鬱です。
気付いたら既に四十話目、私の書いた小説に根気良くお付き合いしてくださる皆様に心の底から感謝します。
追憶編はあと数話で終わる予定です。
その後は現在に戻って和平に向けて行動開始になります。
これからも温かく見守ってくださるとありがたいです。




