第十話
「お帰り、トーレイン。お使いご苦労様」
ハレイストはそう言って、執務室に入って来たトーレインを労った。ハレイストが座る机には何時ものように公務が山積みだ。これを終わらせなければルクシオンと過ごす時間は無い。
「これも仕事ですから」
トーレインはそう言いながらハレイストに歩み寄ると、その目の前に束になった資料を置いた。
「これは?」
資料に軽く目を通しながらハレイストが尋ねる。その資料には街の見取り図や苦情、要請等、様々な事が書かれていた。
「公爵領に関する資料です。七日後に視察に行って頂きます。同行者は私と侍女のエレンとマーダー隊のイルニス隊長が護衛として同行します」
「父上が公爵領には行きたくないって?本当に、あの人は獣が嫌いだね」
ハレイストは椅子に背を預けて天井を仰ぎ見る。父である国王が公爵領の視察に行った事は一度も無い。何時もハレイストかルクシオンが行っている。
国王が公爵領の視察に行かない理由は、その位置にある。
ブルクリード王国の中心、海沿いに王都。王都の左隣に子爵領。その上に男爵領。子爵領と男爵領の隣に侯爵領。侯爵領と子爵領の隣に伯爵領がある。公爵領は王都の右隣に位置し、スフィアランスに最も近い。故に、国王は公爵領へ行きたがらない。それ程までに獣が嫌いなのだ。
「獣が嫌いな人は多いと思いますが」
自分の執務机に腰掛けながらトーレインが言う。その視線は既に机に置いてあった書類に向いている。
「嫌いって言うか、下に見てるんだよね。獣ごときが人に逆らうなんて、みたいな」
ハレイストは天井を見上げたまま溜め息を吐く。その吐息には呆れと遣る瀬無さが混じっていた。貴族達に対する呆れ。遣る瀬無さは、何に対するものだろうか。
「殿下、公務をサボりたいからって真面目ぶった事を言わないで下さい」
「あ、ばれちゃった?」
溜め息を苛々と吐き出しながら手を止めたトーレインがハレイストを睨む。対するハレイストは天井からトーレインに視線を移して軽く下を出した。青年がやると気味が悪いが、中世的な容姿をしているハレイストにはよく似合う仕草だ。
「同じ手は食いません」
トーレインがハレイストを一層強く睨む。過去に一度騙されたのを根に持っているらしい。
「早く公務を終わらせて下さい。私は視察前に妻とゆっくり過ごしたいんです」
恨めしそうなトーレインに、ハレイストは申し訳なさそうな顔をする。争いの日はもうすぐだ。ハレイストの視察が長引けば、ハレイスト達が公爵領に滞在している間に起こる可能性もある。公爵領まで争いの直接的な影響はないので安全だ。
が、争いが近づくと、城の中は慌しくなる。準備が忙しいのだ。騎士団達は連日会議を行い、大臣達は物資の準備。それらを取り仕切っているのはルクシオンだ。国王は視察で伯爵領に行っていて不在。一番忙しいのはルクシオンだが、争いが近づくと、ハレイストの公務も増える。すなわち、トーレインの仕事も増えるのだ。
「ただでさえ会えないのにね。この時期は何時も忙しいから」
「殿下が公務をしっかりやって下されば済む話です」
ハレイストが言うと、トーレインが冷静に指摘する。視線は下を向いているが、怒気はハレイストに向いている。
ハレイストは肩を竦めると、書類にペンを走らせた。取り敢えず、今ある分を終わらせなければルクシオンと話す時間がない。そうなると、ルクシオンが暴走しかねない。過去に実例がある分、笑い事ではない。
「…頑張って終わらせよう。兄上が暴走すると取り返しつかないから…」
ハレイストがポツリと呟く。その言葉が聞こえたのか、トーレインの手が止まる。ハレイストが見ると。トーレインは苦々しい顔をしていた。ルクシオンが暴走した時の事を思い出しているのだろう。ハレイストも手を止め、その時の事を思い出した。
久しぶりの更新です!
今回は短めでした=3
次話は過去話を少し書きたいと思います。
ルクシオンが暴走します(笑
お楽しみに!!




