十一話
--今から三年前。ハレイストが十三歳、ルクシオンが十八歳の時の事。
その日、ルクシオンは争いから帰って来て直ぐにハレイストに会いに行った。争いの直後で体は疲れきり、休息を求めていたが、ルクシオンはハレイストに一目会ってから休むつもりだった。明日からはまた会議等で忙しくなるからだ。
「ジルフィス、ハレイストは私室か?」
城に着いたルクシオンは背後に立つジルフィスに問い掛けた。その足は取り敢えず自分の私室に向かっている。汚れてしまった身を清め、服を着替えるためだ。本来ならこのまま会いに行きたいが、この格好でいくとハレイストが怯える。それで嫌われてしまったら、ルクシオンは立ち直れない。
「いえ、今日は大臣の御三方とご一緒だとか」
ジルフィスは頭の中に叩き込んであるハレイストの一日の予定を思い出しながら答える。騎士であるジルフィスがハレイストの予定を覚える必要は無いのだが、覚えておかないと主であるルクシオンの質問に答えられない。ルクシオンの世界はハレイストを中心に回っているのだ。
「何!?あの狸共とだと!」
ルクシオンは足を止め、ジルフィスを勢い良く振り返る。
「そう記憶しておりますが」
同じように立ち止まったジルフィスは淡々と答える。ルクシオンのこの過剰反応を見続けて早十年余り。今更動じる事は無い。
「またあの狸共は俺が居ない隙に…!」
ルクシオンは憤然とした様子で足音も荒く私室へ尾と向かった。先程よりも数段速足になっている。走り出さないだけましだろうか。
大臣三人組はルクシオンのこの反応が楽しくてやっているのだろうが、ルクシオンは気付かない。ハレイストの事しか頭に無いため、冷静な判断が出来ていないのだ。
ルクシオンは急いで着替えた。侍女達は苛々した様子の主に、口を開く事無く素早く仕事を終えた。触らぬ神に祟りなし。
「ジルフィス、ハレイストは今何処に?」
侍女達が服を着せようとするのを制し、自分で手早く服を着ながら入って来たジルフィスにルクシオンが尋ねる。
「それが…」
ジルフィスが言葉を濁す。不審に思ったルクシオンは扉の傍に立つジルフィスを振り返った。ルクシオンはまだズボンしか履いておらず、その手にはシャツが握られていた。
「はっきり言え」
気まずげに目を逸らすジルフィスにルクシオンは命じる。言いつつシャツを身に着け、上着を着る。
「はっ。ハレイスト殿下は、その…」
なおも言葉を濁すジルフィスをルクシオンは鋭く睨み付ける。腰に剣を佩いて身支度を終えたルクシオンはジルフィスに詰め寄る。
「言え」
ルクシオンは簡潔にジルフィスに再度命じる。逆らうことを許さない覇気。
ジルフィスは反射的に背筋を伸ばし、敬礼をする。
「はっ!ハレイスト殿下はアーノルド公爵位大臣、その他二人の大臣と共にレオナルド公爵低にいらっしゃそうです」
ジルフィスはそう言うと、敬礼をした格好のまま硬直した。その視線の先には一転、冷たい空気を纏ったルクシオン。その目は完全に据わっている。
「何だと?」
全く抑揚のない声をルクシオンが発する。細められた深緑の瞳は冷たい光を放ち、笑みを刻んでいる口元は、その恐ろしい空気を増長させている。
「ハレイスト殿下は今現在レオナルド公爵のお屋敷に…」
「あの狸爺の家に?」
ジルフィスの言葉を遮り、ルクシオンは確認する。
「そう聞いておりますが…」
ジルフィスは敬礼していた手を下ろし、小さく頷く。ルクシオンはジルフィスから視線を外すと、溜め息を吐いた。重々しく、怨念の篭もった溜め息を。
「あの、殿下…?」
ジルフィスは恐る恐る声を掛ける。大声で叫び、部屋を飛び出していくのかと身構えていたのだが、その予想に反してルクシオンは静かだった。不気味な程に。
ルクシオンは暫く何の反応も示さなかった。
「殿下?」
ジルフィスがもう一度呼び掛けると、ルクシオンがジルフィスの方を向いた。その顔は笑みを浮かべている。
「行こうか?公爵位大臣殿の屋敷に」
予想より長くなったので二話にわけます!
次こそルクシオンが暴走します!