二十五話
「あ、そう言えば」
「どうかしましたか?」
急に慌て始めたハレイストにルティーナは不思議そうに首を傾げる。サランドは奇妙なものを見るような顔をした。
ハレイストが慌てた理由はトーレインだ。無断で出掛けた上に誘拐されてスフィランスに来て何時の間にか夜になっていて陽が昇るまで帰れない。帰ったら弁解するまもなく説教に入りそうだ。恐らく口を開く隙さえ与えてくれずに。
「トーレイン殿にはスカラを通して連絡してありますよ」
エルーシオがハレイストの心を読み取ったように笑顔で言う。その言葉にルティーナは納得したのか頷き、サランドは小さく笑った。
思いっきり馬鹿にされているが、ハレイストはそれどころではない。
「ありがとう、エルーシオ。本当に助かったよ。帰りたくなくなるところだった」
ハレイストは大袈裟に感謝した。いや、本人にとってはそれ程トーレインの小言が嫌なのだ。色々鬱憤が溜まっているらしく、何時も説教は長く内容が厳しい。普段より毒舌にも磨きが掛かる。鬱憤の原因はハレイストに起因するので反論も出来ない。というか、したら説教が長引くだけだ。黙って聞くのが賢明なのだ。
「貴方を誘拐した男は哀れですね。四人に囲まれるのでしょうね。自業自得ですが」
エルーシオが朗らかに笑う。しかし、ハレイストは笑えない。今回の誘拐の件で暴走しそうなのが主に四人。うち二人は精神的に男を追い詰め残り二人は身体的に追い詰めていそうだ。
「大丈夫です。兄上は争いの準備で忙しいですし、もう一人は此処に居ますから。身体的には無事ですよ。精神状態はどうなるか分かりませんが」
争いは二日後からだ。男を身体的に追い詰めそうなルクシオンはそれどころではない。作戦の最終確認や兵の配置などで忙しいだろう。
「今おられるのですか?久しぶりに会いたいのですが、呼んでもらえますかな?」
エルーシオが若干弾んだ声を出す。そんなエルーシオをルティーナは微笑ましげに、サランドは微妙な顔で見ている。
今は子供っぽい態度だが、普段はに冷静で落ち着いていて穏やかな笑みを浮かべているのだ。
「ラミア」
ハレイストが小さく名を呼ぶと、始めからそこに居たかのように、一人の少女が居た。
ハレイストに付き従うようにその後ろに立つ少女は黒髪に黒い瞳。肌は白いが、服装は全身真っ黒だ。
「お呼びですか、主殿」
全身を黒に包んだラミアが平坦な声で問うた。
ラミアは通称影と呼ばれる。影とは王族を守るための存在だ。王族それぞれに護衛は付いているが、それとは別の存在。主にのみ忠誠を誓い、主の命令にのみ従う。護衛が表とするならば影は裏だ。常に主の傍に居るが、姿を見せる事は余り無い。城内でも、存在を知る者は一握りだ。
ちなみに、会議の時に飛び込んで来そうだったのは彼女だ。ハレイストを悪く言う貴族を暗殺しようとしてハレイストが止めたのも彼女だったりする。
「普段通りで良いよ。口煩い両親が居る訳じゃないんだから」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
ハレイストが苦笑しながら言うと、それまでとは一転、ラミアは感情豊かな声を出した。その顔には笑顔が浮かんでいる。十四歳のラミアは根は明るい子だ。
口煩い両親というのはラミアの父と母の事。三人家族は全員影を務めている。父であるダーラ・ストリクスは国王に、母のシェリア・ストリクスはルクシオンにそれぞれ仕えている。容姿は一様に黒髪に黒い瞳に黒の服だ。
「相変わらず二重人格ですな」
「じゃないと仕事になりませんからね」
何故か感心しながら言うエルーシオにラミアは笑顔を向けた。二重人格なのは感心する事なのだろうか。公私をしっかり分けているという点では感心に値するが、エルーシオは単純に二重人格という点にのみ感心している気がするのは気のせいだろうか。
「ハレイスト、そろそろ移動しましょうか?皆が待ち構えていますよ」
そのまま話に華を咲かせ始めたエルーシオとラミアを微笑ましげに見てからルティーナがハレイストに向き直った。
「外に出たら覚悟しておけ」
サランドが不吉な言葉を言う。忠告なのだろうが、何を覚悟しろと言うのだろう。
皆とは、勿論スフィアランスに住む獣達の事だ。彼等と会うだけなのに何故覚悟が必要なのか。しかも、サランドの目が同情的なのは何故か。
「レドラが言わなかったか?皆待ち構えている、と」
不思議そうに首を傾げたハレイストにレドラの上司であるサランドが言う。
「そういえば言ってたね。でもさ、まだ夜明けには大分早いよ?」
洞窟の真上に開いている巨大な穴から見える空は白み始めているが、夜明けまではまだ時間がある。基本的に規則正しい生活を送る獣達はまだ寝ている時間だろう。普段ならば。
「それなら伝令が走って皆を起こしていましたよ?そろそろ来る頃だと思います」
ルティーナがそう言うが早いか、頭上で羽音がした。しかも、その音が半端なく大きい。言い合っている声も聞こえる。声が複数過ぎて内容までは聞き取れないが。
ハレイストが頭上を見上げると、視界一杯に先を争うように飛んで来るトリ達が映った。互いを牽制しながら一直線にハレイスト目掛けて飛んで来る。
その余りの勢いにハレイストは僅かに顔を引き攣らせた。
書いていてふと思ったのですが、この話、いつ終わるんでしょう?
書きたい事があり過ぎて何話ぐらいで終わるか作者にも分かりません。
せめてもう少し上手く書ければ良いんですが……




