二十七話
「初めまして、かの、名も知らぬ人間よ。私はカテリ。皆からはカテリ婆さんと呼ばれておる。好きに呼ぶと良い。こんな名など存在を区別する為の符号でしかないからの。
私は時として別の名で呼ばておる。預言者、記録者。あるいは、聞く者、見届ける者。こちらの方が私の本質を表しておるの。
未来に差し障り無い程度で先を教え、世界の出来事全てを記録する。その為に、ありとあらゆる声を聞く。そして、世界に余り干渉する事無く世界の行く末を見届ける。それが私の役目じゃ。
さて、此度は語りをしようかの。主人公はブルクリード第二王子ハレイスト・フィス・ノエル・マルディーン。時は今現在より六年前、ハレイストが十歳の時。趣旨はハレイストが消えた数日の間の話じゃ。
長くなるかもしれんが、聞いておくと良かろうの。ハレイストの出発点であり、全ての始まりであり切っ掛けであり、未来が大きく変わった時の話だからの。
あのような人間が居るのなら、この世界も捨てたものではないかもしれん。私もあの者の紡ぐ物語には興味があるのでな。お主等は興味があるかの?
ふむ、そのような話はどうでも良いかの。私は私の務めを果たさなければ。…何の話だったかの?あぁ、そうじゃ、ハレイストの話だったの。寄る年波には勝てんわ。自分の年齢など覚えてないがの。
と、また話がずれてしもうた。いかんいかん、年を取ると話好きになるから困るの。
では、語りを始めようかの。ハレイストの、六年前の話を。始まりは、そうじゃな、ハレイストの家庭教師であるトディスが思い出していた辺りからで良いかの。
昔話と言えば、昔々と始めるのが定石じゃが、そこまで昔でもないからの。こんな始めの言葉はどうじゃ?
此度語るは一人の少年の軌跡。少年が出会い、真実を知り、覚悟を決め、決意した時の話--。
--六年前。
「トディス、人と獣は何故争うの?」
「昔から続いているからですよ、殿下」
「止めないの?」
「どちらかが滅びるまでは終わらないでしょう」
城の一室、第二王子の私室。椅子に座った幼い王子が家庭教師であるトディスに尋ねる。深緋色の髪は陽光を反射し、より一層鮮やかな赤色に。薄墨色の双眸は好奇心ためか、大きく見開かれ、正面に居るトディスを真っ直ぐに見ている。
「どうして?」
首を傾げたハレイストにトディスは苦笑する。この好奇心旺盛な子供は、二言目には何故?どうして?と続く。子供らしい無邪気な問いから、大人をびっくりさせる程の鋭い問いまで。
「そういう生き物だからですよ」
「それは、人が?それとも獣が?」
ハレイストの瞳が悲しげに細められる。その問いに、トディスは静かに息を飲む。その問いは、若干六歳の子供がするような物では無い。大人ですら、疑問に思う事など無いだろう。いや、大人だからこそ、か。
「殿下は、どちらだと思いますか?」
トディスは敢えて答えず、逆に尋ねた。穏やかな微笑を銀の瞳に浮かべながら。
ハレイストは逆に尋ねられるとは思わなかったのか、少し驚いた顔をした後、真剣に悩み始めた。その様子を見ていると、年相応に見える。
「んー、わかんないや。それを言える程、僕は物事を知らないから」
暫く悩んだ後、ハレイストが照れた笑いを浮かべながら答える。自分の無知を恥じるような笑み。まだ六歳なのだか、知らなくても当然なのに。
「これから知る機会もありましょう。まだ、時間はあるのですから。分からない事は、聞けばよろしいのです。知っている方に」
トディスは笑みを浮かべながら、諭す様に言う。その顔はまるで、愛しい我が子を見ているようだった。いや、トディスにとっては、ハレイストは息子同然だった。その心情は、城に居るほとんどの人に当てはまるだろう。利発で、無邪気で、人懐こい第二王子は皆に可愛がられる。王位を巡って争うはずの異母兄の第一王子ですら、彼には甘い。何事にも、例外は存在するが…。
「そうだね。聞いてみようかな、知っていそうな人に」
「それがよろしいでしょう。しかし、今はお勉強をして頂きます。この後は剣の稽古が控えていますよ」
トディスの言葉に、ハレイストは嬉しそうに頷いた。
トディスとの勉強の時間が終わると、ハレイストは自室に戻り、着替えを始めた。王族らしい華美ではないが人目で上等な物だと分かる服から平民が着るような服へ。
何故こんな服があるのか、とい言えば、ハレイストが自分で買ったからだ。初めて城を抜け出して城下街に行った時、自分の着ている服がとても目立つ事に気付き、近くの店で購入したのだ。それ以来、城から抜け出す時に来ている。
「今日は外に行ける日だよね。週に一度は行って良いってトールも言ってたし」
ハレイストの脳裏に四歳年上の宵闇色の瞳を持つ真面目な青年の顔が浮かんだ。書類を片手に何時も負い掛けて来る彼だが、大切な幼馴染でとても優しい。心配だから出掛ける前は一言言っていくように言われている。
「ラミア、トールに一言言って言って来てくれる?」
ハレイストは天井を仰ぎ見て言った。
「御意」
天井裏から返事が返って来た。ハレイストはそれを聞いて満足そうに笑うと、自室を出て城門へと向かった。
やっと過去編が書けます!
この章ではハレイストがルティーナに会った経緯を書きます。
カテリ婆さんも出る予定です。
これからも生暖かく見守ってくれると嬉しいです。