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妖怪の妻になってしまった男  作者: 夢想花
妖術
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8.封印

 それから数日が過ぎた。

 今井は毎日新しい着物を着ていた、ナキータが持っている着物はものすごい量あるから、毎日新しいものを着ても全部着るのは1年はかかりそうだった。ゾージャはものすごい金持ちなのだ。そしてナキータはそれをいいことに贅沢三昧をしていたみたいだ。こんなに着物を買うなんてゾージャの家計にどの程度の負担になっているのだろう。今井の育った家庭は裕福ではなかった。欲しいものがあっても我慢するのが当然だった。

 ところが、その日は、ゾージャが馴染みの呉服屋を連れてきた。

「ナキータ。君がいつも着物を買っているノリタさんだ」

 ノリタさんはナキータの部屋に入ると丁寧に頭を下げた。

「ご無沙汰しております。封印された時は心配しておりました」

 彼は持ってきた大きな箱を床に下ろした。

「記憶をなくされたとか、さぞや大変かと存じます。でもお元気そうで安心しました」

 今井はなんと対応したらいいかわからない、かすかに会釈した。

「さて、今日は新しい着物をお持ちしました」

 彼は箱から着物を取り出して、それをベットに広げた。確かに綺麗だ。裾が大きく広がった華やかなデザインでこれを着たらナキータはずいぶんとかわいくなるだろう。

「いかがですか、綺麗でしょう。ナキータ様がお召しになれば、さぞやお美しいと存じます」

 確かに綺麗だが、ずいぶんと高いんじゃないだろうか。

 今井が黙っていると。彼はにこやかに笑いながら、もう一着広げた。これも綺麗だ。柄がいい。

「これなどはいかがでしょうか、すばらしい一品だと存じますが」

「どう、これなんか?」

 ゾージャが嬉しそうに聞く。

「これ高いんでしょ?」

「気にするな。二着買ってもいいぞ」

 ナキータがたくさん着物を持っているのは、ナキータだけが悪い訳でもなさそうだ。ゾージャはナキータの気を引きたくて彼女の大好きな着物を買ってやっていたのだろう。特に浮気騒動があるから今はナキータの機嫌を取っておきたいのだ。

「高そうだから、ちょっと・・・」

 今井はミリーを見た。彼女は無表情で少し離れて立っている。彼女はこんな着物を一着でも持っているんだろうか。

「遠慮するなよ」

 ゾージャは嬉しそうに勧める。

「ゾージャ、納戸の中見たことある。着物がもう置くところがないくらいあるのよ」

「そりゃいかんな。半分捨てたらどうだ」

 ゾージャはかなり感覚が違う。

 ナキータがもじもじしていると、ノリタさんはもう一着広げた。これは綺麗だ。華麗でふわっとしていて実にいい。こんなのを着たらどんなに楽しいだろう。かわいいナキータがもっとかわいくなる。これは欲しい。

 ナキータの顔に出た表情をゾージャは見逃さなかった。

「これをもらおう」

 ゾージャはノリタさんに注文する。

 今井は迷った。確かにこれは欲しい。しかし俺は男なのになぜこんなものが欲しいんだろう。それに買うべきじゃない。あんなに着物があるのに。

「ゾージャ、いいわ、いらない」

 ゾージャは戸惑っている。

「遠慮するなよ、欲しいんだろう」

 今井は欲い気持ちもあった、迷っていると。

「3着全部もらおう」

 ゾージャは3着とも買ってしまった。

 ノリタさんは丁寧に頭を下げている。こんな高い着物をゾージャに買わせるなんて、俺は悪妻かもしれない。


 今井はノリタさんが何か書類を書いているのを待っていたが、さっきから指の先がピリピリしていた。

 なんだろうと思っていたが、だんだんひどくなる。手足が動かしにくい。

 ねばねばした糸が体中に巻きつく感じだ。手足が思うように動かない。

「ゾージャ。私、なにか変。病気みたい」

「どうしたの?」

「なにか。こう糸が絡まってくるみたいなの」

「糸?」

 ゾージャはけげんな顔をしている。

 今井は頑張ってみるが、どんどん手足が動かしにくくなる。

「絶対、なにか変」

 ゾージャはだんだん深刻な顔になってきた。

「法力かもしれない」

「法力ならどうしたらいいの?」

「がんばるんだ」

 法力使いがナキータの居場所を見つけ封印を始めたのだ。

「がんばるって、どうがんばるの?」

 ゾージャは動揺している。あせっているのがわかるが、何もできないのだ。

「ナキータ」

 彼はナキータを抱きしめた。

「ごめん。ナキータ」

「封印されるのは、いや、助けて」

 ゾージャはナキータを強く抱きしめた。しかし、糸はぐんぐん締まってくる。

 まったく身動きできなくなってきた。息をするのもきつい。

「ごめん。ナキータ。ごめん」

 ゾージャは涙声だ。これがゾージャとの別れになるのだろうか。

 あの狭い穴が脳裏に浮かんで恐怖が身体を走った。あそこに死ぬまで封印される。自分は人間だと言っても信じてくれないだろう。

 今井は歯をくいしばった。負けてたまるか。ナキータに襲われた時のことを思い出した。あの時みたいに戦えばいい。

 突然、あの時ナキータが法力と言ったのを思い出した。あの時法力を使ったのだ。あのやり方でやればいい。目をつぶり精神を集中して襲ってくる力に対抗した。攻撃している相手の感触があった。そこへ向けて精神を集中する。相手の心の揺れが伝わってくる。マドラードに習った通りに魂を探りにかかった。相手の魂に触れた。ナキータの中で何かが動いた。魂に反応してナキータのもっとも得意とする妖術が動きだした。相手の魂を吸い出す。魂はどんどん吸い出され口の中に入ってきた。えもいわれぬおいしさだ。恍惚感のなか、魂が胃の中に入っていく。

 ハッと我に帰った。人の魂を食べている。あわてて吐き出した。

 食べてしまった魂はそのまま口の中に残った。魂の味にしばらく動けなかった。

 手を動かしてみた。普通に動く。糸はもうなくなっていた。相手の法力使いは魂を吸い出されて倒れたのだ。

「勝ったみたい」

「えっ」

 ゾージャはナキータを抱きしめる手を緩めた。

「勝ったよ」

 ゾージャは呆然としている。

「ゾージャもう大丈夫よ、法力使いはやっつけた」

「君が法力に勝ったの?」

 ナキータはにっこり笑った。

「そうよ」

 ゾージャは大喜びだ。がばっとナキータを抱きしめた。

「よかった。よかった。もうだめかと思った。君すごいよ」

 ゾージャに抱かれながら、今井は舌を動かしていた。口の中に魂のおいしい味が残っている。気味が悪い。自分がどんどんナキータになってしまう。


 今井は一人で自分の部屋にいた。疲れたと言って一人にしてもらった。

 この戦いは今井にとってはかなりの衝撃だった。

 人を殺したかもしれない。相手の法力使いはどうなっただろう。どのくらい魂を食べたら人間は死ぬのだろうか。

 それに、魂のおいしさもショックだった。あれなら我慢できないのも分かる。

 どんどん自分がナキータ化している。ひょっとしたら自分も我慢できなくなるかもしれない。

 戦いの興奮がまだ納まっていなかった。顔がほってていて目が痛む。

 今井は頭を冷やすためにテラスの椅子にすわって、冷たい風にあたって心を落ち着けた。

 ミリーがテラスにやってきた。

「お飲み物をお持ちしました。お酒でも飲まれると落ち着くと思います」

 ミリーは本当に気が利く。

 今井はグラスを取って少し飲んでみた。かなり強いお酒で口の中の魂の味を消してくれる。

「私がお邪魔でしたら、すぐ下がります」

「いえ、ここにいて」

 ミリーがいた方が落ち着く。ミリーはなぜか心の支えになるのだ。

「ミリー、魂を食べたことある?」

 いきなりとんでもないことを聞いてみた。

「いえ、ありませんけど」

「すごく、おいしかった。信じられないくらい」

 ミリーはじっと聞いている。

「私が、なぜ魂を食べるのをやめられなかったのかが分かった」

「気になさらなくて結構だと思います。今のナキータ様は以前とぜんぜん違います」

 ミリーは慰めてくれる。

「妖怪とはもともとそうしたものです。妖怪は人間の邪念が具象化したものと言われています。妖怪はこの世の苦悩や悔恨を背負って生きていく運命なのです。悩む必要はありません。強く生きてください」

 今井はミリーを見上げた。その目はやさしく気高い。ふっと勇気を吹き込んでくれるような目だ。

 なぜか、ミリーのそばにいると落ち着く。

 ミリーはナキータが落ち着くと部屋を出ていった。


 ナキータが法力使いに勝ったという話はたちまち広がっていった。


 次に日、今井が部屋のいると窓からこんこんと音がする。マドラードだ。窓を見ると彼が宙に浮いてこちらをみている。今日はこそははっきりと断らなければならない。ゾージャが見たら浮気と思うだろうから見つかったら大変なことになる。

 今井はテラスに出た。マドラードは彼女の前に降りてきた。手に籠ををもっている。

「ほら、ねずみだ」

 彼は籠を差し出した。しかし、今井は手を出さなかった。

「マドラード。わざわざありがとう。でも、私たちの関係は終わりにしましょう。私、ゾージャを裏切るわけにいかないの。今の私には、安定して生活が絶対に必要なの。だから、ゾージャを頼るしかない。わかって」

 マドラードは籠を差し出したまま、にこやかな顔をしている。

「私、記憶をなくした時はどうしたらいいかまったく分からなかったの、もしそんな時に、あなたに先に会っていたら、今頃あなたの家にいるかもしれない。でも、ゾージャが来てくれたの。だから・・・」

 マドラードはナキータの言葉を遮った。

「魂を移動させる妖術が知りたいんだろ。ほら、ねずみは2匹いる。教えてやるよ」

 籠を見ると、中にはねずみが二匹いる。思わず興味を引かれたが、思いとどまった。ゾージャに頼めばいい。魂を吸い出す妖術をすでに知っている事をゾージャに説明すれば、移動の妖術はゾージャが教えてくれるかもしれない。だから、マドラードに聞く必要はないのだ。

「マドラード、私、真剣なの。もうこんな関係を続けたくない」

「ゾージャを、当てにしているのなら、無駄だと思うよ。彼は教えてくれない、現に教えてくくれなかったんだろう」

 彼はナキータの両肩を持った。

「誰の体を乗っ取りたいのか知らないが、それは君にとって絶対に必要なことなんだろう。死ぬ危険があっても構わないくらい。だったら俺が教えてやるよ。俺は理由なんかきかない。君が必要としているなら、俺が力になる」

 理由も聞かず教えてくれる。これは魅力だった、ゾージャなら絶対に何に必要なのか聞かれるだろう。

 マドラードはナキータの手をつかんだ。

「こいよ、教えてやる」

 彼は、扉を開けるとナキータを引っ張って部屋の中に入った。

「マドラード、困るわ」

 彼は籠をテーブルの上に置いた。

「こいつで、魂の移動をやって見よう」

 マドラードは説明を始めた。今井はやはり知りたかった。いつしかマドラードの手ほどきを受けていた。

「じゃあ、やってみて」

 ねじみの魂をもう一匹に移す練習をやってみる。

 一匹にねずみから魂を吸い出す。ねずみの口から細い糸のような魂が出てきた。それをもう一匹のねずみの口へ入れる。糸のような魂は宙をふわふわして思うようにいかない。

「早く入れて」

 マドラードが言う。

 あせるがうまく入らない。そのうち魂は湯気のように立ち昇り始め、そして陽炎のように消えてしまった。ねずみは死んでいた。

 今井は頭を抱えてしまった。

「あせるな、これは難しいんだ。またねずみを持ってきてやるよ」

 不意に、マドラードがナキータを抱きしめた。あまりに急で避けることができなかった。

「君が好きなんだ。愛している」

 今井は彼から離れようと彼の体を押すが押し戻せない。

 彼はキスをした。濃厚なキスでうっとりするような快感が押し寄せてきた。ゾージャの時は気持ち悪かっただけなのに。必死で彼の体を押すが手に力が入らない。

 彼に抱き上げられ、ベットに倒された。彼が上にのしかかってくる。まずい、逃げようともがくが彼はナキータを離さない。彼はナキータの体をさわりはじめた。

 今井はナドラードが言った言葉を思い出した『ヤバい時は魂の妖術を使うといい』。そうだ、俺にはこれがある。今井はマドラードの魂を吸い始めた。

「なに」

 彼は一瞬声を出したが、すぐに気を失ってナキータの上に崩れ落ちてきた。

 今井は、すぐに魂を戻すと、彼をどかして立ち上がった。

 マドラードもすぐに意識を取り戻した。

「マドラード、なにするの、やめてよ」

 動揺していてどんな口調でいったらいいか分からなかった。

「出て行って」

 マドラードはベットの上で体を起こした。

「わるかった。しかし、君はこの前、教えてくれたら・・、と言っていただろう」

 そうか、確かにこの前はそんな事を口走ってしまった。しかし、今はすこし事情が違う。今井は黙って立っていた。

 マドラードはじっとナキータを見ていたが「わかった」と言って立ち上がるとテラスへ出た。

「また、ねずみを持ってきてあげるよ」

 彼はどこか楽しそうに言う。

「だめ、もう会うべきじゃない。これで終わりにして」

 もう、これ以上彼を引きずるべきじゃない、きっぱり終わりにしなければならない。

「さっきは悪かった。君を見ていたらむらむらっとして」

 彼は微笑んだ。綺麗な目をしている。

「俺は見返りを期待して君に妖術を教えているんじゃない。君が必要としているから教えているんだ。見返りなんか必要ない。君が俺を必要としている限り、俺は何でもするよ」

 彼は数歩離れた。

「また、ねずみを持ってくる」

 そう言うと飛び上がっていった。


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