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十五話

「ようこそお越し下さいました、マルディーン殿下」

 ハレイストが公爵領に居る間、滞在する事になっているレオナルド公爵の本邸に到着すると、執事の服装に身を包んだ初老の男が出迎えた。その後ろでは幾人もの使用人達が整然と並び、一様に頭を下げている。

「出迎えありがとう。久しぶりだね、レイス。元気だった?」

 ハレイストは頭を下げる初老の男に歩み寄ると、顔を上げさせた。白っぽい髪を撫で付け、執事服を隙無く着ている男は、懐かしそうに相好を崩した。

「覚えていて下さったのですね。この老いぼれの事など忘れておられるかと思いました」

 レイスと呼ばれた初老の男は嬉しそうな笑みを浮かべた。

 レイスは昔からレオナルド公、つまりアーノルドの下で働いていた。ハレイストは良くアーノルドを訪れていた。レイスは当時アーノルドの傍にずっと居た為、自然と二人は顔見知りになった。

 ハレイストにとっては父親のような人のうちの一人である。そんな存在である人の事を忘れるはずが無い。

「忘れないよ、良くしてもらったし。あそこまで怒ってくれるのはレイスとトディスぐらいだよ」

 ハレイストは城に置いて来た家庭教師の顔を思い浮かべる。トディスも同行したいと言ったが、家庭教師である彼が来てもする事は無い。

それに、馬はいない為、徒歩での移動になる。トディスには辛いだろう。

「今ではトーレインも容赦が無いと聞いていますが?」

 レイスは小さく笑いながらハレイストの後ろに立つトーレインを見遣る。

 その視線を受けたトーレインは微かに頬を引き攣らせた。額には僅かに青筋が浮かんでいる。しかし、それらをすぐに消すと、大袈裟に溜め息を吐いて見せた。

「殿下がしっかり仕事をして下さらないので」

「今回は頑張っただろう?ちゃんと休みはあげたよ?」

 嫌味ったらしい声音のトーレインに、ハレイストは唇を尖らせる。

 そう、ハレイストは珍しく頑張ったのだ。城下街に出掛ける事もせず、頑張って執務をこなしていた。それを見たトディスは感激の余り涙目になっていた。

「そうですね。間違いだらけの書類を直すのは大変でした」

 トーレインは笑顔で言う。その背後には何故か黒い靄のようなものが見える気がした。

 ハレイストが真剣に公務をやったのは良いが、ハレイストが書いた書類は間違いだらけだった。そして、それを直したのはトーレインだ。おかげで早く終わる所か予定より遅くなってしまったのだ。

「ごめんなさい」

 何も言い返せないハレイストは素直に謝った。と言うか、言い返したくても、言い返せば倍で返ってくる事は確実だ。

「殿下が謝る事はありませんわ。それはその為にいるのですから」

「それと言うな」

 後から来たエレンが皮肉げに言うと、すぐさまトーレインが言い返した。二人はそのまま口論を始めた。口論とは言っても、二人とも笑みを浮かべながら静かに火花を散らしている。正直怖い。

 しかし、ハレイストにとっては日常的な事だ。レイスは長年の経験のお陰か、顔色一つ変えない。

「視察の詳細については晩餐の後でよろしいですか?」

「うん、お願い」

 エレンとトーレインを無視して二人は会話を続ける。

「殿下、俺は此処の護衛達と打ち合わせをしてきます」

 ハレイストに一人の青年が声を掛ける。ハレイストが振り向いた先に居るのは赤の王国騎士団の制服に身を包んだ夕陽の様な色の髪と瞳を持つ青年。マーダー隊隊長のイルニス・クリムゾンだ。

 イルニスは三人居る王国騎士団隊長の中では最年少だ。二十七歳で隊長になった。ちなみに、史上最年少で隊長になったのは現グラス隊隊長のシルヴィだ。シルヴィは二十四歳という若さで今の地位まで上り詰めた。

「案内役つけてもらったら?迷子になられても困るし」

 真面目な顔をしているイルニスにハレイストはそう声を掛ける。途端にイルニスは顔を赤くした。

「迷子になどなりません!」

「え~と、シルヴィにはよく迷子になるって聞いたけど、違うの?」

 羞恥で声を荒げたイルニスに対してハレイストは首を傾げる。

 シルヴィはハレイストにイルニスが迷子になった話をいくつもいくつもしていたのだ。勿論、イルニスに対する嫌がらせである。シルヴィ曰く、真面目なのに反応が子供っぽいイルニスをいじるのはとても楽しいらしい。シルヴィの嫌がらせ被害に遭っている隊員は数知れず。

 それでも、シルヴィが人気なのはひとえにその実力故だ。普段はふざけた態度だが、訓練や作戦のときはしっかりしている。女性曰く、そのギャップが堪らない、と言うのは侍女の話だ。

「あの人は…!」

 イルニスはやり場の無い怒りに拳を震わせる。この場にシルヴィが居たら殴り掛かっていそうだ。軽く避けられるだろうが。そして悔しがるイルニスを笑うのだろう。

「では、イルニス殿を尊敬している者を手配居致しましょう。憧れの方と話せる機会とあらば志願者は沢山居ると思いますよ」

「だって、イルニス。たまには誰かと交流を深めてみたら?しっかり仕事してくれるのは良いけど、息抜きも必要だよ?城に帰ったら忙しくなるし」

 微笑みながら言うレイスの言葉に、ハレイストも付け足す。その顔に浮かぶのは意味ありげな笑み。その意味を正確に読み取ったのか、イルニスは諦めたように溜め息を吐いた。

「お願いできますか?」

「勿論ですよ」

 何処か不機嫌そうなイルニスにレイスは微笑みながら頷いた。

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