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闇に浮かぶ紅蓮の炎  作者: 夜月 雪那
第二王子
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十二話

「旦那様、クライス殿下がお見えです」

「お通ししてくれ。それと、武器を取り上げるのを忘れないように」

「かしこまりました」

 アーノルドは侍従に念を押してから下がらせた。剣を腰に佩いたまま屋敷に入れると何をするか分からない。ならばルクシオンをからかうのを止めろ、と思うのだが、アーノルドは人をからかうのが好きなのだ。特に、ハレイストを使ってルクシオンをからかうのが。

「またルクシオン殿下で遊んでますの?」

 アーノルドが独りでニヤニヤしていると、背後から呆れたような声がした。

「普段冷静な殿下が取り乱すのは見ていて面白いのでな」

 アーノルドは振り返ってアイリスを見る。アイリスは可笑しそうに笑う。

「それより、ハレイスト殿下は?」

「ラウルが相手をしていますわ」

 アーノルドが尋ねると、アイリスが溜め息を吐きながら答えた。

「ラウルならハレイスト殿下を守れますでしょう?これから猛獣が来るのですから」

 猛獣とはルクシオンの事だ。何時も大声で叫び、全身から殺気を放ちながら来る様子は猛獣そのものなのだ。ラウルは以前王国騎士団の隊長を務めていた。剣の腕は年老いてなお衰えない。

「ルクシオン殿下がハレイスト殿下を傷付けるとは思えんがの」

「用心に越した事はありませんわ」

 渋い顔をしたアーノルドをアイリスは笑う。ルクシオンが怒鳴り込んで来ても、何時も言葉でねじ伏せて楽しむのだが、ハレイストの安全の為に保険は掛けておいた方が良い。

「何時もの様にからかえばよろしいのです」

 アイリスが微笑むと、アーノルドが同意するように頷いた。その顔は確実に緩んでいる。人をからかうのが生きがいな大臣達であった。

「にしても、静かですな。本当にルクシオン殿下はいらっしゃったのかの?」

 何時もならそろそろ屋敷が騒がしくなる頃だ。しかし、今日はとても静かだ。ルクシオンの荒々しい足音がしない。ルクシオンの叫び声と必死で止めようとするジルフィスの声も聞こえない。

「もう来てますよ、アーノルド公爵位大臣。アイリス子爵位大臣」

 二人の背後から冷やかな声がした。二人同時に驚いて振り向くと、笑顔のルクシオンが立っていた。ジルフィスの姿は無い。何時の間に部屋に入り、背後に立ったのか。二人には全く分からなかった。ジルフィスの姿も無いが、案内して来るはずの侍従の姿も無い。

「これはこれは、ルクシオン殿下。何時の間にいらっしゃたのですかな?この老いぼれの心臓を止めてくださるな」

 アーノルドはそう言いながら自分の心臓の上に手の平を置く。アイリスは驚いているのか、動きが止まっている。

「ところで、侍従に案内するよう申し付けたはずですが、何処に居りますかの?」

 アーノルドはルクシオンの隣や背後を見るが、侍従の姿は無い。仕事をサボるような不真面目な人物ではなかったはずだが、とアーノルドは心の中で呟く。

「あぁ、彼でしたら、廊下で眠っていますよ。ちなみに、呼んでも誰も来ません」

「はい?」

 笑顔で答えたルクシオンに、アーノルドは理解出来ないと言うような声を出す。その斜め後ろで我に返ったアイリスも首を傾げている。

 そんな二人の様子に、ルクシオンは笑みを一層深くした。慈愛さえ感じさせる優しい笑み。しかし、ルクシオンの口から出た言葉は慈愛の欠片も無かった。

「目撃者は少ないほうが良いでしょう?」

 ルクシオンはそう言いつつ、腰に佩いていた剣を抜く。アーノルドとアイリスが状況を飲み込めずに固まっていると、ルクシオンはぶつぶつと呟き始めた。

「何時も何時も俺からハレイストを取りやがって。俺の唯一の心の癒しだぞ。しかも毎回毎回人を馬鹿にしやがって。お前等のせいでハレイストがひねくれたらどうしてくれる。腐った王宮内で真っ直ぐで純粋な子に育ってるのに。お前等の傍に居たら性格が歪むわ」

 ルクシオンは青筋を立てながら二人との距離を縮める。その手には剣が握られている。笑顔で迫る様子は狸を狩る獅子。いや、狂気に駆られた獅子だ。

「じょ、冗談はいけませんぞ殿下」

「そ、そうですわ。いくら殿下でもそれはいけませんわ」

 アーノルドとアイリスが慌てて宥めようと必死になる。その顔は真っ青だ。ラウルの助けは期待出来ないだろう。ハレイストと話すのに熱中しているはずだから。いや、ラウルの武勇伝をハレイストが笑顔で頷きながら聞いているだけだろうが。

 人間は不思議なもので、危機的状況になると頭の回転が速くなる。故に、アーノルドはラウルとハレイストの様子を思い浮かべる事が出来た。今の状況では何の役にも立たないが。

「お前等が犠牲になれば俺の心の平穏は保たれる。そして、俺は何の憂いも無く国の仕事に従事出来る。良い事だらけじゃないか」

 ルクシオンはなおも笑顔で二人を追い詰める。二人はじりじりと後ずさっていたが、遂に背中が壁にぶつかってしまった。背後は壁、前方はルクシオン。左右に逃げても捕まるだけ。逃げ場は無い。

「逃げ場は無いぞ?観念するんだな」

 ルクシオンが嬉しそうに笑う。その笑顔のまま、剣を振り上げると、勢い良く剣を振り下ろした。

「兄上?」

 不意に聞こえた声に、ルクシオンの剣が止まる。その位置はアーノルドの鼻先五cm程。

「兄上、人に剣を向けてはいけないとジルフィスが言っていましたよね?」

 首を傾げたハレイストが奥の部屋に続く扉から顔を出している。その後ろにはジルフィスが立っていた。その隣にはラウルが。

 ルクシオンが笑顔で公爵の屋敷に行くと言った時、止めても無駄だとジルフィスは悟った。だから、一番効果的なハレイストに助けを求めたのだ。ぎりぎり間に合ったらしい。

「いや、その、これはだな、いや、これには深い事情が」

「事情はどうあれお年を召した方に剣を向けるのはどうかと思いますよ、兄上」

「…ごめんなさい」

 良い訳を言おうとしたルクシオンの言葉をハレイストが遮って厳しい口調で言うと、ルクシオンは項垂れながら謝った。その隙にジルフィスがルクシオンの力の抜けた手から剣を奪い去る。

 それを見たアーノルドとアイリスが安堵の溜め息を吐いた。


--その後、落ち込みまくったルクシオンをハレイストが慰めて事態は収拾した。しかし、命の危機に遭ったと言うのに、ルクシオンをからかうのを止めない大臣三人組の神経の図太さ敬服に値する。

あれ?

予想よりルクシオンが暴走しませんでしたね、おかしいな。


次はルクシオンとハレイストの朝食をほのぼの書きたいな~、と思ってます!

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