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三十七話

 ハレイストは無言のままのレドラの後を、無言で着いて行っていた。何処に向かっているかは全く分からない。

 何となく気まずい思いをしながらハレイストは廊下を歩いていた。廊下、と言っても、洞窟をくりぬいて造られたものだ。

 獣達が洞窟に住むのには理由がある。

 人が住む西は平地で、建物が建てやすい。対する獣が住む東は山が多く、建物を建てられるのは極一部だ。獣達は、洞窟だったり、山に穴を掘って住んでいる。

「にしても、凄いな、お前」

 前を歩くレドラが唐突に口を開いた。その顔は正面を向いたままだ。

「何が?」

 ハレイストはレドラが急に口を開いた事と、その声音が予想外に優しかった事に驚きながら首を傾げた。ハレイストには、自分が凄い事をした覚えが全く無い。ただ、自分の思った事を話しただけだ。

「何が、か。本気で言ってるのか?」

 レドラが振り返り、呆れをその瞳に浮かべながら言う。話しやすいようにという配慮からか、ハレイストの前から隣、というか、少し斜め前に移動した。

 ハレイストは尚も不思議そうに首を傾げている。

「…馬鹿なのか、天然なのか。あれだけの事を言った奴同一人物とは思えんな」

 レドラは溜め息を吐いた。一層首を傾げるハレイストはまるっきり子供だ。獣の女王にあれだけの事を言った時とは雰囲気がまるで違う。そっくりさんだ、と言えば、誰もが納得しそうだ。

 余りにも酷い言いように、ハレイストは抗議しようかと思ったが、何となく倍返しにされそうな気がしたので止めておいた。

「で、何処に向かってるの?」

「何処に行きたい?」

 ハレイストが尋ねると、レドラが逆に尋ねた。

「目的地が決まってるから歩いてるんじゃないの?」

 話しながらも迷いの無い足取りで進むレドラにハレイストは言う。

「この洞窟は一つの大きな広間から様々な場所に繋がっている。そこに行かなければ何処にも行けん」

 レドラが説明する。

 レドラの説明によれば、この洞窟の入り口から一本道を暫く行くと、広い空間に出る。ここが彼の言う大きな広間だ。そこから横穴や下に続く穴、上に続く穴が多数ある。上に続く穴なら、鳥達の住処がその先に広がり、下に続く穴なら暗闇を好む獣達の住処が広がっている。別の穴では、戦士達が訓練をしていたり、争いの対策を話し合っていたりする。基本的に行き来は自由だが、ルティーナのいる場所に続く穴には常時見張りが就いている。いつ人間が侵入してくるか分からないからだ。洞窟の外にも、様々な獣が住んでいるらしい。

「そんなに広いの?この洞窟」

 ハレイストは歩きながら上下左右に広がる硬い壁を眺める。先程から歩いているが、景色が変わっていない気がする。

 それと、曲がり角が多すぎて方向感覚が狂っていた。人間なら一発で迷うだろう。精巧な地図があっても、だ。

「我等が領土のおよそ半分を占めているからな」

 その言葉に、ハレイストは驚いた。文献によれば、ブルクリード王国とスフィアランスの面積はさほど変わらない。つまり、ブルクリード王国の半分の程の面積をこの洞窟は誇っているのだ。

「それより、行きたいところは決まったか?」

 レドラが話を元に戻す。好奇心ゆえに本題から話が逸れていた。

「一番物知りなのって誰かな?」

「…そこに案内すれば良いのか?」

 ハレイストが訪ねると、レドラが少し不思議そうな顔をしながら確認した。

「うん」

 レドラの反応に内心首を傾げながらハレイストは小さく頷く。

 了解したのか、レドラは視線をハレイストから前へ移した。

「てっきり洞窟の中を見て回りたい、と言うかと思った」

 レドラが前を向いたままぼそりと呟く。先程の表情はそういう事らしい。

 つまり、ハレイストの事を信用していない、という事だろう。ハレイストが洞窟を見て回り、その全域を把握し、今後に役立てると思ったのだろう。今後とは、当然の如く争いに関して。

 レドラの呟きに込められた思いに、ハレイストは気が付いた。いきなり敵対していた人間が味方になる。そう言われて、はいそうですか、とはならないだろう。例え、自分達の王が認めたとしても。それは、側近として、部下として、とても大切な素質でもある。真に有能な者は主に唯々諾々と従うだけでなく、主の間違いを指摘し、忠言を言える事だ。

 そういう面では、獣達には有能な者が多い。自分の目で確かめなければ納得出来ない性質だからだ。

「他人を説得するなら、自分が正しい知識を持ってないとね」

 ハレイストが笑顔で言う。

 持論を展開するには根拠が必要だ。それと、それに必要な正しい知識が。嘘八百を言って説得しても、いつか必ず綻びが出る。

「実物とか実際に見せられるのが一番良いんだけど、過去の事じゃ無理だしね」

「実際に見せても、人間は自分に都合の良い面しか見ないだろう。無駄だと思うぞ」

「…よく知ってるね」

 ハレイストが溜め息と共に吐き出した言葉に、レドラが即座に返した。その言葉は、権力に取り憑かれた人間の表現としては的を射ている。いや、それは人間誰にでも言える事だろう。

「それをあっさり肯定するお前もどうかと思うがな」

「どうして?」

「…十歳の子供が考える事じゃないだろう」

 そう言ったレドラは、奇妙なものでも見るようにハレイストを見た。そこに嫌悪の色は無く、純粋に不思議に奇妙な人間だと思っているらしい。それもどうかと思うが。

 十歳と言えば、普通はやんちゃになる頃だろう。外を走り回りたい年頃のはずだ。例外はいるかもしれないが、ハレイストは大人び過ぎている。そう、普通の子供にしては。

「僕は王族だからね。王族は民の税で生活している。何時までも子供ではいられないさ。

 王族は民の為にある。民が王族の為にあるんじゃない。ましてや、貴族の為でもね。

 少しでも早く、王族の一員として、民の為に何かしたいんだ」

 心からそう思っているハレイストは、嬉しそうに、照れながら笑った。

「その考え自体が子供じゃない」

 レドラは溜め息を吐き、歩く足を速めた。置いていかれないように、ハレイストは小走りになった。

 ハレイストがレドラに追いつき、その隣を歩き始めると、レドラは口を開いた。

「話が聞きたいならカテリ婆さんに聞くと良いだろう。あの婆さんは驚くほど物を知ってるからな」

 そう言ったレドラの顔には、僅かに諦めの表情が浮かんでいた。ハレイストに子供らしさを求めるのはやめたらしい。

 それもそうだろう。上流階級の子供達は子供でいられる期間が短い。ましてや王族。それも、今は争いの最中だ。子供に構っている暇など無いのだろう。

「カテリ婆さん?何処にいるの?」

 ハレイストが弾んだ声で尋ねる。先程までの落ち着いた雰囲気が嘘のようだ。それを見たレドラの頬が嬉しそうに緩む。ハレイストの反応が年相応に見えたからだ。

「お楽しみだ」

 レドラがそう言うと、ハレイストは頬を膨らましたが、レドラは笑っただけだった。

 

 このチーターも何時の間にかハレイストを気に入ったらしい。

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