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十九話

-視察二日目。


 ハレイストは訪れた貴族の屋敷で笑みを浮かべていた。その傍ではエレンが給仕を、トーレインは背後で黙って立っている。護衛であるイルニスは壁に沿う様に立っている。

 ハレイストが笑みを向けるのは向かいに座っている貴族の男性だ。

「お初にお目に掛かります、ダリス・シル・ヴァルキアと申します」

 男性は椅子に座ったまま軽く頭を下げる。

「始めまして、ハレイスト・フィス・ノエル・マルディーンです」

 ハレイストは笑顔で応じる。

 その瞬間、ダリスの中でハレイストに対する評価が決まった。すなわち、噂どおりの愚図である、と。

 初対面の王族に対し、同じテーブルに座っての挨拶等許される事ではない。初対面でなくとも、余程親しくない限り許される事ではない。いくらダリスが公爵であっても、だ。上下関係ははっきりさせなければならない。でなければ無用な混乱を招くからだ。

 主は臣下に対して信頼はしても、気を許してはならない。裏切らない保証等何処にも無いのだから。

 それに、本来ならばハレイストの行動を咎めるはずの臣下は何も言わない。侍女や護衛はともかくとして、補佐である青年が言わないという事は、主として認められていないという事。

 ダリスがハレイストに無能の烙印を押すのは早かった。

 そして、その心から王族に対する敬意等と言う物は消え去った。いや、ダリスはハレイストを王族としてみなさなかった、と言った方が正しいだろう。

「しかし、この時期に視察とは、大変ですな。第一王子殿下も大変なようですが」

 ダリスが言った言葉を翻訳するとこうなる。「第二王子ともあろう者が争いが近いこの時期に視察?暢気なものだな。第一王子殿下は苦労していらっしゃるのに」こんな感じだろう。

 しかし、ハレイストはそんなダリスの心の言葉に気付いた様子もなく口を開いた。

「国王陛下のご命令ですから。それに、懐かしい方々と会えましたからむしろ良かったです」

 ハレイストは無邪気に微笑んだ。疑う事を知らない、真っ白な、嬉しそうな顔で。

「ああ、街の人々と祭りをしたそうですな。いやはや、民を優先させるとは、お優しいですな」

 ダリスが若干顔を引き攣らせながら言う。それでも、言葉の裏に毒を潜める事を忘れない。

 今の言葉を訳すとこうだ。「貴族である、しかも公爵である私より平民如きを優先させるだと!?馬鹿にしているのか!」という何とも貴族らしい考えである。国民が聞いたら怒るか呆れるだろう。

「僕に取っては同じ人ですからね」

 ハレイストはにこやかに言う。この王族らしく無い価値観がハレイストが民に人気の理由。王族だろうが貴族だろうが平民だろうが分け隔てなく。この価値観を培ったのは城を抜け出した先の城下街だ。

 ダリスの額には青筋が浮かんだ。平民と同等扱いされたのがお気に召さなかったらしい。これが、貴族が嫌われる理由。地位の上に胡坐を掻いて、何の努力もせずに威張り散らすだけだから。権力を笠に着て偉そうに踏ん反りかえるから。それを間違いだと気付かないから。

「尊いお考えですな、私にはとても出来ない考え方です」

 ダリスは必死で笑顔を保った。怒りを悟られないように、今にも怒鳴りそうな心を落ち着ける為に。

「ありがとうございます、ダリス公爵」


「お帰りなさいませ、マルディーン殿下」

 レオナルド公の屋敷に戻ったハレイストを出迎えたのはやはりレイスだった。

「ただいま、レイス」

 ハレイストが嬉しそうに顔を綻ばせる。それに応えるように、レイスも笑みを浮かべた。

「今日はどうでしたか?」

 レイスはハレイスト達を客間に案内し、椅子を薦めてから尋ねた。エレンは屋敷に戻って直ぐ、紅茶の準備をしに行った。

 上着を脱いで椅子の背に掛けてから座ったハレイストは、レイスの問いに無邪気な笑みを浮かべた。

「それがね、ダリス公爵が褒めてくれたんだよ!」

 そう言って笑うハレイストの後ろでトーレインが溜め息を吐いた。イルニスも気まずそうな表情をしている。

 それを見たレイスは大体の事情を察した。つまり、ハレイストがダリスの言葉に込められた裏の意味に気付かず、真に受けたという事を。

「良かったですね、殿下」

 しかし、レイスはそれを指摘せず、笑顔で頷いた。気付いていないのならば、気付かぬままで。貴族達のせいでその真っ直ぐな心が淀む事のないように。

「うん」

「余り甘やかさないで下さい」

 レイスの言葉に頷いたハレイストを見て、トーレインは溜め息を吐いた。そして、レイスを咎める様に見据える。

「貴方は厳し過ぎるのですわ、補佐官殿」

 部屋に入って来たエレンが開口一番に言う。わざとらしくトーレインを丁寧に役職で呼んだ。確実に厭味である。

 トーレインはエレンに冷たい目を向けて口を開く。

「甘やかしてばかりでは王子として相応しい方には育ちません」

「貴方のいう王子に相応しいと言うのはどういう方ですの?」

 トーレインの冷たい視線を気にした様子もなくエレンが質問を返す。

「しっかり執務をこなし、人を惹き付ける魅力を持っている事です」

 当然だろう、とでも言うようにトーレインが答える。王族の前だからこそしていないが、此処にハレイストがいなければ腕を組んでエレンを見下ろしていそうだ。それをしないだけの敬意はあるらしい。いや、公私の区別をしっかり出来ている、と言う事だろうか。

「殿下には人を惹き付ける魅力が十分ありますわ」

「だが、執務をしっかりやって下さらない」

「努力なさっています」

「努力していても結果が出ていない」

「結果が全てではありませんわ」

「そういう事は結果を出してから言え」

 口論を続けているうちに、トーレインの口調が私用に変わった。冷めていた瞳も、今は熱が篭もっている。

 対するエレンは完全に紅茶を準備する手が完全に止まっており、トーレインを睨んでいる。

 二人の間で飛び散る火花に、イルニスは表情を引き攣らせた。レイスは何故か微笑ましげに見ている。ハレイストも同様だ。

 こうして、止める者が居ない口論は、晩餐の時間まで続いた。 

こんばんわ!

今回はハレイストの純粋っぷりを書いてみたつもりです。

次話では少しお話の展開を進められたらいいな~、と思っています。


では、またいずれ。

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