三十五話
「貴女に止められますか?十歳の子供に?ステリアンでさえ成し遂げられなかったのに?」
ルティーナは可笑しそうに質問を重ねる。ゆっくりと、一語一語発音し、ハレイストを見下ろした。言外に、お前には無理だ、と馬鹿にされている。子供に何が出来る、と。
ハレイストは俯き、深く息を吸い、思考を落ち着かせる。
「…分かりません」
ハレイストは正直に答えた。サランドとエルーシオは明らかに落胆の表情を見せる。背後から溜め息が聞こえた。ルティーナは静かにハレイストの出方を待っている。
「ですが」
ハレイストは力強く言葉を発し、顔を上げる。ハレイストはルティーナの瞳を鋭く射抜いた。ハレイストの表情を見たルティーナが口元を楽しそうに歪める。
「努力する事は出来ます」
無理と言われても、無駄と言われても。努力するのは自由だから。
「足掻く事は出来ます」
成果がなかなか出せなくても、足掻けば、何かが成せるかもしれない。
「抵抗する事は出来ます」
貴族達が、大臣達が、大人達が、誰が邪魔してこようと、屈する事無く。
「伝える事は出来ます」
争いを疎み、憎しみに囚われ、苦しむ民達の声を。
「やってみなければ分かりません。やってみなければ、出来るものも出来ません」
始める前から諦める等、愚かでしかないから。
「動かなければ、何も変わりません」
何か行動を起こせば、人の心を、世界の滅び行く運命を変えられるかもしれない。
「ただ傍観するだけならば、人も、獣も、世界も滅びるだけです」
ハレイストはルティーナを見たまま言葉を紡いでいく。
「少しでも望みがあるなら、やります」
大事な人を、民を、獣を、世界を守る為に。
「未来に続く扉があるなら、力の限り手を伸ばします」
高望みでも、無謀と言われても、明るい未来が手に入るなら。
「その為に、使えるものは全て使います」
最後に自分に何も残らなくても、皆が幸せになれるならば。
「王族としての権利も、国民からの信頼も、部下も」
命までは捨てさせる訳にはいかないけれど。
「貴女方さえ、利用する事に躊躇いはありません」
被害が最小限で済むのなら。
「自らの手を汚す事になっても」
父が反対しても、兄が反対しても、貴族が、議会が反対しても。
「それで、世界が平和になるのなら」
ハレイストは最後に笑みを浮かべた。
「こいつらの顔を覚えろ。見付け次第騎士団に連絡。ただし、殿下の捜索が最優先だ。犯人達に関しては片手間でやれ」
レインズは騎士団から回って来た犯人達の人相を部下に見せながら簡潔に指示を出していく。彼の前には十人の男が整然と並んでいる。王都以外の各領の担当者とその補佐だ。容姿は様々だ。印象の薄い者から華やかな者まで。
「今回は全員で当たれ。一刻も早く情報を集めろ。手段は問わん」
レインズは地を這うような低い声で続ける。普段感情を表に出さない彼が此処まで感情を顕わにしているのは珍しい。
ちなみに、諜報部隊の総勢は国民約十五万に対して三百人。騎士は四千八百千人。近衛は五百人だ。
「御意」
男達が声を揃えて返事をする。その表情はどれも怒りが滲んでいた。勿論、レインズにも。
「我等が主に手を出した者に裁きを」
「我等が怒りを」
「我等が宝を傷付けた者に鉄槌を」
「我等が名の下に」
その言葉が終わると同時、男達は消えた。残ったのはレインズ。と、その後ろに立つ青年だけ。
「隊長、私は何を?」
青年、隠密部隊副隊長のアストが尋ねる。薄茶の髪に金の瞳をした彼は全ての印象が薄い。見た次の瞬間にその容姿、背格好を忘れそうなほど。
実際、よく忘れられるが。部下達にも忘れられる哀れな上司だ。本人は全く気にしていないが。本人曰く隊長が気付いてくれればそれで良いらしい。
「それより、陛下は?」
レインズはアストの問いに答えず、逆に尋ねた。アストは国王の許に報告に行ったばかりだ。
「…何時もと変わりありません。そうか、の一言のみです」
アストが苦々しげに答える。ブルクリード王国第八十一代目国王、エディンズ・ラル・ヒューズ・トゥル・トスカーナ。ハレイストとルクシオンの実の父親だ。厳格な性格で、父親らしい事を一切しない。強引な政策で獣との争いに特に力を入れている。
最近、人前に姿を見せる事が少なくなった。国王の執務室、私室に入れる人物も限られている。篭もって何をしているのかは不明だ。
アストの答えに、レインズは顔を顰めた。が、次の瞬間にはその表情は消え去っていた。
「第一王子殿下が近衛の訓練所に向かわれている。我々は殿下の補助に回る」
レインズが言うと、アストが了承の意を込めて頭を下げた。そして、二人は姿を消した。
お久しぶりです!
久々に書いたせいかおかしな文になっている気がします…←何時もですが
次もハレイストとルティーナの会話が主になります。
その後は事件?の解決に向かう予定です。
誤字・脱字・矛盾点等ありましたらご指摘頂けると幸いです。